You are my one and only

泉 沙羅

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第7話

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 不本意ながら、真琴さんと交わってしまった日を境に、私はアルファらしくなっていった。
まず、自分で言うのも変だが、容姿が見違えるほど美しくなった。乾燥気味だった肌は、内側から輝いているかの如くつやつやになった。同じく乾燥してボサボサしていた髪の毛は水が流れるような、真っ直ぐなサラサラヘアーになった。
常に「目が死んでいる」と言われるほど、どんよりした印象だった瞳は光を放ちそうなくらいに生気が宿った。眼光の強さはアルファの特徴の1つでもある。
体型も変わった。バストサイズが2カップもあがり、17歳にしては成熟した胸元になった。ウエストもほっそりとくびれ、お尻も見栄えのいい洋尻になった。浮腫がちだった足首もきゅっとしまり、ヒールの似合う脚になった。今までどんなに鍛えてもメリハリに乏しかった体が、まるでハリウッド女優のような完璧なスタイルになった。
フェロモンも香りもみるみる濃くなり、私は誰から見ても「完璧なアルファ」になった。私が街を歩けば、誰もが「アルファだ」と言わんばかりの顔で振り返った。芸能のスカウトも鬱陶しいほどやってきた。今まで真琴さん以外、誰にもアルファだと気づいてもらえなかったのに。
完全なアルファになった私は、学業においても驚異的な飛躍を見せた。今までと同じ勉強量でアルファのクラスの生徒に勝るとも劣らない成績をたたき出した。即、私はアルファのクラスに移ることになったが、アルファのクラスでも成績はトップだった。
アルファの生徒は個人差こそあるものの、だいたいベータの生徒が高校を卒業するくらいの段階で、大卒の資格を取り、社会の重要な地位に着いていく。
だが、私はそれより1年早い、高校2年修了時くらいで大卒の資格を取ってしまった。そして次年度からは異文化コミュニケーション学の教授として大学の教壇に立つことになった。
私は完璧なアルファになってそこまで嬉しいと感じなかったのだが、母は「雰囲気がお父さんに似てきたね」と喜んだ。私にとっては最悪の褒め言葉だが。
私のことを「地味でさえない」「ベータのくせに理屈っぽくてうざい」「偽善者通り越して馬鹿」などと陰口を叩いていたベータたちも見事な手のひら返しを見せ、私にヘコヘコするようになった。ハッキリ言って気持ち悪かった。
だが、私は教授として、人を導く者として、教育的な立場からこの階級社会を少しずつ変えていこうと考えた。それにはバース性による階級社会が撤廃されつつある先進的な国々の事例を出し、このディストピアに違和感をもつよう、学生の良心に訴え続けた。……母や真琴さん、楠さんのことを思いながら。
楠さんのように既に"F"に落とされてしまった人を救うのは難しそうだが、これ以上"F"を増やすことを止めることはできるはずだ。オメガは産む機械じゃない、性奴隷じゃない。ベータもアルファの都合のいい駒じゃない。彼らだってアルファと負けないくらいの能力を持っている。私たちは同じ人間だ。
私の授業方針のせいで上から睨まれることもあったが、私が優秀なアルファであるせいで、向こうもあまり強くは出られないようだった。
……なんか変じゃないか。アルファであること、アルファとしての特権を行使することを今まで死ぬほど嫌っていたのに。結局自分もそんな嫌なアルファになっているではないか。そんな矛盾を感じざるをえない。
……真琴さんに会いたい。あれから1年弱、旧聖堂には何回も行ったけど、真琴さんは地下室のドアを開けてくれなかった。
避けられ続けているのだ。そりゃあ、あんなことになればどんな顔して会えばいいか分からなくて当然だが。
最初は会いたい一心でしつこくドアを叩いたり、「なんで会ってくれないの!酷い!」とドアの前で怒鳴り散らしたりしていたが、後々冷静になってみると、ある考えが頭に浮かんだ。
……また彼の発情期に出くわしたらどうしよう、と。あのとき私は欠陥アルファでありながら、衝動を抑えきれず、彼を押し倒してしまった。彼も私のフェロモンに当てられて理性をなくしていた。もう私は欠陥アルファではない。今彼の発情期にでくわしたらどうなる? 今度こそ本当に酷いことしてしまうのではないか。……そう考えると怖くて私も会いにいけなくなってしまった。
でも私は彼を愛している。あれから彼のことを考えない日は1日たりともなかった。あんなところで修道士たちの性処理なんてしてもらいたくない。誰にも傷つけられてほしくない。誰にも汚されてほしくない。……彼を私のものにしたい。
……うわ、嫌な考え方。もろクソアルファじゃん。彼は彼自身のもの。私が所有していいわけがない。
でも、今の私はもう欠陥アルファではない。今の私なら彼を番にできる。このままお互い避けあっていてもどうしようもない。彼に想いを伝えよう。そして番になってほしいと持ちかけよう。
仕事が休みの日曜日、私は思い切って母校の門をくぐった。そして旧聖堂に向かう。シスター・ミカエラやブラザー・パウロは完全なアルファになった私を恐れてもう茶々を入れてくることはなくなった。真琴さんの香りを感じながら地下室の階段を降りる。
さあ、落ち着いて。大事な話をしにきたんだから感情的にならないように。
「真琴さん? いるんでしょ? 私よ」
……彼は答えない。明らかに扉の中から匂いがするのでいることは間違いないのだが。
「...居留守使っても無駄よ。分かってるでしょ? あのことで気に病んでるの? 」
彼は相変わらず応えない。さすがにもどかしくてイライラしてきた。
「……それとも何? 私のこと嫌いになったの? 顔を見るのも嫌なの? あんなところ見せたから私のこと汚らわしい女だって思ってるの? 私のこと、おぞましい精子脳女だって思ってるのね!? 」
苛立ちのあまり、とうとうきつい言葉が出てしまった。
「そんなわけないじゃん!! 馬鹿なこと言わないで!! 」
……びっくりした。真琴さんが怒鳴るなんて初めてだ。
とりあえず、一旦落ち着いてまた呼びかける。
「いい加減、開けないとドアぶち破るよ? 私それくらいの力ならあるから」
感情的になってしまったことを反省し、拗ねた子供を諭すように言う。
「10数えるうちに開けなさい。いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう……」
そのとき、ガチャりとドアが開いた。
ほぼ1年ぶりに真琴さんと顔を合わせる。元々儚げな人だったがますますやつれた気がする。でもそれでもその危うさが美しい。
「久しぶりね」
とりあえず微笑みかけてみる。
真琴さんも微笑みを返してくれた。以前より儚く、壊れそうな微笑みだった。
「……本当に綺麗になったね。女神さまみたいだ」
真琴さんは私をうっとりとした目で見つめながらそう言った。
完全なアルファになってから、アルファやベータの男たちから歯が浮くようなセリフの集中豪雨を浴びせられたけど、気持ち悪いとしか思えなかった。
……でも真琴さんから言われると、ドラマのセリフのようにドキッとする。
「……真琴さんのほうがずっと綺麗よ」
私がそう返すと彼は少し照れたような微笑みを見せた。
私は長椅子に彼と並んで座り、彼の手を握った。
「……真琴さん、私あなたのこと愛してるの。ずっとずっと好きだったの。お願い、私の番になって」
真琴さんはその琥珀色の目を見開いて、十数秒間私を見つめたまま黙り込んでいた。
「……だめだよ」
彼は私から顔を反らせて言った。
「どうして!? 」
「僕なんか君に相応しい相手じゃない。千歳ちゃん、そんなに素敵なんだから、もっと若くてまともなオメガとつがえるよ」
「私は真琴さん以外考えられないの!! 」
「……僕は君が思ってるような綺麗な人間じゃないんだよ。ここで僕が何してるか知ってるの? 修道士様達の性処理だよ? ここに来る前も性奴隷として色んな人達とセックスしてきた。汚らわしいと思わない? それにもう27だし、オメガとしては中古だよ。君のような素晴らしいアルファにこんな……」
「修道士たちとあなたが何してたかなんて、ずっと前から分かってた!! あなたと出会ったときから!!」
真琴さんの言葉を遮ってそう私が叫ぶと、彼は「えっ」というような顔でこちらを見た。
「真琴さんは綺麗よ。そこらにいるベータやアルファよりも。ずっと綺麗で賢くて優しい。自分のこと中古なんて言わないで! あなた人間なのよ? 」
私がそう言うと、真琴さんはその美しい顔を辛そうに歪めた。宝石のような瞳から涙がつたい、その白い頬を濡らす。とうとう彼は両手で顔を覆って嗚咽しだしてしまった。
「……真琴さん」
私は彼の涙の意味がわからず、ただただ、そこに佇んでいることしかできなかった。
真琴さんはしばらく咽び泣いていたけど、何か覚悟を決めたように涙を拭い、顔を上げると、私の方をみてこう言った。
「……千歳ちゃん、見て……」
その綺麗な目は真っ赤に腫れ、声が震えている。
真琴さんは椅子から降り、私の前に膝立ちになると、Vネックのセーターの襟の部分をめくり、左胸を露出させた。
その白くて薄い胸の上には……

"F"

楠さんと同じ、傷跡のような赤い刺青……。
私の脳裏にあの恐ろしい出来事がフラッシュバックした。ドラッグを打たれてガリガリにやせ細り、かつて同じ教室で勉強していた私のことさえ認識できず、虚ろな目でひたすら「犯して」と繰り返していた彼女。そして、私の前でコロリと死んでしまった。
死んでもなお、彼女は虫けらのように扱われ、最後はゴミのように捨てられる運命だった……。母も狂気に満ちた目で「Fを助けることは犯罪になるのよ」などとあっさり言っていた。……Fには救われる権利すら与えられてない……Fを助けたり、番にすることは犯罪になる。
「……ひいぃぃぃぃぃ!!! 」
あのことがすっかりトラウマになっていた私は思わず悲鳴を上げて、手で口を押さえた。
……真琴さんがFだなんて……なぜ…………悪い夢を見てるのか私は。ショックで過呼吸を起こしそうだった。震えが止まらない。
あまりの動揺に痙攣を起こしながらも、真琴さんのその刺青を一心に見つめ続けている私に、彼が言う。
「……これでわかったでしょ。どうか僕のことなんか忘れて」
その泣き腫らした目にまた新しい涙が浮かんでいた。
ショック状態で何も言えない私を見つめながら、真琴さんは続けた。
「……僕はね……本当に家畜以下の生活してきたんだ……」

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