117 / 192
第2章 紡がれる希望
第57話 五本の薔薇
しおりを挟む
恋を、してはいけませんか?
初恋、手の届かないような人との恋。
私の事を、相手が意識していないと知っても。
相手に、命を賭して守ると誓わせる程の大切な想い人がいると分かっても。
打ち明けた想いを胸の奥に残し、成就しない相手に対する恋になってしまっても。
いつ死んでしまうか分からない世界で、叶う事のない儚い恋をしてはいけませんか?
―*―*―*―*―
アメリカ中央拠点クレイドル 北部
その場に明るさが戻しつつある中、ユウト達から数十メートル離れた位置に小さな黒い渦が出現していた。
周囲の光を呑み込むような黒い渦が出現した地点は、丁度ユウトが背を向け死角となっている位置だった。
(あれは……黒い点?)
周囲の仲間達が気付かない中、ユウトと対面する様に立っていたフィリアだけは、ユウトの背面側に現れた黒い渦を視認する事が出来ていた。
フィリアが黒い渦を見つめる中、ユウトの左隣に座っていたフェイトは、その状態のままユウトから数十センチ程の距離を取っていた。
(遠くて点にしか見えないけど、渦巻く様に動いてる様にも見える?何であんな所に突然……)
フィリアが疑問を抱いた瞬間、数十センチ程度の渦からゆっくりと〝黒い銃〟が突き出された。
(黒い点の中から何かが出た?あれは……まさか!?)
遠方の黒い点の中から現れた物を予想したフィリアは、背筋が凍りつく様な感覚を覚えた。
「ユウトッ!!」
ユウトの危機を察知したフィリアは、ユウトの前にしゃがみ込むと同時に地面に座っていたユウトの両脇に手を差し込んだ。
(近くでは駄目!出来るだけ遠くへ!)
「ッ!ハアァァァァアッ!!」
属性を危惧したフィリアは、ユウトをその場から少しでも遠ざける為、渾身の力を振り絞り勢い良く右方向へと掴み飛ばした。
「「ッ!!」」
座ったまま微動だにしないフェイトを他所に、フィリアの徒ならぬ剣幕に愕然とした二人は、反射的にユウトの背後から左右へと飛び退いた。
二人がその場から飛び退いた瞬間、突き出された銃口から小さな稲妻が発せられた。
(見えない……違う。薄らと見える……空間を貫く様に迫って来る何かが)
フィリアの見つめる先の空間を歪める様に、認識困難な何かが一直線状に迫って来ていた。
(もしも黒い点から出た物が銃身で、放たれた物が銃弾なら……シュウの時と同じ様に刀で直撃を回避出来る)
フィリアは、腰に差した九十センチ程の柑子色の刃を持つ刀を振り抜いた。
キィィィィン
抜刀と同時に見えない何かが接触すると、同時に甲高い金属音が周囲に響き渡った。
(この感触……間違いない)
接触した瞬間に、押し戻された力や接触面積から見えない何かが弾丸である事を理解したフィリアは、過去の戦いで行なった弾丸の切断を試みた。
(この弾丸を二つに斬れば——)
パキィィィン
対処法を実行しようと力を入れた瞬間、フィリアの予想を裏切るように、弾丸はフィリアの刃を削り柑子色の刃を二つに折った。
「っ!」
(……ユウト)
無防備になったフィリアの心臓部を弾丸が貫き、折れた刃は空中を数回回転した後、後方の地面に突き刺さった。
掴み飛ばされ数メートル離れた地面に倒れ込んだユウトは、ゆっくりと身体を起こしフィリアへと視線を向けた。
「フィ、フィリア?」
状況を把握出来ていないユウトは身を起こした状態のまま、しゃがみ込んだフィリアの事を茫然と見つめていた。
「……ユウト」
フィリアは振り絞る様に言葉を発し終えると、脱力する様にうつ伏せに倒れ込んだ。
「「フィリア!!」」
声を上げたユウトとユウの二人は、倒れ込んだフィリアの状態を把握する為に、ゆっくりと身体を仰向けにした。
フィリアの胸部には、何かによってこじ開けられた様な風穴が開いており、中からは多量の血液が流れ出ていた。
「……敵からの攻撃?」
穴の位置から敵の位置を推測したウトは、フィリアの状態を確認している二人を庇う様に立ち、背後に存在する敵影を捜索したが、既に黒い渦は存在しておらず敵の姿を確認する事は出来なかった。
「待ってろフィリア!今治す!」
フィリアの隣に座ったユウトは、両手を傷口の上に翳し、傷付いていない状態のフィリアを創造した。
「…………そんな」
(どうしてフィリアの傷が治らない?……どうして属性が機能しないんだ)
属性量が回復し切れていない事を疑ったユウトは数秒身体に意識を向けたが、フィリアの傷を回復する為に使用する属性量を上回る程に回復している事を知った。
(属性量は回復してるんだ。いつもの様に創造すれば治る筈……なのに、属性が全く安定しない……原因が他にあるのか?)
血を流すフィリアに向けて両手を翳したまま思考を巡らせているユウトの事を、少し離れた場所で見つめているフェイトは、無表情のまま静かに一筋の涙を流していた。
「ふざけんなよ……こんな時に……属性量は殆ど回復しているんだ!創造するべき時に、こんな……こんなふざけた事があるか!!」
機能しない属性に怒りを露わにしたユウトは、近くの地面を力任せに何度も殴りつけた。
拳から血が出る程繰り返し地面を殴り、拳が黒く変色する程の怒りと無力感に苛まれたユウトの背中に、フィリアは優しく手を当てた。
「ユウ……ト」
「待っててくれ。フィリア……必ず、必ず属性を安定させて……傷を治してみせる」
フィリアの声で冷静さを取り戻したユウトは、属性を強引に機能させようと意識を向けたが、意識が何か得体の知れない力に遮られ属性に意識を巡らせる事も出来なかった。
「くそ……なんでだ」
全ての策が無駄に終わり、意気消沈していたユウトの背後で転移端末等を使用し、光拠点に救援を依頼しようとしていたユウ達は、ユウトの創造と同じ様に機能しない端末を見て愕然としていた。
「どうして?創造に影響を与えていた原因が、あの障壁だったのなら……創造が可能になっている筈」
「ルア達を呼び戻す?」
「そうですね。ユウト!私達はクレイドルに向かったルア達を呼んで来ます!」
ウトの言葉に頷いたユウは、座り込んだユウトに声を掛けた後、一目散にクレイドルへと駆け出した。
ユウ達の足音が消えゆく中、ユウトは血を流し続けるフィリアを見つめていた。
(こんな時……どうすれば良い?)
「ま、先ずは止血を」
ユカリに創造されたから数ヶ月程度しか経っていないユウトは、属性が使用出来ない状況を想定した実技訓練をしていなかった為、傷付いたフィリアに対する応急処置すらまともに出来ていなかった。
自身の隊服を破り、フィリアの上体を起こしたユウトは、胸部に開いた穴を前後から塞ぐ様に両手に持った衣服の切れ端を押し付けた。
しかし正しく止血出来ておらず、冷静さを欠いていた事で止血方法も杜撰だった為、流血を抑える事は出来なかった。
「駄目だ……止められない」
(知識を付けたつもりでいた……誰かの力になれると、多くの人を救える力を身に付けたつもりでいた……でもそれは、ユカリの……異質な属性があればこそだった)
人知を超えた属性を有していたユウトは、創造する事で数多の傷を治し、命すらも創造出来るという驕りを持っていた事をその時初めて自覚した。
「俺は……無力だ」
傷があれば創造を、大切な人が命を落としたなら創造をすれば解決するのだと。
しかし、親友であるレンを創造出来ず、目の前で血を流すフィリアを治癒する事も叶わなかったユウトは、自身も気付かぬ間に属性に依存していた事を痛感した。
「……無力なんかじゃない」
声を聞いたユウトは、下に向けていた視線をゆっくりと上げ、フィリアに視線を合わせた。
「日本にいる沢山の人を……ユウトは救ったじゃない……私だって……あの日、ユウトに救われて……みんなと一緒に生きられた」
苦痛に顔を歪めたフィリアは、暗い表情を浮かべているユウトに言葉を発しながら、鮮明に思い出す事が出来るルミナでの記憶を蘇らせていた。
「ユウト……これを」
「これは……折れた刀?」
フィリアが差し出した物は、見えない弾丸によって折られた刀の柄部分であった。
「私の刀を折ったのは……視認困難な弾丸だった。敵の狙いは……ううん、弾丸を撃った狙撃手と……ユウト、貴方はいつか必ず対峙する時が来る」
フィリアは、自身の言葉でユウトが苦しむ姿を想像し、敵の狙いがユウトであった事を隠した。
「着弾点と、この刀に銃撃の痕跡が残っている筈……ユウト、いつか来るその時に備えて……そして……必ず生きて」
「分かった。必ず勝って……生きる」
力強く頷いたユウトを見つめていたフィリアは、刀を手渡すと力を失った手を地面に付けた。
「ユウト……お願いが……あるの」
「っ!言ってくれフィリア!俺に出来る事なら!」
その返答を聞いたフィリアは、身を震わせながら瞳を数秒閉じた。
身体の震えが収まったフィリアが閉じていた瞳を開くと、その瞳には最後の覚悟が秘められていた。
「私を……殺して」
掠れた声で発せられた願いを聞いたユウトは、予想外の言葉に目を見開くと、合わせていた視線を逸らして俯いた。
「そんな事……出来るわけないだろ!」
「ユウト……お願い。もう二度と……ユウトに刃を向けたくないから」
腕を震わせながら座っているユウトの手に触れたフィリアは、敵による銃撃で命が途絶え、闇の人間として転生してしまう未来を恐れている事を告げた。
「……」
「ただ……死ぬ前に……一度だけ」
決断を躊躇っていたユウトに向けて小さな声で告げられたもう一つの願いを聞いたユウトは、過去にフィリアと対峙した時の事を思い出した。
「…………分かった」
横たわっているフィリアの上体を起こしたユウトは、瞳を閉じたフィリアの顔に自身の顔を近づけ、数秒の口づけを交わした。
その様子を静かに見ていたフェイトは、ユウトの周辺に起きた変化に気付き小さな笑みを浮かべた。
属性が不安定な中、ユウトの身体が接触していた地面や、フィリアの身体は徐々に結晶化を始めていた。
(これが…… 契約)
周囲の空気を凍てつかせる程の冷気を感じたフェイトは、ユウトの属性力が契約によって増大し、暴走に似た力を発揮している事を直感していた。
「……フィリア」
結晶化し始めていたフィリアを見つめていたユウトは、この世に創造されたばかりの時に出会い、共に勉学と鍛錬に励んだ時の記憶を蘇らせ、閉ざしていた口を開いた。
「長いようで、短い時間を……共に生きてくれて……有難う」
「……うん」
そう告げたユウトは、ヒナと共に沢山の事を教えてくれた時の事を思い出し涙を流していた。
「こんなどうしようもない俺を……信じてくれて有難う」
「……」
衰弱によって返答する事が出来なくなり静かに瞳を閉じたフィリアに向けて、振り絞るように言葉を発したユウトの身体は、悲しみによって小刻みに震えていた。
(あの日、ルミナに来て良かった)
意識が消えゆく中、フィリアはルミナで過ごした日々とルミナで出会った数々の出会いを思い出していた。
(みんなに出会えて……ユウト……貴方に出会えて……良かった)
結晶となって消えゆくフィリアは、多くの出会いと、数え切れない程の想い出を振り返り、全ての想いを込めた涙を流し、笑みを浮かべていた。
初恋、手の届かないような人との恋。
私の事を、相手が意識していないと知っても。
相手に、命を賭して守ると誓わせる程の大切な想い人がいると分かっても。
打ち明けた想いを胸の奥に残し、成就しない相手に対する恋になってしまっても。
いつ死んでしまうか分からない世界で、叶う事のない儚い恋をしてはいけませんか?
―*―*―*―*―
アメリカ中央拠点クレイドル 北部
その場に明るさが戻しつつある中、ユウト達から数十メートル離れた位置に小さな黒い渦が出現していた。
周囲の光を呑み込むような黒い渦が出現した地点は、丁度ユウトが背を向け死角となっている位置だった。
(あれは……黒い点?)
周囲の仲間達が気付かない中、ユウトと対面する様に立っていたフィリアだけは、ユウトの背面側に現れた黒い渦を視認する事が出来ていた。
フィリアが黒い渦を見つめる中、ユウトの左隣に座っていたフェイトは、その状態のままユウトから数十センチ程の距離を取っていた。
(遠くて点にしか見えないけど、渦巻く様に動いてる様にも見える?何であんな所に突然……)
フィリアが疑問を抱いた瞬間、数十センチ程度の渦からゆっくりと〝黒い銃〟が突き出された。
(黒い点の中から何かが出た?あれは……まさか!?)
遠方の黒い点の中から現れた物を予想したフィリアは、背筋が凍りつく様な感覚を覚えた。
「ユウトッ!!」
ユウトの危機を察知したフィリアは、ユウトの前にしゃがみ込むと同時に地面に座っていたユウトの両脇に手を差し込んだ。
(近くでは駄目!出来るだけ遠くへ!)
「ッ!ハアァァァァアッ!!」
属性を危惧したフィリアは、ユウトをその場から少しでも遠ざける為、渾身の力を振り絞り勢い良く右方向へと掴み飛ばした。
「「ッ!!」」
座ったまま微動だにしないフェイトを他所に、フィリアの徒ならぬ剣幕に愕然とした二人は、反射的にユウトの背後から左右へと飛び退いた。
二人がその場から飛び退いた瞬間、突き出された銃口から小さな稲妻が発せられた。
(見えない……違う。薄らと見える……空間を貫く様に迫って来る何かが)
フィリアの見つめる先の空間を歪める様に、認識困難な何かが一直線状に迫って来ていた。
(もしも黒い点から出た物が銃身で、放たれた物が銃弾なら……シュウの時と同じ様に刀で直撃を回避出来る)
フィリアは、腰に差した九十センチ程の柑子色の刃を持つ刀を振り抜いた。
キィィィィン
抜刀と同時に見えない何かが接触すると、同時に甲高い金属音が周囲に響き渡った。
(この感触……間違いない)
接触した瞬間に、押し戻された力や接触面積から見えない何かが弾丸である事を理解したフィリアは、過去の戦いで行なった弾丸の切断を試みた。
(この弾丸を二つに斬れば——)
パキィィィン
対処法を実行しようと力を入れた瞬間、フィリアの予想を裏切るように、弾丸はフィリアの刃を削り柑子色の刃を二つに折った。
「っ!」
(……ユウト)
無防備になったフィリアの心臓部を弾丸が貫き、折れた刃は空中を数回回転した後、後方の地面に突き刺さった。
掴み飛ばされ数メートル離れた地面に倒れ込んだユウトは、ゆっくりと身体を起こしフィリアへと視線を向けた。
「フィ、フィリア?」
状況を把握出来ていないユウトは身を起こした状態のまま、しゃがみ込んだフィリアの事を茫然と見つめていた。
「……ユウト」
フィリアは振り絞る様に言葉を発し終えると、脱力する様にうつ伏せに倒れ込んだ。
「「フィリア!!」」
声を上げたユウトとユウの二人は、倒れ込んだフィリアの状態を把握する為に、ゆっくりと身体を仰向けにした。
フィリアの胸部には、何かによってこじ開けられた様な風穴が開いており、中からは多量の血液が流れ出ていた。
「……敵からの攻撃?」
穴の位置から敵の位置を推測したウトは、フィリアの状態を確認している二人を庇う様に立ち、背後に存在する敵影を捜索したが、既に黒い渦は存在しておらず敵の姿を確認する事は出来なかった。
「待ってろフィリア!今治す!」
フィリアの隣に座ったユウトは、両手を傷口の上に翳し、傷付いていない状態のフィリアを創造した。
「…………そんな」
(どうしてフィリアの傷が治らない?……どうして属性が機能しないんだ)
属性量が回復し切れていない事を疑ったユウトは数秒身体に意識を向けたが、フィリアの傷を回復する為に使用する属性量を上回る程に回復している事を知った。
(属性量は回復してるんだ。いつもの様に創造すれば治る筈……なのに、属性が全く安定しない……原因が他にあるのか?)
血を流すフィリアに向けて両手を翳したまま思考を巡らせているユウトの事を、少し離れた場所で見つめているフェイトは、無表情のまま静かに一筋の涙を流していた。
「ふざけんなよ……こんな時に……属性量は殆ど回復しているんだ!創造するべき時に、こんな……こんなふざけた事があるか!!」
機能しない属性に怒りを露わにしたユウトは、近くの地面を力任せに何度も殴りつけた。
拳から血が出る程繰り返し地面を殴り、拳が黒く変色する程の怒りと無力感に苛まれたユウトの背中に、フィリアは優しく手を当てた。
「ユウ……ト」
「待っててくれ。フィリア……必ず、必ず属性を安定させて……傷を治してみせる」
フィリアの声で冷静さを取り戻したユウトは、属性を強引に機能させようと意識を向けたが、意識が何か得体の知れない力に遮られ属性に意識を巡らせる事も出来なかった。
「くそ……なんでだ」
全ての策が無駄に終わり、意気消沈していたユウトの背後で転移端末等を使用し、光拠点に救援を依頼しようとしていたユウ達は、ユウトの創造と同じ様に機能しない端末を見て愕然としていた。
「どうして?創造に影響を与えていた原因が、あの障壁だったのなら……創造が可能になっている筈」
「ルア達を呼び戻す?」
「そうですね。ユウト!私達はクレイドルに向かったルア達を呼んで来ます!」
ウトの言葉に頷いたユウは、座り込んだユウトに声を掛けた後、一目散にクレイドルへと駆け出した。
ユウ達の足音が消えゆく中、ユウトは血を流し続けるフィリアを見つめていた。
(こんな時……どうすれば良い?)
「ま、先ずは止血を」
ユカリに創造されたから数ヶ月程度しか経っていないユウトは、属性が使用出来ない状況を想定した実技訓練をしていなかった為、傷付いたフィリアに対する応急処置すらまともに出来ていなかった。
自身の隊服を破り、フィリアの上体を起こしたユウトは、胸部に開いた穴を前後から塞ぐ様に両手に持った衣服の切れ端を押し付けた。
しかし正しく止血出来ておらず、冷静さを欠いていた事で止血方法も杜撰だった為、流血を抑える事は出来なかった。
「駄目だ……止められない」
(知識を付けたつもりでいた……誰かの力になれると、多くの人を救える力を身に付けたつもりでいた……でもそれは、ユカリの……異質な属性があればこそだった)
人知を超えた属性を有していたユウトは、創造する事で数多の傷を治し、命すらも創造出来るという驕りを持っていた事をその時初めて自覚した。
「俺は……無力だ」
傷があれば創造を、大切な人が命を落としたなら創造をすれば解決するのだと。
しかし、親友であるレンを創造出来ず、目の前で血を流すフィリアを治癒する事も叶わなかったユウトは、自身も気付かぬ間に属性に依存していた事を痛感した。
「……無力なんかじゃない」
声を聞いたユウトは、下に向けていた視線をゆっくりと上げ、フィリアに視線を合わせた。
「日本にいる沢山の人を……ユウトは救ったじゃない……私だって……あの日、ユウトに救われて……みんなと一緒に生きられた」
苦痛に顔を歪めたフィリアは、暗い表情を浮かべているユウトに言葉を発しながら、鮮明に思い出す事が出来るルミナでの記憶を蘇らせていた。
「ユウト……これを」
「これは……折れた刀?」
フィリアが差し出した物は、見えない弾丸によって折られた刀の柄部分であった。
「私の刀を折ったのは……視認困難な弾丸だった。敵の狙いは……ううん、弾丸を撃った狙撃手と……ユウト、貴方はいつか必ず対峙する時が来る」
フィリアは、自身の言葉でユウトが苦しむ姿を想像し、敵の狙いがユウトであった事を隠した。
「着弾点と、この刀に銃撃の痕跡が残っている筈……ユウト、いつか来るその時に備えて……そして……必ず生きて」
「分かった。必ず勝って……生きる」
力強く頷いたユウトを見つめていたフィリアは、刀を手渡すと力を失った手を地面に付けた。
「ユウト……お願いが……あるの」
「っ!言ってくれフィリア!俺に出来る事なら!」
その返答を聞いたフィリアは、身を震わせながら瞳を数秒閉じた。
身体の震えが収まったフィリアが閉じていた瞳を開くと、その瞳には最後の覚悟が秘められていた。
「私を……殺して」
掠れた声で発せられた願いを聞いたユウトは、予想外の言葉に目を見開くと、合わせていた視線を逸らして俯いた。
「そんな事……出来るわけないだろ!」
「ユウト……お願い。もう二度と……ユウトに刃を向けたくないから」
腕を震わせながら座っているユウトの手に触れたフィリアは、敵による銃撃で命が途絶え、闇の人間として転生してしまう未来を恐れている事を告げた。
「……」
「ただ……死ぬ前に……一度だけ」
決断を躊躇っていたユウトに向けて小さな声で告げられたもう一つの願いを聞いたユウトは、過去にフィリアと対峙した時の事を思い出した。
「…………分かった」
横たわっているフィリアの上体を起こしたユウトは、瞳を閉じたフィリアの顔に自身の顔を近づけ、数秒の口づけを交わした。
その様子を静かに見ていたフェイトは、ユウトの周辺に起きた変化に気付き小さな笑みを浮かべた。
属性が不安定な中、ユウトの身体が接触していた地面や、フィリアの身体は徐々に結晶化を始めていた。
(これが…… 契約)
周囲の空気を凍てつかせる程の冷気を感じたフェイトは、ユウトの属性力が契約によって増大し、暴走に似た力を発揮している事を直感していた。
「……フィリア」
結晶化し始めていたフィリアを見つめていたユウトは、この世に創造されたばかりの時に出会い、共に勉学と鍛錬に励んだ時の記憶を蘇らせ、閉ざしていた口を開いた。
「長いようで、短い時間を……共に生きてくれて……有難う」
「……うん」
そう告げたユウトは、ヒナと共に沢山の事を教えてくれた時の事を思い出し涙を流していた。
「こんなどうしようもない俺を……信じてくれて有難う」
「……」
衰弱によって返答する事が出来なくなり静かに瞳を閉じたフィリアに向けて、振り絞るように言葉を発したユウトの身体は、悲しみによって小刻みに震えていた。
(あの日、ルミナに来て良かった)
意識が消えゆく中、フィリアはルミナで過ごした日々とルミナで出会った数々の出会いを思い出していた。
(みんなに出会えて……ユウト……貴方に出会えて……良かった)
結晶となって消えゆくフィリアは、多くの出会いと、数え切れない程の想い出を振り返り、全ての想いを込めた涙を流し、笑みを浮かべていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
狂気の姫君〜妾の娘だと虐げられますがぶっ飛んだ発想でざまぁしてやる話〜
abang
恋愛
国王の不貞で出来た、望まれぬ子であるアテ・マキシマは真っ白な肌に殆ど白髪に近いブロンドの毛先は何故かいつも淡い桃色に染まる。
美しい容姿に、頭脳明晰、魔法完璧、踊り子で戦闘民族であった母の血統でしなやかな体術はまるで舞のようである。
完璧なプリンセスに見える彼女は…
ただちょっとだけ……クレイジー!?!?
「あぁこれ?妾の娘だとワインをかけられたの。ちょうど白より赤のドレスがいいなぁって思ってたから。え?なんではしたないの?じゃ、アンタ達もかぶってみる?結構いいよ。流行るかも。」
巷で噂のクレイジープリンセス、父もお手上げ。
教育以外を放置されて育った彼女は、常識の欠落が著しかった。
品行方正な妹はあの手この手でアテを貶めるが…
「シャーロット?いい子なんじゃない?」
快活な笑みで相手にもされずイライラするばかり。
貴族の常識!? 人間らしさ!?
「何言ってんのか、わかんない。アンタ。」
子供とお年寄りに弱くて、動物が好きなクレイジープリンセス。
そんな彼女に突然訪れる初恋とプリンセスとしての生き残りサバイバル。
「んーかいかんっ!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる