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霞編【媚気】
しおりを挟む※プロローグの後からの話です。
*********
「う……ん、いい匂い……」
漂ってきたいい香りにいい気持ちになって寝返りを打った拍子に、ソファから落っこちる。
「いたた……」
腰を押さえているわたしに、
「大丈夫か」
青髪の美青年が、近寄ってくる。
夢じゃなかったのか……ちょっと期待してたのに。
ぐったりとしたわたしに、霞が呼びかける。
「苺ちゃん、お腹空いてるだろ? もう昼過ぎだからな。今、食事そっち持ってくからな~」
「え、昼過ぎ!? って食事!? あんた料理出来るの!?」
立ち上がって見てみれば、霞はいそいそとキッチンからリビングのテーブルへと食事を運んできた。
「【鬼精王】に出来ないことはないぜ。ほら、苺ちゃんの大好物の鰹節かけ納豆と雷豆腐の味噌汁と炊き込みご飯だよ。夜は素麺とバンバンジーでいい?」
「わあスゴイ! ありがとう! いただきまーす!」
雷豆腐の味噌汁をすする。うーん、美味しい!
我ながら状況に慣れるのが早いなとは思うけど、悩んでたって仕方ないもんね。
食べながら、じっとこちらを見つめている三人に気づく。
「あの……あんた達は食べないの?」
「俺達は特に食事を摂らなくても生きていけるから」
禾牙魅さんが言うと、霞が意味ありげに微笑んだ。
「でもそうだな~、強いて食事と言うならば女の子の……いてっ、禾牙魅殴んなよ」
途中で拳を上げた禾牙魅さんに文句を言う霞を、
「警戒されたら元も子もないんじゃない?」
と宥める架鞍くん。
なんだろう?
「? なに? 女の子の?」
ハテナマークでいっぱいのわたしに、
「知りたかったら俺の」
と言いかけて禾牙魅さんに口を塞がれる霞。
もがもが言う霞におかまいなしに、禾牙魅さんはわたしに言った。
「気にするな。それより早く食べてしまえ」
「う……うん」
止まっていた手を動かしてごはんを口に入れながら、わたしはなおも考えていた。
今夜俺の? 部屋に行けば分かるのかな?
◇
結局その夜、霞の言葉が気になったわたしは、霞の部屋の扉をノックした。
中から、「開いてるぜ」と声がする。
わたしは扉を開け、机の上のものを見ている霞をじっと見つめた。
霞はその視線に、こっちを向いて微笑む。
「なに? 入ってきていいって。用があるんだろ?」
「……昼間のこと、ちょっと聞きたくなったんだけど。ヘンなことしないって約束してくれる?」
「しないしない。俺紳士だから。昼間のことって?」
絶対紳士ではないよね……と心の中で思いつつ、わたしは中に入って扉を閉める。
「食事を摂るなら女の子の、とかなんとか言ってたでしょ?」
「あああれ。よいしょ」
「きゃ!?」
わたしが悲鳴を上げたのは、霞が前触れもなしにわたしを抱き上げたからだった。むりやり、ベッドの上に座らせられる。
「このほうが話しやすいだろ?」
「ヘンなことしないって言ったでしょ!」
「お姫様抱っこってそんなにヘンなことかな~」
わたしは、気を取り直すことにする。
「……で、結局女の子の何が……。まさか、食べるんじゃないでしょうね……?」
すると霞は、悪戯っぽい笑みになった。
「俺の食欲満たしてくれる?」
「わたしまだ死ぬ気ないからねっ!」
「はは、おっかしいな~やっぱ苺ちゃんて面白いわ。食べるわけねえだろ、貴重な女の子を。別の意味では食べちゃうけど」
こいつって、ふざける以外できないのか。
「……ばかっ。もう部屋戻る!」
ベッドから降りかけるわたしを、霞が引き止める。
「待った待った、食事は何なのか教えてやるから」
「……今度冗談言ったら殴るからね」
「じゃあ手っ取り早い方法で教えてやるよ」
そう言って、霞はわたしを力強く抱き寄せた。
「なっ……!?」
わたしは驚いた。けれど、霞の手が背骨と脇腹の間をそっと撫で上げたことで更に混乱する。
「ちょ、ヘンなことしないって約束したでしょっ……!」
「苺ちゃん、反応いいね。今、一瞬身体が震えたよ」
「っ、何バカなこと言って、」
わたしは、かあっと熱を持った顔を上げ、悪戯っぽい笑みの筈の霞の瞳が大人の男の色を出しているのに気がついて背筋がぞくりとした。
「逃げるのはナシな」
離れようとした身体を、霞は更に自分と密着させる。わたしの髪の毛に顔を埋め、手はそっと背中をさすっている。
「しょ、食事教えてって言っただけなのにっ」
「だから……教えてるぜ? これが食事」
さら、と手が背中から首筋に上がってくる。
「っ……!」
「ほら、そうやって女の子が感じると出るのが【媚気】。それが俺らの食事。なんならもっと違ういい【媚気】も出してあげるけどどうする? 方法は……分かるよね?」
「も、いいっ、分かったからっ!」
すると、頭の上で霞はくすくす笑って手の力を緩めてくれた。
すぐにベッドから降りようとしたわたしは、くたくたと床にへたりこんでしまう。
霞は、憎たらしいほどの笑顔だ。
「腰、抜けた?」
「この……へらへらナンパ男っ!」
涙目で、それでもわたしは根性で立ち上がり、部屋を出た。
あんな感覚、生まれて初めてだった。だけど、……ああいう男にはきっと、簡単に気を許しちゃだめなんだ。
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