鬼精王

希彗まゆ

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意地悪な手

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朝になって、リビングにいく。ゆうべはなんだか、よく眠れなかった。


「っはよ……」


目をこすりながらのわたしに、既に起きてきていた三人の男たちが振り返る。

霞は、やっぱり笑顔だった。


「おはよ~、トースト今できたとこ。食うでしょ?」

「……ヘンなもの入ってないなら食べる」

「入ってないって。だから俺にも食事させてほしいな~」

「ゆうべ充分味わったでしょっ」


壁にもたれかかって立っていた禾牙魅さんが、敏感に反応する。霞を睨みつけた。


「……霞。お前なにした?」

「そんな恐い顔しなさんなって。ただちょっと【媚気】をもらっただけだから。ホント、ちょっと背中と首触っただけであれだけ反応するんだもんなあ」

「だっだからそれは!」


わたしは焦る。


「霞も物好きだね」


架鞍くんが興味なさそうに言い、禾牙魅さんがため息をついた。


「霞……あまり苺を警戒させるような真似はよしてくれ」

「ハイハイ」


霞は肩をすくめる。全然反省している様子はない。

わたしは霞の作った料理を急いで口の中に詰め込んだ。食べ終えると、立ち上がる。


「ごちそうさまっわたし今日出かけるから!」


とたん、禾牙魅さんがこちらを向く。


「駄目だ、お前一人では【鬼精鬼】に狙われるぞ」

「そうだぜ~家の中にいなきゃ駄目だろ」


霞も言ったけど、そんなの関係ない。

わたしは静止の声も聴かずに、「いってきまーす」と家を出た。





【鬼精王Side】


「……禾牙魅、霞」


常に冷静な架鞍のその警戒を含んだ声で、残りの二人も“それ”に気づいた。一瞬後、家全体に電流のようなものが走る。

目には見えない、しかし強大な力だ。


「クソッ、【鬼精鬼】が苺ちゃんの外出に手ぇ貸しやがった!」


吐き捨てるように霞が席を立つ。


「やはりどこかで様子を探っていたのか。油断したな」


禾牙魅が言い、


「とにかくこの束縛を解かないことにはあのバカ女も助けに行けないよ」


架鞍が冷静に雑誌を閉じて立ち上がった。





【苺Side】


家を出たわたしは、街中まできていた。


「はあ、せいせいする。やっぱりたまには外の空気吸わないとね」


急いで出てきちゃったから、普段着なのが悔しいところだけど。

行きかう人々を何気なく見渡していたわたしは、ふと一点に目を奪われた。


あの人ずいぶん妙な格好してる……。


行き交う人混みの中、遠くに20代後半くらいの美しい男の人が立っていて、わたしを見つめていたのだ。

その髪の毛は白、瞳は濃い血のような赤。

それだけでも充分妙なのに、服はギリシャ神話に出てくる神が身につけているような、けれどどこかどす黒さを感じさせるもの。


どうしてわたしを見つめているんだろう?

そう思ったとき、その男が片手を挙げた。

途端、身体全体を何かが引っ掻いたような痛みが襲う。


「うっ……! なにこれ……」


たまらずに、わたしは膝をつく。不思議と通行人は誰も気付かないようだ。


「まさか、あれが【鬼精鬼】……?」


言葉にした途端に恐怖が背中を昇ってくる。思わず叫んでいた。


「ナンパ男……!」


ほんとうに、助けにきてくれるだなんて思っていない。ただ、頭の中をあのナンパ男がかすめただけで。

でも、……できるなら。できるなら、助けてほしい……!

そんな都合のいいことを必死に願っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ~傷つく。傷つくぜそれは苺ちゃん」


振り向くと、いつもの微笑みを浮かべた霞が立っていた。


「な、ナンパおと……」

「なんで俺だけ名前で呼んでくれねーの?」

「だっていつも笑ってばっかでヘンなことばっかり言うしっ……、」

「【鬼精鬼】が【鬼精虫】を暴れさせたんだな。苦しいだろ? 言えよ、俺の名前。そしたら助けてやるから」

「っ、なんでこんな時まで意地悪なの?」

「意地悪ってだけじゃないところも証明してほしいなら、名前呼べよ」


にっこりと、霞。わたしは苦しさもあって、観念した。


「かす、み」

「お、いいねえ呼び捨て。じゃあそろそろ助けてやるかな」


霞はそして、わたしを助け起こして背後から片手で支え、もう片方の手はわたしの左胸の下辺り――心臓の上に手を置いた。

どくん、とまたわたしの身体全体が引っ掻かれたような痛みに襲われる。


「暴れんな暴れんな。いずれ退治しちまうけど、今のとこはとりあえずおとなしくしとけ」


あやすように【鬼精虫】に言い、置いた手をゆっくりとさすったり揉んだりする。


「っ……」

「気持ちいいだろ? 苺ちゃん。もっと感じちゃっていいんだぜ?」


耳元で囁かれる。


「み、みんな見てる」

「気付いてないだろ? 【鬼精鬼】は逃げちまったみたいだけど、俺が力使っといたから」

「あ、やだちょっとっ」


する、と心臓の上に置いていた手が胸の膨らみにさり気なく上がってきたのだ。


「ちょっと、なに?」


意地悪く、優しい声と手。ただ触られているだけなのに、力が抜けてくる。

かと思うと霞は、ぱっと一度手を離してから抱き上げた。


「さてと、【鬼精虫】もおとなしくなったことだし、家に帰るか。今度から外に出るときは、必ず俺達三人の中の誰かと一緒に出ること」

「やっぱり、意地悪じゃない……」


わたしの息は、まだ少し荒い。

のんきに鼻歌なんか歌って、霞は聞こえないフリをしているようだった。
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