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第五章
5-1 聖職者の墓
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はるか昔にこの地を訪れた聖職者がいたそうだ。その聖職者が亡くなり墓が作られると、祖先はその墓を中心に町民が眠る為の墓地を作った。
ところが1年ほど前からその墓地に『黒い魔獣』が住み着いた。
幸いにも、その墓地は町からは離れたところにあり、『黒い魔獣』が町に直接害を為すことはなかった。ならば無駄に魔獣を刺激せずに、そっとしておこう。そう決めて、町民はその墓地を捨てた。
ところが二月ほど前から、その墓地の様子がさらに変わってきたのだそうだ。気が付いたのは、ギルドに所属する冒険者だった。
その冒険者が通う狩場は、件の魔獣の住処である古の墓地に向かう途中にある。腕に覚えのある者しか立ち入らないその森で、いつもは見かける獲物たちを、その日は殆ど見ることが出来なかったのだそうだ。彼は獲物を探して、いつも以上にその墓地に近づいてしまった。
墓地から漂ってくる異様な気配を全身に感じ、足を止めた。その先にこれ以上足を進めてはいけないと、そう本能が告げたのだと。
鼻の曲がるような不快な臭い、聞こえる獣のくぐもったうなり声、森を抜けた先、墓地のあるはずの方向から漂ってくる重く暗い魔力。その身に襲い掛かり覆いつくすような呪詛にも似た怪しい気配に、震えが止まらなくなった。
思うように動かない足を無理やり動かし、ようやくその場から逃げ出した彼は、冒険者ギルドへと駆け込んだ。
森の獲物が姿を消しているだけでは済まなかった。その冒険者が感じた墓地から漏れ出す異様な魔力は、じわりじわりと範囲を広げ僅かずつだが町に迫ろうとしていた。
冒険者ギルドは、その後何度かその森に冒険者を送り込んだ。しかし殆どの者はそれ以上先に進めないか、進んだ者はそのまま帰って来なかったのだと。
* * *
「うー、くちゃい~~」
アリアちゃんが鼻を押さえながら言うと、ヴィーさんが懐から出したハンカチをアリアちゃんの口元に当てて後ろで結わいた。
「これで少しは気にならなくなったか?」
「うーーん、あんまりかわんない……」
アリアちゃんの顔はまだ歪んだままだ。
アリアちゃんの顔を歪めているのは、先ほどからこの森の奥から漂ってくる異臭だ。
「この臭いはひどいな」
細い眼をさらに細めて、セリオンさんが言った。ジャウマさんも太い眉の間にしわを作りながらとても不快そうな顔をしている。ヴィーさんだけはなんで平気な顔をしているんだろう?
クーがさっきからずっと低い声で唸っているのは、臭いの所為なのか、それともこの怪しい魔力の所為だろうか。
皆の様子を見て、ハッと思い当たった。
「ああ、そうだ! これが役にたつかもしれないです」
以前、薬草採集の途中でケルツ草を見かけていた。この草は肉を腐らせにくくさせたり、臭いを消したりする効果があって、解体した獣の肉を包むのにも使われている。といっても、僕らにはマジックバッグがあるから、この葉を使う必要はない。でも一応にと思って採集しておいたこの草を、そう言えばバッグに入れたままにしてあった。
乾燥させてあるケルツ草を軽く揉んで柔らかくして、アリアちゃんの口元に当ててあるハンカチの隙間に差し込む。
「あ! へいきになったー」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるアリアちゃんを見て、同じものを3人にも手渡した。
その草を挟んだハンカチで口元を覆うのを見て、自分も同じようにする。さっき感じていた異臭が少し紛れ、ケルツ草の爽やかな香りが鼻から入って来た。
「セリオンは特に鼻がいいから堪えてただろう」
「お前のように鈍感じゃないだけだ」
くっくっと意地の悪い笑い顔でヴィーさんが言うと、セリオンさんはそちらを見ずに冷たい口調で答えた。そして、
「これは、腐臭だな……」
そう呟いた。
* * *
おそらく、墓地の入口だったであろう、石造りのアーチをくぐる。
「ラウル、アリアのことは頼んだぞ」
ジャウマさんに改めて言われた言葉に、黙って頷く。それを見たアリアちゃんは、僕の腕にぎゅっとしがみついた。
一歩二歩と、荒れた墓地を進んでいく。至る所に墓石の残骸が転がっている。その周りの地面は何かに掘り起こされたかのように、ボコボコになっていた。さらに何かを引きずったような跡が、墓地の奥に向かって続いている。
その跡を辿って墓地の奥へと足を進めると、腐臭と、何かの唸り声と、暗い魔力がだんだんと強くなっていった。
墓地の最奥と思われるささやかな広場の奥手側に、小高い場所があり、その中央に他より二回りも大きな墓石が転がっている。他と同じように壊れかけてはいるが、遠目に見える墓石の意匠からも、他のものとは違うのがわかる。
話に聞いていた、聖職者の墓だろう。
そこには何もいない。少なくとも、僕には何かがいるようには見えない。そのはずなのに、広場の中央に向けて3人は武器を構え、クーも威嚇の姿勢を取った。
「ハズレだな」
ジャウマさんが、つまらなそうに言った。
突如、広場の中央の地面が、地下から何かに押されるようにぐぐぐと盛り上がっていき、大きく弾ける。地面から飛び出した巨大な何かが、僕らの視界を遮った。
ところが1年ほど前からその墓地に『黒い魔獣』が住み着いた。
幸いにも、その墓地は町からは離れたところにあり、『黒い魔獣』が町に直接害を為すことはなかった。ならば無駄に魔獣を刺激せずに、そっとしておこう。そう決めて、町民はその墓地を捨てた。
ところが二月ほど前から、その墓地の様子がさらに変わってきたのだそうだ。気が付いたのは、ギルドに所属する冒険者だった。
その冒険者が通う狩場は、件の魔獣の住処である古の墓地に向かう途中にある。腕に覚えのある者しか立ち入らないその森で、いつもは見かける獲物たちを、その日は殆ど見ることが出来なかったのだそうだ。彼は獲物を探して、いつも以上にその墓地に近づいてしまった。
墓地から漂ってくる異様な気配を全身に感じ、足を止めた。その先にこれ以上足を進めてはいけないと、そう本能が告げたのだと。
鼻の曲がるような不快な臭い、聞こえる獣のくぐもったうなり声、森を抜けた先、墓地のあるはずの方向から漂ってくる重く暗い魔力。その身に襲い掛かり覆いつくすような呪詛にも似た怪しい気配に、震えが止まらなくなった。
思うように動かない足を無理やり動かし、ようやくその場から逃げ出した彼は、冒険者ギルドへと駆け込んだ。
森の獲物が姿を消しているだけでは済まなかった。その冒険者が感じた墓地から漏れ出す異様な魔力は、じわりじわりと範囲を広げ僅かずつだが町に迫ろうとしていた。
冒険者ギルドは、その後何度かその森に冒険者を送り込んだ。しかし殆どの者はそれ以上先に進めないか、進んだ者はそのまま帰って来なかったのだと。
* * *
「うー、くちゃい~~」
アリアちゃんが鼻を押さえながら言うと、ヴィーさんが懐から出したハンカチをアリアちゃんの口元に当てて後ろで結わいた。
「これで少しは気にならなくなったか?」
「うーーん、あんまりかわんない……」
アリアちゃんの顔はまだ歪んだままだ。
アリアちゃんの顔を歪めているのは、先ほどからこの森の奥から漂ってくる異臭だ。
「この臭いはひどいな」
細い眼をさらに細めて、セリオンさんが言った。ジャウマさんも太い眉の間にしわを作りながらとても不快そうな顔をしている。ヴィーさんだけはなんで平気な顔をしているんだろう?
クーがさっきからずっと低い声で唸っているのは、臭いの所為なのか、それともこの怪しい魔力の所為だろうか。
皆の様子を見て、ハッと思い当たった。
「ああ、そうだ! これが役にたつかもしれないです」
以前、薬草採集の途中でケルツ草を見かけていた。この草は肉を腐らせにくくさせたり、臭いを消したりする効果があって、解体した獣の肉を包むのにも使われている。といっても、僕らにはマジックバッグがあるから、この葉を使う必要はない。でも一応にと思って採集しておいたこの草を、そう言えばバッグに入れたままにしてあった。
乾燥させてあるケルツ草を軽く揉んで柔らかくして、アリアちゃんの口元に当ててあるハンカチの隙間に差し込む。
「あ! へいきになったー」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるアリアちゃんを見て、同じものを3人にも手渡した。
その草を挟んだハンカチで口元を覆うのを見て、自分も同じようにする。さっき感じていた異臭が少し紛れ、ケルツ草の爽やかな香りが鼻から入って来た。
「セリオンは特に鼻がいいから堪えてただろう」
「お前のように鈍感じゃないだけだ」
くっくっと意地の悪い笑い顔でヴィーさんが言うと、セリオンさんはそちらを見ずに冷たい口調で答えた。そして、
「これは、腐臭だな……」
そう呟いた。
* * *
おそらく、墓地の入口だったであろう、石造りのアーチをくぐる。
「ラウル、アリアのことは頼んだぞ」
ジャウマさんに改めて言われた言葉に、黙って頷く。それを見たアリアちゃんは、僕の腕にぎゅっとしがみついた。
一歩二歩と、荒れた墓地を進んでいく。至る所に墓石の残骸が転がっている。その周りの地面は何かに掘り起こされたかのように、ボコボコになっていた。さらに何かを引きずったような跡が、墓地の奥に向かって続いている。
その跡を辿って墓地の奥へと足を進めると、腐臭と、何かの唸り声と、暗い魔力がだんだんと強くなっていった。
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そこには何もいない。少なくとも、僕には何かがいるようには見えない。そのはずなのに、広場の中央に向けて3人は武器を構え、クーも威嚇の姿勢を取った。
「ハズレだな」
ジャウマさんが、つまらなそうに言った。
突如、広場の中央の地面が、地下から何かに押されるようにぐぐぐと盛り上がっていき、大きく弾ける。地面から飛び出した巨大な何かが、僕らの視界を遮った。
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