ギョーザとビールとロックンロール

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第27話

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 ライヴハウスなんて、最後に覗いたのはいつだったか…。
 そんな事をぼんやり考えながら、多聞は会場に入った。
 自分のステージ以外のコンサートなんて、諸外国へレコーディングをしに行った折り息抜きに出かける他は、もう殆ど行こうという気にならない。
 ましてや、名もないミュージシャンが金を出し合って会場を借りる、こんな小さなライヴなんて…。
 客席はスタンディングで、ステージとの境すらない。
 多聞は厭でも目立ってしまう自分を、それでも出来るだけ目立たないよう慎重に配慮しながら、壁際の暗がりに立った。
 訪れる前に予想をしたより、遙かに人があふれている。
 開演を待つ人々の様子や、むせるような熱気は、遠い日々を思い出させた。
 照明が落とされ、ワッと歓声が上がる。
 舞台そでから楽器を抱えて出てきたのは、まだ少年のような顔をした十代の音楽志望者達。
 演奏される曲は、どれもまだ荒削りだし、個々の楽器の技術もまだまだ未熟なものばかりだったが。
 それを補って余りある、一途な情熱。
 自分が完全に忘れていた何かが甦ってきて、次第に多聞の胸中には様々な思いが沸き上がってくる。
 ショーも終わりに近づくと、場内がますます熱い熱気に包まれた。
 ステージには、今まで出演した各バンドの中でも人気の高いメンバーが並び、ひときわ大きな歓声が上がる。
 その中央に立ったのは、どうやらメンバーの中でひとりだけ二十代の大人の顔をした、柊一だった。
 柊一は場内にひしめいている客に向かって、短い挨拶と礼を述べ、少年達に混じっていかにも楽しそうに歌い始めた。
 多聞を魅了した、柊一の声。
 荒削りな演奏の中で、ただ一つ完成されたその音に、多聞はうっとりと聞き入った。

 ざわめきと共に客が出口に移動し始めた気配で、多聞は我に返った。
 ステージにもう人影はなく、スポットライトも消されて、今はおとなしい色の室内灯が場内を明るく照らし出している。
 控え室に飛んで行けば、まだ間に合うかもしれない。
 しかし多聞はそこから動けずにいた。
 会う事は容易いが、何を言えばいいのだろう?
 何の為に自分はここまで来たのか、それすら多聞には解らないのに……。

「やっぱり、アンタだ」

 不意に声をかけられ、驚いて振り返った先に、柊一が立っていた。
 戸惑い、言葉が見つけられない多聞に構わず、柊一はスタスタと側に寄ってくる。

「みんながさ、壁際にデッケェ錐みたいな男が立ってるって噂してたぜ。いいのか? ゲーノージンがこんなとこフラフラしてっと、囲まれて動けなくなるんじゃねェの?」

 目の前に立つ柊一は、今までとなにも態度を変えずに、多聞に向かって話しかけてくる。

「オマエが、ステージに立ってるって聞いて、見に来たんじゃん」
「アンタと一緒にスタジオ行った時に面白かったのが、忘れられなくてね。今日一緒に演ったヤツ等は、アンタのトコにいた連中みたいに達者じゃないけど、良いヤツらだぜ。きっと、アンタが会ってくれたら喜ぶよ。楽屋に来るか?」
「あ、いや…」

 戸惑いから抜けきれない多聞は、曖昧な答えを返した。
 柊一を追い返した夜からずっと、多聞は後悔の念に捕らわれていた。
 もう、会う事も叶わないと思っていた柊一。
 それが今、目の前にいるのに。
 自分はまだ、どうする術も見つけられずにいる。

「…やめておく…」

 ようやくそう答えて、多聞は俯いた。
 多聞の歯切れの悪さに、柊一は少しだけ残念そうな顔を見せる。

「そっか。やっぱそういうのは、マズイか。うん、じゃあいいよ。忙しいんだろ」
「オマエに会うのに、時間なんて関係ねェ」

 そう答えた時、多聞は無意識のうちに手を伸ばし、気づけば柊一の身体を抱きしめていた。

「…アンタ、俺とまだそんなコトする気があったの?」

 抵抗はしなかったが、腕の中の柊一は、責めるような目で多聞を見上げている。
 ように見える。
 その瞳を見つめて、多聞はようやく自分の中の後悔をハッキリと認識し、どうすべきかに気がついたのだった。
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