You are my one and only

泉 沙羅

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第4話

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「千歳! 一緒に帰ろう!」
萌香が明るく言う。わかってる、あなた、あのとき本当は私を悪く言いたくなかったんでしょ。でも……
「……ごめん、ちょっと用があるから」
「そう?」
「ねえ、私のこと変だと思う? 」
「えっ」
「ごめん、なんでもない」
やだ私、何訊いてんだろう……。
ますます私の心の拠り所は真琴さんだけになっていく。今日も重い心を抱えて真琴さんのところへ向かう。きっと真琴さんなら軽くしてくれる。
「ちょっとあなた、またアレと仲良くしてるの? 」
旧聖堂の扉に手をかけたところでまたシスター・ミカエラが現れた。
「真琴さんをアレなんて呼ばないで下さい。彼はものじゃありませんよ」
目上の人に言い逆らうなんて滅多にしない私だが、言わずにはいられなかった。シスター・ミカエラは私の反抗に少したじろぐ。
「私はあなたのためを思って言ってるのよ。年頃のベータ女性にこんなことは言いたくないけど、あのオメガはね、ここの修道士たちの性処理係なのよ」
……1番聞きたくないことを聞いてしまった。うすうす気づいていたことなのに、ショックで脚が震える。
「そんな……」
目がよく見えない。
シスター・ミカエラはそんな私を見てため息をついた。
「それに今、彼のところには行かないほうがいいわ」
「なぜですか? 」
「いいのよ。行かない方が」
シスター・ミカエラは意味深な様子で私にそう言った。
私は彼女の言うことを聞かずに、旧聖堂の中に入り、普段彼がいるという地下へ降りていった。

 地下への階段を降りていくたびにあの甘いオレンジの香りが濃くなっていく。
え……? なんか声が聞こえる。真琴さん一人じゃないの?
私の頭の中で「いくな」と警報が鳴る。 けど、何故か足を止められなかった。
「ほら、もっと締めろよ、お前は肉便器としてしか利用価値がないんだから」
男の声。恐る恐る覗き込む。
……!無機質な倉庫のような地下室の中で、スカプラリオを着た修道士、ブラザー・パウロが、ぐったりとした真琴さんを仰向けに組み敷いていた。何をしているのかなんて一目瞭然だ。
「本当に発情期以外のお前はマグロだな。締まりはないし、濡れもしないし、表情もろくに変えないし、勃ちもしない、声も出さない。これじゃあダッチワイフ以下だよ」
「……すみません」
真琴さんが虚ろな目をして謝る。
ブラザー・パウロは大きくため息をついて、真琴さんへの罵倒を続ける。
「本当にオメガかよ。オメガってもっと淫乱かと思った。発情期じゃないから中出しできると思ってたけど、こんなゆるゆるじゃいけねーよ。お前ももう26だもんな、そろそろ賞味期限切れか? 」
神に仕えてる者の言葉とは思えない。でもこんな道楽修道士、別に珍しくない。ブラザー・パウロは学園の奉仕活動のときにくらいしか私たち生徒とは顔を合わせない。だからどういう人間かは知らなかったが、こんな奴だったのか。
「……すみません」
また虚ろな目をしながら謝る真琴さん。いつもは宝石のように綺麗なあの琥珀色の瞳がどんよりと曇っている。
「もういい! 口でしろよ。お前はおしゃぶりだけは得意だからな。歳食ってる分、そこは上手いもんな」
そう言ってブラザー・パウロは真琴さんの細い両腕を掴み、体を起こさせる。真琴さんはなんのためらいもなく、仁王立ちになったブラザー・パウロの前に膝まづき、スカプラリオを捲りあげたそこに顔を埋めた。
……もう見てられない。もう無理。私は回れ右をして、階段をよろよろと上り、旧聖堂をあとにした。
わかってたはずなのに。なんでこんなにショックなの。修道士たちの性奴隷でもなければ、番のいない、成人したオメガがあんなところにいるはずないじゃない。
なんで私は気付かないふりをしたかったの? 
オメガと対等な関係であるために、変な先入観を持ちたくなかったから? 違う。
単純に気持ち悪いことを考えたくなかったから? 違う。
真琴さんは私の天使だからだ。誰にも傷つけられて欲しくない。誰にも汚されて欲しくない。勿論私自身にも。真琴さんが傷つけられて汚されてる姿なんて想像したくなかったのだ。

修道院と高校の校舎の間にある「マリアの庭」のベンチに座り、私はずっと両手で頭を抱えていた。
「やあ」
誰かに声をかけられ、頭を上げる。
……ブラザー・パウロだ。
「何をそんなに打ちひしがれてるの? そんなにショックだった? 」
嘲笑するような口調だ。……というか、さっき私が見ていたことに気づいていたのか。だが、もうわざわざそんなことで衝撃を受ける余裕はなかった。
「だからシスター・ミカエラが君に忠告したじゃないか。 ベータ女性はあんなのと関わるべきじゃないんだよ」
「ほっといてください」
私は顔を背けて突き放すように言った。こんな道楽修道士となんて口利きたくない。汚らわしい。
「おっと、わりと頑固だね。まさかアレに惚れてるのかい? 絶対やめておきなさい。当然だけど、アレには男性としての機能がほとんどない。だから君とは子供作れないんだよ」 
「……」
こいつも私をベータだと思っている。当たり前っちゃ当たり前だけど。
「まあ、私もアレがただのオメガ男ならここまで忠告しないんだがね……本当にアレとは関わらない方がいいよ。無難にベータはベータと恋愛しなさい。君も地味にはしてるけど、ベータにしては素材は中々じゃないか。きっともっと大人になって化粧をすれば見違えるような美人になる。そしたらあんなのどうでもよくなるさ。……なんだったら私が目を覚まさせてあげよう」
そう言って奴は私の太ももに触れてきた。
「やめてください! ほっといてって言ってるじゃないですか! 」
私は反射的に奴の手を振り払ってスタスタとその場を去った。
「おーこわ。思春期の小娘は扱いにくいな」
と奴の嘲るような声が聞こえた。

 それから何日も何週間も私は真琴さんに会いにいかなかった。
彼がブラザー・パウロの性処理をしているのを見て失望したからではない。ブラザー・パウロ以外の修道士にもああいったことをしている修道院の性処理係だということを知ってしまって気持ち悪くなったからではない。
……私は真琴さんとブラザー・パウロの行為を見た時、自分の天使を汚されている事実にショックを受けたが、それだけではなかったのだ。
私のアルファとしての本能が、「ベータ野郎のくせに、私より先に私のオメガを犯しやがって。許せない。ちんこ握りつぶしてやりたい」などと叫んでいたのだ。もし私が欠陥アルファではなく、完全なアルファだったとしたら、その本能を抑えきれず、あのまま乱入してブラザー・パウロを半殺しにしてたかもしれない。
アルファは縄張り意識が強く、自分の聖域を侵されるのを酷く嫌う。だから自分の気に入ったものには何でも自分の香りをうつして「マーキング」することもある。
……犬みたい。
これもまた、私が嫌っているアルファの要素の一つだ。
だいたいなにが「私のオメガ」だ。
私は真琴さんの番でもなんでもない。真琴さんの気持ちを考えないで何を勝手に自分のものと思っているのだ。所詮私もオメガを子作りマシーン兼性処理係と捉えている、自己中な最低アルファなのか。
そういえば、真琴さんと一緒にいるとき、私は彼の香りを間近で嗅ぎたくて無意識にくっつこうとしてたときがあった。大人な真琴さんはそれを上手く交わしてたのだけれど。あれは彼の香りを嗅ぎたくてくっつこうとしていただけではなくて、彼にマーキングしようとしてたのだろうか。マーキングできるほどの香りもフェロモンもないくせに。お笑いだ。
欠陥品のくせに、こういったアルファとしての欲望はしっかりもっている精子脳女。あのとき、ブラザー・パウロに抱いた感情も「怒り」というよりは「嫉妬」だった。「私はまだ彼に子種を注ぎ込んでないのに、なんでお前が」などという感情が頭の中でぼんやりと暗く燃えていたのだ。
まさに歩くちんこではないか。相手の意志そっちのけで子種を撒こうとするクソアルファそのものではないか。私にブラザー・パウロを軽蔑する資格なんてない。
もう真琴さんに合わせる顔がない。私はあなたを組み敷いて、股間にある醜いもので貫いて、子種を注ぎ込みたいなんて考えてる汚らしい精子脳女なんだから。それにこんな欠陥品は綺麗なあなたに相応しくない。

「何やってんの、千歳。どうして壁に向かってパン食べてるの? 」
昼食の時間、萌香が若干引き気味に私にそう話しかけてきた。
「……ん、なんかお天道様に顔向けできなくてさ」
本当は窓から旧聖堂が見えるからだ。そして真琴さんを思い出してしまうからだ。以前は授業中でも休み時間でも、古くはあるが美しい石造りの旧聖堂を眺めては、「あそこに真琴さんがいる」と胸をときめかせたものだ。でも今は見えると辛い。真琴さんとも、もう1ヶ月以上は会ってなかった。会うといつか彼を犯してしまうのではないかという不安に駆られるからだ。
真琴さん、私はあなたを傷つけたくないし、汚したくないの。
私、理性が吹っ飛んだらきっと、修道士たちとは比べ物にならないくらい酷いことをあなたにしてしまうに違いないから。


「……ただいま」
いつも通り家に帰ると、母がリビングで虚ろな目でボーッとしていた。私に「おかえりなさい」も返してくれない。
最近祖父母に色々言われすぎてか、私の将来のことで悩んでか、母は躁鬱状態になってきている。...病院に行ったほうがいいと思うんだけどな。
とりあえず着替えようと、自分の部屋へ。
ん!?……この匂いは……
真っ暗な部屋の中に、メープルシロップにガンガンに砂糖を入れて煮立たせたような甘ったるい匂いが充満していた。一体何が起こったのか。その匂いは私の全身を沸騰させるかのように火照らせ、「今すぐ繁殖したい、子種を撒きたい」という生々しい劣情を湧き起こさせた。
……これは発情期のオメガのフェロモンだ。なんで私の部屋に? たまらず私はガクンと膝を落とした。私の股間にあるものは苦しいほど腫れ、制服のスカートをめくりあげている。ハアハアと息を弾ませながらも、脚を閉じ、スカートの上から必死に抑え込んで鎮めようとする。ポケットからハンカチを取り出し、鼻と口を抑える。
……しかし、この匂いは初めてではない気がする。以前にもこのフェロモンに当てられたことがある。
だんだん目が慣れてくると、部屋の片隅に人影が見えた。
……ガリガリに痩せた女だった。くしゃくしゃに乱れてはいるが、ウエーブのある茶色い髪を腰まで垂らし、薄手のスリップ1枚で立っている。
「ちょっ……!! 誰ですか、あなた! なんで私の部屋に……! 」
私がそう言いかけるとその女は私に迫ってきて、両肩を掴まれて押し倒された。
「ひゃあ!! ……えっ!? あなた……」
乱れた長い髪の間から見えた顔に覚えがあった。

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