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ep.2:追われる少年
2:適材適所【2】
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クロスは、神経質で引っ込み思案の魔導士が苦手だ。
もっとも自分自身もまた、神経質で引っ込み思案の魔導士だが。
言ってしまえば魔導士なんて、能力が秀でていればいるほど、体格は貧相で人格にも難ありと相場が決まっているから、そんな者同士でスムーズな人間関係を築けるはずも無く、群れるのが得意な者などいない。
問題は、冒険者組合に登録して、そこから仕事を請け負っている限り、どれほどの人見知りであったとしても他人と合わせていかねばならない…と言う点だ。
ソロで活動している限り、他人とのコミュニケーションは自分で行わなければならない。
それはつまり、魔力持ちに偏見を持った雇用主や、同僚となる粗暴な戦士、それら "実力者" の腰巾着たち全部のことだ。
だがマハトは、そんな偏見に満ち溢れている者たちとは違っていた。
そもそもマハトの言葉遣いは、一般的な冒険者の戦士と違って、横暴さを感じない。
特別丁寧という訳でもないが、それはむしろ旅暮らしで "あまり丁寧な言葉使いをするとナメられる" ことを学び、わざとくだけた口調にしているような印象すら感じる。
そう思う理由は、彼の態度だ。
少年の手を取り、歩調を合わせてゆっくりと歩く様子は好ましく、そこには物理攻撃が得意な者特有の無神経で乱暴な印象はまるでない。
本人曰く「自分は気の回らない性格」らしいが、きちんと躾をされた礼儀正しさが漂い、それはまるでどこかの御曹司のような印象すらあった。
町までの道程で、ポツポツと聞いたところによると、マハトは剣豪の修行のために冒険者に力を貸すことはあっても、自身が冒険者組合から仕事を請け負ったことはないという。
つまりマハトは冒険者ではなく、言葉通り剣客の旅人…ということだ。
町を囲んだ防護壁に設けられた門は、穏やかな夕暮れに守備兵もあくびを噛み殺していて、クロスとマハトがそれぞれに身分証を提示すると、子供には特に注意も払わず通してくれた。
門を抜けたところで、マハトは歩みを止めた。
「クロスさん、これからの予定は?」
「あー…今ンとこナイよ。てか、その子のコトが気になるな…」
「酒はイケますか?」
「え? なんで酒?」
「俺は、まったく飲めないんです。でもこの子の身許を当たるなら、人の出入りが多い酒場が一番かと。飲める人が一緒なら助かります」
「それぐらいなら大丈夫かと」
「それぐらい、とはどういう意味ですか?」
鷹揚な印象だったマハトにきっちりと問いを返されて、クロスはどぎまぎしてしまった。
「あの、えとえと…、だからその、俺は、酒はキライじゃないんだよね。ただ、その、酒豪って訳でもないから、あんま飲み過ぎると、記憶が飛んじゃうからさ。でも情報集めくらいの量なら、普通に大丈夫だと思う…」
「そうですか。それなら是非、同行して下さい」
しどろもどろに説明すると、マハトは拍子抜けするほど簡単に納得する。
「うんいいよ。てか、酒場には俺が一人で行ってくるから、マハさんはその子と先に宿に行って、落ち着いててよ」
「それは出来ません。クロスさんにだけ、情報集めを押し付ける訳にはいきませんから」
「だってマハさん、酒が全く飲めないんだろう? それに子連れで酒場もマズイっしょ? 飲まないほうは子守で、飲めるほうが酒場。適材適所だよ」
「ああ、そうか…。どうも俺は気がまわらなくて、申し訳ない」
「いいって。気にしないで待っててよ」
酒場を目指して歩き出したクロスは、自分のお寒い懐具合のことを思い出し、ハタと立ち止まって、財布を取り出して中身の小銭を数えてしまった。
「クロスさん、何してるんだ?」
てっきり宿に向かったと思っていたマハトが、子供と手を繋いですぐ後ろに立っている。
「う、ええっ? マハさんっ、宿に行ったんじゃないの?」
「門をくぐる時に、守備兵が酒場と宿は兼業だと言っていたんだ。それより、なぜそんな所で金を数えてるんだ?」
「あ~…、うん。無銭飲食で捕まっても、困るからねぇ」
出来ればそんなことは他人に言いたくなかったが、こうなっては隠しようも無いと諦めて、クロスは自身の金銭事情を告白した。
「酒場で注文もせずに、情報集めをする訳にもいかないな。重ね重ね気がまわらず、申し訳ない」
「そこは別に、マハさんが謝るコトじゃないでしょ?」
「いや、俺の代わりに飲んでもらうんだから、その酒代は俺が出すべきだ。これで足りるだろうか?」
マハトはベルトに付けた合切袋に手を入れると、近年クロスが見たことが無いような額面の金貨を取り出した。
「これじゃあ、多すぎるよ」
「済まない。こちらに来る前の街で換金したばかりだから、これより少額は持ち合わせが無いんだ」
こんな大金を見知って数時間の者に気軽に手渡すのはどうか? と感じるが、マハトの様子からその金額を扱うのに無頓着な印象を受けた。
本当に、どこかの御曹司なのか? と思いつつ、現在の財布事情を考えると、これを受け取る以外の選択肢は無い。
「そう…。じゃあ、あとでお釣りを返すよ」
金貨を受け取り、マハトに曖昧な笑みを返して、クロスは独りで酒場に入った。
もっとも自分自身もまた、神経質で引っ込み思案の魔導士だが。
言ってしまえば魔導士なんて、能力が秀でていればいるほど、体格は貧相で人格にも難ありと相場が決まっているから、そんな者同士でスムーズな人間関係を築けるはずも無く、群れるのが得意な者などいない。
問題は、冒険者組合に登録して、そこから仕事を請け負っている限り、どれほどの人見知りであったとしても他人と合わせていかねばならない…と言う点だ。
ソロで活動している限り、他人とのコミュニケーションは自分で行わなければならない。
それはつまり、魔力持ちに偏見を持った雇用主や、同僚となる粗暴な戦士、それら "実力者" の腰巾着たち全部のことだ。
だがマハトは、そんな偏見に満ち溢れている者たちとは違っていた。
そもそもマハトの言葉遣いは、一般的な冒険者の戦士と違って、横暴さを感じない。
特別丁寧という訳でもないが、それはむしろ旅暮らしで "あまり丁寧な言葉使いをするとナメられる" ことを学び、わざとくだけた口調にしているような印象すら感じる。
そう思う理由は、彼の態度だ。
少年の手を取り、歩調を合わせてゆっくりと歩く様子は好ましく、そこには物理攻撃が得意な者特有の無神経で乱暴な印象はまるでない。
本人曰く「自分は気の回らない性格」らしいが、きちんと躾をされた礼儀正しさが漂い、それはまるでどこかの御曹司のような印象すらあった。
町までの道程で、ポツポツと聞いたところによると、マハトは剣豪の修行のために冒険者に力を貸すことはあっても、自身が冒険者組合から仕事を請け負ったことはないという。
つまりマハトは冒険者ではなく、言葉通り剣客の旅人…ということだ。
町を囲んだ防護壁に設けられた門は、穏やかな夕暮れに守備兵もあくびを噛み殺していて、クロスとマハトがそれぞれに身分証を提示すると、子供には特に注意も払わず通してくれた。
門を抜けたところで、マハトは歩みを止めた。
「クロスさん、これからの予定は?」
「あー…今ンとこナイよ。てか、その子のコトが気になるな…」
「酒はイケますか?」
「え? なんで酒?」
「俺は、まったく飲めないんです。でもこの子の身許を当たるなら、人の出入りが多い酒場が一番かと。飲める人が一緒なら助かります」
「それぐらいなら大丈夫かと」
「それぐらい、とはどういう意味ですか?」
鷹揚な印象だったマハトにきっちりと問いを返されて、クロスはどぎまぎしてしまった。
「あの、えとえと…、だからその、俺は、酒はキライじゃないんだよね。ただ、その、酒豪って訳でもないから、あんま飲み過ぎると、記憶が飛んじゃうからさ。でも情報集めくらいの量なら、普通に大丈夫だと思う…」
「そうですか。それなら是非、同行して下さい」
しどろもどろに説明すると、マハトは拍子抜けするほど簡単に納得する。
「うんいいよ。てか、酒場には俺が一人で行ってくるから、マハさんはその子と先に宿に行って、落ち着いててよ」
「それは出来ません。クロスさんにだけ、情報集めを押し付ける訳にはいきませんから」
「だってマハさん、酒が全く飲めないんだろう? それに子連れで酒場もマズイっしょ? 飲まないほうは子守で、飲めるほうが酒場。適材適所だよ」
「ああ、そうか…。どうも俺は気がまわらなくて、申し訳ない」
「いいって。気にしないで待っててよ」
酒場を目指して歩き出したクロスは、自分のお寒い懐具合のことを思い出し、ハタと立ち止まって、財布を取り出して中身の小銭を数えてしまった。
「クロスさん、何してるんだ?」
てっきり宿に向かったと思っていたマハトが、子供と手を繋いですぐ後ろに立っている。
「う、ええっ? マハさんっ、宿に行ったんじゃないの?」
「門をくぐる時に、守備兵が酒場と宿は兼業だと言っていたんだ。それより、なぜそんな所で金を数えてるんだ?」
「あ~…、うん。無銭飲食で捕まっても、困るからねぇ」
出来ればそんなことは他人に言いたくなかったが、こうなっては隠しようも無いと諦めて、クロスは自身の金銭事情を告白した。
「酒場で注文もせずに、情報集めをする訳にもいかないな。重ね重ね気がまわらず、申し訳ない」
「そこは別に、マハさんが謝るコトじゃないでしょ?」
「いや、俺の代わりに飲んでもらうんだから、その酒代は俺が出すべきだ。これで足りるだろうか?」
マハトはベルトに付けた合切袋に手を入れると、近年クロスが見たことが無いような額面の金貨を取り出した。
「これじゃあ、多すぎるよ」
「済まない。こちらに来る前の街で換金したばかりだから、これより少額は持ち合わせが無いんだ」
こんな大金を見知って数時間の者に気軽に手渡すのはどうか? と感じるが、マハトの様子からその金額を扱うのに無頓着な印象を受けた。
本当に、どこかの御曹司なのか? と思いつつ、現在の財布事情を考えると、これを受け取る以外の選択肢は無い。
「そう…。じゃあ、あとでお釣りを返すよ」
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