グリモワールの修復師

アオキメル

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2章 リリスと闇の侯爵家

52 森の中でその四

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「…今のは痛かったぞ。
 その閃光、雛鳥でも大鴉か」

 ギロリとエメラルドを睨む。
 グレイの背中から赤い血が流れる。
 魔族の血も赤いのねとリリスはぼんやりと思った。

「リリスを返して!」

 瞳に緑色の閃光を灯して、銃とナイフをかまえる。
 グレイはそんなエメラルドを無視して、血を見てぼんやりとしているリリスに口付けをした。
 途中で牙が唇にあたり血が流れる。

「いたっ…」

 チクリとした痛みと呼吸をさせてもらえない息苦しさがリリスを襲う。

「…んっ」

 意識が飛んでいきそうだった。

「…なっ」

 エメラルドはそれを見て、動揺した。
 グレイの傷がみるみる塞がっていく。
 瞳の輝きが鈍く濁る。
 リリスの意識は暗く、消耗していた。
 ぶらりと力の入らない腕が垂さがっている。

「…ふぅ、甘く美味しい血の味に、体に馴染むこの魔力。
 俺様の花嫁は素晴らしい」

 獣が親愛を示すように、頭に頬ずりをする。

「…奪いすぎたか。
 死ぬなよ、リリス。
 その血肉は俺様の物、まだ生産してもらわなくては楽しめない」

「おぞましい、狼の魔族…。
 食事と愛情は同一ということね」

 エメラルドの魔力が膨れ上がる。
 辺りの森からエメラルドに向かって、魔素が集まっていく。
 大鴉は精霊。
 森がエメラルドに力を与えていた。

「おっと、これは危険そうだ」

「…許さない」

 エメラルドとグレイは睨み合うように対峙する。
 上空から鳴き声がお互いの耳に入った。

「カァ」

「カァ、カァ!」

 違うカラスの鳴き声であることにグレイが気づく。
 見上げると上空から二羽のカラスが降下してくる所だった。

「…あっちも、大鴉。
 分が悪いな。
 リリスを連れて帰れると思ったが…」

 眉をひそめ、不満そうにグレイはそっとリリスを地面に寝かせた。
 名残惜しそうに、頬に手をあてて顔を見る。

「また迎えに来る。
 俺様の花嫁」

 リリスの前髪をかきあげ口付けを落とした。
 エメラルドは風の刃をグレイに放つ。
 先程よりも威力が強い。
 木の葉を巻き込み、一葉一葉が刃物のように鋭く、グレイを襲った。

「リリスを穢さないで!」

 リリスを置いたことで、身軽になったグレイはくるりと回転して攻撃を避ける。

「…邪魔だな」

 先程のように小石が宙に浮き、エメラルドに雨の如く降り注いだ。
 両爪を使った斬撃がエメラルドに入る。
 キンと何度も硬い金属がぶつかり合う音が聞こえた。

「…チッ」

 グレイは攻撃が入らないためが何度も舌打ちをする。
 大きく後方に飛び、エメラルドから距離をとった。
 そのまま土煙に紛れ、森の中へ姿を消した。

 二羽のカラスが地面に降り立つ。
 エメラルドと同様に、幼女メイドへと姿をかえた。

「「リリス!」」

 寝かされているリリスに二人は焦るように駆け寄る。

 エメラルドはじっと狼の魔族が走り去った場所を睨んだ。

「リリス、起きられる?
 返事ない…」

「ぐったりしてるわ」

「主様、なんて言うかな」

 サファイアとルビーは顔を見合わせる。

「さっきの狼の魔族だよね…」

「リリスが最初に来た日に逃げたやつだわ。
 主様がいるのに、この場所に帰ってきたのね」

 サファイアとルビーはリリスの外傷を確認していく。

「血も出てるし」

「魔力の器がほとんど空っぽ…
 魔族の臭いがする」

「獣臭い…嫌ね」

「この臭いはボク達には耐え難い」

 メイド服の袖で鼻を押さえる仕草を二人はする。

「…二人ともいいから早く運んで」

 エメラルドは森から視線を外すと、二人を急かした。

「主様にリリスを診て貰わなくちゃ…」

「かわいそうなリリス。
 すぐに主様の所へ、運んであげるわ」

 二人は左右からリリスの手を握る。
 それを見てエメラルドは下を向く。

「リリスが襲われたのは、エメが守りの結界の見張りをしなかったからよ」

 握る拳に力が入る。
 手にもつナイフが森の奥を差した。

「次はあの狼を討ち取るわ」

「「…エメラルド」」

 二人はそんなエメラルドを心配そうに見つめる。

「私達は三人なのよ。
 なんで一人だけ自分を責めてるの」

「ボク達三人で今度は倒そうよ。
 どうしてすぐ呼んでくれなかったの?」

「私達、あなたの銃声で気づいたのよ」

 そう言われエメラルドは二人から視線をはずす。

「姉さん達が傷つくのは見たくない…」

「私達は三つ子なの」

「エメラルドが傷つくとこ、ボクだってルビーだって見たくないよ…」

 さらさらと落ちてきた長い黒い髪を耳にかけて、サファイアはまっすぐエメラルドを見つめる。
 ルビーもまた逸らす視線を追いかけるようにエメラルドを見つめた。

「姉さん達よりエメは強い。
 だから守りたいの…」

 手にしたナイフと銃器をクルクルと回しながらスカートの下にしまう。

「「それは、知ってる」」

「エメラルドが三人の中で、最も森に愛されてるって分かってる。
 でも、私達は三つ子なのよ」

「一人で頑張らないで!」

 エメラルドは二人の圧に押される。
 無表情だか、反省したような表情を滲ませた。

「…主様のとこ行こう」

 周囲の森を気にしながら、三人はリリスを肩で支えて屋敷に帰って行った。
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