グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

51 森の中でその三

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「カラス…」

 リリスの視線を辿り、グレイは空を見上げる。
 カラスはこちらにむかって急速に降下してきた。
 リリスの頬をかすめる距離で、黒い影は飛ぶ。
 グレイの顔面を狙って、突っ込んできた。
 グレイはカラスの攻撃に素早く反応し、リリスを抱えたまま避ける。
 カラスは旋回し、舞う。
 しつこくグレイの頭を狙った。

「…ちっ、なんだこの鳥は」

 うるさそうに払うが、まるで離れない。
 グレイは足技を使い、追い落とそうとする。

「カァ…」

 グレイの足技を避けて、向き合う形でカラスは降り立った。
 カラスの姿が瞬きする間にかすみ、三つ編みの幼女メイドへと姿が変わった。
 暗い緑色の瞳を鋭く細めて、手には銀色に煌めくナイフが握られている。

「…その方を離して!」

「エメラルド!!!」

 その姿を見て、リリスは安堵と共に戦慄する。
 ナイフを持つエメラルドの姿があまりにも様になっていて美しかった。

「なんだ、お前は?
 この気配、精霊か?
 小さいな…まだ雛じゃないか」

「リリスを離しなさい!狼!
 エメはメルヒ様に使える大鴉。
 その方をどこかに連れ去るなんて許さない」

「あの魔術師の使い魔か…。
 俺様の花嫁との逢瀬を邪魔するな!」

 グレイが咆哮をあげる。
 瞳が怪しく光り、周辺の小石がエメラルドにむかって降り注いだ。
 土煙が視界を覆う。

「いや、エメラルド!」

 リリスは土煙に向かって手を伸ばす、それをグレイは強く引き寄せた。

「小さき者よ、息の根を止めてやろう。
 リリスは離さない」

 土煙の中から、風を纏いエメラルドが飛び出した。
 そのスピードは速い。
 リリスは手を胸にあてて、胸をなでおろす。

「よかった…」

「チッ、全弾避けたか」

 エメラルドが足を踏み込む場所から風が巻き起こり。
 加速させる。
 黒いメイド服が舞を踊るかのようにはためく。
 グレイが高く蹴り上げた足が、エメラルドを狙う。
 さっとエメラルドは身をひるがえした。
 メイド服の中からナイフがもう一本取りだされる。
 よく見れば、びっしりと刃物や銃器がスカートの裏地にしまわれていた。
 両手に握らたナイフが曲線を描いて空を切る。
 エメラルドの起こした疾風が刃となり襲い掛かってくる。
 足元の地面に穴があいた。

「きゃっ!」

 抉られた地面に足を取られグレイが体制を崩した。
 そこを追い打ちを描けるように風の刃が繰り出される。
 グレイはリリスを盾にして、エメラルドの攻撃を避けた。
 リリスに気づいたエメラルドは器用にリリスが傷つかないように回避する。
 ナイフで起こる風を受ける度、リリスは背筋が凍った。
 そのうちリリスにも当たってしまいそうだ。

「俺様が傷つけなくても、お前が俺様の花嫁を傷つけそうだな。
 傷つけてもいいんだぞ。
 リリスの血が流れる度に俺様の力は増すだろうからな」

 面白そうにグレイはにやりと嗤う。
 リリスはずっと横抱きにされたままだ。
 このままでは、恐怖で心臓が持たない。

「黙りなさい。
 大切なものを盾にするなんて、どうかしてる。
 エメはリリスを傷つけないし、狼だけをら打ち取る」

 エメラルドは持っているナイフを構え直す。
 まっすぐこちらに突進してきた。
 グレイは地面を蹴り、上に飛んだ。
 向かってくるエメラルドの肩に体重をかける。

「爆ぜろ」

 エメラルドを踏み台にして優雅に地面に着地した。
 予想外の動きに耐えきれず、よろけてリリスはグレイに強くしがみついてしまった。
 その行動にグレイは満足そうに微笑む。

「いい心掛けだ、リリス。
 振り落とされないようにしろ。
 いつでもそうして、甘えていいんだぞ」

「しないわよ!」

「…ぐっ」

 潰された痛みでエメラルドは顔を歪めたが、すぐに向き直り、どこからか小型の銃を取り出した。
 メイド服のスカートがひらりと舞う。

「…この屋敷に住むものは、みな家族。
 家族を傷つける敵は殲滅する」

 エメラルドの瞳から緑色の閃光が走る。
 優雅に降りたグレイの背中を狙い、エメラルドは引き金を引く。
 銃声が森の中に響いた。か
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