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第2章 紡がれる希望

第57話 五本の薔薇

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 恋を、してはいけませんか?

 初恋、手の届かないような人との恋。

 私の事を、相手が意識していないと知っても。

 相手に、命を賭して守ると誓わせる程の大切な想い人がいると分かっても。

 打ち明けた想いを胸の奥に残し、成就しない相手に対する恋になってしまっても。

 いつ死んでしまうか分からない世界で、叶う事のない儚い恋をしてはいけませんか?

―*―*―*―*―

 アメリカ中央拠点クレイドル 北部

 その場に明るさが戻しつつある中、ユウト達から数十メートル離れた位置に小さな黒い渦が出現していた。

 周囲の光を呑み込むような黒い渦が出現した地点は、丁度ユウトが背を向け死角となっている位置だった。

 (あれは……黒い点?)

 周囲の仲間達が気付かない中、ユウトと対面する様に立っていたフィリアだけは、ユウトの背面側に現れた黒い渦を視認する事が出来ていた。

 フィリアが黒い渦を見つめる中、ユウトの左隣に座っていたフェイトは、その状態のままユウトから数十センチ程の距離を取っていた。

 (遠くて点にしか見えないけど、渦巻く様に動いてる様にも見える?何であんな所に突然……)

 フィリアが疑問を抱いた瞬間、数十センチ程度の渦からゆっくりと〝黒いガバメント〟が突き出された。

 (黒い点の中から何かが出た?あれは……まさか!?)

 遠方の黒い点の中から現れた物を予想したフィリアは、背筋が凍りつく様な感覚を覚えた。

「ユウトッ!!」

 ユウトの危機を察知したフィリアは、ユウトの前にしゃがみ込むと同時に地面に座っていたユウトの両脇に手を差し込んだ。

 (近くでは駄目!出来るだけ遠くへ!)

「ッ!ハアァァァァアッ!!」

 属性を危惧したフィリアは、ユウトをその場から少しでも遠ざける為、渾身の力を振り絞り勢い良く右方向へと掴み飛ばした。

「「ッ!!」」

 座ったまま微動だにしないフェイトを他所に、フィリアのただならぬ剣幕に愕然とした二人は、反射的にユウトの背後から左右へと飛び退いた。

 二人がその場から飛び退いた瞬間、突き出された銃口から小さな稲妻が発せられた。

 (見えない……違う。薄らと見える……空間を貫く様に迫って来る何かが)

 フィリアの見つめる先の空間を歪める様に、認識困難な何かが一直線状に迫って来ていた。

 (もしも黒い点から出た物が銃身で、放たれた物が銃弾なら……シュウの時と同じ様に刀で直撃を回避出来る)

 フィリアは、腰に差した九十センチ程の柑子色の刃を持つ刀を振り抜いた。

 キィィィィン

 抜刀と同時に見えない何かが接触すると、同時に甲高い金属音が周囲に響き渡った。

 (この感触……間違いない)

 接触した瞬間に、押し戻された力や接触面積から見えない何かが弾丸である事を理解したフィリアは、過去の戦いで行なった弾丸の切断を試みた。

 (この弾丸を二つに斬れば——)

 パキィィィン

 対処法を実行しようと力を入れた瞬間、フィリアの予想を裏切るように、弾丸はフィリアの刃を削り柑子色の刃を二つに折った。

「っ!」

 (……ユウト)

 無防備になったフィリアの心臓部を弾丸が貫き、折れた刃は空中を数回回転した後、後方の地面に突き刺さった。

 掴み飛ばされ数メートル離れた地面に倒れ込んだユウトは、ゆっくりと身体を起こしフィリアへと視線を向けた。

「フィ、フィリア?」

 状況を把握出来ていないユウトは身を起こした状態のまま、しゃがみ込んだフィリアの事を茫然と見つめていた。

「……ユウト」

 フィリアは振り絞る様に言葉を発し終えると、脱力する様にうつ伏せに倒れ込んだ。

「「フィリア!!」」

 声を上げたユウトとユウの二人は、倒れ込んだフィリアの状態を把握する為に、ゆっくりと身体を仰向けにした。

 フィリアの胸部には、何かによってこじ開けられた様な風穴が開いており、中からは多量の血液が流れ出ていた。

「……敵からの攻撃?」

 穴の位置から敵の位置を推測したウトは、フィリアの状態を確認している二人を庇う様に立ち、背後に存在する敵影を捜索したが、既に黒い渦は存在しておらず敵の姿を確認する事は出来なかった。

「待ってろフィリア!今治す!」

 フィリアの隣に座ったユウトは、両手を傷口の上に翳し、傷付いていない状態のフィリアを創造した。

「…………そんな」

 (どうしてフィリアの傷が治らない?……どうして属性が機能しないんだ)

 属性量が回復し切れていない事を疑ったユウトは数秒身体に意識を向けたが、フィリアの傷を回復する為に使用する属性量を上回る程に回復している事を知った。

 (属性量は回復してるんだ。いつもの様に創造すれば治る筈……なのに、属性が全く安定しない……原因が他にあるのか?)

 血を流すフィリアに向けて両手を翳したまま思考を巡らせているユウトの事を、少し離れた場所で見つめているフェイトは、無表情のまま静かに一筋の涙を流していた。

「ふざけんなよ……こんな時に……属性量は殆ど回復しているんだ!創造するべき時に、こんな……こんなふざけた事があるか!!」

 機能しない属性に怒りを露わにしたユウトは、近くの地面を力任せに何度も殴りつけた。

 拳から血が出る程繰り返し地面を殴り、拳が黒く変色する程の怒りと無力感に苛まれたユウトの背中に、フィリアは優しく手を当てた。

「ユウ……ト」

「待っててくれ。フィリア……必ず、必ず属性を安定させて……傷を治してみせる」

 フィリアの声で冷静さを取り戻したユウトは、属性を強引に機能させようと意識を向けたが、意識が何か得体の知れない力に遮られ属性に意識を巡らせる事も出来なかった。

「くそ……なんでだ」

 全ての策が無駄に終わり、意気消沈していたユウトの背後で転移端末等を使用し、光拠点に救援を依頼しようとしていたユウ達は、ユウトの創造と同じ様に機能しない端末を見て愕然としていた。

「どうして?創造に影響を与えていた原因が、あの障壁だったのなら……創造が可能になっている筈」

「ルア達を呼び戻す?」

「そうですね。ユウト!私達はクレイドルに向かったルア達を呼んで来ます!」

 ウトの言葉に頷いたユウは、座り込んだユウトに声を掛けた後、一目散にクレイドルへと駆け出した。

 ユウ達の足音が消えゆく中、ユウトは血を流し続けるフィリアを見つめていた。

 (こんな時……どうすれば良い?)

「ま、先ずは止血を」

 ユカリに創造されたから数ヶ月程度しか経っていないユウトは、属性が使用出来ない状況を想定した実技訓練をしていなかった為、傷付いたフィリアに対する応急処置すらまともに出来ていなかった。

 自身の隊服を破り、フィリアの上体を起こしたユウトは、胸部に開いた穴を前後から塞ぐ様に両手に持った衣服の切れ端を押し付けた。

 しかし正しく止血出来ておらず、冷静さを欠いていた事で止血方法も杜撰だった為、流血を抑える事は出来なかった。

「駄目だ……止められない」

 (知識を付けたつもりでいた……誰かの力になれると、多くの人を救える力を身に付けたつもりでいた……でもそれは、ユカリの……異質な属性があればこそだった)

 人知を超えた属性を有していたユウトは、創造する事で数多の傷を治し、命すらも創造出来るという驕りを持っていた事をその時初めて自覚した。

「俺は……無力だ」

 傷があれば創造を、大切な人が命を落としたなら創造をすれば解決するのだと。

 しかし、親友であるレンを創造出来ず、目の前で血を流すフィリアを治癒する事も叶わなかったユウトは、自身も気付かぬ間に属性に依存していた事を痛感した。

「……無力なんかじゃない」

 声を聞いたユウトは、下に向けていた視線をゆっくりと上げ、フィリアに視線を合わせた。

「日本にいる沢山の人を……ユウトは救ったじゃない……私だって……あの日、ユウトに救われて……みんなと一緒に生きられた」

 苦痛に顔を歪めたフィリアは、暗い表情を浮かべているユウトに言葉を発しながら、鮮明に思い出す事が出来るルミナでの記憶を蘇らせていた。

「ユウト……これを」

「これは……折れた刀?」

 フィリアが差し出した物は、見えない弾丸によって折られた刀の柄部分であった。

「私の刀を折ったのは……視認困難な弾丸だった。敵の狙いは……ううん、弾丸を撃った狙撃手と……ユウト、貴方はいつか必ず対峙する時が来る」

 フィリアは、自身の言葉でユウトが苦しむ姿を想像し、敵の狙いがユウトであった事を隠した。

「着弾点と、この刀に銃撃の痕跡が残っている筈……ユウト、いつか来るその時に備えて……そして……必ず生きて」

「分かった。必ず勝って……生きる」

 力強く頷いたユウトを見つめていたフィリアは、刀を手渡すと力を失った手を地面に付けた。

「ユウト……お願いが……あるの」

「っ!言ってくれフィリア!俺に出来る事なら!」

 その返答を聞いたフィリアは、身を震わせながら瞳を数秒閉じた。

 身体の震えが収まったフィリアが閉じていた瞳を開くと、その瞳には最後の覚悟が秘められていた。

「私を……殺して」

 掠れた声で発せられた願いを聞いたユウトは、予想外の言葉に目を見開くと、合わせていた視線を逸らして俯いた。

「そんな事……出来るわけないだろ!」

「ユウト……お願い。もう二度と……ユウトに刃を向けたくないから」

 腕を震わせながら座っているユウトの手に触れたフィリアは、敵による銃撃で命が途絶え、闇の人間として転生してしまう未来を恐れている事を告げた。

「……」

「ただ……死ぬ前に……一度だけ」

 決断を躊躇っていたユウトに向けて小さな声で告げられたもう一つの願いを聞いたユウトは、過去にフィリアと対峙した時の事を思い出した。

「…………分かった」

 横たわっているフィリアの上体を起こしたユウトは、瞳を閉じたフィリアの顔に自身の顔を近づけ、数秒の口づけを交わした。

 その様子を静かに見ていたフェイトは、ユウトの周辺に起きた変化に気付き小さな笑みを浮かべた。

 属性が不安定な中、ユウトの身体が接触していた地面や、フィリアの身体は徐々に結晶化を始めていた。

 (これが…… 契約エンゲージ)

 周囲の空気を凍てつかせる程の冷気を感じたフェイトは、ユウトの属性力が契約エンゲージによって増大し、暴走に似た力を発揮している事を直感していた。

「……フィリア」

 結晶化し始めていたフィリアを見つめていたユウトは、この世に創造されたばかりの時に出会い、共に勉学と鍛錬に励んだ時の記憶を蘇らせ、閉ざしていた口を開いた。

「長いようで、短い時間を……共に生きてくれて……有難う」

「……うん」

 そう告げたユウトは、ヒナと共に沢山の事を教えてくれた時の事を思い出し涙を流していた。

 「こんなどうしようもない俺を……信じてくれて有難う」

「……」

 衰弱によって返答する事が出来なくなり静かに瞳を閉じたフィリアに向けて、振り絞るように言葉を発したユウトの身体は、悲しみによって小刻みに震えていた。

 (あの日、ルミナに来て良かった)

 意識が消えゆく中、フィリアはルミナで過ごした日々とルミナで出会った数々の出会いを思い出していた。

 (みんなに出会えて……ユウト……貴方に出会えて……良かった)

 結晶となって消えゆくフィリアは、多くの出会いと、数え切れない程の想い出を振り返り、全ての想いを込めた涙を流し、笑みを浮かべていた。
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