鬼精王

希彗まゆ

文字の大きさ
上 下
54 / 59

決戦(霞編)

しおりを挟む


それから数十分ほど、経っただろうか。


微笑みながら優しく、霞が尋ねてきた。


「苺ちゃん、身体もう動かせる?」


霞はもう服を着てしまっている。わたしはなんとなく気恥ずかしくて、目をそらした。


「う、うん」


あんなに激しく乱れてしまった自分を見られたのが恥ずかしくて。あんなに「男」を感じた霞を見るのが恥ずかしくて。

けれど霞のほうは「いつもの霞」に戻っていた。


「じゃ、ちょっと横にどいてくんねえ?」

「?」


言うとおりにすると、わたしがいた場所に、わずかではあったが血がついていた。「やっぱりな」、と霞がつぶやく。


「えっ……なんで……初めてじゃないのに」

「初めての相手のヤツのが小さすぎたからじゃねえか? そうじゃなくても二度目三度目でも痛みがあったり血が出る子もいるしな」


言ってパチンと指を鳴らして柔らかい布を取り出し、わたしの足の間を拭いてくれようとする、が。


「い、いいっそんなことしなくていいっ」

「痛みはなくても血が出てんだぜ。俺ので傷つけたかもしれねーだろ? これそういう消毒も含んだ布で効くからやっといたほうが、」

「じゃ、じゃあ自分でやるからっ」


ばっと布を奪い取る。拭っていると、霞が悪戯っぽく微笑んでいることに気がついた。


「な、なに?」

「いや……苺ちゃんがそういうカッコしてると、また俺元気になっちゃうなあって」

「……バカッ、変態っ!」

「それと、残念、かな」

「え?」

「苺ちゃんの処理は俺が全部してやりたかったから」

「は、恥ずかしいでしょそんなのわたしがっ!」


霞とのこんなやり取りが、恥ずかしいけれど胸の奥がくすぐったくなるほどうれしい。ちゃんと恋人同士になれたんだ、なんて思う。

けれど霞は、すぐに真顔に戻った。


「さて、と」


バリッと雷鳴が轟くような音がした。結界というものが破れたのかもしれない。


「お出ましだぜ」


霞の言葉に、わたしは思わず身体をタオルケットで隠す。着替える暇もなく、一瞬後には霞とわたしは空のはるか上にいた。

曇天に、ごうごうと風がうなっている。その中に、【鬼精鬼】が浮いていた──危険で不敵な笑みを浮かべて。


「苺の【鬼精虫】を消したのは貴様か。いささか不満だ」


【鬼精鬼】の言葉に、霞もおなじく不敵な笑みを浮かべる。


「俺はてめえみたいな野郎が苺ちゃんを好きだってのが不満だがねえ」

「互いに意見は同じようだな」

「不本意だけどな」


ざっ、と風を切る音がしたかと思うと──


「霞っ!」


わたしは、思わず叫んでいた。

霞の二の腕から、血が滴っていた。けれど霞の表情は変わらない。変わったのは……【鬼精鬼】のほうだった。

【鬼精鬼】は不服そうというか機嫌の悪そうな表情を浮かべている。


「交わした……女に見境がなくとも流石は【鬼精王】の一人、ということか。だがお前には苺を幸せには出来まい」

「俺の噂がどんなもんか知ってるけどな、俺にはそんなことはどうでもいい。真実は常に俺の心にある。それを苺ちゃんだけが分かってくれてれば俺はそれでいいんだよ」

「お前にだけは封印されたくはない。本気でいかせてもらおうか」

「ハナっから本気で来いや! 俺には護るものが最低三人はいるんだからよ!」


鬼精鬼と霞が同時に空を蹴る。


「三人……」


わたしは、思わずつぶやいていた。

河原で言っていた霞の言葉を思い出す。

霞が護りたいもの―――禾牙魅さんと、架鞍くん。もうひとり、は?

その時、風が一段と強く吹いた。ハッとわたしは顔を上げる。

ザクッとなにか不穏な音がした。


「……っ」


がくりと霞が仰向けに、空間に倒れる。

【鬼精鬼】の左腕が、霞の腹部を貫いていた。霞の赤い……血。霞は目を閉じ、ぴくりとも動かない。


「霞……霞っ!!」


霞の元へ行こうとするが、【鬼精鬼】によって空に浮かされているからか、速くは動けない。

ようやく辿り着く瞬間、霞の腹部から手を引き抜こうとした【鬼精鬼】の表情が驚きに変わる。


「!!」


突然の事だった。

霞の伸ばした右手の平から金色の短剣が出現し、あっという間に【鬼精鬼】の心臓に埋まって行く。

霞はまたも不敵な笑みを浮かべていた。


「ヘヘ……殺せた、と思っただろ……?」

「貴様……演技を……!」

「大人しく……封印されやがれ!」


ずぶ、と短剣が完全に【鬼精鬼】の心臓に埋まった。ぐらりと【鬼精鬼】も霞の隣に倒れ、透けていく。


「本気で……苺を愛しているのか……?」

「信じる信じないは……てめえの勝手だけどな……」

「ならば……約束してくれ……必ず、彼女を幸せに、する、と」

「言われなくても……、だぜ」


【鬼精鬼】の表情が、切なげな笑顔に変わる。


「貴様に頼むのは不本意だが……、」


あとは、聞こえなかった。

鬼精鬼は消える瞬間、真っ白な掌に乗る程度の球体の中に吸い込まれ、霞の手に収まった。

霞は小さくため息をつき、指で軽く擦って球体を自分の【中】に入れた。


「これで、こいつを【鬼精界】に持って行けば、……」

「ばかっ! その前にその怪我治しなさいよっ!」


泣いているわたしを見上げ、倒れたままの霞は青白い顔でハハ、と笑った。


「ホントはなー、【鬼精鬼】に負わされた怪我は【鬼精鬼】を封印しちまえばすぐ治っちまうんだけど、あの野郎、ご丁寧に俺の中に【鬼精虫】を入れていきやがった」

「……!! じゃ、じゃあ、私が……強い快感、っての与えれば消滅、する?」

「男が【鬼精虫】入れられた場合はそうは行かねえだろうなー……」

「じゃあ……じゃあどうなるの!?」

「泣くなよ。俺は【鬼精王】だし、賭けとか強いんだって……死んだりしねえ、よ……」


その言葉を最後に、霞は瞼を閉じた。

そんな、……。


「いや……いやだ、霞、霞っ……!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優しい先輩に溺愛されるはずがめちゃくちゃにされた話

片茹で卵
恋愛
R18台詞習作。 片想いしている先輩に溺愛されるおまじないを使ったところなぜか押し倒される話。淡々S攻。短編です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜

船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】 お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。 表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。 【ストーリー】 見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。 会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。 手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。 親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。 いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる…… 托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。 ◆登場人物 ・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン ・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員 ・ 八幡栞  (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女 ・ 藤沢茂  (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...