―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター9:「草と風の村、燃ゆる」

9-5:「驚異的脅威強襲」

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 納屋の正面に位置する家屋の、二階の一室。
 周辺一帯に多くの傭兵が駆け付け展開している中、その一室内にも三名程の傭兵の姿があった。

「奴等の得体の知れない攻撃が収まって来たぞ、あと少しだ!」

 内の一人。窓からクロスボウを構え突き出していた傭兵が、その先の各所が燃え盛っている納屋を目に収めながら叫ぶ。

「あぁ……だがよぉ……」

 しかしその声に対して、別の傭兵が何か苦々しい声で返す。
 その傭兵の視線は窓から眼下に向いている。眼下、地上の納屋と家屋の間には、いくつもの仲間である傭兵の亡骸が、連なり転がっている様子が見えた。それ等は全て、納屋に籠る正体不明の敵が放ってきた、得体の知れない攻撃の餌食となった者達であった。

「やられ過ぎてる……今回は楽な仕事じゃなかったのかよ……!」

 その光景を前に、声を荒げる傭兵。

「あんな奴等がいるなんて聞いてねぇぞ……!」
「糞、商議会の奴等の口車に乗せられたか……!」

 今回彼等に持ちかけられた仕事は、小さな村を襲撃し、そこの住人達を始末するだけの簡単な仕事のはずであった。しかし蓋を開けてみれば村人達は激しい抵抗を見せ、挙句村人とはまた別の存在思しき、正体不明の者等からの異質な攻撃が、今も傭兵側に被害を出している。
 その傭兵にとって想定外の事態に、彼等の口から苦く悲痛な声が零れる。

「落ち着かんか」

 しかしそんな彼等へ、背後から宥める声が掛けられた。
 傭兵達の背後には、一人の男の姿があった。他の傭兵達同様の軽装の衣服装備の上から、しかし他の者とは異なりローブを羽織り纏っている。

「俺達のような傭兵に回って来る仕事に、うま味のある物などそうそう無い。淡い期待は捨てろ」

 ローブの男は傭兵達に向けて説くように発する。

「ゲーネ隊長……」

 それに対して零す傭兵。その言葉が示す通り、このゲーネとよばれたローブの男が、村を襲撃した傭兵隊の長であった。そのゲーネの発した言葉に、しかし複雑そうな表情を作る傭兵達。

「それよりも――ほら、見てみろ!」

 だが当のゲーネはその様子は気に留めずに、両手を差し広げて窓の外を示して見せる。

「燃えて行く……燃えて行くなぁ!良い眺めだ!」

 そして先で各所を燃やしている納屋をその目に収めながら、口許を吊り上げて声を上げて見せた。

「きっとあの中で怯えている事だろう。囲まれる恐怖に、殺される恐怖に、焼け死ぬ恐怖に!その様を間近で見れる事こそ、傭兵の醍醐味だとは思わないか!」

 心底楽しそうな声色と表情で発し上げるゲーネ。
 先に納屋へ火炎弾の魔法攻撃を撃ち込んだのは、他ならのこの男であった。そしてゲーネは、自らの手に寄り燃え上がる納屋の様子に、そしてその中で恐怖し怯えているであろう者達の姿を想像し、笑い昂っていた。

「……まぁ、今回は少なくない報酬をもらっているみたいだ。その代償として、割り切るしかない……」

 そんな様子を見せるゲーネに対して、一方の傭兵達は若干青ざめた顔を見せたが、次に彼等は頭を振るい。己を納得させる言葉を発する。

「もうなんでもいい!あと少しだろう、とっとと終わらせちまおう!」

 そしてもう一人の傭兵が声を荒げて訴え、手にしたクロスボウを構え直し窓の外へ突き出す。

「ふふふ。では、さらなる追い込みと行こう!」

 ゲーネもまた不敵な笑みを浮かべ、その両腕を窓の外へ向けて突き出し構える。それは魔法攻撃を発動するための構えの姿だ。

「炎の加護よ、燃え上がる力よ――」

 そしてゲーネの口から零れ紡がれる魔法詠唱。これにより火炎弾の群れが腕の先で現れ形成され、そして撃ち放たれたそれ等が敵を焼くのだ。

「我が手元に現れ、群れを成し、怨敵を――」

 薄ら笑い囁くような詠唱の、ゲーネの詠唱は完成される――


 ベギリ――と、背後から何かの破壊音が聞こえ響き、その詠唱を遮ったのはその瞬間であった。


 突然聞こえ来たその異音に、ゲーネ達は詠唱等のそれぞれの行為を中断し、背後へと振り返る。

「な!?」

 そして彼等思わず声を零し、目を剥いた。
 彼等の背後、一室とその向こうの廊下を隔てる壁が、破壊され破られている。だがゲーネ達の眼を向いた原因はそれではない。ゲーネ達の眼を釘付けにしたのは、破壊されできた壁の解放部より踏み込んで来た、巨大なシルエット。
 その存在は、酷く醜く、歪で、目にした瞬間にゲーネ達の嫌悪感と危機感を煽る。

「よぉ――勝手に上がるぜ」

 そして蠢く口内から発され伝来る、独特な重低音での一言。
 ――他でも無い制刻の、異質で禍々しい姿が、そこにはあった。



 制刻は一室の壁を破壊して破り、踏み倒し室内へと踏み込んだ。

「よぉ、勝手に上がるぜ」

 踏み込んだ瞬間に内部にいた傭兵達の姿を確認し、彼等に向けてそんな一言を飛ばす制刻。一室内は狭く、両者の間隔はほとんど白兵距離。

「な、なんだこいつ!?」

 破られた壁と、そこから踏み込んで来た禍々しい存在に、傭兵達は目を奪われ、狼狽の声が上がる。

「くッ!」

 しかしそれも一瞬。直後に傭兵の内の一人が制刻に対して反応し、そして行動を見せた。
 真っ先に反応したその傭兵は床を蹴って飛び、下げていた剣を抜き振りかぶり、制刻に向けて迫り斬りかかる。

「あぁ、構わなくていい」

 しかしその剣が届くよりも早く、一言と共に制刻の手にある鉈が流れ、傭兵を襲った。

「――あ゛?」

 薙がれた鉈の刃は、傭兵の耳上側頭部に入り、直撃の勢いが制刻へと迫っていた傭兵の体を横へと反らし退ける。そしてそのまま、まるで野菜でも切るように傭兵の頭部をスライスした。まるで鍋の蓋のように綺麗に切断された頭頂部は、切り抜けて行った鉈の動きに引っ張られて、傭兵の頭を離れて床にベシャリと落ちる。
 そして一瞬脳の綺麗な切断面が覗いた頭頂部からは、次の瞬間に鮮血が盛大に噴出。
 傭兵は眼は白目を剥き、彼は自身に何が起こったのかを理解せぬまま、未だ残る勢いで床へと突っ込み崩れた。

「な……!?」

 仲間を襲った凄惨な事態に、もう一人の傭兵は再び狼狽の色を見せる。

「こ、こいつ!」

 しかし、一人を屠り一歩迫る姿を見せた制刻を前に、その彼も意を決し剣を抜き、制刻目がけて床を蹴って飛び、突きを繰り出し放って来た。

「邪魔はしてくれんな」

 だが、制刻は立ち位置をわずかにずらして襲い来た突きを回避。同時に再び鉈を薙いだ。

「ヅッ!?」

 鉈が風を切る音と共に傭兵の腕を鈍い衝撃が襲い、そして傭兵の持つ剣は吹き飛ばされてその手を離れ、その先の壁に突き刺さる。

「しまッ――……え……?」

 得物を弾き飛ばされてしまった事に、傭兵は苦い声を上げかける。しかしその直後、傭兵は自身の腕先の違和感に気付く。
 先の表現には語弊があった。正しく言うならば傭兵の持つ剣は、〝それを握る彼の手ごと〟、その腕を離れていた。
 彼の手首から先にはあるべきはずの手の平と五指が無く、切断面が覗き、そして彼の手は未だに、壁に突き刺さった剣の柄を握りしめていた。

「え――あ……あああああッ!?」

 事態を理解すると同時、手首の切断面から血が噴出。そして傭兵はその口から絶叫を上げた。

「チッ!」

 一室の最奥、窓際に立つゲーネは、ことごとく退けられた傭兵達と、そして見るからに凶悪な制刻の姿を前に、舌打ちを打つ。

「加護よ、我が手元に!」

 そして同時に両手を制刻に向けて突き出し、素早く短く詠唱。瞬間、彼の突き出した両手の平の前に、バスケットボール大の火炎弾が形成される。

「苦しめ!焼け焦げろッ!」

 ゲーネがその口角を上げて叫ぶと共に、形成された火炎弾は撃ち出された。火炎弾は直線軌道で、制刻を襲う――

「オメェでいい」

 しかし当の制刻はさして慌てる様子も見せず、発しながら、傍で絶叫を上げる傭兵に腕を伸ばしてその首根っこを掴む。そして傭兵を引きずりよせ、迫る火炎弾の自身の間へと、放り出した。

「ぁ――ぇ?――」

 唐突な事態に、傭兵は絶叫を途絶えさせて呆けた声を零す。――直後、その傭兵の体を飛来した火炎弾が直撃した。

「ぁ――あ゛ああああああッ!?」

 火炎弾の直撃により傭兵の前進は炎に包まれ、傭兵は先とはまた別種の絶叫を上げ、まるで躍るように暴れ狂い出した。

「ウェルダンは、頼んでねぇ」

 制刻は一言呟き零しながら、身を焼かれ暴れ狂う傭兵の体を、鉈の背で退け床へ転がす。

「な――馬鹿なッ!?くッ、加護よ、我が――」

 その光景に、口角を上げていたゲーネのその表情は驚愕の物へと変わる。
 目を剥きながらも、ゲーネは再度火炎弾を放つべく、魔法詠唱を試みる。

「よぉ」

 だが、直後に目の前に広がった光景に、ゲーネは向いた目をよりかっ開き、そして詠唱を途絶えさせて絶句した。
 眼前に現れ、ゲーネの視界を占めたのは、形容し難い程醜く禍々しい存在の姿。
 左右で全く違う歪な眼からの視線がゲーネを刺す。太く荒れた唇は、端を釣り上げ不気味な笑みを作り一言を紡ぎ、その奥には酷く不揃いな歯と、気持ち悪く蠢く口内が覗く。
 全ては制刻の物。
 ゲーネの目の前まで踏み込んだ制刻の容姿が、ゲーネの視界を支配したのだ。
 さらに制刻はその巨体からは信じられない、まるで瞬間移動の如き速さで、ゲーネとの距離を詰めて見せた。
 一瞬の内に肉薄された事実にゲーネは驚愕。
 そしてそれ以上に、オークやゴブリン、トロル等の亜人種ですらまだ整った顔立ちをしていると思わせる程の、醜く歪な制刻の容姿顔立ちが、ゲーネの嫌悪感と危機感を煽り逆なでする。

「――ぎぇッ!?」

 しかし、一瞬の内に襲い来た驚愕や嫌悪感から、ゲーネはその直後に解放された。
 詠唱が途絶えたゲーネの口から、代わりに鈍い悲鳴が零れ上がる。
 見れば、ゲーネの頭部は頭頂部から咽に至るまでが、縦一線に、みごとに真っ二つに割られていた。

「追加のローストも、いらねぇ」

 制刻からは再び呟きの声。
 頭部の切断線の終点、ゲーネの喉元には鉈が深々と食い込み刺さり、その柄は制刻の手が握っている。その様子が、制刻がその常人離れした腕力で鉈を叩き下ろし、ゲーネの頭部を真っ二つにかち割ったのである事を物語っていた。

「おい自由!急ぎだからって、先にどんどん行くな――うぁッ……!?」

 制刻以外に立つ者のいなくなった一室内へ、先に制刻が破壊し開けた壁の開口部から、声が聞こえ届く。そして鳳藤が姿を現した。
 小銃を構えた警戒の姿勢で、声を上げながら一室内へ踏み込んで来た鳳藤は、しかし目に飛び込んで来た室内の光景に、言葉を途切れさせて驚きの声を零した。

「お前……!こんな……」

 今まさに、制刻に頭部を真っ二つにされた傭兵。同じく頭部を、野菜果物の様にスライスされた傭兵。炎に包まれ、崩れ鈍く蠢く傭兵。
 それぞれ凄惨な姿を晒す傭兵達の体を目の当りにし、鳳藤は狼狽える声を上げ、そして最後にそれ等を作り出した元凶である制刻を見つめた。

「いらん押し売りの、立て続けだったもんでな」

 そんな鳳藤に対して制刻は一言発しながら、ゲーネの頭部から鉈を引っこ抜く。支えを失ったゲーネの体は、膝を付き崩れ落ちる。制刻はそんなゲーネの体を一瞥した後に、未だ炎に包まれ蠢く傭兵に近寄ると、その首に鉈を降ろし止めを刺してやった。

「ッ……」

 その様子を、顔を顰め複雑そうな色で見る鳳藤。

「ヨォ自由、一階の奴等は攫え――うっぇッ!?」
「ワァーォ!」

 そんな所へさらに別の声が聞こえ届く。
 制刻と鳳藤が振り返れば、壁に空いた開口部の向こうに、室内を覗きそれぞれ違った驚きの様子を浮かべる、竹泉の多気投の姿があった。
 制刻率いる普通科4分隊2組の四名は、偵察捜索隊本隊より分派し、集落外周を周り捜索索敵行動を行っていた。そしてその途中で、傭兵達の一部を発見遭遇。何か急いた様子でどこかを目指す様子の傭兵達を、制刻等は追跡し、そしてこの戦闘が繰り広げられる一帯に辿りついた。
 そしてそのタイミングで威末からの救援要請を聞き、背後より傭兵達の陣取る家屋を強襲。ちょうど今、踏み込んだこの家屋の制圧が完了された所であった。

「一階は、片付いたか」

 現れ、その場の光景に驚く竹泉等に対して、対する制刻は淡々と確認の声を発する。

「あぁ、こっち程インパクトある感じにはしなかったけどなァ」
「うっぇ……もうちっと穏やかにやろうとは思わねぇのかよ?」

 竹泉や多気投は、室内の凄惨な光景を眺めつつ、それぞれ制刻に返し、そして尋ねる。

「これでも、スマートにやったつもりだ」

 それに対して制刻は、淡々と答える声を返した。
 制刻のそんな答えに対して、鳳藤や竹泉は顔を顰め、呆れに近い視線を向ける。
 しかし制刻はそれ等はさして気の留めずに、一室の窓の外へと視線を移す。そしてその先で燃え盛り煙に包まれる納屋の眼に収めながら、インカムに向けて発し始めた。

「ケンタウロス2-1、応答できるか?ジャンカー4-2だ。こちらは今、そっちの正面の家屋に踏み込み、抑えた所だ」
《――2-1だ!こちらはもう敵に何度も踏み込まれ駆けてる。いつ押し切られてもおかしくない。至急、こちらへの合流及び支援を求むッ!》

 制刻の通信での呼びかけに対して、威末の声で状況を伝え、そして応援を求める言葉が返って来る。

「了解、すぐそっちに向かう。正面家屋から出るから、そっちを撃つなよ」

 制刻はそれに対してただちに向かう旨と、注意の言葉を送る。

「あの気だるげエモーショナルボイスが、ずいぶん切羽詰まってんな」

 通信が区切れたタイミングで、竹泉が口を挟む。
 普段、気だるげながらも美声を誇る威末のそれが、状況により切迫した物となっている事を茶化す言葉であった。

《各ユニット、こちらはジャンカー4ヘッド。こちらからも増援が向かった、間もなくそちらへ到着する、もうしばし堪えてくれ》

 そこへさらに各員のインカムへ、通信が飛び込む。河義からの、増援が発した旨を告げる通信だ。

「了解、4ヘッド――だそうだ、あと少し時間を稼ぐぞ。剱、俺と向こうまで行くぞ。竹泉と投が、こっから支援しろ」

 通信を聞いた制刻は各々に向けて指示の声を飛ばす。

「あぁ」
「へぃへぃ」
「レスキューを急がねぇとなぁ」

 制刻の指示の言葉に、各々はそれぞれ返答を返す。

「かかれ。剱、行くぞ」

 それを聞いた制刻は各員に号令を発し、そして各員は行動を開始した。
 制刻は同伴する鳳藤に向けて促すと、直後に傍の窓を乗り越え飛び出し、地上へと飛び降りた。それに鳳藤が続き、彼女もまた制刻を追って窓枠の乗り越え、地上へと飛び降り姿を消す。
 竹泉と多気投はそんな制刻等を傍目に見送りながら、一室内のまた別方向にある窓の際に取りつく。そして竹泉が小銃の銃床で荒々しく窓を破り開く。
 するとその先に周辺一帯の光景が広がる。先には周辺家屋が数軒見え、そして地上を納屋を目がけて走る、多数の傭兵の姿が目に入る。歩兵を主とする様子だが、中には騎兵の姿も見えた。

「またウジャウジャいやがる」

 その光景に呟き吐く竹泉。
 その横では多気投がMINIMI軽機を窓枠に置き構え、その照準の向こうに、納屋へ突撃を掛ける傭兵達を除く。

「オーイェーーッ!」

 そして引き金が引かれ、上がる掛け声と共に軽機から5.56㎜弾が吐き出され始め、それは地上の傭兵達に横殴りに襲い掛かり、彼等を攫え始めた。



 家屋の二階より地上に飛び降りた制刻と鳳藤。
 両名は背後、家屋の二階より始められた支援射撃の音を聞きながら、納屋を目指して駆け出した。

「酷い光景だ……!」
「かなり躍起になってるようだな」

 納屋の家屋の間や、その他周辺には、威末等からの火器攻撃の犠牲となった、傭兵達の死体がそこかしこに散らばっていた。その光景に、それぞれ発し零す両名。
 そしてチラリと側面方向へ視線を向ける両名。その向こうでは、竹泉や多気投の行う支援攻撃を受け、突撃行動を阻害されて倒れてゆく傭兵達の姿が見えた。
 しかし中には銃火を掻い潜り納屋へと迫る傭兵も見え、制刻と鳳藤はそれに対して、駆けながらもそれぞれの火器を構えて向け、牽制射撃を行う。
 傭兵達を牽制しながら制刻等は納屋と家屋間を駆け抜け、納屋の元へと到達。
 納屋に立ち込める煙の中を潜り抜け、納屋正面の解放部から内部へと飛び込んだ。



 納屋の内部。その端の一角で威末は、横倒しになった家具を遮蔽物として身を隠し、戦闘行動を続けていた。
 先にこじ開けられかけた納屋奥の大扉はさらに隙間が広がり、バリケードで一度は塞いだ通用扉も、今や破られ開いている。そして納屋の各所には、踏み込んできて威末等の射撃の餌食となった傭兵達の死体が、そこかしこに横たわっていた。
 そこへさらに大扉の隙間から、一人の傭兵が踏み込み姿を現す。しかしそれに対して威末はすぐさま対応し発砲。その傭兵は散らばる亡骸の中に加わった。

「装填――ッ!」

 そこで装填された弾倉の銃弾が尽き、威末は発し上げると共に、弾帯に取り付けられた弾倉嚢から弾倉を掴みだす。

「銃身加熱――ッ!」

 威末の背後、納屋の正面上部の足場で陣取る門試から、声が降り聞こえて来る。立て続いた射撃行動により、門試のMINIMI軽機は銃身が焼き付きかけていた。

「連射は控えろ!狙って撃て!」

 その報告の声に張り上げ返しながらも、威末は弾倉の再装填を急ぐ。
 ――しかしその瞬間、彼は自身を刺す殺気を感じ取った。

「――!」

 背筋に寒い物を覚えた瞬間、威末は足を踏み切り横へと飛ぶ。
 直後、今まで威末が遮蔽物としていた家具を、何かが飛来しそして破壊した。

「ヅッ――!」

 飛んだ先での身を打つ荒い着地と、襲い来た何かに顔を顰める威末。そして目に映ったのは、家具を貫き破壊し、そして床に突き刺さった巨大で鋭利な鉱石の柱。
 先程大扉をこじ開け破った物と同類の物が、再び飛来し襲ったのだ。

「――まずい」

 さらに威末の眼はさらなる状況の悪化を見る。こじ開けられた大扉、及び端の通用扉からは、得物を手にした複数の傭兵達が踏み込んでくる姿を見た。
 傭兵達の視線と、剣やクロスボウ等の得物の切っ先は一斉に、遮蔽物を失い身を晒した威末を向く。対する威末の方は、先に身を打った影響で手を離れてしまった、弾倉未装填の小銃が視線の先に落ちているのみ。
 窮地の中、視線と得物の切っ先、それ等が放つ殺意に身を刺される威末。

「――」

 威末は次の瞬間にその身を貫かれる事を覚悟しながら、弾帯に付けられた銃剣に手を伸ばす――。
 ――発砲音が響いたのは、その瞬間であった。

「ッ――!?」

 聞こえ来たそれに、そして同時に彼の視線の先で起こった出来事に、威末は目を剥いた。
 踏み込み、威末に得物の切っ先を向けていた傭兵達が、次々に身を崩し、倒れ出したのだ。
 巻き起こる事態に驚きながらも、威末は聞こえ来た発砲音を追い、視線を背後――納屋の正面に向ける。大きく開かれた納屋の正面の向こう、うっすらと立ち込める煙の中に、威末は二つのシルエットを見止める。
 そして煙の中から他でも無い制刻と鳳藤が、姿を現した。
 両名は小銃を構えた姿勢のまま、小走りで威末の元へと駆け寄り、展開する。両名の硝煙を上げるその小銃が、傭兵達を屠ったのが制刻と鳳藤である事を示していた。

「よぉ、無事みてぇだな」

 現れた制刻は、威末の姿を確認して声を掛ける。

「あぁ――すまない、助かった……!」

 対して、窮地を脱せたことにその顔にわずかな安堵を浮かべ、威末は返す。
 制刻はそんな彼の足元に落ちる未装填の小銃を見止め、それを拾い弾倉を装填し、威末に渡してやる。

「かなり苛烈な攻勢だったようだな……」

 その傍らでは鳳藤が警戒態勢を取りながらも、傭兵の死体が散らばり、各所が損壊し燃え上がる納屋の内部を見回し、零す。
 そんな所へ、最早何度目かも知れぬ火炎弾が飛来。納屋内部へ飛び込み、壁に直撃してそこを焼いた。

「ぅッ!?」

 襲い来たそれに鳳藤は驚き、顔を顰める。

「――あぁ、それもまだ続いてる」

 そして先の鳳藤の零した声に、威末が小銃を構え直しながら、返答を返す。
 そこへまたも傭兵達が各所より踏み込む姿を見せ、制刻等はすかさずそれに発砲し、傭兵達を倒し退ける、。
 正面家屋から襲い来ていた火炎弾の連弾攻撃こそ、制刻等の手に寄り無力化されたが、しかし周辺一帯にはまだ多くの敵傭兵存在し、納屋への襲撃攻勢は続いていた。

「この納屋も長くは持たない、このままじゃ地下にいる住民達も危険だ」

 燃え上がり煙に包まれる納屋の内部を見ながら、威末は続ける。
 制刻等の到着により窮地を脱したはいいが、周辺を取り巻く状況は未だ芳しくない。

「避難させる必要があるな」
「だが……この状況では無理だ!」

 制刻は住民をこの場より避難させる必要性を発するが、しかし鳳藤が言葉を上げる。
 納屋は周辺一帯に展開した傭兵達に未だ包囲されており、住民を避難させるにはこれを無力化しなければならない。

「私達だけではまだ不足だ……!」
「もっと、人出と火力がいるな」

 一体の制圧を成すには制刻等と威末等だけではまだ人手火力共に足らず、制刻と鳳藤はそれぞれ発し零す。
 ――各員の身に着けるインカムに、通信が飛び込んで来たのはその時であった。

《ケンタウロス2-1応答せよ、こちらエンブリー――》
「ッ――エンブリー?」

 聞こえ来たその声、そして名乗り来た無線識別は、いずれも制刻等の偵察捜索隊の、各隊各員の物ではない。聞こえ来たそれに、威末ら鳳藤は若干の驚きの声を上げる。

「来たようだな」

 そして制刻は、何か察しを付け呟く。
 彼等の耳に、独特の唸るような音と、金属の擦れ合う音が聞こえ届いたのは、その直後であった。
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