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王都を離れて
97 獣人娘の憂鬱(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シャーメ…現在リリアンたちが世話になっている、仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の妹
====================
以前から、なんとなくモヤモヤしていたけれど、でもその正体は自分でもイマイチわからなかった。
王都に居た頃にはこんな事はなかった。きっかけはただの偶然だった。
いつも風呂上りには、部屋で自分で髪を乾かしている。
でもその日は少し喉が渇いていた。濡れた髪のまま台所に行って水を飲み、部屋に戻ろうとした時にシアさんとばったり会った。
彼は私の濡れ髪を見て、乾かしてくれると言ったのだ。
最初は断った。このくらいなら自分でも出来る。それならやらせてほしいと。自分がやりたいのだと、そう請われた。
さらに続いた言葉が決定的だった。
「俺みたいなおっさんじゃ嫌か?」と。
何を言うんだろうと思い、目を見張った。
私にとって今も昔も、シアさんは大切な仲間だ。あれから15年も経っていようと、それは変わらない。
確かに今の私から見ると、今の彼はずっと年上の男性ではある。でもそれは彼の事を嫌だなんて思う理由にはならない。
そう思うと、彼の申し出を断れなくなってしまった。
* * *
狼の姿で目が覚めた。大きくあくびをして、ふるふると首を振ってそのままぐーーっと伸びをした。
うーーん…… なんで自分の部屋でこの姿に、しかもソファーの上で寝てるんだっけ?
部屋の中を軽く見まわして、すぐに思い当たった。
私のベッドの上を占領するシアさんとデニスさん。
昨晩、シアさんに髪を乾かしてもらっていると、そこへデニスさんも訪ねてきた。私たちの姿を見て、何故か慌てて詰め寄ってきたデニスさんに、シアさんは「アッシュの髪を乾かすのは俺の役目だ」と言ったのだ。
そこからシアさんが自慢げにあの頃の話を語り始め…… ああそうだ。酒場で特に目をひいていたとか、そんな話をしはじめたんだっけ。
女性が酒場で男連中に絡まれるのは別に珍しい事じゃあない。少なくとも前世ではしょっちゅうあった事だった。私でさえそうだったのだから、他の女性たちはもっと苦労していただろう。別に私だけが特にと言う話ではないはずだ。
なのに、シアさんがまるで特別のように、大袈裟に話をするものだから、デニスさんが面白くなさそうにシアさんに悪態を吐き始めた。
こんな感じのじゃれ合いは仲が良いこの二人のいつもの光景で。だから止める必要も口を挟む必要もないと思っていたけれど、何故だかそれが飲み比べに変わった。
二人とも酒に強い方ではない。飲み比べなんて以ての外だ。
そう思って声をかけたら、二人して私を「アッシュ」「アシュリーさん」と呼ぶので、少しムッとした。
「今の私はアシュリーではありません。獣人のリリアンです。だから今まで通り、デニスさんの後輩冒険者で居させてください」
私の前世がデニスさんに知れたあの時に、そう言っておいたのに。
シアさんにも似た様な事を以前に言ったのに。彼は私の髪を乾かしながら、あの頃に戻った気分になっているのがわかる。
まぁ私だって前世に触れる時には昔のようになってしまうから、彼の事は言えない。それに髪を乾かしてくれているのだからと思って、言わずにはいたけれど。
だから二人を放ったまま一人で大人しく研究所から持ってきた本を読んでいた。しばらくして静かになったと思ったら、二人は私のベッドの上で寝こけていた。
いくらベッドが広いと言っても、けして小柄ではない大人二人の間で眠れるようなほどには、私は小柄ではない。ついでに言うなら仲良く頭を突き合わせて眠っている二人の邪魔をしてはいけないと思った。
だから、旅の途中でよくしていたように、狼の姿で眠りについた。
それだけの事だったのだけど……
「うーーん…… アッシュ……」
シアさんが寝ぼけて昔の名前を呼んだ。
まただ……
彼に私の前世がバレてから、彼の態度が変わった事には気付いていた。彼は私を見ているのに、私でなくアシュリーを見ている。
これじゃあ全く意味がない。せっかく――なのに……
「……アシュリーさん……」
……デニスさんもだ。昨日二人で話していた事で、幼い頃を思い出しでもしたのだろうか。
デニスさんに前世の事をずっと隠していて、その事を責められなかった事には少しホッとしていた。
でも彼の態度の変化はシアさんのそれよりもっと顕著だった。
「私はアシュリーじゃない」
ぼつりと、口から小さく言葉が零れた。
とぼとぼと狼の姿のままで庭へ向かった。
いつもならここで朝の鍛錬をする。でもなんだか今日はそんな気分にもなれなかった。一歩二歩と足を進め、徐々にスピードを上げる。背中に誰も乗せない一人での走りは久しぶりで、とても気分が良くて。駆けて駆けて、そのままの姿で山を下った。
* * *
どのくらい走っていたのだろう。お腹が空いている事に気が付いた。
しまった…… 朝ごはんもまだだったし、誰にも何も言わずに出て来てしまった。
仙狐の住処へは転移魔法で跳べばすぐに帰れる。でもなんだか帰る気になれなかった。
獣化を解いて、いつも身に着けている腰のポーチを漁る。通信の魔道具を出してみると、連絡があった旨を知らせる文字がチカチカと見えたり消えたりしている。
表示を開くと今までにない数のメールがパーッと表示された。全部仙狐たちから……というか、シャーメからのメールだ。
おはよう、朝ごはん先に食べちゃうね。という何ともないメールから始まって、どうしたの? 何かあったの? 返事ちょうだい。 もしかして何か怒ってる? 私の所為だったらごめんなさい。 と……
そういえば、シャーメは先日の騒ぎに少し責任を感じていた。
彼女が獣人の姿になると二十歳すぎくらいに見えるが、本当は今の私より一つだけ年上のまだ16歳だ。しかも人慣れしていないところがあるので、気を使うのが上手くない。というか、思った事をそのまま言動に移してしまうところがある。良く言えば素直なんだけど……
あの時のシャーメに悪気がないのはわかっている。デニスさんを仲間だと認めてくれたからこその、あの言葉だったのだろう。だから彼女を責めるつもりは全くない。
少し一人になりたい、出掛けてくる。二人には今日は休日にすると伝えてほしい。とメールをして、また魔道具をポーチにしまった。
====================
(メモ)
髪を乾かす(Ep.7)
酒に弱い(#7、Ep.2、#53)
旅の途中(#35)
通信の魔道具(#38)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シャーメ…現在リリアンたちが世話になっている、仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の妹
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以前から、なんとなくモヤモヤしていたけれど、でもその正体は自分でもイマイチわからなかった。
王都に居た頃にはこんな事はなかった。きっかけはただの偶然だった。
いつも風呂上りには、部屋で自分で髪を乾かしている。
でもその日は少し喉が渇いていた。濡れた髪のまま台所に行って水を飲み、部屋に戻ろうとした時にシアさんとばったり会った。
彼は私の濡れ髪を見て、乾かしてくれると言ったのだ。
最初は断った。このくらいなら自分でも出来る。それならやらせてほしいと。自分がやりたいのだと、そう請われた。
さらに続いた言葉が決定的だった。
「俺みたいなおっさんじゃ嫌か?」と。
何を言うんだろうと思い、目を見張った。
私にとって今も昔も、シアさんは大切な仲間だ。あれから15年も経っていようと、それは変わらない。
確かに今の私から見ると、今の彼はずっと年上の男性ではある。でもそれは彼の事を嫌だなんて思う理由にはならない。
そう思うと、彼の申し出を断れなくなってしまった。
* * *
狼の姿で目が覚めた。大きくあくびをして、ふるふると首を振ってそのままぐーーっと伸びをした。
うーーん…… なんで自分の部屋でこの姿に、しかもソファーの上で寝てるんだっけ?
部屋の中を軽く見まわして、すぐに思い当たった。
私のベッドの上を占領するシアさんとデニスさん。
昨晩、シアさんに髪を乾かしてもらっていると、そこへデニスさんも訪ねてきた。私たちの姿を見て、何故か慌てて詰め寄ってきたデニスさんに、シアさんは「アッシュの髪を乾かすのは俺の役目だ」と言ったのだ。
そこからシアさんが自慢げにあの頃の話を語り始め…… ああそうだ。酒場で特に目をひいていたとか、そんな話をしはじめたんだっけ。
女性が酒場で男連中に絡まれるのは別に珍しい事じゃあない。少なくとも前世ではしょっちゅうあった事だった。私でさえそうだったのだから、他の女性たちはもっと苦労していただろう。別に私だけが特にと言う話ではないはずだ。
なのに、シアさんがまるで特別のように、大袈裟に話をするものだから、デニスさんが面白くなさそうにシアさんに悪態を吐き始めた。
こんな感じのじゃれ合いは仲が良いこの二人のいつもの光景で。だから止める必要も口を挟む必要もないと思っていたけれど、何故だかそれが飲み比べに変わった。
二人とも酒に強い方ではない。飲み比べなんて以ての外だ。
そう思って声をかけたら、二人して私を「アッシュ」「アシュリーさん」と呼ぶので、少しムッとした。
「今の私はアシュリーではありません。獣人のリリアンです。だから今まで通り、デニスさんの後輩冒険者で居させてください」
私の前世がデニスさんに知れたあの時に、そう言っておいたのに。
シアさんにも似た様な事を以前に言ったのに。彼は私の髪を乾かしながら、あの頃に戻った気分になっているのがわかる。
まぁ私だって前世に触れる時には昔のようになってしまうから、彼の事は言えない。それに髪を乾かしてくれているのだからと思って、言わずにはいたけれど。
だから二人を放ったまま一人で大人しく研究所から持ってきた本を読んでいた。しばらくして静かになったと思ったら、二人は私のベッドの上で寝こけていた。
いくらベッドが広いと言っても、けして小柄ではない大人二人の間で眠れるようなほどには、私は小柄ではない。ついでに言うなら仲良く頭を突き合わせて眠っている二人の邪魔をしてはいけないと思った。
だから、旅の途中でよくしていたように、狼の姿で眠りについた。
それだけの事だったのだけど……
「うーーん…… アッシュ……」
シアさんが寝ぼけて昔の名前を呼んだ。
まただ……
彼に私の前世がバレてから、彼の態度が変わった事には気付いていた。彼は私を見ているのに、私でなくアシュリーを見ている。
これじゃあ全く意味がない。せっかく――なのに……
「……アシュリーさん……」
……デニスさんもだ。昨日二人で話していた事で、幼い頃を思い出しでもしたのだろうか。
デニスさんに前世の事をずっと隠していて、その事を責められなかった事には少しホッとしていた。
でも彼の態度の変化はシアさんのそれよりもっと顕著だった。
「私はアシュリーじゃない」
ぼつりと、口から小さく言葉が零れた。
とぼとぼと狼の姿のままで庭へ向かった。
いつもならここで朝の鍛錬をする。でもなんだか今日はそんな気分にもなれなかった。一歩二歩と足を進め、徐々にスピードを上げる。背中に誰も乗せない一人での走りは久しぶりで、とても気分が良くて。駆けて駆けて、そのままの姿で山を下った。
* * *
どのくらい走っていたのだろう。お腹が空いている事に気が付いた。
しまった…… 朝ごはんもまだだったし、誰にも何も言わずに出て来てしまった。
仙狐の住処へは転移魔法で跳べばすぐに帰れる。でもなんだか帰る気になれなかった。
獣化を解いて、いつも身に着けている腰のポーチを漁る。通信の魔道具を出してみると、連絡があった旨を知らせる文字がチカチカと見えたり消えたりしている。
表示を開くと今までにない数のメールがパーッと表示された。全部仙狐たちから……というか、シャーメからのメールだ。
おはよう、朝ごはん先に食べちゃうね。という何ともないメールから始まって、どうしたの? 何かあったの? 返事ちょうだい。 もしかして何か怒ってる? 私の所為だったらごめんなさい。 と……
そういえば、シャーメは先日の騒ぎに少し責任を感じていた。
彼女が獣人の姿になると二十歳すぎくらいに見えるが、本当は今の私より一つだけ年上のまだ16歳だ。しかも人慣れしていないところがあるので、気を使うのが上手くない。というか、思った事をそのまま言動に移してしまうところがある。良く言えば素直なんだけど……
あの時のシャーメに悪気がないのはわかっている。デニスさんを仲間だと認めてくれたからこその、あの言葉だったのだろう。だから彼女を責めるつもりは全くない。
少し一人になりたい、出掛けてくる。二人には今日は休日にすると伝えてほしい。とメールをして、また魔道具をポーチにしまった。
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