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浴衣
しおりを挟む夏休みももう半分くらいがすぎようとしている。
架鞍くんとはつかず離れずの関係のまま、更に日にちは過ぎた。
その日の夕方、夕飯の仕込みを終えた霞が声を上げた。
「ん? なんかこのチラシに【本日最終日・毎年恒例夏祭り開催】とか書いてあるぜ?
珍しく新聞なんて読んでいたらしい彼は、チラシを取り上げてひらひらさせてみせる。
それでわたしは思い出した。
「あ~っ! そうだ、毎年この時期、夏祭り開かれるんだった! わたし行きたい!」
「そ~言うと思った」
霞が苦笑し、禾牙魅さんが、
「最終日か……」
とつぶやく。
「最終日は花火が上げられるんだ、ここ数年色々あって行ってなかったから絶対行きたい! お祭り自体もすごく充実してるんだよ!」
数年前に行った夏祭りを思い出すと、わくわくしてきてしまう。
「まあまあ、そう興奮しないで。俺達の中から誰か選んで行けばいいことじゃん」
霞が言うと、禾牙魅さんがリビングの窓から空を見上げる。
「しかし、今日は雲が多い。雨でも降り出したらどうする」
「それでも行きたい!」
意気込んだわたしは、霞に尋ねた。
「……架鞍くんは、部屋?」
「架鞍? そういやここ数日【出かけてくるから】とか言って殆ど一日中出かけてるけど」
霞がそう答えたとき、架鞍くんがリビングに入ってきた。どこかから帰ってきたらしい。
「ただいま」
「お帰り。あれ、お前その包みなに?」
霞が尋ねると、架鞍くんは黙って持っていた大きな包みをわたしに差し出した。
きょとんとしていると、
「受け取れよ」
と半ば押しつけられるようにして渡される。
なんだろう?
包みを開けてみると……上品かつ可愛らしい浴衣が。更に、それに合うような下駄と巾着もついている。
驚いて声も出せないでいると、霞がからかうように架鞍くんを小突いた。
「お前もしかして、夏祭りがあること知ってたな? そういや新聞とか雑誌いつも見てたくらいだからな~」
「最近毎日出かけていたのは、一日中バイトでもしていたのか」
禾牙魅さんも分析するように言う。霞は笑った。
「馬鹿だね~可愛いくらい馬鹿、架鞍って。浴衣なんて俺達が服変える時みたいに、指ひとつ鳴らせば出せるのに」
「力を使わずにプレゼントしたかったんだろう」
禾牙魅さんのその言葉にも、架鞍くんは表情を変えないまま。
わたしはようやく、声を出した。
「こんなに……高いもの、架鞍くん」
「俺からのプレゼントはいらない?」
架鞍くんの言葉に、急いでかぶりを振る。
「ううん、ううん、全然! ただ、ビックリして……」
「架鞍~、そんなに高い浴衣買えるほど割りのいいバイトってもしかしてえっち系?」
からかい始めると止まらない学習しない霞と、
「架鞍は自分を安売りするような奴じゃない。掛け持ちでもして真っ当でなるべく割りのいいバイトをいくつか選んだんだろう」
それにノッているのか天然なのか、真顔のままで禾牙魅さん。
「折角からかってやろうと思ったのに、面白味のねぇヤツ」
つまらなそうに言う霞の言葉の最後を遮るように、わたしは架鞍くんにお礼を言った。
「あ、あの、これ、じゃあもらうね? すごく嬉しい……ありがとう!」
こんなにからかわれちゃ、架鞍くんが可哀想。
架鞍くんは、
「ん」
とうなずいただけ。
思い出したように、霞が聞いてくる。
「ところで苺ちゃん、着付けは出来るの?」
「あ」
それを忘れていた。
浴衣なんてここ数年着てなかったし、もちろん自分でなんか着たことがない。どうしようと思ったとき、架鞍くんが口を開いた。
「俺がやる」
え、と思っていると、その言葉を待っていたように、うんうんと霞がうなずく。
「そうだよな~、浴衣買ってきた架鞍が最後まで責任持つべきだよな。なあ、禾牙魅」
「架鞍、ついでに祭りにも一緒についていけ」
「え、ちょ……ちょっと霞も禾牙魅さんも何言って」
慌てふためくわたしは、珍しく反論しない架鞍くんに背中を押されて自室に連れて行かれた。
「じゃ、裸になって」
さも当然とばかりに言う架鞍くんに、驚く。
「下着も脱ぐの!?」
「浴衣なんだから当たり前でしょ? 安心してくれていいよ、あんたの裸に興味ないから」
その言葉にわたしはなぜか少し哀しい気持ちになる。
のろのろと裸になったその時、架鞍くんに無理矢理犯された記憶が今になって蘇ってきた。
あの時の架鞍くんの「秘密」は、まだ分からない。
架鞍くんはわたしが裸になったのを見届けて、浴衣の着付けを始めた。
時折、架鞍くんの手がわたしの肌に触れる度、微かにびくりと震える。心持ち縮こまった感じで目を閉じていたわたしは、「終わったよ」という声で目を開いた。
部屋にある化粧台の鏡を見ると、いつの間にか、髪までみつあみにして可愛いリボンまでつけてくれている。
「ああ忘れてた」
そう言って架鞍くんはパチンと指を鳴らして口紅らしきものを取り出した。
「あ、わたし化粧キライ……」
「知ってる。出かける時もせいぜい色つきリップくらいでしょ。口紅だけでもしてったほうがいいよ。お祭りは特別でしょ?」
「でも、口紅ってヘンな香りとかキツイ香りとかするし」
「これは無臭。色も薄いから」
架鞍くんはわたしの顎を上向かせ、「口、少し開けて」と言ってわたしが言うとおりにしているうちに素早く塗り終えてしまった。
「あ、ありがと……あの、架鞍くんは浴衣着ないの?」
「着てほしいの?」
「うん、見てみたい」
架鞍くんはしばらく黙ってから、またパチンと指を鳴らして一瞬後には浴衣姿になっていた。
目の前で服を着替えられたことがなかったので、ちょっと感動してしまう。
「スゴイスゴイ、似合う似合う!」
遠くから、祭りの始まりを知らせる花火の音がする。
「行くよ」
「うん!」
わたしたちは連れだって、夏祭りに出かけた。
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