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チャプター15:「鎮火/再燃焼」
15-2:「異質への誘い」
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「うぅっ……」
地面に倒れる一人の剣狼隊の女傭兵が、苦しげな声を漏らしている。
隊長であるクラレティエの元へと向かうための進路を妨害する敵を排除すべく、仲間たちと共に攻撃を試みた彼女は、しかし敵の奇妙な炸裂攻撃を受けてなぎ倒され、今の状態に陥った。全身の痛みに苛まれながらも、首を動かして顔を起こす彼女。
(くっ、そんな……)
目に映った光景に、彼女は心の中で悲観の声を漏らす。
周囲には、敵の攻撃の餌食となった仲間の傭兵達の亡骸がいくつも見える。そしてその先に、彼女達をこの凄惨な状況においやった、敵の禍々しい姿があった。巨大な体躯を持つ、亜人の一種と思われる敵。その敵が掲げる太く強靭な片腕には、果敢に挑んだが力及ばず倒された傭兵の体が、頭部を掴まれてぶら下がっていた。
(こんな……こんな敵がいるなんて……)
敵の姿とその凄まじさに、恐怖の感情を覚える彼女。
(……でも……!)
しかし彼女は歯を食いしばり、そして落ちていた剣の柄を握り直す。
(私たちは隊長と共に、どんな時も乗り越えて来た……隊長がいる限り私たちは負けない……諦めないッ!)
意を決し、視線の先に居る巨体の敵に立ち向かうべく、彼女は立ち上がる――
ゴリュと、彼女の後頭部が金属の感触を感じ取ったのは、その瞬間だった。
「?――びょッ」
乾いた破裂音が響き、女の額が内側から突き破られて穴が開いた。その額の穴からは鮮血が吹き出し、女の口からは妙な音が漏れる。そして支えを失った彼女の身体は、再び地面に沈み込んだ。
「しつけぇっつの」
死体の後ろからウンザリとした声が上がる。そこに立っていたのは他でもない竹泉だった。彼の手に握られる9mm拳銃からは、微かに硝煙が上がっている。
「ったく、ようやく静かんなったか?」
竹泉は呟きながら、他に抵抗を試みる敵がいないか周囲に視線を向ける。
「コースはこれで終わったっぽいなぁ。デザートのさぁびすが無けりゃだけどヨォ」
岩場に足を掛け立っていた多気投が、竹泉の言葉に返しながら、掴み上げていた傭兵の死体をほっぽり投げる。そして弾薬の連なった新たな給弾ベルトを取り出して、弾切れとなっていたMINIMI軽機への再装填を始めた。
竹泉は周囲に敵の動きが見られない事を確認すると、警戒の意識を保ちながらも、近くの岩場に腰を降ろして「ぼへぇ」と品の無いため息を吐く。
傭兵隊の波状攻撃を全て撃退した竹泉と多気投。そんな二人の周囲には、両手で収まらない数の傭兵達の死体が、そこかしこに倒れていた。
襲い来た傭兵隊はおよそ小隊規模。獣人を含む傭兵達はいずれも人並み外れた身体能力を見せ、苛烈な攻撃を仕掛けてきたが、今は一人残らず撒き散らした血と肉で、竹泉達の周囲を血生臭く彩っていた。
「にしてもホンマに妙ちくりんなタイツ共だったわなぁ。みいんなお遊戯みたいに声高らかでよ」
「自分達がお話の主役とそのお仲間達のつもりだったんだろぉよ。実態は飼い主に飼いならされた、とんだ異常性癖迷惑千万変態の群れだったがよぉ、うっすら寒い台詞をしこたま吐いてやがってよぉ!キレそうだしゲロ出そうだ!」
「少なくとも、とうにキレとった気がするじぇえ?」
竹泉の悪態にそんな疑問の声を返す多気投。
「マヂで喉の奥酸っぺぇ……!」
竹泉は岩場の影に置いておいた装備の中から水筒を拾い上げ、喉奥の不快感を洗い流すべく水を含んでうがいを始める。
《ジャンカーL1より全ユニットに告ぐ。停戦だ、これより自衛行動以外の戦闘を停止しろ》
インカムから命令が飛び込んで来たのはその時だった。
《繰り返す、停戦だ。傭兵組織の代表から停戦の合意が得られた。全ユニットは自衛行動以外の戦闘を控えろ》
「ペーェッ――あぁん?今なんつったぁ?」
通信の内容に、口を濯いだ水を吐き出した竹泉は怪訝な声を上げ、ハテナといった表情を浮かべる多気投と視線を合わせた。
「今度はどうしたほい?」
「あぁ?」
「………停戦って言ったか?」
睨み合う制刻と鳳藤の元へ、突如飛び込んで来た通信。その内容から二人はそれぞれ怪訝な声を零し、険しい顔を作ったまま、続く通信に注意を向ける。
《繰り返す、停戦だ。傭兵組織の代表から停戦の合意が得られた。全ユニットは自衛行動以外の戦闘を控えろ》
「少し遅かったな、たった今脅威を潰した所だ。あぁ、こちらエピックヘッド」
長沼からの発信が一区切りした所で、制刻はふてぶてしい口調でインカムに向けて発した。そして言葉の最期に、思い出したように無線識別を付け加える。
《何、待て――潰した?砲撃支援もまだだぞ?そちらだけで脅威存在を排除できたのか?》
「ええ。脅威が隙を見せたんで、そこにぶっ込んだらぶっ飛ばせました。制刻、鳳藤共に健在です」
返って来た長沼の驚き混じりの疑念の声に、制刻は変わらぬ調子で返答した。その報告に対してすぐには返す言葉が思いつかないのか、長沼からの返信の気配が途切れる。そこを狙ったかのように、別の声が通信へ割り込み響き出した。
《あぁー、失礼しますよ?こっちはエピック2ぅ。大っ変不本意だがエピックヘッドに同じぃ!たった今、取り巻き共約一個小隊を蹴散らし終えたトコだっつーの!》
舞い込んだ声は竹泉の物だった。隠す気すらないイラ立ちがダダ漏れの声色で、彼等側の状況を捲し立てる。
「竹泉、そっちもうまくやったようだな」
《ヨーぉ!お前等も無事だったかフリィーダァム&ブレェィドッ!よかったぜぇ!》
制刻が呼びかけると、多気投の陽気な大声が返って来た。
(ふ、フリーダム&ブレイド……?)
《ぬぇッ――横ででけぇ声だすんじゃねぇよ!自分のインカム使えや……ッ!》
鳳藤が内心で訝しむのをよそに、間髪入れずに竹泉の文句が通信から流れて来る。どうやら多気投は、竹泉の装着するインカムに向けて間近で声を上げたらしい。
《固いコト言うなよグッドガァイ》
《人をホラー人形みてぇに呼ぶんじゃねーよ。――とにかく、こっちゃぁ大体そんな感じだ!》
割り込んで来た竹泉等の騒ぎ声がそこで一区切りつくと、再び長沼からの通信が開かれる。
《あー、エピック各員。そちらの状況は把握した。脅威を無力化したのはよくやってくれた、皆無事なのもなによりだ。しかし言った通り停戦だ、これ以降は自衛行動以外の戦闘は控えてくれ。今現在、傭兵隊側からも停戦の伝令を走らせてもらっている》
《相手の伝令って馬だろ?ラグがどんだけできんだよ。だいたいヤバイ戦闘の真っ最中だったらどうするつもりだったんだよ?》
《バトルは急には止めらんねーんだずぇ?》
《反吐ぶっ吐きそうな状況の中にあるってのに、綺麗事押し付けられても正直迷惑なんですがね!?》
しかし長沼の声に対して、竹泉の悪態や多気投の軽口が遠慮なく垂れ流されて来る。
《エピック……ッ!厳しい状況下で、突然な事を言っているのは理解している。だが愚痴は後にしてくれ!――他、展開中の各ユニットも了解か?ただちに戦闘停止が困難な場合は、その旨を報告してくれ》
長沼は、流れ聞こえて来るそれ等を苦々しい声色で塞き止めた。そして各隊に向けて呼びかける。
《ジャンカー1-2、問題なし》
《ハノーバー、了解》
《1-3》
各ユニットから報告が上がり、無線越しに二人の耳にも届く。制刻等の位置が最前線だったようで、幸いにも他の隊からの戦闘報告は無かった。
「長沼二曹。一応聞きますが。まだ襲って来る奴がいた場合は、ぶっ飛ばしても問題ありませんね?」
《あぁ。今は不安定な状況だ、その時の判断は各員に任せる。だが、くれぐれも慎重に行動してくれ》
「いいでしょう。エピックチームは再編し、ジャンカー主力に合流復帰します。エピック2、竹泉、投。まずオメェ等んトコで合流して、再編成しよう」
《へぃへぃへぃ》
「エピックヘッド、終わり」
制刻は無線通信を終えると、鳳藤へと視線を向ける。
「長沼二曹が連中とうまい事話をつけたらしい。そいつを尊重して、スマートに行くよう心がけるとしよう」
「………期待しないで見させてもらう」
制刻の相変わらずの淡々とした言葉に、鳳藤は険しい表情のまま一言発する。
未だに二人の間には良くない雰囲気が漂っていたが、停戦の報がクールダウンを促したのか、互いの仇敵を見るような眼と一触即発の空気は、一応の鳴りを潜めていた。
「行くぞ。竹泉と投を拾って、分隊に合流復帰する」
「……あぁ」
鳳藤は立ち上がり、両名は戻るべく来た方向へ向かった。
停戦の合意、そして制刻等がクラレティエ撃退してから15分ほどの時間が過ぎた。
停戦したとはいえ、その報が傭兵団の全隊に伝わるには時間を要するため、第21観測壕跡周辺で展開した増援分隊は、以前警戒態勢を維持していた。先程までは暗闇に紛れて動いていた傭兵団の騎兵が、今はたいまつを煌々と灯らせ、堂々と谷間を行き来する様子が眼下に見える。そしてそんな彼らに対して居場所を明確にするため、分隊も崖際に発炎筒を炊いていた。
「停戦かぁ……何か拍子抜けだなぁ」
崖の上には策頼と出蔵の姿もあった。乗り入れられた大型トラックの側で、出蔵は呟きながら荷物を手にヒョコヒョコと動き回り、作業に従事している。自由等と別れて後退した二人は、その後に増援分隊へと合流し、今はこの場で自身に割り振られた作業に当たっていた。
「策頼さん、これで最後です」
出蔵は荷台にいる策頼に向けて言いながら、荷台へ持っていた荷物を置く。
「策頼さん?」
しかし荷台に居る策頼からの応答が無く、出蔵は訝しく思い再度声を掛ける。
「ん、ああすまん」
少し間を空けて策頼は出蔵に気が付き、荷台に置かれた荷物を受け取る。
「あの、大丈夫ですか……?」
「あぁ」
出蔵の呼びかけに、策頼からはそんな生返事が返って来る。しかし言葉に反して、策頼の表情はずっと険しいままだ。
「……」
その理由は分かっていた。出蔵は次に掛ける言葉を探そうとする。
「アンタら、何を気を抜いてるんだい」
しかしそこへ、二人へキツめの口調で声が掛けられた。
「あ、易之三曹……」
出蔵が振り返ると、女陸曹の易之が知らぬ間にそこにいて、策頼と出蔵を睨んでいた。
「まだ何があるか分からないんだよ、ボサっとしてるんじゃないよ。特にそっちのアンタ!」
易之は特に策頼に厳しい目つきを向けながら叱責の言葉を飛ばす。
「す、すいません」
「失礼しました」
そんな彼女に対して出蔵は焦りつつ、策頼は淡々とした声で謝罪の言葉を述べる。
「まったく、こんな状況でまでボヤっとしてるとか……54普は本当にだらけたヤツ等のあつまりだね……!」
しかし二人の言葉を聞いてなお、易之は叱咤を続ける。長身である彼女が威圧的な態度で怒る様は、まるで女頭領といった様相を醸していた。
(うわぁーー、メンドクサイ人だぁーー……)
しかし対する出蔵は、しつこく説教を垂れ続ける易之の人柄を察し、内心でゲンナリとした感想を零していた。策頼に至っては、説教を垂れる易之を荷台から白けた目で見下ろしている。
「あの、易之三曹。お言葉ですが策頼さんは――」
「言い訳は聞きたくないよ!今がどういう状況か分かってるのかい?」
事情を知る出蔵は易之の言葉に異議を唱えようとしたが、しかし易之には耳を貸そうする素振りすら見受けられなかった。
「いや、あの――」
「出蔵。いい、ほっとけ」
そんな上官に出蔵はさらに言葉を返そうとしたが、策頼は自分を庇おうとする彼女を差し止めた。
「えぇ、でもぉ……」
困り顔で不服の声を零す出蔵。
だが当の策頼は、眼下で高圧的に振る舞う女陸曹の事など気にも留めていない様子だ。彼の中で未だ消えぬ憤怒の炎は、もっと別の存在へと向いていた。
「いいかい、駄口を叩いてないで手を動かしな!まだ、やる事はたくさん――」
そんな事は露知らず続いていた、易之の冗長な説教がようやく終わろうとした直前――その異変は起こった。
それまで捲し立てられていた易之の言葉が、不自然な所で急に途切れる。
「――?易之三曹?」
その事を不可解に思った出蔵は易之に声をかけるが、しかし反応は無く、彼女はその場で棒立ちになっている。かと思った次の瞬間、易之は両手で下げていた自身の小銃を、力が抜けたように地面へと落とした。
「……ロイミ様に従わなきゃ……」
そして小さく何かを呟くと、彼女は進行方向を180度変え、明後日の方向へフラフラと怪しい足取りで歩き出したのだ。
「え?――ちょ、ちょっと!」
異常を察した出蔵は、戸惑いの声を上げながらも駆け出していた。フラフラと歩く易之に追いつくと、彼女の体に飛びついてその動き止めに掛かる出蔵。
「や、易之三曹!?どうしたんですか!と、止まって――って、あぁあぁぁ……!」
だが易之は女としてはかなりの体躯と力の持ち主であり、小柄な出蔵では抑える事もままならず、ズルズルと引きずられてゆく。
「ごっ!?」
しかし瞬間、ドグッ、っという鈍い打撃音が響く。同時に易之の口から短い悲鳴が零れ、彼女の体がガクリと崩れ落ちた。
「うわぁッ」
突如崩れた易之の体に引っ張られ、出蔵は驚きの声を上げた。そのまま易之の体共々地面に倒れるかと彼女は目を瞑るが、しかしその前に妙な浮遊感が彼女の体を包み込んだ。
「……?」
出蔵が目を開いて見ると、誰かに支えられたのか易之の体が、中空で静止していることに気が付く。そして出蔵は易之の体にしがみ付いて乗っかる形となっている。出蔵が視線を上げると、そこに策頼の姿があった。策頼は片手で易之の襟首を掴んで乱暴に支え、空いたもう片方の腕の先には、彼女を気絶させた手刀が形作られていた。
「ふぇ……か、策頼さん。ありがとうございます……」
出蔵は気の抜けた声で、策頼に礼の言葉を発した。
「どうした、何事だ?」
そこへ、騒ぎに気が付いたウラジアが駆け寄って来た。ウラジアは現在、2組(ジャンカー1-2)の指揮を取っており、策頼や出蔵も今はその指揮下に入っていた。
「四耶三曹!そ、それが……易之三曹の様子が急におかしくなって――」
突然の事態に出蔵は自身も困惑しつつも、説明の言葉を紡ごうとする。
「――これは洗脳だ。誉が言ってた、奴らの洗脳攻撃だ」
しかしその言葉を遮るように、策頼の口から静かな一言が発せられた。
「洗脳攻撃だと?」
「た、たぶんそうじゃないかと思います……。易之三曹は急に武器を捨てて、フラフラと向こうへ歩き出したんです。まるで何かに操られるみたいでした……」
策頼の言葉に、出蔵は未だに策頼に掴まれたままの易之の体から、おっかない動きで降りつつ補足の説明を入れる。
《1-2、ウラジア応答しろ。1-3香故だ》
その時、インカムから通信音声が響き出した。相手は少し離れた位置で展開している、3組(ジャンカー1-3)の香故三曹だ。
《こっちの隊員が一名、前触れなく突然倒れた。一応意識はあるが、酷い状態だ》
「ッ、そっちもか……こちらは易之がやられた。出蔵二士によると、突然様子がおかしくなったそうだ。まるで何かに操られているかのようだったと」
《ふっ、そいつはいっつも外面だけ女王気取りで、微塵の役にも立たんな》
香故は冷めた声で、易之を陥った状態を一笑する。
「香故……ッ!」
香故のその嫌味の言葉に、苦い口調で咎めの言葉を発するウラジア。
「策頼一士がこれは洗脳攻撃だと言っている。おそらく敵が――」
《全ユニット!こちらスナップ31、峨奈!襲撃を受けた、現在別個体の脅威存在と交戦中!》
起こっているであろう事態の予測を口にしようとしたウラジア。しかしそれを遮り、無線に切迫した声が割り込んだのはその時だった。
「ッ!――31!?」
慌てて無線を取るウラジア。少し間を置いた後に、通信の続きが飛び込んでくる。
《――ッ、精神攻撃を受け、近子、樫端の両名が無力化された!私も現在、触手のような生物兵器らしき物体に襲われている!現状維持は不可能!繰り返す、現状維持不可能ッ!こちらは自衛戦闘行動を取る!至急、応援願――》
切迫した怒号の通信は、次の瞬間に入った雑音を最後に潰える。
「スナップ31?……おい31!応答しろ!」
ウラジアは即座にこちら側から無線を開き直して呼びかけたが、しかし向こうからの返答は無かった。
「ッ、なんてこった……停戦と聞いたのに、その矢先にこの事態か……ッ!」
《そりゃぁ、お行儀よく聞く奴等だけじゃぁないだろうな》
苦々しく漏らされたウラジアの言葉に、香故の皮肉気な言葉が返って来る。
「Блядь(畜生)……!香故、無事な者で班を再編しろ!――L1願います、1-2の四耶です」
ウラジアは香故からの皮肉な言葉には取り合わずに、指示だけを飛ばすと、後方の指揮所に向けて呼びかる。
《L1長沼だ。みなまで言うな四耶三曹、緊急の通信はこちらでも受けた》
31からの緊急通信は、この場に持ち込まれている中継機を通して、長沼等のいる指揮所にも届いていたようで、長沼からは即座に応答が返って来た。
《四耶三曹、まず君等の所に異常はないか?》
「31からの緊急通信を受け取る直前、こちらも洗脳攻撃らしきものを受けました。一名が自我喪失、一名が体調不良を訴えています」
《二名だけか?他の隊員に影響は出ていないか?》
「該当の二名以外に症状は出ていません。現在、1-2と1-3を異常の無い者で再編中です」
《そうか。今こちらから傭兵隊側に状況と、脅威存在に対する対処法が無いかの確認を取ってる。だが31の状況を鑑みれば、一刻の猶予も無い。そちらから31の救援に向かってもらいたい。危険だが頼めるか?》
「大丈夫です。再編完了次第、向かいます」
《すまない、頼むぞ》
「了――再編急げ。完了次第、前進観測班の救援に向かう!」
通信を終えたウラジアが指示の声を上げ、周辺の隊員等があわただしく動き出す。
「ひぇぇ、また大変なことに……とにかく私も準備を――って、わぁ!?」
突然の事態を前に、出倉も呟きながらも行動に移ろうとしたが、彼女の身に大きな何かが倒れ込んで来たのはその時だった。
「むぷぅッ!?ほむっ――」
それは気絶した易之の巨体だった。易之の体の下敷きになり、パタパタともがく出倉。
「もぷっ……!び、びっくりしたぁ!……ん?――か、策頼さん?」
出蔵もがいてどうにか顔の上から康之の体をどけ、視界を確保する。そんな彼女の目に、敵方を見据えて立ち構える策頼の姿が映る。出蔵は、その策頼の姿から奇妙な異質さを感じた。
異常事態に隊員等が騒めき、慌ただしく動き回る中、一人の人物が涼しい顔で立っていた。
その人物のいでたちは酷く異質であり、作業着と白衣を纏う人物、およそこの場に似つかわしくない姿だ。しかし一番奇妙な部分はまた別にあった。そのような場違いな恰好の人物がいながら、周囲の隊員等は誰一人として、彼の存在を気にも留めていなかったのだ。
なぜなら、作業服と白衣の人物は、隊員等とは〝違う場〟に存在していたから。
「あぁ、酷いな。第二段階の準備と、ブロックⅣの最適化に気を取られてる間に、こんな事になってるなんて」
その人物は周囲を見渡しながら呟いている。部隊の置かれた状況を知り、それを愁いているようだが、台詞に反してその口調と表情は妙に飄々としていた。
「それで、あなたはどうする?」
その人物はしばらくの間、周囲を見渡していたかと思うと、おもむろに自身の横に居る人物にそう語りかけた。それは他ならぬ策頼だ。作業服と白衣の人物は、策頼のすぐ側まで歩み寄り、興味深げに彼の顔を覗き見る。
「なるほど、やっぱり立ち向かうんだね」
策頼が作業服と白衣の人物に対して返答を返す事はなかったが、作業服と白衣の人物は何か納得したようにそう呟く。やがて作業服と白衣の人物の言葉を証明するかのように、策頼は静かに、しかし力強く一歩を踏み出し、突き進み始めた。
「いい人だ――友のため、身心が血で染まる事も厭わない……。選んでよかった、あなたのような人は好きだ。だから、あなたの復讐に、私からも力を貸すよ」
策頼の姿を誇らしげに見ながら、言葉を発する作業服と白衣の人物。そして作業服と白衣の人物は、何かを操作するように、自身の指先を中空で鮮やかに動かした。
「さ、策頼さんッ!?どこへ!?」
「策頼、どうした?まさか精神攻撃を受けたか!?」
突然突き進み始めた策頼の姿に、ウラジアや出蔵が声を張り上げて呼びかける。
「大丈夫。正気です」
そんなウラジア等に対して歩みを止めず、振り向くこともせずに一言だけ返答を返す策頼。言葉通り、確かに策頼に洗脳を受けたような様子は見られなかった。
なぜなら、彼のその眼は強固な復讐の意志と、猛烈な殺意に満ちていたから。
「策頼、待つんだッ!落ち着け!」
策頼の行動の意図を察し、制止しようと駆け出すウラジア。しかし次の瞬間、突如ウラジアの視線の先の光景が奇妙に歪む。それはウラジアだけでなく、その場にいた隊員全員の目に同じ光景が映っていた。なぜなら、実際に空間が歪んでいたから。そして空間の歪みは、策頼の進行方向真正面に出来ていた。
「え………えええええっ!?」
そして出蔵が、今だに易之の体に乗っかられたまま、驚愕の声を上げる。空間の歪みが収束すると同時に、それに飲み込まれるように、隊員等の視界から策頼の姿が消えた。
地面に倒れる一人の剣狼隊の女傭兵が、苦しげな声を漏らしている。
隊長であるクラレティエの元へと向かうための進路を妨害する敵を排除すべく、仲間たちと共に攻撃を試みた彼女は、しかし敵の奇妙な炸裂攻撃を受けてなぎ倒され、今の状態に陥った。全身の痛みに苛まれながらも、首を動かして顔を起こす彼女。
(くっ、そんな……)
目に映った光景に、彼女は心の中で悲観の声を漏らす。
周囲には、敵の攻撃の餌食となった仲間の傭兵達の亡骸がいくつも見える。そしてその先に、彼女達をこの凄惨な状況においやった、敵の禍々しい姿があった。巨大な体躯を持つ、亜人の一種と思われる敵。その敵が掲げる太く強靭な片腕には、果敢に挑んだが力及ばず倒された傭兵の体が、頭部を掴まれてぶら下がっていた。
(こんな……こんな敵がいるなんて……)
敵の姿とその凄まじさに、恐怖の感情を覚える彼女。
(……でも……!)
しかし彼女は歯を食いしばり、そして落ちていた剣の柄を握り直す。
(私たちは隊長と共に、どんな時も乗り越えて来た……隊長がいる限り私たちは負けない……諦めないッ!)
意を決し、視線の先に居る巨体の敵に立ち向かうべく、彼女は立ち上がる――
ゴリュと、彼女の後頭部が金属の感触を感じ取ったのは、その瞬間だった。
「?――びょッ」
乾いた破裂音が響き、女の額が内側から突き破られて穴が開いた。その額の穴からは鮮血が吹き出し、女の口からは妙な音が漏れる。そして支えを失った彼女の身体は、再び地面に沈み込んだ。
「しつけぇっつの」
死体の後ろからウンザリとした声が上がる。そこに立っていたのは他でもない竹泉だった。彼の手に握られる9mm拳銃からは、微かに硝煙が上がっている。
「ったく、ようやく静かんなったか?」
竹泉は呟きながら、他に抵抗を試みる敵がいないか周囲に視線を向ける。
「コースはこれで終わったっぽいなぁ。デザートのさぁびすが無けりゃだけどヨォ」
岩場に足を掛け立っていた多気投が、竹泉の言葉に返しながら、掴み上げていた傭兵の死体をほっぽり投げる。そして弾薬の連なった新たな給弾ベルトを取り出して、弾切れとなっていたMINIMI軽機への再装填を始めた。
竹泉は周囲に敵の動きが見られない事を確認すると、警戒の意識を保ちながらも、近くの岩場に腰を降ろして「ぼへぇ」と品の無いため息を吐く。
傭兵隊の波状攻撃を全て撃退した竹泉と多気投。そんな二人の周囲には、両手で収まらない数の傭兵達の死体が、そこかしこに倒れていた。
襲い来た傭兵隊はおよそ小隊規模。獣人を含む傭兵達はいずれも人並み外れた身体能力を見せ、苛烈な攻撃を仕掛けてきたが、今は一人残らず撒き散らした血と肉で、竹泉達の周囲を血生臭く彩っていた。
「にしてもホンマに妙ちくりんなタイツ共だったわなぁ。みいんなお遊戯みたいに声高らかでよ」
「自分達がお話の主役とそのお仲間達のつもりだったんだろぉよ。実態は飼い主に飼いならされた、とんだ異常性癖迷惑千万変態の群れだったがよぉ、うっすら寒い台詞をしこたま吐いてやがってよぉ!キレそうだしゲロ出そうだ!」
「少なくとも、とうにキレとった気がするじぇえ?」
竹泉の悪態にそんな疑問の声を返す多気投。
「マヂで喉の奥酸っぺぇ……!」
竹泉は岩場の影に置いておいた装備の中から水筒を拾い上げ、喉奥の不快感を洗い流すべく水を含んでうがいを始める。
《ジャンカーL1より全ユニットに告ぐ。停戦だ、これより自衛行動以外の戦闘を停止しろ》
インカムから命令が飛び込んで来たのはその時だった。
《繰り返す、停戦だ。傭兵組織の代表から停戦の合意が得られた。全ユニットは自衛行動以外の戦闘を控えろ》
「ペーェッ――あぁん?今なんつったぁ?」
通信の内容に、口を濯いだ水を吐き出した竹泉は怪訝な声を上げ、ハテナといった表情を浮かべる多気投と視線を合わせた。
「今度はどうしたほい?」
「あぁ?」
「………停戦って言ったか?」
睨み合う制刻と鳳藤の元へ、突如飛び込んで来た通信。その内容から二人はそれぞれ怪訝な声を零し、険しい顔を作ったまま、続く通信に注意を向ける。
《繰り返す、停戦だ。傭兵組織の代表から停戦の合意が得られた。全ユニットは自衛行動以外の戦闘を控えろ》
「少し遅かったな、たった今脅威を潰した所だ。あぁ、こちらエピックヘッド」
長沼からの発信が一区切りした所で、制刻はふてぶてしい口調でインカムに向けて発した。そして言葉の最期に、思い出したように無線識別を付け加える。
《何、待て――潰した?砲撃支援もまだだぞ?そちらだけで脅威存在を排除できたのか?》
「ええ。脅威が隙を見せたんで、そこにぶっ込んだらぶっ飛ばせました。制刻、鳳藤共に健在です」
返って来た長沼の驚き混じりの疑念の声に、制刻は変わらぬ調子で返答した。その報告に対してすぐには返す言葉が思いつかないのか、長沼からの返信の気配が途切れる。そこを狙ったかのように、別の声が通信へ割り込み響き出した。
《あぁー、失礼しますよ?こっちはエピック2ぅ。大っ変不本意だがエピックヘッドに同じぃ!たった今、取り巻き共約一個小隊を蹴散らし終えたトコだっつーの!》
舞い込んだ声は竹泉の物だった。隠す気すらないイラ立ちがダダ漏れの声色で、彼等側の状況を捲し立てる。
「竹泉、そっちもうまくやったようだな」
《ヨーぉ!お前等も無事だったかフリィーダァム&ブレェィドッ!よかったぜぇ!》
制刻が呼びかけると、多気投の陽気な大声が返って来た。
(ふ、フリーダム&ブレイド……?)
《ぬぇッ――横ででけぇ声だすんじゃねぇよ!自分のインカム使えや……ッ!》
鳳藤が内心で訝しむのをよそに、間髪入れずに竹泉の文句が通信から流れて来る。どうやら多気投は、竹泉の装着するインカムに向けて間近で声を上げたらしい。
《固いコト言うなよグッドガァイ》
《人をホラー人形みてぇに呼ぶんじゃねーよ。――とにかく、こっちゃぁ大体そんな感じだ!》
割り込んで来た竹泉等の騒ぎ声がそこで一区切りつくと、再び長沼からの通信が開かれる。
《あー、エピック各員。そちらの状況は把握した。脅威を無力化したのはよくやってくれた、皆無事なのもなによりだ。しかし言った通り停戦だ、これ以降は自衛行動以外の戦闘は控えてくれ。今現在、傭兵隊側からも停戦の伝令を走らせてもらっている》
《相手の伝令って馬だろ?ラグがどんだけできんだよ。だいたいヤバイ戦闘の真っ最中だったらどうするつもりだったんだよ?》
《バトルは急には止めらんねーんだずぇ?》
《反吐ぶっ吐きそうな状況の中にあるってのに、綺麗事押し付けられても正直迷惑なんですがね!?》
しかし長沼の声に対して、竹泉の悪態や多気投の軽口が遠慮なく垂れ流されて来る。
《エピック……ッ!厳しい状況下で、突然な事を言っているのは理解している。だが愚痴は後にしてくれ!――他、展開中の各ユニットも了解か?ただちに戦闘停止が困難な場合は、その旨を報告してくれ》
長沼は、流れ聞こえて来るそれ等を苦々しい声色で塞き止めた。そして各隊に向けて呼びかける。
《ジャンカー1-2、問題なし》
《ハノーバー、了解》
《1-3》
各ユニットから報告が上がり、無線越しに二人の耳にも届く。制刻等の位置が最前線だったようで、幸いにも他の隊からの戦闘報告は無かった。
「長沼二曹。一応聞きますが。まだ襲って来る奴がいた場合は、ぶっ飛ばしても問題ありませんね?」
《あぁ。今は不安定な状況だ、その時の判断は各員に任せる。だが、くれぐれも慎重に行動してくれ》
「いいでしょう。エピックチームは再編し、ジャンカー主力に合流復帰します。エピック2、竹泉、投。まずオメェ等んトコで合流して、再編成しよう」
《へぃへぃへぃ》
「エピックヘッド、終わり」
制刻は無線通信を終えると、鳳藤へと視線を向ける。
「長沼二曹が連中とうまい事話をつけたらしい。そいつを尊重して、スマートに行くよう心がけるとしよう」
「………期待しないで見させてもらう」
制刻の相変わらずの淡々とした言葉に、鳳藤は険しい表情のまま一言発する。
未だに二人の間には良くない雰囲気が漂っていたが、停戦の報がクールダウンを促したのか、互いの仇敵を見るような眼と一触即発の空気は、一応の鳴りを潜めていた。
「行くぞ。竹泉と投を拾って、分隊に合流復帰する」
「……あぁ」
鳳藤は立ち上がり、両名は戻るべく来た方向へ向かった。
停戦の合意、そして制刻等がクラレティエ撃退してから15分ほどの時間が過ぎた。
停戦したとはいえ、その報が傭兵団の全隊に伝わるには時間を要するため、第21観測壕跡周辺で展開した増援分隊は、以前警戒態勢を維持していた。先程までは暗闇に紛れて動いていた傭兵団の騎兵が、今はたいまつを煌々と灯らせ、堂々と谷間を行き来する様子が眼下に見える。そしてそんな彼らに対して居場所を明確にするため、分隊も崖際に発炎筒を炊いていた。
「停戦かぁ……何か拍子抜けだなぁ」
崖の上には策頼と出蔵の姿もあった。乗り入れられた大型トラックの側で、出蔵は呟きながら荷物を手にヒョコヒョコと動き回り、作業に従事している。自由等と別れて後退した二人は、その後に増援分隊へと合流し、今はこの場で自身に割り振られた作業に当たっていた。
「策頼さん、これで最後です」
出蔵は荷台にいる策頼に向けて言いながら、荷台へ持っていた荷物を置く。
「策頼さん?」
しかし荷台に居る策頼からの応答が無く、出蔵は訝しく思い再度声を掛ける。
「ん、ああすまん」
少し間を空けて策頼は出蔵に気が付き、荷台に置かれた荷物を受け取る。
「あの、大丈夫ですか……?」
「あぁ」
出蔵の呼びかけに、策頼からはそんな生返事が返って来る。しかし言葉に反して、策頼の表情はずっと険しいままだ。
「……」
その理由は分かっていた。出蔵は次に掛ける言葉を探そうとする。
「アンタら、何を気を抜いてるんだい」
しかしそこへ、二人へキツめの口調で声が掛けられた。
「あ、易之三曹……」
出蔵が振り返ると、女陸曹の易之が知らぬ間にそこにいて、策頼と出蔵を睨んでいた。
「まだ何があるか分からないんだよ、ボサっとしてるんじゃないよ。特にそっちのアンタ!」
易之は特に策頼に厳しい目つきを向けながら叱責の言葉を飛ばす。
「す、すいません」
「失礼しました」
そんな彼女に対して出蔵は焦りつつ、策頼は淡々とした声で謝罪の言葉を述べる。
「まったく、こんな状況でまでボヤっとしてるとか……54普は本当にだらけたヤツ等のあつまりだね……!」
しかし二人の言葉を聞いてなお、易之は叱咤を続ける。長身である彼女が威圧的な態度で怒る様は、まるで女頭領といった様相を醸していた。
(うわぁーー、メンドクサイ人だぁーー……)
しかし対する出蔵は、しつこく説教を垂れ続ける易之の人柄を察し、内心でゲンナリとした感想を零していた。策頼に至っては、説教を垂れる易之を荷台から白けた目で見下ろしている。
「あの、易之三曹。お言葉ですが策頼さんは――」
「言い訳は聞きたくないよ!今がどういう状況か分かってるのかい?」
事情を知る出蔵は易之の言葉に異議を唱えようとしたが、しかし易之には耳を貸そうする素振りすら見受けられなかった。
「いや、あの――」
「出蔵。いい、ほっとけ」
そんな上官に出蔵はさらに言葉を返そうとしたが、策頼は自分を庇おうとする彼女を差し止めた。
「えぇ、でもぉ……」
困り顔で不服の声を零す出蔵。
だが当の策頼は、眼下で高圧的に振る舞う女陸曹の事など気にも留めていない様子だ。彼の中で未だ消えぬ憤怒の炎は、もっと別の存在へと向いていた。
「いいかい、駄口を叩いてないで手を動かしな!まだ、やる事はたくさん――」
そんな事は露知らず続いていた、易之の冗長な説教がようやく終わろうとした直前――その異変は起こった。
それまで捲し立てられていた易之の言葉が、不自然な所で急に途切れる。
「――?易之三曹?」
その事を不可解に思った出蔵は易之に声をかけるが、しかし反応は無く、彼女はその場で棒立ちになっている。かと思った次の瞬間、易之は両手で下げていた自身の小銃を、力が抜けたように地面へと落とした。
「……ロイミ様に従わなきゃ……」
そして小さく何かを呟くと、彼女は進行方向を180度変え、明後日の方向へフラフラと怪しい足取りで歩き出したのだ。
「え?――ちょ、ちょっと!」
異常を察した出蔵は、戸惑いの声を上げながらも駆け出していた。フラフラと歩く易之に追いつくと、彼女の体に飛びついてその動き止めに掛かる出蔵。
「や、易之三曹!?どうしたんですか!と、止まって――って、あぁあぁぁ……!」
だが易之は女としてはかなりの体躯と力の持ち主であり、小柄な出蔵では抑える事もままならず、ズルズルと引きずられてゆく。
「ごっ!?」
しかし瞬間、ドグッ、っという鈍い打撃音が響く。同時に易之の口から短い悲鳴が零れ、彼女の体がガクリと崩れ落ちた。
「うわぁッ」
突如崩れた易之の体に引っ張られ、出蔵は驚きの声を上げた。そのまま易之の体共々地面に倒れるかと彼女は目を瞑るが、しかしその前に妙な浮遊感が彼女の体を包み込んだ。
「……?」
出蔵が目を開いて見ると、誰かに支えられたのか易之の体が、中空で静止していることに気が付く。そして出蔵は易之の体にしがみ付いて乗っかる形となっている。出蔵が視線を上げると、そこに策頼の姿があった。策頼は片手で易之の襟首を掴んで乱暴に支え、空いたもう片方の腕の先には、彼女を気絶させた手刀が形作られていた。
「ふぇ……か、策頼さん。ありがとうございます……」
出蔵は気の抜けた声で、策頼に礼の言葉を発した。
「どうした、何事だ?」
そこへ、騒ぎに気が付いたウラジアが駆け寄って来た。ウラジアは現在、2組(ジャンカー1-2)の指揮を取っており、策頼や出蔵も今はその指揮下に入っていた。
「四耶三曹!そ、それが……易之三曹の様子が急におかしくなって――」
突然の事態に出蔵は自身も困惑しつつも、説明の言葉を紡ごうとする。
「――これは洗脳だ。誉が言ってた、奴らの洗脳攻撃だ」
しかしその言葉を遮るように、策頼の口から静かな一言が発せられた。
「洗脳攻撃だと?」
「た、たぶんそうじゃないかと思います……。易之三曹は急に武器を捨てて、フラフラと向こうへ歩き出したんです。まるで何かに操られるみたいでした……」
策頼の言葉に、出蔵は未だに策頼に掴まれたままの易之の体から、おっかない動きで降りつつ補足の説明を入れる。
《1-2、ウラジア応答しろ。1-3香故だ》
その時、インカムから通信音声が響き出した。相手は少し離れた位置で展開している、3組(ジャンカー1-3)の香故三曹だ。
《こっちの隊員が一名、前触れなく突然倒れた。一応意識はあるが、酷い状態だ》
「ッ、そっちもか……こちらは易之がやられた。出蔵二士によると、突然様子がおかしくなったそうだ。まるで何かに操られているかのようだったと」
《ふっ、そいつはいっつも外面だけ女王気取りで、微塵の役にも立たんな》
香故は冷めた声で、易之を陥った状態を一笑する。
「香故……ッ!」
香故のその嫌味の言葉に、苦い口調で咎めの言葉を発するウラジア。
「策頼一士がこれは洗脳攻撃だと言っている。おそらく敵が――」
《全ユニット!こちらスナップ31、峨奈!襲撃を受けた、現在別個体の脅威存在と交戦中!》
起こっているであろう事態の予測を口にしようとしたウラジア。しかしそれを遮り、無線に切迫した声が割り込んだのはその時だった。
「ッ!――31!?」
慌てて無線を取るウラジア。少し間を置いた後に、通信の続きが飛び込んでくる。
《――ッ、精神攻撃を受け、近子、樫端の両名が無力化された!私も現在、触手のような生物兵器らしき物体に襲われている!現状維持は不可能!繰り返す、現状維持不可能ッ!こちらは自衛戦闘行動を取る!至急、応援願――》
切迫した怒号の通信は、次の瞬間に入った雑音を最後に潰える。
「スナップ31?……おい31!応答しろ!」
ウラジアは即座にこちら側から無線を開き直して呼びかけたが、しかし向こうからの返答は無かった。
「ッ、なんてこった……停戦と聞いたのに、その矢先にこの事態か……ッ!」
《そりゃぁ、お行儀よく聞く奴等だけじゃぁないだろうな》
苦々しく漏らされたウラジアの言葉に、香故の皮肉気な言葉が返って来る。
「Блядь(畜生)……!香故、無事な者で班を再編しろ!――L1願います、1-2の四耶です」
ウラジアは香故からの皮肉な言葉には取り合わずに、指示だけを飛ばすと、後方の指揮所に向けて呼びかる。
《L1長沼だ。みなまで言うな四耶三曹、緊急の通信はこちらでも受けた》
31からの緊急通信は、この場に持ち込まれている中継機を通して、長沼等のいる指揮所にも届いていたようで、長沼からは即座に応答が返って来た。
《四耶三曹、まず君等の所に異常はないか?》
「31からの緊急通信を受け取る直前、こちらも洗脳攻撃らしきものを受けました。一名が自我喪失、一名が体調不良を訴えています」
《二名だけか?他の隊員に影響は出ていないか?》
「該当の二名以外に症状は出ていません。現在、1-2と1-3を異常の無い者で再編中です」
《そうか。今こちらから傭兵隊側に状況と、脅威存在に対する対処法が無いかの確認を取ってる。だが31の状況を鑑みれば、一刻の猶予も無い。そちらから31の救援に向かってもらいたい。危険だが頼めるか?》
「大丈夫です。再編完了次第、向かいます」
《すまない、頼むぞ》
「了――再編急げ。完了次第、前進観測班の救援に向かう!」
通信を終えたウラジアが指示の声を上げ、周辺の隊員等があわただしく動き出す。
「ひぇぇ、また大変なことに……とにかく私も準備を――って、わぁ!?」
突然の事態を前に、出倉も呟きながらも行動に移ろうとしたが、彼女の身に大きな何かが倒れ込んで来たのはその時だった。
「むぷぅッ!?ほむっ――」
それは気絶した易之の巨体だった。易之の体の下敷きになり、パタパタともがく出倉。
「もぷっ……!び、びっくりしたぁ!……ん?――か、策頼さん?」
出蔵もがいてどうにか顔の上から康之の体をどけ、視界を確保する。そんな彼女の目に、敵方を見据えて立ち構える策頼の姿が映る。出蔵は、その策頼の姿から奇妙な異質さを感じた。
異常事態に隊員等が騒めき、慌ただしく動き回る中、一人の人物が涼しい顔で立っていた。
その人物のいでたちは酷く異質であり、作業着と白衣を纏う人物、およそこの場に似つかわしくない姿だ。しかし一番奇妙な部分はまた別にあった。そのような場違いな恰好の人物がいながら、周囲の隊員等は誰一人として、彼の存在を気にも留めていなかったのだ。
なぜなら、作業服と白衣の人物は、隊員等とは〝違う場〟に存在していたから。
「あぁ、酷いな。第二段階の準備と、ブロックⅣの最適化に気を取られてる間に、こんな事になってるなんて」
その人物は周囲を見渡しながら呟いている。部隊の置かれた状況を知り、それを愁いているようだが、台詞に反してその口調と表情は妙に飄々としていた。
「それで、あなたはどうする?」
その人物はしばらくの間、周囲を見渡していたかと思うと、おもむろに自身の横に居る人物にそう語りかけた。それは他ならぬ策頼だ。作業服と白衣の人物は、策頼のすぐ側まで歩み寄り、興味深げに彼の顔を覗き見る。
「なるほど、やっぱり立ち向かうんだね」
策頼が作業服と白衣の人物に対して返答を返す事はなかったが、作業服と白衣の人物は何か納得したようにそう呟く。やがて作業服と白衣の人物の言葉を証明するかのように、策頼は静かに、しかし力強く一歩を踏み出し、突き進み始めた。
「いい人だ――友のため、身心が血で染まる事も厭わない……。選んでよかった、あなたのような人は好きだ。だから、あなたの復讐に、私からも力を貸すよ」
策頼の姿を誇らしげに見ながら、言葉を発する作業服と白衣の人物。そして作業服と白衣の人物は、何かを操作するように、自身の指先を中空で鮮やかに動かした。
「さ、策頼さんッ!?どこへ!?」
「策頼、どうした?まさか精神攻撃を受けたか!?」
突然突き進み始めた策頼の姿に、ウラジアや出蔵が声を張り上げて呼びかける。
「大丈夫。正気です」
そんなウラジア等に対して歩みを止めず、振り向くこともせずに一言だけ返答を返す策頼。言葉通り、確かに策頼に洗脳を受けたような様子は見られなかった。
なぜなら、彼のその眼は強固な復讐の意志と、猛烈な殺意に満ちていたから。
「策頼、待つんだッ!落ち着け!」
策頼の行動の意図を察し、制止しようと駆け出すウラジア。しかし次の瞬間、突如ウラジアの視線の先の光景が奇妙に歪む。それはウラジアだけでなく、その場にいた隊員全員の目に同じ光景が映っていた。なぜなら、実際に空間が歪んでいたから。そして空間の歪みは、策頼の進行方向真正面に出来ていた。
「え………えええええっ!?」
そして出蔵が、今だに易之の体に乗っかられたまま、驚愕の声を上げる。空間の歪みが収束すると同時に、それに飲み込まれるように、隊員等の視界から策頼の姿が消えた。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
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