24 / 333
獣人の国
17 黒の森の王/(1)
しおりを挟む
金狐族は神仕えの一族だ。獣人のうちでも特に神に近いと言われている場所に住み、大きな神殿で獣人の神を祀っている。それは森の奥深くにあり、そこへ行く為には獣人たちの背よりも遥かに高い木々の間に作られた林道を抜けなくてはならない。
その林道を二人の獣人が歩いていた。
木々のお陰で日差しは和らいでいるとはいえ、一人はこの暑い季節に深いフードの付いたマントを羽織ってるのが、いささか異様にも見える。
もう一人は銀髪に銀の耳と尾を備えたまだ若き青年だ。彼はこの季節にあった涼し気で、しかし品格の窺える麻の服を着ている。
端から見ると、身分のある者とその付き人とでも見えるだろう。
金狐族の門番は一瞥して彼らを通した。
同族でない事はすぐにわかったが、灰狼族は敵ではなく警戒する理由はない。他種族の者が神殿に参拝に来るのも珍しい事ではなかった。
二人はそのまま集落の中央にある一番大きな神殿に向かった。入ってすぐの場所に据えられている参拝者の為の祭壇を無視し、そのまま拝殿に上がる。
奥にある祭壇の部屋から出てきた金狐族の巫女は、おやおやと口元を袖で隠しながら二人を出迎えた。
「これは…… 灰狼族の坊主ではないか。何用かな?」
巫女の言葉に、銀髪の青年は軽く愛想笑いで応えた。
「先日、灰狼族の長を継ぎましたカイルと申します。どうぞお見知り置きください」
銀髪の少年がそう挨拶すると、金狐族の巫女は慌てて低頭した。
獣人にはそれぞれ種族同士での力関係があり、この辺りの地では灰狼族の格が一番高いのだ。
ただの狼獣人相手であれば、神に仕える身である金狐族の巫女が頭を垂れる道理はない。しかし、相手が族長であるならばそうはいかない。機嫌を害すれば一族の存続にも関わりかねないのだ。
それに気づいた侍女が慌てて、バタバタと大きな足音をさせて拝殿から出ていった。おそらく金狐族の長を呼びに行ったのだろう。
もう一人の来訪者が深く被っていたフードを外すと、長い黒髪と黒狼の耳が現れた。
「そちらは灰狼族の巫女殿でしょうか?」
獣人にとって黒毛は神の恩寵の証だ。金孤族の巫女がそう思うのも当然の事だが、カイルはそれを否定した。
「いいえ、私の妹です。この度は『黒の森の王』にご神託を賜りたく参りました」
「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、それは難しいかと」
入口の方から、強く張りのある男性の声がした。
「大変ご挨拶が遅れました。金狐族の長のエメリヤです。灰狼の族長とお聞きしておりますが」
金の耳と尾を持つ金狐族の族長がわざと『大変』を強く言ったのは、族長に挨拶もせずに直接神殿に上がった事に対しての嫌味であろう。
「失礼をしております。カイルと申します。こちらは妹のリリアンです」
自身の親程に年上の者の言葉を、カイルは敢えて流した。黒髪の少女はわずかに眉間に皺をよせたが、何も言わずに兄の隣で浅く会釈をした。
「我らが神はもう15年、神託を下しておりません。常に君に仕え尽くしている金狐族にならともかく、いくら格が高いとはいえ、神の社も持たない野蛮な灰狼族に、君が神託を下されるとは思えませんが」
エメリヤはカイルの事を見縊っていた。
族長と言うが、所詮は成人したばかりの小童だ。どんな絡繰りかは知らぬが、族長を継いだと言うのも形だけのものか何かであろう。まさかカイルが成人前に前族長の背を地に付けたとは、思いもしていないのだ。
その時、どこからか凛とした男性の声が響いた。
『その者たちを通してはくれまいか?』
それは15年ぶりの神託だった。
その声に金狐の族長が慌てて膝を突く。遅れて、金狐の巫女と侍女たちが、頭を地に擦り付ける。
今、その場に平然と立っているのは、狼獣人の二人だけだった。
黒狼の少女はそんな狐たちには目もくれず、軽い足取りで奥の部屋へ歩み進んだ。
「では、失礼しますね」
狼の若き族長は何事もなかったように言い放ち、妹の後に続いた。
その林道を二人の獣人が歩いていた。
木々のお陰で日差しは和らいでいるとはいえ、一人はこの暑い季節に深いフードの付いたマントを羽織ってるのが、いささか異様にも見える。
もう一人は銀髪に銀の耳と尾を備えたまだ若き青年だ。彼はこの季節にあった涼し気で、しかし品格の窺える麻の服を着ている。
端から見ると、身分のある者とその付き人とでも見えるだろう。
金狐族の門番は一瞥して彼らを通した。
同族でない事はすぐにわかったが、灰狼族は敵ではなく警戒する理由はない。他種族の者が神殿に参拝に来るのも珍しい事ではなかった。
二人はそのまま集落の中央にある一番大きな神殿に向かった。入ってすぐの場所に据えられている参拝者の為の祭壇を無視し、そのまま拝殿に上がる。
奥にある祭壇の部屋から出てきた金狐族の巫女は、おやおやと口元を袖で隠しながら二人を出迎えた。
「これは…… 灰狼族の坊主ではないか。何用かな?」
巫女の言葉に、銀髪の青年は軽く愛想笑いで応えた。
「先日、灰狼族の長を継ぎましたカイルと申します。どうぞお見知り置きください」
銀髪の少年がそう挨拶すると、金狐族の巫女は慌てて低頭した。
獣人にはそれぞれ種族同士での力関係があり、この辺りの地では灰狼族の格が一番高いのだ。
ただの狼獣人相手であれば、神に仕える身である金狐族の巫女が頭を垂れる道理はない。しかし、相手が族長であるならばそうはいかない。機嫌を害すれば一族の存続にも関わりかねないのだ。
それに気づいた侍女が慌てて、バタバタと大きな足音をさせて拝殿から出ていった。おそらく金狐族の長を呼びに行ったのだろう。
もう一人の来訪者が深く被っていたフードを外すと、長い黒髪と黒狼の耳が現れた。
「そちらは灰狼族の巫女殿でしょうか?」
獣人にとって黒毛は神の恩寵の証だ。金孤族の巫女がそう思うのも当然の事だが、カイルはそれを否定した。
「いいえ、私の妹です。この度は『黒の森の王』にご神託を賜りたく参りました」
「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、それは難しいかと」
入口の方から、強く張りのある男性の声がした。
「大変ご挨拶が遅れました。金狐族の長のエメリヤです。灰狼の族長とお聞きしておりますが」
金の耳と尾を持つ金狐族の族長がわざと『大変』を強く言ったのは、族長に挨拶もせずに直接神殿に上がった事に対しての嫌味であろう。
「失礼をしております。カイルと申します。こちらは妹のリリアンです」
自身の親程に年上の者の言葉を、カイルは敢えて流した。黒髪の少女はわずかに眉間に皺をよせたが、何も言わずに兄の隣で浅く会釈をした。
「我らが神はもう15年、神託を下しておりません。常に君に仕え尽くしている金狐族にならともかく、いくら格が高いとはいえ、神の社も持たない野蛮な灰狼族に、君が神託を下されるとは思えませんが」
エメリヤはカイルの事を見縊っていた。
族長と言うが、所詮は成人したばかりの小童だ。どんな絡繰りかは知らぬが、族長を継いだと言うのも形だけのものか何かであろう。まさかカイルが成人前に前族長の背を地に付けたとは、思いもしていないのだ。
その時、どこからか凛とした男性の声が響いた。
『その者たちを通してはくれまいか?』
それは15年ぶりの神託だった。
その声に金狐の族長が慌てて膝を突く。遅れて、金狐の巫女と侍女たちが、頭を地に擦り付ける。
今、その場に平然と立っているのは、狼獣人の二人だけだった。
黒狼の少女はそんな狐たちには目もくれず、軽い足取りで奥の部屋へ歩み進んだ。
「では、失礼しますね」
狼の若き族長は何事もなかったように言い放ち、妹の後に続いた。
0
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる