―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター13:「脅威襲来」

13-1:「同郷の友」

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ここより2、3話程フラストレーションの溜まるシーンが続きます。
更新を急ぎますが、ご理解及びご注意ください。


――――――――――


 制刻等の居座る塹壕陣地、第2攻撃壕。
 先程までは、後方の第1攻撃壕側で行われる激しい戦闘の音が聞こえて来ていたが、こちら側は依然静かで、雨音だけが周囲に響いていた。

「――了解。L2交信終わり」

 その第1攻撃壕との通信を行っていた制刻が、通信を終え無線機を置く。

「聞こえてたな?向こうは摩訶不思議攻撃を食らって、想定よりもえらく損耗したらしい。負傷者が発生し、L1は現在立て直し中だそうだ」
「あぁ、えらこっちゃだことでぇ」

 通信は、第1攻撃壕側の状況を報告する物であった。
 通信の内容は、制刻以外の各員も聞こえ届いており、各々は事態を掌握。そして制刻の、内容を簡潔に整えての確認の言葉に、竹泉が皮肉気に発する。
 なお、無線報告の内容に、殉職者が発生した事は含まれていなかった。混乱、士気の低下を懸念し、長沼が意図的にそれを伏せていたからだ。

「だから、残りの敵が突っ込んで来た場合は、俺らがここで叩く事んなる」
「あーあ、やだやだ」

 愚痴を吐く竹泉を無視して、制刻は再び無線機のマイクを取り、今度は先にいる河義へ通信を繋ぐ。

「河義三曹、こちらL2。奴さん等に、動きはありますか?」
《2-2、河義。傭兵部隊内部で頻繁な動きは見られるが、今のところ前進する兆候は見られない。おそらく仲間内で意見が割れている物と思われる》
「ああ、疑心暗鬼になってんだろ。情報は全部ここでシャットダウンしてるからな」

 無線からの河義の声を聞き留め、竹泉が脇から皮肉気な口調で零す。
 その竹泉が今着いている12.7㎜重機関銃の銃身からは、そこに雨粒が落ちるたびに、ジュっと言う音と共に水蒸気が上がる。
 そしてその銃口の延長線上、谷を挟んだ対岸を走る崖の麓には、いくつもの傭兵達の死体が横たわっていた。それらは全て、先の第1攻撃壕側の戦闘区域から後退してきた傭兵達であった。伝令らしき者から負傷兵まで、後退を試みる傭兵は、すべてこの場で仕留められていた。

「……」

 竹泉の隣で観測手を務めていた鳳藤は、暗視眼鏡越しに苦々しい顔でそれを眺めている。

「L2よりスナップ21、まだ後退してくる敵影は見えるか?」

 制刻は、今度は対岸に築かれた観測陣地、第21観測壕へ無線を開く。

《こちらスナップ21。他に撤退してくる敵影は確認できない。これで全部のようだ……》

 返答の声は、施設科の誉士長のものだ。

「了ぉ解、L1の状況報告はそちらでも聞いてたな?」
《ああ、できればもう少し穏やかな報告を聞きたかったが》
「ままならねえもんだ。動きがあるまで、そっちは監視警戒を続けてくれ」
《了、スナップ21交信終了》

 第21観測壕との通信が終わる。それを見計らったかのように、再び河義三曹から通信が入ったのはその瞬間であった。

《L2、2-2河義だ。ドローン2が動いた、残りの奴等が動き出したぞ!》
「あぁチクショ!」

 ついに残っていた傭兵達が動き出したらしい。その報を聞いた竹泉が悪態を吐く。

「こちらL2、敵の動きは?」
《谷間に主力らしき大多数が展開。両脇の尾根にも別動隊を一個小隊規模で向かわせてる。別動隊は上に登ってくる気だろう。これを以降レッチ2、レッチ3と呼称》
「さすがに、ここで張ってるのが感づかれたか?」

 報に、推察の言葉を上げる制刻。

《分からん。とにかく俺達もそっちへ戻る、準備をしてくれ!》
「了解、一度切ります」

 河義からの通信を切ると、制刻は再び対岸の第21観測壕へと無線を繋ぐ。

「スナップ21、聞こえるか?さっきの今で悪いが、奴さん等が動き出した。向こうは部隊を谷間と両尾根に分散させた、そっちにも一個小隊程度が向かうぞ」
《ようやっと動いたか……分かった、すぐに迎撃態勢に移行する》
「頼むぞ」

 第21観測壕側の誉からの了承の声を聞くと、制刻は通信を終え、そして塹壕陣地内の各員へと視線を向ける。

「――おぉし、剱、竹泉、聞いた通りだ。もっぺん装備を確認しとけ、俺は後方にも連絡を入れる」
「何べんもしたっつーの、後は多気投達の持ってくる追加装備待ちだ。……っつーか、その肝心の多気投ズは何してんだよ!?いつんなったら帰ってくんだ!?」

 焦れ、そして荒げた声で発する竹泉。
 多気投等は戦闘開始の直後に、後方の第11観測壕からこちらへ発ったはずだったが、未だにこちらへ到着していなかった。

「そろそろ戻ってきても……」
《――んで、フィーバーした挙句、なんとかマフィアのおいちゃん達を撒いたわけだぁ!》

 鳳藤が呟きかけた直後、会話を聞きつけたかのように、インカムに多気投の声が飛び込んで来た。

《まぁ残念な事に、面倒ごとに追われ続けて、俺とダチの満州めぐりはご破算になっちまった訳だけどよ》
《はぁ……》

 しかし聞こえて来たのは、こちたに向けた発報ではなく雑談であった。どうやら向こうのインカムのスイッチが、入ったままになっているらしい。そのままインカム通信の有効範囲まで多気投等が近づき、その声をこちら側のインカムが拾ったようだ。

《多気投。どうでもいいが、〝東ア体〟のことを満州って呼ぶのはやめておけ》

 そこへ続け、策頼の咎め注意する言葉が聞こえ来る。
 補足すると彼の口にした東ア体とは、正式名を東アジア自治区共同体と言う、元世界においてかつての満州と同地域に存在する共同体国家である。戦争により故郷を追われた難民民族や、軍閥を離脱した者達の共同体が、国家としての体を成したという歴史を持つ。

《ワッツ?なんでだ?》
《なぜって――向こうの人間が心象を悪くする事を、知らないわけじゃないだろう?》

 聞こえ来る多気投の疑問の声に、策頼の返答の言葉。

《ウォーゥ!?そりゃ、マジかよ》
《え、本当に知らなかったんですか!?それで数週間も向こうに……ほんげぇー、それじゃ面倒事に巻き込まれるのも無理ないですよ……》

 さらに返答に驚く多気投の声に、出蔵の呆れ混じりに零す声が聞こえ来る。

「何を雑談してるんだあいつらは……!」

 流れて聞こえて来る多気投等のどうでもいい雑談に、鳳藤は声を荒げた。

「投、雑談がダダ漏れだぞ。こっちゃまだ隠れんぼ中だ、もちっと声をセーブしろ」
《オウチッ!》

 制刻がインカムを通して多気投に指摘注意し、インカムからのおしゃべりは鳴りを潜める。それから程なくして、多気投等が第2攻撃壕に到着した。

「ヨォ、お待ちぃ」
「遅くなりました」
「はひぃ……お待たせしました」

 身に着けた追加の装備、弾薬を騒がしく鳴らしながら、塹壕陣地内へと飛び込んで来る多気投等。

「おっせぇんだよ、おまけに道中雑談なんかしやがって!お気楽でいいもんだなぁ」

 竹泉はイライラした態度を隠そうともせず、そんな多気投から弾薬箱を一つひったくる。

「オゥ、竹しゃんのピリピリ加減が増してら。ドンパチが近ぇのかい?」
「当たりだ。たった今、残りの奴等がこっちに向けて動き出した。投、お前は竹泉に代わって50口径につけ」

 竹泉の態度を気にすることなく、茶化すような言葉と共に推察の言葉を発する多気投。制刻はそれを肯定し、指示を発した。

「ヘイヨォ。竹しゃん、代わっておくんなまし」
「ぶぇ」

 多気投は指示を了承すると、狭い塹壕陣地内でその巨体をやや強引に12.7mm重機関銃の前へと鎮座させる。そして竹泉は押しつぶされるような形で、その場を退くはめになった。

「ゲボ狭ぇ……おい、このデカブツを塹壕要員にしたのはあきらかな人選ミスだぞ!」

 竹泉は多気投の巨体を指さしながら喚く。

「辛抱しろ。剱と策頼は92重につけ。出蔵、お前は予備装備を抱えて、邪魔にならねぇ所にいろ」
「あぁ」
「了」
「そんな人を荷物みたいに……」

 指示を受け鳳藤と策頼は、塹壕陣地のスポットに据付られた92式7.7mm重機関銃に着き、再点検を始める。出蔵は少し不服な様子を見せながらも、予備装備の袋や箱類を抱えて塹壕の隅へと収まった。

「スナップ21、L2だ。そっちは問題ないか?」

 それぞれの行動を確認した後に、制刻はもう一度無線機を取って、第21観測壕へと通信を飛ばす。

《――とと……スナップ21です。こっちもほぼ準備は完了してます》

 無線からは、先ほどまで受け答えをしていた誉の声に代わって、高めの少年のような声で返答が返って来た。

「その声、鈴暮か?」

 その無線の声を聞きつけた策頼が、制刻の横から声を挟む。

《あ、策頼先輩?今そっちにいるんですか?》
「ああ、今さっき戻って来た所で――」
「おい、策頼」

 無線越しの雑談を始めかけた策頼を、咎めようとする制刻。

「すいません自由さん。少しだけお願いできませんか」
「はぁ――しゃぁねぇ、ちょいとだけな」

 しかし、珍しく頼み込んで来た策頼。その様子に、制刻は許可を出して無線機のマイクを渡した。

「鈴暮、お前や誉は大丈夫か?」
《ええ、今のところ……あ。誉先輩、手が空いたみたいなんで代わりますね》

 そんな鈴暮の声の後、少しの間が空く。

《策頼か、誉だ。こっちは今の所変わりない》

 そして無線からの声が変わり、誉の声が聞こえ出した。

《――これからドンパチをおっ始まるって状況で、今がどうこう言っても仕方ない気もするが》
「まぁな」

 異常無しの報に続け聞こえ来たのは、誉のそんな困り笑い混じりの言葉。それに策頼も同意の言葉を返す。

《お前の方こそ、大丈夫なのか?聞くに、しんどい状況が続いてるみたいだが?》
「大丈夫かと聞かれれば微妙なところだが――こんな状況だ、泣き言は言えない」
《そうか……無理はするなよ》
「あぁ、なんとか気張るさ。ありがとな――自由さん、ありがとうございました」

 策頼は無線の向こうの誉等と、互いの状況を確認し合う会話を終えると、制刻に無線機のマイクを返した。

「お知り合いですか?」

 92式7.7mm重機関銃の位置へと着き直した策頼に、出蔵が尋ねる言葉を掛ける。

「あぁ。施設大隊の面子の二人なんだが、あいつ等は小学校からの腐れ縁でな」
「あれま。そんな近しい人たちが」

 今しがたの両名と自分の関係性を説明して見せる策頼。その中々に長く近しい関係性を、出蔵も驚く声を上げる。

「あぁ――揃って隊に入ったかと思えば、その上これまた一緒に、得体の知れない世界に飛ばさて。なんの因果だろうな」

 説明しながら、策頼は普段のストイックな表情を珍しく変え、微かだが困り笑いを浮かべて見せた。

「――了解、そっちも大丈夫そうだな。敵はものの数分で来るはずだ、頼むぞ」
《了解、L2。スナップ21交信終了》

 一方、引き続き確認調整の通信を行っていた制刻が、そのタイミングで通信を終えた。

「おぉし、聞け」

 無線機のマイクを置くと、制刻は他の面子を注目させる。

「奴さん等のかましてくる、ビックリ摩訶不思議について、もっぺんおさらいしとく」

 そして説明確認を始める。それは先の通信で第1攻撃壕側より報告された、向こうで観測されそして被害を出した、傭兵団側の行ってくる魔法攻撃についてだ。

「一つに、奴さん等は鉱石で出来たツララの雨を、空から盛大にばら撒いて来るそうだ。これまでも見て来たヤツの、アップグレードヴァージョンらしい。降ってくる数は、今までの比じゃねぇらしい」
「オォウ、おっかね」

 説明に、多気投がふざけた口調で発して見せる。

「これが来たら、絶対塹壕から乗り出したりするな。――んで二つ目。どうにも、銃弾の威力減少させるとかいう、ふざけた防御の壁を向こうは張ってくるらしい」
「あぁ、オドロキゲロ吐きだこと」

 続く説明に、今度は竹泉が顔を顰めて零す。

「これは、砲弾やグレネードを放り込むことで対応できたそうだ。――三つに、とんでもねぇ威力の矢を放つ能力個体がいたそうだ。重機が木っ端微塵になって、一人重症らしい」
「とんでもないな……」

 今度は鳳藤が呟く。

「これには目立つ予備動作、発光現象が見えるそうだ。それを見逃すな。――んで、他にも矢やら火の玉やら、アレコレ色々振って来るだろう」
「以上ですか?」
「観測した限りはな――後は、未知数だ」

 最後の策頼の尋ねる言葉に、制刻は端的に答えた。

「あぁー、立場と状況が許せば、ストライキでも起こしてぇ気分だ」
「残念だったな」

 竹泉から発せられた愚痴。それを制刻が適当にあしらった所で、インカムに音声が飛び込んだ。

《L2、河義だ。塹壕へ接近中、撃つな》
「了解」

 聞こえ来た通信に答えると、制刻は暗視眼鏡で塹壕の外を覗く。その向こうに、二名分のシルエットが映る。
 数秒後にはシルエットの正体である、偵察に赴いていた河義と超保が塹壕へ到着し、飛び込んで来た。

「ッ、ハァ――連中、相当迷ってたみたいだが、味方の応援を決断したらしい――すぐ来るぞ。制刻士長、こっちの態勢は?」
「だいたいは、整ってます」

 塹壕内に身を隠し、息を整えながら尋ねて来た河義に、制刻は答える。

「向こうさんは、谷の両脇にも一個小隊程づつ戦力を割いた。内、こっち側に登ってきた数のほうが、若干多かったように見えた」
「げぇ、こっちが外れかよ」

 河義の言葉を聞いた竹泉は、あからさまに嫌そうな表情を作った。

「丁度いい。メイン攻撃は、こっちがやるからな」

 反して、本人には自覚の無い、薄気味悪い笑顔で言う制刻。そこへ本日何度目かも分からぬ、無線の割り込みが入った。

《ジャンカーL2、L1長沼だ》
「L2、河義です」

 第1攻撃壕の長沼からの物であった無線通信を、河義が無線機のマイクを取り受ける。

《敵残存が動き出したとの報告を受けているが、現在の状況は?》
「敵主力、ドローン2は間もなく、こちらからの目視可能域に――あと数分後にはB2攻撃線に到達します」
《了解。いいか、敵は想定よりも士気が高く、堅牢だ。モーターネストには先ほど以上の、念入りな砲撃を指示してある。そちらも重火器や対戦車火器を惜しむな》
「――了解」

 激しい戦いになるかもしれない。報告に、河義はそう思い、息を飲んだ。

「おぃ、敵だぁ」

 そんな所へ、竹泉が報告の声を上げた。見れば眼下の谷を、傭兵団の隊列が進み、肉眼でも確認できる距離まで接近して来ていた。

「スナップ21。敵主力ドローン2、目視域に到達」
《了解》

 足並みをそろえるため、対岸の第21観測壕と頻繁に交信を行う。

「竹泉二士、照明弾は」
「とぉーに装填してありますぅ」

 相手が上官であるにも関わらず、イラついた口調を隠すそぶりも見せない竹泉。彼は照明弾の装填された71式66㎜てき弾銃を肩に構え、崖下の敵部隊を目で追いかけている。

「丘の上に敵影を目視、一個小隊規模」

 そこへ今度は、別方向を見張っていった鳳藤が、張り詰めた声で報告を上げた。谷間に沿って走る丘の上に登ってきた傭兵の別動隊も、また塹壕へ接近しつつあった。

「歩行速度が速い、あと少しでこちらと接触します!」
「焦るな、もう少しだ。主力が位置に来るまで待つんだ」

 鳳藤を落ち着かせながらも、河義は眼下の敵主力を睨み続ける。

「敵部隊――B2攻撃線に侵入」

 超保の報告の声。
 谷間の敵部隊主力が、迫撃砲の有効範囲に入った。

「――ジャンカーL2よりモーターネスト。砲撃を要請する、砲撃開始!」

 瞬間、河義は手にしていた無線のマイクで、迫撃砲部隊へ砲撃の合図を送る。

「竹泉、やれ」
「へぇよぉ」

 そして制刻が発し、竹泉が71式66㎜てき弾銃の砲口を上空へ向け、引き金を引いた。射撃音と共に駐退機が後座、そして砲身から照明弾が撃ち出される。撃ち出された照明弾は傭兵隊の上空で炸裂し、夜闇を冒涜するがまでに煌々と輝き出した。
 そしてほぼ同時に、周囲に響きだす風を切るような音。
 ――直後、無数の爆煙と炸裂音が、谷間を行く傭兵団隊列の各所で上がる。かくして、二度目の戦端が開かれた。



 数分遡り、第2攻撃壕対岸の第21観測壕。

「了解――麻掬三曹、聞いての通りです。敵が来ます」

 無線通信を終えた誉が、この第21観測壕の指揮を担当する、麻掬へ振り向きそう伝える。対岸の第2攻撃壕から、傭兵団が前進を始めたとの報告が入ったのだ。

「了解。今度は俺等が迎え撃たなきゃならん――各員、再度各装備をチェックしろ」

 麻掬が指示を出し、各々は装備の最終確認を開始する。

「誉先輩」
「ん?」

 そんな中、作業の片手間に、鈴暮は誉に話しかける。

「策頼先輩、なんかしんどそうな声でしたね……」

 鈴暮は、少年っぽさの残る可愛らしい顔を少し曇らせ、心配そうに言う。

「ああ、しょうがねぇ。あいつはここ数日戦い続きの上、残酷な物も見ちまったらしいからな。そして、これからまたしても戦闘だってんだ……」

 この世界に来て以来、立て続く戦闘に事件。それ等の影響で、心身ともに疲弊の見える策頼の事を、彼の友人である誉と鈴暮は酷く心配していた。

「大丈夫かな……」
「余裕ね、人の心配してるなんて」

 しかしそんな二人の会話に、不機嫌そうな声が割って入る。

「向こうのぶっ飛んだ面子より、私等がどうなるかも分かんないのよ?」

 声の主は渋い顔つきで、12.7mm重機関銃の点検をしている祝詞だった。

「人にあたるなよ祝詞、気持ちはわかるが」
「ッ……悪かったわよ!」

 誉の返した言葉に、ぶっきらぼうに言い放つ祝詞。彼女は確認を終えた12.7mm重機関銃のフィードカバーを閉めて、ため息を吐く。

「寒い……早く帰りたい」

 そして祝詞はそんな台詞を零した。

「帰った所でやるべき事は山盛りだがな。武器の整備に燃料、弾薬の再補給。今後の計画のブリーフィング。今も車両の整備や、ヘリやら無人機やら用意に大忙しで、そっちの手伝いにも駆り出されるかも――」
「違う!……私が言いたいのは、元の世界に返りたいって事よ……!」

 誉は言葉を紡ぎ並べたが、しかしそれを遮り、悲観に染まった声色で祝詞は叫んだ。
 得体の知れない異世界で、連日続く作戦行動による心身の疲弊。加えて現在の、不快な塹壕の中で、さらに擬装から吹き込む雨風に削られる体温、体力、気力。
 何より、これから殺し合いをしなければならないという不安と嫌悪。
 祝詞の口からそんな言葉が放たれるのも、無理は無かった。

「………」

 祝詞の言葉に、塹壕は静寂に包まれる。

「……よせや、こんなタイミングで」

 少しの静寂の後、祝詞の隣にいた美斗知が、苦虫を噛み潰したかのような顔で発した。

(ギスギスしてるなぁ……)
《スナップ21》

 そんな事を思っていた鈴暮の意識を、無線からの音声が引き戻した。

《敵主力ドローン2、目視域に到達》
「了解――麻掬三曹、敵が目視域に到達とのこと」

 鈴暮は無線に返し、そして麻掬に伝える。

「見えてる」

 その麻掬は暗視眼鏡を手に、谷間の先を睨んでいる。彼の目には、谷を進む敵傭兵部隊が映っていた。

「報告、敵は主力を谷間に展開し進行中」

 麻掬は発してから暗視眼鏡を放すと、塹壕陣地内の隊員等に向き直って説明を始める。

「確認するぞ。谷間に展開した敵主力は、第2攻撃壕と迫撃砲が対応をする。俺等がまず相手をするのは、こちら側の丘に上がってきた敵、一個小隊だ。これの排除が完了次第、第2攻撃壕の援護に移る」
「了解」
「言うだけなら簡単ですけどね……」

 麻掬の確認指示の言葉に、誉は了承の、祝詞は皮肉気な返事をそれぞれ返す。

「配置に着け」

 各員は自分の装備を手に定位置へ着き、美斗知と祝詞は、担当する12.7㎜重機関銃へと着いた。

「敵主力、まもなくB2攻撃線に侵入」

 麻掬に代わり、暗視眼鏡を覗く誉が敵の様子を伝える。

「――敵主力、B2攻撃線を越えました」
「来るぞ」

 麻掬が呟く。
 その数秒後、上空に照明弾の閃光が上がる。そして一瞬の間を置いた後に、谷間で無数の爆煙が上がり出した。

「始まった」
「………」

 殺し合いが始まった。
 にもかかわらず、第21観測壕は未だに静かで、現実感は希薄だった。
 上空の瞬きに照らされながら、眼下で巻き起こっているであろう阿鼻叫喚。
 しかし、壕の面々が抱いていたのは、まるでつまらない映画でも見ているような感覚だった。

「――麻掬三曹。こちらへ接近する敵影あり!」

 そんな彼らを現実に引き戻す声。この場にいる唯一の普通科隊員、崖胃の声だ。

「どこです」
「こちら側の崖の下、一個小隊規模。騎兵が縦列で接近中」

 麻掬が見れば、傭兵とおぼしき騎兵達が、谷間に沿って走る丘の崖下を、断崖に沿うようにしながら走ってくるのが見えた。

「報告された別動隊か?上には上がらなかったのか?」
「ッ、あれじゃ50口径では狙えません!」

 祝詞が困惑の声を上げる。
 三脚に固定された、取れる俯角角度の大きくない12.7mm重機関銃では、眼下を断崖に沿いながら走ってくる騎兵達を狙う事はできなかった。

「いい、個人火器で対応する。誉士長、MINIMIを」
「了解」

 崖胃三曹は指示しながら自分の小銃を、そして誉もMINIMI軽機を持って塹壕から這いずり出た。

「怪しい気配があったらすぐに戻って下さい!――あいつら、こんなルートを通って何がしたいんだ……?」

 麻掬は、崖胃等両名の背に発すると、視線をもどして暗視眼鏡越しに敵を観察を再開。そして疑問の声を漏らす。

「俺等が陣取ってるのを警戒して、崖下の死角を選んだのでは?」

 鈴暮が発するが、麻掬はそれを否定する。

「意義が薄い。確かに開けた丘の上を突っ込んで来るよりかは、狙われにくいかもしれないが――あえて俺等に頭上を取られてまで選択する程のメリットじゃない。ましてこの地形だ」

 第21観測壕が構築された周辺は、この地域一帯でも特に断崖の岩肌が荒い場所だった。
 人の手でこの断崖を登るには少なくない労力が求められる。まして、今は夜間でおまけに雨天であり、崖下から上に攻めるには最悪の環境だった。

「こっちを警戒していない訳はないはずだ……」

 無線での報告では、傭兵団は谷間の両脇を走る丘の上にも注意を向けているらしく、現に先ほども対岸の丘の上に偵察を上げている。こちらが丘の上に陣取っている可能性を、考慮していないという事も考えにくかった。

「さっきの第一波を助け出すために、俺等を無視して下を突っ切って行くつもりでは?」
「……それくらいか」

 再びの鈴暮の推測の声に、しかし疑念を払拭しきれない様子の麻掬。

《なんでもいい、レッチ3はここで排除する》

 が、インカムからの崖胃三曹の声がそれを一蹴する。
 崖胃三曹と誉は、塹壕陣地から少し先の、崖下を狙える位置に陣取っていた。誉は腹ばいでMINIMI軽機を構え、その横に崖胃三曹が立膝を着いた。

「お前は正面に向けてばら撒け、撃ち零しは俺がやる」
「了」
「――撃て」

 先頭の騎兵が射程距離に入ったのを見て、崖胃三曹が指示を出す。そして誉のMINIMI軽機の引き金が引かれ、発砲音が響き弾を撃ち出された。
 吐き出された弾の群れは、先頭を駆ける騎兵達へと襲い掛かる――はずだった。

「――あ?」

 しかし誉のその目は、照準の先にありえない物を見た。
 先頭を切っていた騎兵の乗り手が消えた。
 いや違う、消えたと思われた乗り手は、断崖の岩肌へと飛び移っていた。
 そして、それだけではなかった。
 信じられない事にその乗り手は、突き出した岩を次々に足場とし、人間ではありえない跳躍力で、岩肌を舞うように登って来ていたのだ。

「――!……カスたれがぁ――冗談だろ!?」

 横で、同じ物を見たであろう崖胃三曹が悪態を吐き出した。だが吐き出された悪態をよそに、その冗談は続く。
 先頭の騎兵のその動きを合図とするかのように、後続の乗り手達も馬上に立ち、そこから岩肌へと飛び移ってゆく。そして岩肌の突起を足場に、次々と断崖を登り出した。

「誉士長!」

 崖胃が誉の名を叫ぶ。
 誉は返事の代わりに、照準を断崖の岩肌へと向け、再びMINIMI軽機の引き金を引いた。
 かろやかに崖を登ってくる傭兵達に向けて、無数の5.56㎜弾がばら撒かれ出す。しかし暴力の雨に臆することなく、傭兵達は縦横に跳躍を続ける。

「有効打、確認できず!」
「落ち着け、目移りを起こすな。目標を先頭の奴に絞れ!」

 予想外の挙動を取る敵に、必死に食らいつき照準を付け、発砲する崖胃と誉。
 だが銃火を掻い潜り、先陣を切って飛び立った先頭の傭兵が、崖の上へと到達し足をつけた。

《崖胃三曹、壕に戻ってください。これ以上の突出は危険です!》

 崖胃のインカムに、麻掬三曹の後退指示が飛び込む。

「――了解。誉士長、戻るぞ!」
「ッ、了解!」

 最初の傭兵に続くように、崖の上には傭兵達が次々と到達してゆく。その傭兵達に向けて牽制に弾をばら撒きながら、二人は塹壕へと後退した。

「美斗知、祝詞!」
「了解」
「冗談でしょ……!」

 塹壕では12.7mm重機関銃を担当する美斗知と祝詞が、三脚を掴んで持ち上げ、12.7mm重機関銃の再設置にかかっていた。

「なんなんだあれは!?」

 壕へと戻って来た崖胃三曹が、開口一番に困惑と苛立ちの混じった声を上げた。

「いわゆるファンタジー世界の不思議な力って奴でしょう、こんな形で出くわしたくなかったが……」

 言葉を返した麻掬。その手には信号けん銃が握られている。

「各員射撃準備、弾幕を展開して敵を迎撃する。美斗知士長、50口径は?」
「再設置完了!」
「よし、備えろ。照明弾を上げるぞ」

 麻掬は信号けん銃を頭上に掲げ、引き金を引いた。
 撃ち出された照明弾は、降り立った敵の頭上へ向けて飛び、炸裂。瞬いた照明弾は、こちらへ向けて駆け出す傭兵達を照らし出した。

「射撃開始ッ!」

 麻掬は即座に指示を出す。
 12.7mm重機関銃が、そして各員の火器が一斉に火を噴いた。
 注がれる銃弾の雨に晒され、傭兵達の内の何人かが倒れるのが見える。

「何体か飛び上がった!」

 誉の声。襲い来る銃弾から逃れるためか、傭兵達は上空へと跳躍を始める。しかし飛び上がった傭兵達もまた、小銃や軽機の攻撃に晒される事となる。
 崖を登った丘上の、なだらかな地面上での跳躍は、岩肌で行われたそれよりも単調な物となり、傭兵達の内数名が、予測射撃の餌食となった。

「有効打確認。敵の進行が止まります」

 鈴暮が報告の声を上げる。展開される弾幕によって、傭兵達の動きが鈍くなる。一度上空へ飛び上がった傭兵達も、地面に着地して身を伏せてゆくのが見えた。

「射撃を継続、このまま釘付けに――ん?」

 命じようとした麻掬は、しかし瞬間目についた光景に、訝しむ声を上げる。見れば他の傭兵達が動きを止める中、一人だけ動き続ける影があった。その影は他の傭兵達をかき分けるように、突き進んでくる。

「マジか?一体突っ込んでくる」

 誉の驚きの声。

「50口径、対応しろ」
「了」

 麻掬が命じ、美斗知は12.7mm重機関銃を旋回させ、一人突っ込んでくる人影を照準に収める。
 そして押し鉄に力を込め、発砲した。

「――?」

 弾は突き進んでくる人影に吸い込まれたはずだった。
 しかし、人影は一瞬何か動きを見せたかと思うと、何事も無かったかのように、こちらへの突貫を続けている。

「……当たったはずだぞ?再攻撃する」

 疑念を感じながらも、美斗知は再度照準を覗き発砲。

「――!」

 しかし、先と同様の光景が繰り返される。そして次の瞬間、美斗知はある事を確信した。

「麻掬三曹!」

 照準の先に見たものを報告するべく、麻掬の名を叫ぶ。一方、隣で双眼鏡を覗く麻掬三曹の横顔は、酷く険しいものとなっていた。

「分かっている美斗知士長、お前の言いたい事は分かる……あいつ、剣で銃弾を弾いてる!」

 彼らが目にしたもの、それは大剣を振るい、12.7㎜弾を跳ね除ける人間の姿だった。

「はぁ!?何を……んな事が!」

 誉が声を上げるが、現実にその事態は起こっていた。

「信じられないが事実だ!あれは洒落じゃすまない、美斗知士長、撃ち続けろ!」
「了解!」
「各員、あの個体に集中砲火だ!」

 麻掬の指示が発せられ、全ての火器が、迫り来る傭兵に狙いを向けて火を噴きだす。しかし、撃ち出される弾はその敵傭兵の手によってことごとく退けられてゆく。
 接近するにつれ、敵傭兵の動きが鮮明になる。その傭兵は時に体をしならせて弾を避け、時にその大剣で弾を弾き反らし、果ては弾を真っ二つに切り裂いたと思しき姿を見せていた。

「は、冗談だろ」

 驚きを通り越し、呆れたような声を上げる美斗知。
 傭兵は、注がれるすべての弾を曲芸のように退けながら、飛ぶように走り、こちらへと迫って来る。
 そして――

「ッ!」

 各員の視界から消えた――否、対象はまたしても飛んだ。
 一瞬、踏み切る動作を見せたその人影は、直後には上空約30メートルの高さへと飛び上がっていた。

「呆けるな!撃て!」

 崖胃の怒号。
 各員は上空の敵を追い、小銃や軽機関銃を上空に向ける。

「ダメです、仰角が――!」

 だが美斗知の荒げる声が響く。火力の要の重機関銃に限っては、それが叶わなかった。
 対空マウントではない重機関銃は仰角を取れずに、射手である美斗知の視線だけが、上空の敵を追う。

「!」

 そして気づく。
 ゆっくりと重力に引かれて降下を始める、その存在の取る軌道。傭兵が手に持つ巨大な得物が、牙を剥かんとする先。

「麻掬三――」

 口から声が漏れかけた瞬間、彼の体に鈍い衝撃と鈍痛が走った。
 彼の視界が揺れる。
 そして何が起こったのかを把握する前に、さらなる衝撃が巻き起こり、視界の端で土砂が巻き上がった。

「げッ――痛!」

 直後に塹壕の底に体を打ち付け、自身が突き飛ばされた事を美斗知は理解する。体が訴える痛みを押さえつけ、目の前の事態を確認するべく身を起こす。

「畜生!なんだって――」
「美斗知!麻掬三曹!大丈――え?」

 起き上がった美斗知、そして駆け寄った祝詞は。――二人は、目に飛び込んで来たものに言葉を失った。
 緩やかに弧を描いて構築してあったはずの塹壕は、切り裂かれたかのように十字になっている。
 スポットに設置してあった12.7mm重機関銃は中心部で切断され、銃身を始めとする各部はひしゃげている。
 しかし、両名が目を奪われたものは、それ等ではない――

「あ……あ……」

 口をパクパクと動かし、声を零す祝詞。
 そこに麻掬の――右腕、そして右の胸部から左わき腹までを切り裂かれ切断され、胴が上下で真っ二つになった麻掬の体が、横たわっていた――

「あ………い………嫌あああああッ!!」
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