鬼人の姉と弓使いの俺

うめまつ

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79,お箸の国

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「あだっ!」

尻から硬い石畳に落ちて叫んだ。

「あはは、着地が下手くそ」

モヤモヤ野郎が笑ってからかう。

むすくれながら立ち上がると蛇女がじろじろと覗きこむ。

頭痛や吐き気はないのかと聞かれて首を振った。

「本当に魔力酔いがないわね。ちょっとくらいあるのに」

「人族にしちゃぁ珍しいがなぁ。たまにいるよ。そんな驚くこたぁねぇしー」

「ロクロ達だって初めては吐いたって聞いたけど」

「あいつらは鬼人だから酔いやすいんだよ」

「人族だって変わらないでしょ」

「別だよ。変わるっての」

ポンポンこいつらはよくしゃべる。

するとローラさんから軽く肩を叩かれた。

「大丈夫よ。ギルドはルールに厳しいけどあんたみたいなひよっこをどうこうすることはないし、ロクロ達も私達の大事な戦友だから悪いようにはしないわ」

「……分かりました」

「ラオ、不安なのね。大丈夫よ、私がいるから。代わりにおかあ、さ」

「呼ばない。絶対呼ばねぇ。どさくさに紛れて何を言い出すんですか」

「ノリが悪いわね」

「呼んだら最後、そのままなし崩しに親父へ押し掛け女房する気でしょ」

「あらぁ?うふふ」

この笑い方は図星か。

魔法を使う奴らとの会話は危ない。

勝手に口約束の契約を結ばされる。

冗談混じりで本気を混ぜてくるから気を付けろとチイネェからの忠告だ。

「お茶でも飲んで待ってましょうか。ラオはお腹も空いたでしょ?」

ローラさんが軽く手を振ればソファーとテーブル、その上に見たことのない豪華なティーセットがあらわれた。

「うわ!」

壁から人が出てきた。

執事服のおじさんとメイド。 

服も顔も何もかも壁と同じ真っ白。

テーブルのティーセットにお茶を注ぎ始めた。

「給仕よ。座って」

ギクシャクしながら席について執事と三人を眺めた。

「ローラさんの魔法ですか?」

「ギルドの建物に編み込まれた魔法。認可のある立場なら誰でも使えるの」

「……はぁ」

気の抜けた返事で白いお化けのような執事の用意するご飯に手を伸ばして固まった。

「……こんなにフォークとスプーン、何に使うんですか?」

小さいのから大きいのが順に並んでる。

意味わかんねぇ。

どっちもひとつでいいじゃん。

「ぷっ」

「マナーも知らないわけ?普段は手づかみ?」

嘲笑うあいつらの前には段の重なったお菓子の山。

そっちはなんで塔みたいに皿を重ねたデザインなの?

「……我が家は大陸式なんで」

棒2本を使った箸。

てか、庶民はこういう食事に縁がないんだよ。

上流のマナーなんて知らねえし。

俺の興味の外だ。

調べる気にもならない。

「あーそう。ならこっちか」

モヤモヤ野郎の指の動きに全身真っ白なメイドが反応して箸を俺に用意してる。

「いいです。普段はフォークやスプーンも使ってますから。順に教えてもらえればその通りにします」

断るけど蛇女が箸を使ってるのを見たいと言うので希望通りに見せてやった。

「……躾はしてあるのかぁ。へぇ」

モヤモヤ野郎の呟きは犬猫みたいな言い方でムカつくが、その横で静かに見つめる蛇女の視線は馬鹿にしてるより何か探って値踏みしてると感じた。


食事を終えるとお茶が出た。

見たことのないメニューに戸惑ったけど、それなりにうまかった。

こんな状況でも飯の味は変わらねぇ。

「待たせたな」

「あ、サイクロプス」

「そいつか。早速」

「うおっ!」

突然、後ろから聞こえた。

振り向こうとしたらすぐにがしっとめちゃくちゃデカイ手で頭を捕まれて、腕のように太い指は顔まで覆い、そこから鋭く痺れる痛みが走った。

「うあああ!いぃてぇぇっ!いてぇええ!」

指の隙間からモヤモヤ野郎、蛇女、ローラさんがこっちを見てた。

俺が必死こいて叫んで暴れてるのに三人は冷静に見つめてる。

頭の天辺から指先までビリビリの激痛。

気が遠退いて瞼が閉じかけてる。

頭から手が離れて誰かに体を支えられながらテーブルにゆっくり倒された。

意識があったのはそこまで。

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