創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第2章 紡がれる希望

第17話 無知の罪

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 二年前

 アメリカ中央拠点クレイドル 南部

「ふぁぁぁぁあ」

 女性は白いベットの上に寝そべりながら、大きな欠伸をしていた。

 室内のカーテンは閉じられ、起動したままの半透明なディスプレイが室内を照らしていた。

「暇だなぁ」

 女性は目を擦りながら脚を組み、呆然と部屋の天井を見つめていた。

「何か面白い事起きねぇかな」

 女性は組んでいた脚を伸ばし、小さく溜息を吐いた。

 コンコン

 部屋をノックする音が聞こえた女性は、ゆっくりと身体を起こした。

「……ケフィ?」

 頭を掻いて再び欠伸をしたケフィは、寝間着のまま扉の前まで歩み寄った。

「何だよ……何か用事でもあるのか?母さん」

 扉の前に立ったケフィは、扉を開ける事はせずに向こう側に立つ自身の母親に向けて声を掛けた。

「ご飯……置いておくから、食べてね?」

「はぁ……そんな事の為にわざわざ呼ぶなよな?俺は今朝まで作業してたから眠いんだよ」

 ケフィは室内を照らすディスプレイに目を向けた。

 ディスプレイには一人用に設計された、避難道具の詳細が表示されていた。

「作業って……部屋から出て来ないのに忙しいの?」

「は?うるせぇな……そもそも支給品で全て解決できる世の中で忙しい一般人は俺ぐらいだろ?」

 そう言うとケフィは、扉越しに母親を睨み付けた。

「金を稼ぐ必要が無くなったのに、働いている奴は何を考えているんだろうな?……余程の労働オタクか、働く無意味さを理解出来ない低脳野郎共なんだろうな」

「ケフィ……言い過ぎよ」

「無駄な事を無駄だと言ったまでだ……母さんもその一人だよ。わざわざ食材の状態で依頼して、届いた物を自分で料理して……最初から料理として創造して貰えば良い話だろ」

「……」

 扉の向こう側にいる母親は、口を閉ざしたまま扉の前に立っている事を〝理解〟していた。

「時間の無駄、労力の無駄……導き手がいれば何でも手に入るんだよ?……下らない家事なんか辞めて自由で気楽な毎日を過ごしたらどうなんだ?」

 ケフィは設計図が表示されているディスプレイとは、別の画面を見つめながら告げた。

「ごめんなさい……それは出来ないの」

 ケフィの見つめる画面には俯きながら、扉の前に立っている母親の姿が映し出されていた。

「ここに置いておくから……ちゃんと食べてね?」

 母親は持っていた皿を床に置くと、側にある階段を降りていった。

 (……)

 ケフィは母親の姿が完全に見えなくなってから数分後に、扉の近くに置いてあった皿を部屋の中に入れた。

「今日のご飯はガンボか……やった♪」

 ケフィは暖かいガンボに目を輝かせながら、小さくガッツポーズを取った。

 ガンボはアメリカ南部に浸透している、カレーに似たスープ料理である。

 カレーと同じで基本的には味が濃い為、ご飯と共に食べる事が多い。

 (大好きなんだよなガンボ……日本にも似た様な料理があるらしいが、俺はこっちの方が好きだな!)

 ケフィは添えられていた半透明のスプーンを使用して食事を始めた。

「んぅ~♪」

 満面の笑みを浮かべながらケフィは、大盛りのガンボをペロリと食べ終えると皿を同じ場所に置いて作業を再開し始めた。

「作業と言っても殆ど終えてテストも完了済み……室内、室外の監視も完璧だ」

 ケフィが見つめる画面には、自身の部屋と扉の向こう、階段、一階が表示されていた。

「異変にいち早く気付く手っ取り早い方法と言えば、やっぱり〝監視カメラ〟でしょ」

 ケフィが発案したのは、天井に張り付き周囲全てを確認する事が出来るカメラだった。

 形状は紙の様に薄く、天井に貼り付いている状態での目視は困難で、闇の人間に反応するとカメラは視認できない様に透明化する機能が備わっていた。

 (まぁ……発案と言っても機能をまとめた資料を日本に送れば、俺の手元に物が届くんだけど……便利になったもんだよ本当に)

「導き手様々だな」

 小言を呟いたケフィは、ディスプレイを起動したままベットに歩み寄ると再び力なく寝転がった。

「こんだけ楽だって言うのに労働するとか……馬鹿としか考えられねぇよ」

 天井を見ながら母親との会話を思い出し愚痴を溢すと、ゆっくりと身体を起こしベットの隠し機能を確認する為に枕を持ち上げた。

「ちゃんと機能してるな」

 枕元には小さなディスプレイが備え付けられており、そこにはベット内に内蔵された避難部屋の状況が表示されていた。

 (闇の属性を感知するとディスプレイが消滅しちまうからな……感知範囲を扉前に設定しておかないと)

 ケフィが設定し直していると、階段を上がる足音が聞こえて来た。

 ケフィが机上のディスプレイに目を向けると、扉前に母親が現れケフィの食べ終えたお皿を持って階段を降りていった。

「ご苦労さま」

 ケフィは母親の背中を横目に、修正作業を再開させた。

 (感知範囲の設定は終了……さて、今度は避難部屋の確認だな)

 ディスプレイを操作すると、ケフィの寝転がっていたベットは徐々に下降して行き、床板の下に収納されるとケフィの身体全体を隠す様に新しく床板とマットレスが創り出された。

 (これでベットに寝たまま不在である事を偽装をする事が出来る。しかも、このベットは日本の障壁と同じで壊れない結晶で出来ている)

「完璧だ」

 ケフィは創り出された床板に備えられたディスプレイを見つめながら監視カメラの状況を見て、全く違和感を感じない事を確認すると何度も頷いた。

 (念の為に〝緊急脱出装置〟も準備してあるけど……あれは片付けが面倒だから起動は辞めておこう)

 ケフィはディスプレイを操作すると創造されていた床板とマットレスは消え、部屋の天井が視認出来る様になったと同時にベットは上昇を開始した。

 (完璧に動作する事も考え物だ……)

 暇潰しに考案した物が問題なく動作した事で、再び暇になってしまったケフィは、小さく溜息を吐いた。

「仕方ない……国の状況でも確認するか」

 そう言うとケフィはベットから身を起こし、机の近場にある椅子に腰掛けた。

「ちゃんと国民の為に働いてるか?」

 ディスプレイに表示された情報には、災禍領域カタストロ・フィードの現在地、導き手の功績、アメリカの世界最強に関しての情報が載っていた。

災禍領域カタストロ・フィードか……正直あれは誰にも対処出来ないでしょ、あんなのが来たらお終いだな」

 ケフィは現在地がイギリス付近である事を確認すると情報を非表示にした。

「ヨハネも凄かったけど、新しい導き手も凄いな。自国の安全を確保しつつ他国との交流に尽力してる。有り難い事なんだろうけど、光の中心人物が自分から危険地帯に行くなよな」

 ケフィは災禍領域カタストロ・フィードに近いイタリア拠点シエラの代表アレンと会談している写真を見つめながら呟いた。

 その写真にはユカリと話し合うアレンの服を掴み、笑顔を浮かべている少女の姿があった。

 (平和だな……)

 そして最後に目にしたのは、アメリカの世界最強に関しての情報だった。

「ヨハネとは違って、この世界最強は何もしないな……やる気あるのか?」

 その記事に載っていたのは、金色こんじきのツインテールが特徴的な女性だった。

 その女性は薄浅葱うすあさぎの瞳で、こちらを見つめていた。

 (こんな奴に任せて大丈夫なのか?……やる気を感じないし頼りなさそうだな)

「ふぁ……眠い」

 情報をある程度確認し終えたケフィは、起動し続けていたディスプレイを閉じるとベットに横になった。

 (本当に退屈……次は何をしようかな?)

 瞳を閉じたケフィの意識は徐々に薄れていった。

―*―*―*―*―

「何ですかっ!貴方達はっ!」

 一階から聞こえる母親の叫び声に目を覚ましたケフィは、咄嗟に枕の下にあったディスプレイを操作し避難部屋へと下降した。

 (びっくりした勢いで咄嗟に避難部屋を起動してしちゃった……母さんが、あんなに叫んだのは初めてだからだな)

 避難部屋に収納されたケフィは、監視カメラの状況を確認する為に内蔵されたディスプレイを起動させた。

「……え?」

 そこについて映し出されたのは、扉を踏み付ける見知らぬ男達の姿だった。

 (何で知らない男がこんな所に……父さんはもう亡くなっているし)

 ケフィが頭を抱えていると、階段を映していた監視カメラに男数人が映し出された。

 (上がってくる気か?)

「この家には私しかいませんっ!」

 階段を上がろうとした男達に向けて叫んだ母親は、一人の男に首元を掴まれていた。

「そんな事知らねぇよ!部屋を調べ尽くすだけだ……誰か居たら殺すけどな!」

「それなら……全員で私の相手をしなさいっ!」

 首を持ち上げられた母親は、男の手を両手で掴んだまま脚が浮くまで持ち上げられた。

「お前を殺すのは俺だ……他の奴にやらせる訳無いだろ?こんな楽しい事を!」

 男はそう言うと母親の後頭部を壁に強く打ちつけた。

「うっ!」

 強く打ち付けられた母親は頭部から血を流し、男の手を掴んでいた両手を力なく垂れ下げた。

  (母さんっ!)

 一部始終を見ていたケフィは、避難部屋から出ようとしたがディスプレイを触る寸前で手を止めた。

 (無理だよ……俺があんな男達に敵う訳無い!助けに出た所で殺されるだけだ……そうだ!)

 ケフィはディスプレイを操作して、クレイドルへの救援要請を出した。

 (これで助けが来てくれる筈)

 ケフィが画面を戻すと、そこには再び母親を持ち上げる男の姿が映し出されていた。

 男は敢えて母親が損傷した後頭部を掴んでいた。

「……」

 母親は意識を失っていたのか、声を上げる事なく多量の血を流していた。

「あ?……何だこりゃ?」

 男が見つけたのは結晶で創造された冷蔵庫に付いていた紙だった。

「〝ケフィが好きな料理〟はガンボって……こいつ自分で料理してんのかよ」

「っ!」

 (創造した料理じゃ駄目な理由って……まさか)

 ケフィが目を見開いてディスプレイを見つめると、持ち上げられた母親が意識を取り戻したのか微かに監視カメラに視線を向けた。

「……」

 母親は監視カメラに向けて優しく微笑みかけた。

 母親は監視カメラがどの位置に設置されているのか、ケフィが何処から自身を見てくれているのかを知っていた。

 (母さ——)

 ケフィがディスプレイを操作し、避難場所から出ようとした瞬間。

 母親の頭部は男の属性によって、一瞬で黒く燃え盛った。

「くだらねぇ嘘を吐きやがったな……お前以外にも人がいるじゃねぇか」

 頭部を燃やした赤黒い炎は身体全体を包み込んで行き、母親は原型を留めない程に黒く燃やし尽くされた。

 (……そんな)

 映像を見ていたケフィが涙を流した瞬間、部屋の扉を蹴り破り男達が侵入して来た。

「……誰もいないな」

 男達はケフィの存在に気付かずに、部屋の中を捜索し始めた。

「おいっ!」

 そんな男達の元へ母親を焼殺した男が、怒鳴り込んできた。

「この家にはもう一人いる……絶対に探し出せ!」

「あ?お前は一体いつから俺達に命令出来る立場になりやがったんだ!」

 部屋の中でケフィを捜索していた男が、吹き飛ばされた扉を踏み付けている男の元へと歩み寄った。

「お前みたいな劣化属性とは違うんだよ雑魚が……殺されてぇなら素直にそう言えよ?」

「てめぇ!」

 怒りに身を任せた男は、扉を踏み付けていた男の胸ぐらを掴もうとした。

 その瞬間、掴み掛かった男の身体全体を赤黒い炎が包み込んだ。

「くそ……野郎が」

「炭にでもなってろ……使えねぇクズ野郎は」

 全身が燃えた男は、炎を消す為に部屋の床を転がり始めた。

「はっ!その程度で属性の炎が消えるかよっ!馬鹿が」

 男の言う通り炎は更に勢いを増し、数秒悶えた末に男は塵となって消滅した。

「お、おい!……ヤバいぞ!」

 部屋を捜索していた男が指差した先には、先程転がっていた男性から燃え移った炎が家を燃やし始めていた。

「チッ!この家は結晶で創られてないのか!」

 ケフィの家はユカリが導き手になる以前に建てられた物で、母親に会いに来たユカリに対して口頭で断っていた。

「くそっ……おい!この中に水属性を使える奴はいないのか!」

 男の言葉を聞いた者達は、全員首を横に振った。

「てめぇら本当に使えねぇ野郎共だな……仕方ねぇ撤収するぞ!」

 男に連れて部屋を捜索していた男達も全員部屋から出て行った。

 ケフィはディスプレイに表示されていた男達の行動を見ながら涙を流していた。

 (俺の所為だ……俺の)

 炎が徐々に室内に広がり始める中、ケフィの隠れていた結晶で創られたベットには、炎が燃え移る事は無かった。

「……いや」

 (助けを呼んだのに直ぐに来なかった……クレイドルの奴等が悪いんだっ!)

 ケフィは流れていた涙を拭うと、ディスプレイを操作し始めた。

 すると、ベットの横にある壁が消滅し結晶で創られた坂がベットの下に創り出された。

 そしてケフィを入れたベットは、坂を滑り降りる様に燃え盛る部屋から脱出した。

 滑り降りたベットは地面に接地すると緩やかに速度を落とし停止した。

 停止を確認したケフィは、再びディスプレイを操作して外に出た。

「俺の……家」

 ケフィの視線の先には、赤黒く燃え盛る自身の家があった。

 顔を覆いたくなる程の熱気が辺りに広がり、家だったと思われる炭が空中に舞っていた。

「……大切な……俺の居場所が」

 燃え盛る景色を呆然と見つめていたケフィの前に、一人の女性が姿を表した。

 女性は燃え盛る家を気にも留めずに、ケフィの元へと歩み寄った。

「これ」

 女性が差し出した手には、先程ケフィの家に侵入して来た男達が身に付けていた黒衣の切れ端が握られていた。

「ここに向かっている時にいたから始末した……でも、遅かった」

 女性の風貌に、ケフィは見覚えがあった。

 その女性はケフィが見ていた情報内に映っていたアメリカの世界最強と特徴が一致していた。

「残党は私が始末するから……貴方はクレイドルに避難して」

 女性はケフィにそう告げると、身を翻し燃え盛る家へと歩んで行った。

「ふざけんな……ふざけんなっ!!」

 座り込んでいたケフィは、ゆっくりと立ち上がると女性に向かって怒りを叫んだ。

「お前がもっと早く来ていれば良かったんだ!何が、世界最強だ!……役に立たないくせに」

 背後から聞こえるケフィの声を無視する様に、女性は燃え盛る家を見つめていた。

「お前らは国民の為に存在してるんだ!……それなのに、何チンタラやってんだよ!!」

 ケフィは涙を流しながら、目の前に立つ女性の背中を何度も叩いた。

 (早く来てくれていればこんな事には)

 女性は抵抗する事なく、ケフィの拳を受け続けていた。

 (母さんが死なずに済んだのに)

 怒りを露わにした事で疲労したケフィは、滝の様に涙を流しながら跪いた。

「……貴方は何かしたの?」

「え?」

 俯いていたケフィが顔を上げると、燃えている家を見ていた女性はこちらを見つめていた。



「一番手の届く所にいて……一番大切な人を救う事が出来た貴方は何かしたの?」

「それは」

 その言葉を聞いたケフィは、女性から目を逸らした。

 自分のした選択で母親を死なせてしまった事を、後悔していた為だ。

「望めば何でも得られる世界で、貴方がどう生きようとも構わない……でも、平和が約束されていない現状では逆も依然として存在している。そんな世界で、抗う為に行動すらしない人に守れる命なんて無いと……貴方は気付かなかったの?」

「……」

 (分かってる……分かってるんだ!でも、俺にはそんな力は無いんだよ)

 俯いていたケフィに向けて、女性はそっと右手を差し出した。

「え……」

 ケフィは差し出された手と、女性を交互に見つめた。

「私について来て……選択は貴方に任せる……どちらか選んで」

 突然投げ掛けられた選択肢に困惑したケフィだったが、自身の弱さを悟り女性から目を逸らして俯いた。

「俺には無理だよ……そばに居たのに何も助けられなかった弱い俺には」

「……貴方は私と同じ」

 涙を流していたケフィに歩み寄った女性は、ゆっくりとしゃがみ込むと俯いたケフィの視線の先に、再度右手を差し出した。

「後悔だけは絶対させない……貴方が背負った後悔を乗り越える迄……私が必ず、貴方を守って見せるから」

 顔を上げたケフィに向けられた女性の優しい微笑みに、母親の面影を見たケフィは女性の差し出した手を叩いて立ち上がった。

「まだ許してないから……一生掛けて償って貰う」

 叩かれた手を見つめた女性に向けて、ケフィは徐に右手を差し出した。

「ちゃんと守ってね……〝私〟が後悔と向かい合えるくらい強くなる日まで」

 ケフィは一筋の涙を流しながら、母と同じ様に優しく微笑んでいた。

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