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第6話
しおりを挟む「千歳ちゃん!? 」
突然飛び込んできた私に、真琴さんが上気した顔をひきつらせる。
「真琴さん……」
彼の霰もない姿を一心に見つめながら、衝動を死にものぐるいで抑える私。
真琴さんは一瞬固まっていたけど、慌てて脚を閉じて体を引っ込め、床に放っていた穿くものを拾い、くるりと私に背中を向けてしまった。
「……ごめん……」
真琴さんはそう低い声で謝ったけど、息はまだ荒かった。
「こちらこそ、突然入ってきてごめんなさい……」
とりあえず私も謝る。ベータ女性なら、ただただ気まずいだけだろうけど、私はそうではない。
犯したい、犯したい、今すぐ彼を張り倒して、めちゃくちゃにしたい。
気まずくなっている余裕などないほど、そんな欲望で頭がいっぱいなのだ。必死に抑え込む。もう頭が沸騰しそう。
今、私どんな顔してるかな。欲情を一気に抑え込んで、きっと鬼みたいな恐ろしい顔になっているに違いない。
「……薬飲んでないの? 」
とりあえず、ありふれたことを聞いてみる。
「……抑制剤はアルファにしか手に入らないから……いつも院長様が持ってきてくれるんだけど……」
真琴さんが私に背を向けたまま、そう言った。彼も何かをこらえているような口調だ。
ここでさっきのシスター・ミカエラの「院長は忙しくてアレの世話は後回し」という言葉を思い出した。
本当にアルファって最低。自己中で無責任な院長も。今彼を犯したい衝動でいっぱいの自分も。
こらえているのに体が勝手に動き出す、私の脚が真琴さんに向かって1歩踏み出す。
やめて、やめて……私は真琴さんとそんなこと望んでない。
また1歩……やめて……やめ……
「来ないで!! 」
真琴さんが振り返って必死の形相で叫ぶ。私は驚いて固まる。
「今君の匂いなんて嗅いだら、僕何するか分からない」
……忘れてた。私にも一応アルファのフェロモンがあるのだ。今まで誰にも気づいて貰えなかった薄いものだが、真琴さんは私のフェロモンを感じ取った唯一のオメガなのだ。真琴さんのおかげで自分の香りがラベンダーの匂いだと知ることもできた。
アルファのフェロモンも興奮すると濃くなると聞いたことがある。今、真琴さんも私の濃くなったフェロモンに当てられているのだろう。
オメガにも本能がある。ましてや真琴さんは今発情期だ。目の前のアルファに貫いて欲しくて、子種を注ぎ込んで欲しくてたまらないはずだ。でもそれはあくまで自分の意志が伴わない衝動に過ぎない。真琴さん自身はそんなこと望んでないだろう。
「……お願い、帰って。全部見なかったことにして、聞かなかったことにして」
真琴さんが絞り出すように言う。
私だってできるならそうしてる。でも私だってアルファの端くれだ。あなた、私よりずっと大人なんだから、オメガの発情期フェロモンに当てられたアルファがどうなるかくらい知ってるでしょ。
でも真琴さんだって今、私と同じくらい死にものぐるいで本能と闘っているのだ。さらに彼の場合、あんな現場を9つも下の小娘に見られてしまったというバツの悪さもある。冷静にそんなこと考えられるわけない。
何なんだ……この状況、八方塞がりじゃないか。
真琴さんの体を舐めるように見る。彼の長くて細い脚には全く毛が生えてない。白くてスベスベだ。オメガ男性の男性ホルモンは極端に少ないのだ。彼の無防備な姿がより私の劣情を駆り立てる。
気がついたら、彼を見下ろしていた。
押し倒してしまったのだ。
「千歳ちゃん……ダメだよ……僕なんて抱いたら、君が穢れてしまうよ」
半泣きで首を横に振りながら真琴さんが言う。そんな顔で言われたら逆効果なのに。
ハアハアと息を弾ませている真琴さん。彼は息も甘いオレンジの香りだ。
私の息もきっと荒いに違いない。今も私のフェロモンが彼のオメガとしての本能を刺激しまくっているんだろうか。
理性とアルファの本能が闘っている。
いけない、犯したい、いけない、犯したい、いけない、犯したい、犯したい! 犯したい! 犯したい!!
しかし、もう無理だ。自制できない。
「僕も……君が欲しくて欲しくて……おかしくなりそうなんだ……」
真琴さんは涙声でそう言うと、私をガッと抱き込み、そのままぐるっと形勢を逆転した。後々考えると、こんな華奢な体でよくそんなことできるものだ。背は彼の方がずっと高いが、体重はそこまで変わらないはずなのに。
「真琴さん!? 」
まさかの展開に私も戸惑う。
だが、真琴さんはお構いなしに私のスカートをめくりあげると、下着に手をかける。
「やめて、真琴さん、やめて!」
そう叫んだはずだが、声になったかどうかはわからない。
振り払えるはずだった。華奢な彼なんて。力なら私の方が上なのだから。
でも抵抗できなかった。頭の片隅の警報が虚しく鳴っている。
真琴さんが私のそこに顔を埋める。卑猥な、濡れた音が響く。
初めての感覚に全身の毛が逆立つ。
だめ、だめ、だめ、そんなことしないで……
でもどうしよう。嫌じゃない、嫌じゃないのよ……。
もうだめ、何も考えられない。体も動かせない。
真琴さんが私の上に乗る。
彼の体はまるで熱病のように熱かった。
見てられない。もう目を固く閉じて現実逃避するしかない。
最後の抵抗だった。
絡みついてくる濡れた感触。
熱い……熱い……溶けてしまいそう……
もうおしまいだ。私は顔を両手で覆い、全ての感覚をシャットダウンした。そうでもしないと真琴さんに酷いことをしてしまう。
「あぁっ……! 」
声を上げる真琴さんとは対照的に私は声を噛み殺す。
そこからはもう何があったのかほとんど覚えていない。
そういった経験もなかった私は、ただただ、されるがままだった。
……どのくらい時間が経っただろうか。
ある程度落ち着いた真琴さんは部屋の片隅で壁に頭をつけてうなだれている。
私は彼がこちらを向かないのを確認しつつ、あらゆる液体でどろどろに汚れてしまった制服からジャージに着替えていた。校則で髪型も決まっているため、固く2つに結んでいたはずの髪もぐしゃぐしゃになってしまった。手持ちの串で機械的に整える。
……真琴さんも着替えたほうがいいと思うけど、今の彼にそんな余裕などないらしい。
こんなことになってしまったのに、今更彼に裸を見られるのが恥ずかしいとか、汚れた服で帰るのはまずいとか、冷静になれる自分が怖かった。まあ、全ての感覚を麻痺させて現実逃避してたゆえなのかもしれない。
「ごめん……ごめんね……。謝って済むことじゃないけど……。僕、本当に最低だよね……」
真琴さんがやっと口を開く。相変わらずこちらを向いてくれないが。
「……ううん、最初に押し倒したの私だから。……それよりさ......大丈夫? ゴム付けなかったでしょ? 妊娠しちゃわない……?」
そう口に出した後、私は自分に吐き気がした。
「妊娠しちゃわない? 」だと? 何なんだ、このセリフは。
子種撒きまくりの無責任クソアルファそのものではないか。
私はますます自分が嫌になり、せっかく整え始めた髪をガーッと掻きむしった。
「……大丈夫……3日以内に抑制剤飲めば……」
一人奇妙な行動をとる私をよそに真琴さんが力のない声でそう言う。
そのとき、ガチャリと扉が開いた。
「ほら! 抑制剤!! 院長がやっと持ってきたわよ!! 」
シスター・ミカエラだった。彼女が紙の包みを乱暴に部屋に投げ入れる。
「あらあ、暁さん、まだいたの? なんでジャージに着替えてるの? 」
私は彼女を思いっきり無視した。
私が真琴さんと何をしたかなんて彼女には見当もつかないだろう。彼女は私をベータだと思っているから。
基本ベータ女性はオメガ男性とは交われない。
このときほどベータに生まれてこればよかったと思ったことはない。もし私がベータなら突っ込むものなどないのだから、真琴さんに求められることもなかったかもしれない。そもそもフェロモンも効かないのだから、最初の時点で「見てはいけないものを見てしまった」と走り去ることもできたのだ。いちいち汚らしい劣情に悩むことすらなかったかもしれない。
「……ったく、院長も自分のペットの世話くらいちゃんとして欲しいわよね。発情期になるたびに甘ったるい匂い振りまいて迷惑ったらありゃしない。あーくっさ!! 」
シスター・ミカエラは鼻にハンカチを当てながら言った。ベータの彼女にとって、オメガの香りは不快でしかないのだろう。まるで粗相を繰り返す汚い犬でも見るような目で真琴さんを見た。
「ごめんなさい……」
また力のない声で謝る真琴さん。
「やめてください。真琴さんをそんな風に言うのは。彼は犬じゃありません」
私はそう言って彼女を睨みつけた。
すると彼女は、ヒッと声を立て、なぜか恐れおののき、わなわなと震え始めた。
「……暁さん、あなた、アルファだったの? 」
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