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第26話
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アルバム発売を受けて、新たなツアーを始めた多聞に、松原も同行していた。
ツアー先の控え室で、松原がヒットチャート誌に目を通していると、通りかかった多聞がそれを取り上げる。
「なにするんだよ?」
見上げた松原の前で、多聞はそれを乱暴に丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「こんなモン、なんの役にもたたねェよ」
「…今度のアルバム、評が悪いからか? 辛辣な事しか言えねェヤツは、誰の作品にもああいう態度とるから、気にする事ねェって言ったのオマエじゃん」
「誰がそんなコト、気にしてるよ。見ても役にたたねェから、そう言ってるだけだろ。だいたい、ステージに出る前にあんなモン見るんじゃねェよ。テンション落ちたら、どーすんだっ?」
「解ったよ」
松原は溜息をつくと、多聞に向かって頷いて見せた。
納得したのか、多聞は松原の側を離れたが、そのまま苛立ったような顔で部屋の中を歩き回っている。
それを目で追いながら、何げなく松原は多聞に訊ねた。
「そういえば、タクミちゃんとの離婚は成立したのか?」
途端に、もっとモノ凄い形相になって多聞は振り向いた。
「そんなん、ショーゴに関係あんのかよっ!」
「俺は、オマエともタクミちゃんとも友達だ。二人が結婚した経緯だって、だいたい知ってる。それが別れるって事になったんだから、その後の経過を聞くのは、それほど筋違いの質問じゃないと思うが?」
「っ…」
多聞は答えないままに、顔を背けた。
「…それじゃあ、あのラーメン屋のヤツはどーしたのよ? その後ちっとも話に出てこないじゃんか」
「あんなヤツ、知るかよ」
「はぁ? なにそれ?」
多聞はいきなりキッと松原を睨み付けると、不意にズカズカと部屋を横切り、そのまま出ていってしまった。
そんな多聞の背中を見送り、松原はやれやれと肩を竦める。
そしてしばらく思案した後で、多聞のマネージャーを捜しに部屋を出ていった。
新たなツアーの最終公演地は、東京だった。
多聞が無闇に苛立っていた今回のツアーは、少しばかり意地悪いタイプの雑誌では散々な酷評を受けていて、それがさらに多聞の苛立ちに油を注いでいた。
「おい、レン」
ファイナルステージを終えて、打ち上げ会場に姿を現した多聞に、松原が声をかけた。
「ああ、ショーゴ。今回も、ご苦労サン」
「別に、そんなのはイイよ。それより、これ…」
ポケットから取り出した封筒を差し出す松原に、多聞は怪訝な顔を向ける。
「なに、これ?」
「ハウスのチケットだ」
「ハウス?」
受け取り、中を引っぱり出した多聞は、しげしげと眺めた後にそれを松原の手に返した。
「興味ねェよ。今更、そんなちんけなライヴハウスなんかに…」
「別に、受け取った後コイツを捨てようがどうしようが、オマエの勝手だ。でも、そこに『シノさん』がいるぞ」
不意に飛び出した名前に、多聞は激しい動揺を見せたが、取り繕うように顔を背け、感心がなさそうな態度を装う。
「別に、今更アイツにも興味ねェな。それよりなんだってショーゴがそんなコト、知ってるんだ?」
「…オマエ、あのラーメン屋に相当通ったらしいな。店のオヤジさんは、知らないっつってんのに何度も来られて、ずいぶん困ったって言ってたぞ」
辺り構わず八つ当たりをする多聞にすっかり辟易した松原は、多聞のマネージャーから『太鼓』の所在地を聞き出し、柊一に会いに行ったのだ。
だが既に、柊一はそこにいなかった。
店主の話では、抱えていた借金を返済し終えた柊一は、自分のやりたい事を見つけたからと言って退職していったらしい。
そして、柊一と喧嘩をした後、そのまま柊一の行き先を見失ってしまった多聞が店に通ってきては、柊一の行き先をしつこく店主に尋ねていた事も知ったのだった。
「俺はな、別にシノさんの行き先を調べたワケじゃねェ。シノさんを見つけたのは、偶然だ。でもな、俺達の後を追ってくる次世代のミュージシャン達の事を気にかけていれば、オマエにだってすぐ判った筈なんだぞ」
「それ、どういう意味だよ?」
問いかける多聞に、松原はいつもと同じように何も言わず、ただ多聞の手にチケットを押しつけて、その場から離れていってしまった。
ツアー先の控え室で、松原がヒットチャート誌に目を通していると、通りかかった多聞がそれを取り上げる。
「なにするんだよ?」
見上げた松原の前で、多聞はそれを乱暴に丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「こんなモン、なんの役にもたたねェよ」
「…今度のアルバム、評が悪いからか? 辛辣な事しか言えねェヤツは、誰の作品にもああいう態度とるから、気にする事ねェって言ったのオマエじゃん」
「誰がそんなコト、気にしてるよ。見ても役にたたねェから、そう言ってるだけだろ。だいたい、ステージに出る前にあんなモン見るんじゃねェよ。テンション落ちたら、どーすんだっ?」
「解ったよ」
松原は溜息をつくと、多聞に向かって頷いて見せた。
納得したのか、多聞は松原の側を離れたが、そのまま苛立ったような顔で部屋の中を歩き回っている。
それを目で追いながら、何げなく松原は多聞に訊ねた。
「そういえば、タクミちゃんとの離婚は成立したのか?」
途端に、もっとモノ凄い形相になって多聞は振り向いた。
「そんなん、ショーゴに関係あんのかよっ!」
「俺は、オマエともタクミちゃんとも友達だ。二人が結婚した経緯だって、だいたい知ってる。それが別れるって事になったんだから、その後の経過を聞くのは、それほど筋違いの質問じゃないと思うが?」
「っ…」
多聞は答えないままに、顔を背けた。
「…それじゃあ、あのラーメン屋のヤツはどーしたのよ? その後ちっとも話に出てこないじゃんか」
「あんなヤツ、知るかよ」
「はぁ? なにそれ?」
多聞はいきなりキッと松原を睨み付けると、不意にズカズカと部屋を横切り、そのまま出ていってしまった。
そんな多聞の背中を見送り、松原はやれやれと肩を竦める。
そしてしばらく思案した後で、多聞のマネージャーを捜しに部屋を出ていった。
新たなツアーの最終公演地は、東京だった。
多聞が無闇に苛立っていた今回のツアーは、少しばかり意地悪いタイプの雑誌では散々な酷評を受けていて、それがさらに多聞の苛立ちに油を注いでいた。
「おい、レン」
ファイナルステージを終えて、打ち上げ会場に姿を現した多聞に、松原が声をかけた。
「ああ、ショーゴ。今回も、ご苦労サン」
「別に、そんなのはイイよ。それより、これ…」
ポケットから取り出した封筒を差し出す松原に、多聞は怪訝な顔を向ける。
「なに、これ?」
「ハウスのチケットだ」
「ハウス?」
受け取り、中を引っぱり出した多聞は、しげしげと眺めた後にそれを松原の手に返した。
「興味ねェよ。今更、そんなちんけなライヴハウスなんかに…」
「別に、受け取った後コイツを捨てようがどうしようが、オマエの勝手だ。でも、そこに『シノさん』がいるぞ」
不意に飛び出した名前に、多聞は激しい動揺を見せたが、取り繕うように顔を背け、感心がなさそうな態度を装う。
「別に、今更アイツにも興味ねェな。それよりなんだってショーゴがそんなコト、知ってるんだ?」
「…オマエ、あのラーメン屋に相当通ったらしいな。店のオヤジさんは、知らないっつってんのに何度も来られて、ずいぶん困ったって言ってたぞ」
辺り構わず八つ当たりをする多聞にすっかり辟易した松原は、多聞のマネージャーから『太鼓』の所在地を聞き出し、柊一に会いに行ったのだ。
だが既に、柊一はそこにいなかった。
店主の話では、抱えていた借金を返済し終えた柊一は、自分のやりたい事を見つけたからと言って退職していったらしい。
そして、柊一と喧嘩をした後、そのまま柊一の行き先を見失ってしまった多聞が店に通ってきては、柊一の行き先をしつこく店主に尋ねていた事も知ったのだった。
「俺はな、別にシノさんの行き先を調べたワケじゃねェ。シノさんを見つけたのは、偶然だ。でもな、俺達の後を追ってくる次世代のミュージシャン達の事を気にかけていれば、オマエにだってすぐ判った筈なんだぞ」
「それ、どういう意味だよ?」
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