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チャプター9:「草と風の村、燃ゆる」

9-6:「Fighting Vehicle Assault」

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 集落内を通る道を、その周囲の光景に大変不釣り合いな歪な物体が、閃光を煌々と灯し、異質な音を鳴らし上げて進んでいる。
 その姿は他ならぬ、89式装甲戦闘車の物であった。
 装甲戦闘車の後方両翼には、普通科3分隊の隊員が展開し、警戒の姿勢を取りながら装甲戦闘車に随伴している。そしてそのさらに後ろには、旧型小型トラックと高機動車の追走する姿も見えた。
 これ等は全て、不測事態対応のために編成された〝呼応展開小隊〟を成す車輛及び人員だ。
 集落へ進入する前に偵察捜索隊が発した展開要請。これを受け、待機していた呼応展開小隊は追走急行し、つい少し前にこの草風の村へ到着。73式特大型セミトレーラでここまで運ばれて来た89式装甲戦闘車を降ろし、それを中心に戦闘隊を組み、集落へ進入。
 先程、偵察捜索隊本隊との合流を果たし、今はさらにその先の納屋で戦闘状態にあるという、制刻等や威末等の元へ駆け付けるべく、道を急いでいた。
 ギャラギャラと履帯の音を鳴らして走る装甲戦闘車の、その砲塔上には、車長用キューポラから半身を出す穏原の姿がある。穏原は現在この場の先任者であり、この呼応展開小隊の指揮を預かっていた。さらに砲塔の後ろ、車体後部の上には、3分隊分隊長である古参三曹の、峨奈の立つ姿も見えた。

「見えた、あれか――」

 キューポラ上の穏原は、進行方向の先に視線を向け、声を零す。
 穏原の眼は夜闇の中で、不釣り合いに明るい一点をその先に見止め、やがてそれが燃え上がる納屋である事を確認する。さらに穏原はキャタピラやエンジンの唸る音の中に、割り込み来る銃声をその耳に聞いた。

「酷いな――ケンタウロス2-1応答せよ、こちらエンブリー。そちらの様子を視認した、詳細知らせ」

 先の光景を見止め、呟く穏原。そして、増強戦闘分隊が納屋に籠り戦闘状態にあると聞いていた彼は、それに向けてインカムを用いて発し呼びかけた。

《こちらジャンカー4-2。2-1と一緒だ》

 呼びかけには独特の重低音で、普通科4分隊2組を示し名乗る声が返される。他ならの制刻の声であった。

《こっちは敵に囲われてる。納屋と、その向かいの家屋はこっちが抑えて陣取ってる。そこは撃つな》

 増強戦闘分隊――ケンタウロスに代わり寄越された制刻の不躾な言葉での、詳細と要請。

「了解4-2、それと確認したい。その他周辺家屋に、民間人等のいる可能性は分かるか?」

 穏原は返された不躾な言葉に特に気にする様子は見せず、了解の返事を返し、そして同時に戦闘の上での懸念事項を尋ね返す。

《ケンタウロス2-1です。待ってください、この場の住民の人に確認取ります》

 その尋ねる言葉には、威末から言葉が返された。そして少しの間を置き、向こう側から通信が返され聞こえ来る。

《――エンブリー、確認取れました。少なくとも非戦闘員は全てこの場に避難済み。周辺家屋に民間人存在の可能性無し、戦闘行動に支障無しッ》

「了解。当方は間もなくそちらへ展開する、持ちこたえろ」

 確認が取れ通信を区切ると、穏原は背後、砲塔後ろに立つ峨奈に振り向き発し始める。

「当車は納屋の前を抜けてその先に出る。3分隊は、抑えられた建物を遮蔽物に展開。敵、及び周辺家屋にそれぞれ対処」
「了解、了解」

 指示を言葉にしながら、同時に片腕を進行方向に突き出し動かすジェスチャーを混ぜ、峨奈に伝える穏原。峨奈は進行方向を睨みながらも、それに頷き返す。
 その間にも装甲戦闘車は進み、そして戦闘の繰り広げられる一帯へと辿り着いた。

「味方も展開中だ、誤射には気を付けろ――かかってくれ」
「はッ」

 峨奈は穏原の言葉に答えると、丁度速度を落した装甲戦闘車よりその側面に飛び降りて行った。そして峨奈は指示の声とジェスチャーを上げ、それに呼応し、追走していた3分隊の各員が周辺へ展開していく。
 その様子を眼下に見届けた後、穏原はキューポラ上に出していたその半身を引き込み、目線から上だけを砲塔上に出して、周囲を観察できる態勢を取る。
 装甲戦闘車は納屋の前に立ち込める煙の中に突っ込む。そして煙の中を抜け、その先の開けた一帯へ出た。
 装甲戦闘車はその先で停車。一帯の向こうには点在する数軒の家屋が見え、さらに地上を駆けて納屋へと迫る、傭兵達の姿が見える。そして煙の中より突如として現れた装甲戦闘車を前に、傭兵達の狼狽する様子がありありと見て取れた。

「敵を目視――とぉッ!」

 穏原は地上の傭兵達を視認し声を上げかけたが、直後にはそれを遮るように何かが飛び来て、金属同士がぶつかり擦れる音を立てる。
 傭兵達は狼狽し動きを止めたのもつかぬ間、直後には反応してクロスボウ等により矢を放ち、それが装甲戦闘車の装甲を叩き、跳ねたのだ。

「矢撃か――髄菩、地上の歩兵と交戦しろ」
「了」

 穏原は車内砲手席の髄菩に向けて指示。髄菩は返答を返すと共に、同軸の74式7.62㎜機関銃を選択、射撃装置のグリップを握る。同時に操作系を操り、砲塔を9時方向へと旋回させて仰俯角を合わせ、傭兵達の組む陣形のその端を、覗いた照準内の中に収める。そして射撃装置のトリガーを引き、同軸機関銃より撃ち出された7.62㎜弾の銃火が、傭兵達を襲った。
 まず陣形の端に位置していた傭兵が、倒れる姿を見せる。髄簿はそこからトリガーを引き続け射撃を維持したまま、砲塔を旋回させる。砲塔の動きに合わせて火線は動き、陣形を組んだ傭兵を舐めるように掃射し、次々に撃ち倒して言った。
 穏原も車長席でその光景を見ながらも、同時に後方より別の発砲音を聞く。後方の納屋や家屋にカバーし展開した、普通科3分隊の各員からの射撃行動であった。3分隊からの小銃及び軽機を用いた各攻撃は、装甲戦闘車からの掃射を零れた傭兵や、また離れた地点の位置していた傭兵達を狙い、それぞれを無力化してゆく。

「敵歩兵、沈黙」
「了解、次は――」

 敵傭兵の無力化の報告が髄菩より上り、穏原は次の目標を探す。
 しかし直後。ガゴン――と鈍い音が響き、同時に装甲戦闘車と内部各員を衝撃が襲った。

「ッ!――今のは」
《前方からです。何か飛んでくるのを見ました》

 穏原の上げた声に、操縦手の藩童からインカム越しの落ち着いた声での報告が返される。
 装甲戦闘車を襲ったのは、傭兵側の魔法により形成され飛来した、鉱石の柱。鉱石柱は装甲戦闘車の正面を直撃したが、その装甲と被弾傾斜に弾かれ、装甲戦闘車に大きな損害を与える事は無かった。

「これは、前にもあった攻撃だな」

 直後に穏原は、以前に山賊達を相手取った時に受けた、鉱石柱の攻撃を思い返し、今の攻撃がそれと同種のものであると察しを付ける。そして藩童から報告された、前方の先にある家屋を睨む。

「髄菩、前方の家屋だ。機関砲でやれ」
「――了」

 指示に、髄菩は顔をわずかに顰め、あまり気の進まなそうな様子で了解の返答を返す。そして主砲である90口径35㎜機関砲KDEを選択。砲塔を操作旋回させて正面へと戻し、その砲身を先の家屋へと向け、同時に照準内にその姿を収める。そしてトリガーを引いた。
 撃ち出された数発の35㎜機関砲弾は、家屋の一点に飛び込み、炸裂。着弾した地点の内外を破損させ、吹き飛ばした。
 髄菩はそのまま砲塔を旋回させ、そして砲の仰俯角操作し、切り撃ちをしながら機関砲弾を家屋全体へ舐めるように撃ち込んでゆく。家屋はみるみるうちに各所が吹き飛び、損壊してゆき、程なくして家屋からの攻撃は完全に沈黙した。

「――沈黙」
「了解」

 髄菩から無力化完了の報告が上がり、穏原はそれに返す。
 ――穏原が視界の端に、煌々と瞬く光源を捉えたのはその時だ。

「ッ――うぉッ!?」

 直後、装甲戦闘車の側面に、巨大な炎の玉が直撃。傭兵側からの魔法による火炎弾攻撃だ。直撃した火炎弾は燃え広がり、伝わり来た熱に穏原は声を零し、顔を顰める。

「熱――ッ!――今度は炎か!?藩童、位置を変えろ!」

 襲い来た攻撃と熱に若干の困惑の声を零しながら、穏原は操縦手の藩童に、車体を移動するよう指示。装甲戦闘車はエンジン音を唸らせ、その場から移動を始める。

「髄簿!損害は!?」
「システムからのアラート無し。行動に支障無し」

 同時に穏原は髄菩に報告を求める。
 対する髄菩は、各種モニターや操作系に視線を走らせ、報告の声を上げる。幸い火炎弾攻撃は、装甲戦闘車に大きな損害を与える事を無かった。

「了解――攻撃は3時方向からだ。そっちに砲塔を向けろ」

 穏原は位置を変え動く車上から、攻撃が来た方向にある家屋を見止め睨み、指示の声を張り上げる。

《エンブリー、ジャンカー3ヘッドです。その家屋はこっちで対処します》

 しかしそこへ、インカムより通信が飛び込む。声は、3分隊指揮官の峨奈の物。
 そして通信が聞こえ来た直後、穏原の耳は今度は、後方に大きな破裂音を聞く。
 ――瞬間、睨んでいた先の家屋のその二階で爆煙があがり、家屋の二階は盛大に損壊し吹き飛んだ。
 穏原はその光景に少し驚きながらも、背後を振り向く。視線の先、先に制刻等4分隊2組が抑えた家屋の元、そこに84㎜無反動砲を構えた隊員の姿が見える。3分隊に組み込まれた対戦車火器の射手であり、構えたその無反動砲の後部からは、噴出されたバックブラストの煙が広がり上がっていた。

「ジャンカー3、助かった」

 穏原は3分隊へ感謝の言葉を無線で発し飛ばし、再び一帯へ視線を向け直す。
 先に点在する家屋は無力化され、沈黙。地上の各所にいる傭兵達には、さらなる狼狽の広がる様子が見て取れた。

「怯み出してる――各ユニット、残敵の掃討に当たれ。藩童、彼等を正面に」
《了》

 敵の士気低下を見止めた穏原は、指揮下の各隊にこれの掃討を指示。同時に穏原へ再び車体の進路変更を指示。それを受けた藩童の返答、操作と共に、装甲戦闘車は信地旋回により車体の向きを変更。一帯に展開していた傭兵達へその正面を向け、彼等を追い込むべく全身を開始する。

「髄簿」
「了。再度歩兵と交戦します」

 穏原の呼ぶ声、その意図を察し髄簿は返答を返す。そして再び同軸機関銃を選択し、覗いた照準に姿を捉え、トリガーを引いた。
 再びの掃射が、浮足立ち始めた傭兵達に向けて牙を剥き、彼等を容赦なく攫える。

「左っ側撃て、左側」
「……了ッ!」

 穏原がさらに別の目標を見止め、指示を出す。髄菩は照準越しに見える凄惨な光景に、顔を青くしながらもトリガーを幾度も引く。
 ゆっくりと前進し、傭兵達と距離を詰める装甲戦闘車の砲塔から、機銃掃射が無慈悲に継続。
 さらに抑えた背後家屋に陣取った、竹泉と多気投からの攻撃が。周辺に展開した3分隊からの、各員の小銃の各個射撃、分隊支援火器の掃射が。これ等が飛び、十字砲火を描き、一帯に散らばる傭兵達を各個に撃破、あるいは舐め攫ってゆく。
 小隊の到着。そして実施された攻撃に、先程まで攻勢する側にあった傭兵達は、一転して形勢不利に陥った。
 そして苛烈な攻撃と、迫る装甲戦闘車の巨体を前に、ついに士気戦意の瓦解を起こしたのであろう、傭兵達の中から逃走する物が現れ出した。

「敵。一部が逃走を開始」
「各隊、逃げる者は撃つな。脅威度の高い者を優先して処理しろ」

 その様子を照準に見た髄菩の報告の言葉。それを聞いた穏原は、乗員に、そして各隊に注意指示の言葉を送る。
 指示の反映された攻撃が、傭兵達の戦力を確実に削って行き、傭兵達はその瓦解の速度をさらに早めて崩れて行った。



 時系列は少し戻る。
 納屋にて、接近するエンジンと履帯の音を、そして無線通信にて増援到着の報を聞いた制刻等。そして各員は間もなく、煙の立ち込める納屋の前を駆け抜けてゆく、装甲戦闘車の姿を見た。同時に随伴の普通科3分隊各員が煙を抜けて展開して行く様子も微かに見え、やがて各種火器装備の発砲音が響き出した。

「おでましのようだな」
「小隊が到着していたのか……!」

 到着し展開を始めた装甲戦闘車と3分隊の姿に、制刻等はそれぞれ言葉を零す。
 そんな所へさらに続けて納屋に、追走していた車輛と部隊も到着した。
 旧型小型トラックがそのまま納屋の仲間で走り込んできて乗り付け、納屋の前には高機動車が停車。

「火災が酷いな――1組は周囲へ展開、2組は消火作業に当たれ!」

 乗り込んで来た小型トラック上で、2分隊指揮官の陸曹が、納屋の状況を見て指示を張り上げる。各車輛には普通科2分隊の隊員が分乗しており、各員は陸曹の指示を受け、降車展開して各役割に当たって行く。

「制刻、鳳藤!それに威末士長達も、無事だったか!」

 小型トラック上には2分隊の各隊員の他に、便乗して来たのだろう河義の姿もあった。
 河義は制刻等や威末等の姿を見止めると、声を上げながら車上より飛び降りて来る。

「えぇ、まだ生きてました」

 河義に対して制刻は、威末等の姿を一瞥し示しながら端的に返す。

「三曹、状況は依然芳しくありません。早急に対応する必要があります――」

 一方、示された威末当人は、納屋は前後から敵の攻撃を受けており、これを無力化する必要がある事。火災の拡大が広く、早急な鎮火、あるいは地下にいる住民達を避難させる必要がある事を、河義に訴える。

「了解だ。――浦澤三曹」
「あぁ、聞いてた」

 訴えを聞いた河義は、近くで配下分隊の指揮を行っていた、2分隊指揮官の陸曹に声を掛ける。対する浦澤と呼ばれた2分隊指揮官は、指揮の片手間に返事を返す。

「優先は裏の敵だな――50口径に着け。準備できたら扉を開け」

 そして浦澤は新たな指示を分隊各員に向けて発する。
 指示を受け、数名の隊員が納屋裏手の大扉に取りつき、そして一人の隊員が納屋内に乗り込んだ小型トラックの荷台に、再び飛び乗る。
 小型トラックの荷台上には12.7㎜重機関銃が搭載据え付けられており、飛び乗った隊員は重機関銃に着き、その握把を握る。
 それが確認され、大扉に取りついた隊員等は、すでに捻じ開けられ隙間の空いていた大扉に手を掛け、そしてそれを大きく開き放った。
 開け放たれた大扉の向こうには、そこに控え突入を試みようとしていたのだろう、多数の傭兵達の姿が露わになる。
 ――その傭兵達に向けて銃口が向けられ押し鉄が押され、12.7㎜重機関銃は咆哮を上げた。

「――きぇッ?」

 最初に撃ち放たれた12.7㎜弾が一人の傭兵に命中し、その彼の頭をまるで果実の様に砕く。そして掠れた悲鳴とも取れない声が聞こえ来る。
 ――そこからは、傭兵達にとって阿鼻叫喚の光景が広がった。
 12.7㎜重機関銃からの銃火は、その場にいた傭兵達を一切の容赦なく攫えていった。傭兵達は起こった事態を理解する間も無く、文字道理爆ぜ飛び、粉砕されてゆく。
 さらに奇跡的に掃射を間逃れた傭兵も、2分隊各員の各個射撃が襲い、無力化されてゆく。

「――うぉッ!」

 そこへ隊の側へと傭兵側からの応射が襲来。
 襲い来たのは、これまでも散々目にしてきた巨大な鉱石の柱。鉱石柱は飛び来て納屋の側面、屋根に近い部分へと突き刺さり、崩れ落ちて来た壁の破片が2分隊の隊員等に降り注ぎ、隊員等から声が上がる。

「――これが噂の魔法攻撃か」

 浦澤は納屋の上部壁面を貫通した鉱石柱を、しげしげと見上げながら呟き零す。
 そして視線を開け放たれた裏手大扉から外へと向ければ、その先正面に一件の家屋が見える。鉱石柱は、そこから放たれた物と思われた。

「あそこからか――てき弾!」
「了」

 家屋を見止めた浦澤は、分隊員に命ずる。
 それを受けて、小銃てき弾の取り扱いを担当する一人の隊員が行動を始める。隊員は装備から小銃てき弾を取り出し、自身の小銃に装填装着。そして他の隊員の援護を受ける中、小銃を地面に立てて構える。
 そして先の家屋を狙い、引き金を引き、てき弾が発射。
 小銃てき弾は放物線を描いて家屋へと飛び、そして家屋の上階一角に飛び込み――炸裂。家屋の一角を大きく吹き飛ばした。
 小銃てき弾の炸裂に続けて、12.7㎜重機関銃の掃射が家屋へと向けられ襲う。同時に各隊員の銃火器の銃火も家屋へと向き、家屋のそこかしこに穴を開け、損壊させていった。



《ジャンカー3-1、北東方向建物の無力化を確認》
《3-2、これより家屋に向かい突入する。エンブリーへ支援要請》
《2-1。北西方向家屋クリア》
《3ヘッド――》

 納屋の内外各所に到着した呼応展開小隊の各隊が展開配置。傭兵を相手に本格的な戦闘が開始されて少し経過し、各隊からの無力化完了や制圧行動に掛かる旨の報告が、無線上に上がり始める。
 一方で、各所からは納屋に広がり上がる炎は、隊員の消火活動にも関わらず、収まる気配を見せずにいた。

「浦澤三曹。私達の消化装備だけでの鎮火は困難です」

 消化活動に当たっていた2分隊の隊員の一人が、空になった消火器を片手に、浦澤や河義の元へ来て報告を上げる。

「火の手が強すぎるか」
「やはり、ここからの避難撤収が必要ですね……」

 報告を聞き、呟き言葉を交わし合う浦澤と河義。そして河義は納屋の片隅へ視線を送る。

「信じられない……」
「一体なんなの……」

 片隅にある地下階段への開口部。そこには、そこから身を乗り出し、驚き呆気に取られた様子を見せる、村人のケルケとゼリクスの姿があった。
 二人は、現れ乗り込んで来た増援の呼応展開小隊の隊員等や車輛。そして何より隊員等が、納屋を囲い迫っていた傭兵達を、得体の知れない力で瞬く間に押し返し、無力化して見せた事に驚いていた。

「あの人達が?」
「えぇ、ここの住民です。地下にも大勢確認しています」
「了解――皆さん」

 その姿を見止めた河義は、傍らに立つ威末に尋ねる。そして威末の回答を聞いた河義は、村人の二人に近寄り声を掛けた。

「!」

 唐突に掛けられた声に、また驚いた様子のケルケとゼリクスの視線が、河義に向く。
そこには未だ、若干の警戒の色が含まれている様子が見る。

「この建物は火災が酷く、大変危険です。皆さんには、ここから避難していただきたいです」

 しかし切迫した事態を鑑み、河義は彼等に今求める行動だけを、簡潔に述べる。

「避難を……!?しかし、外の傭兵達は大丈夫なのか……!?ここにいるのは戦えない女子供がほとんどだ……!」
「それに、怪我で動けない人間もいるわ……!」

 彼等もこの延焼を続ける納屋に留まり続ける事の危険性は理解していた。しかし同時に、村人達は外に避難する上でも懸念事項を抱えており、二人はその事を訴える。

「大丈夫です、外の相手勢力は間もなく無力化されます。避難中は私達が守り、怪我をした方も私達の車輛で搬送します」

 そんな二人に対して、河義はその懸念を解消するべく説明の言葉を告げる。

「時間が無い、この建物は長くは持たない。難しい事とは思うが、私達を信じて下さい」

 そこへ河義の背後から別の言葉が飛ぶ。そこには威末が立つ姿があり、彼の口から村人の二人に、訴え返す言葉が発せられた。

「……あぁ、分かったよ」

 その言葉を受け、ケルケは一瞬の沈黙の後に、承諾の言葉を紡いだ。
 懇願にも似た威末からの説得の言葉。ケルケは村人達の代わりに決死の戦いを見せた威末の姿を思い返し、その威末からの言葉が、ケルケに要請を受け入れる選択を決断させた。



 呼応展開小隊を始め展開した各隊の戦闘行動により、敵傭兵部隊は処理されるあるいは逃走を始める者が多発し出し、大きく勢いを減少。さらに各隊による押し上げ、周辺家屋の制圧が開始され、やがて周辺一帯の安全化が完了した。
 そしてケルケやゼリクスを通じて、納屋の地下にいる村人達に説得が成され、程なくして延焼を続ける納屋からの、村人達の避難が開始された。
 女子供を主とする村人達は、順番に地上に出て、避難誘導に当たる各隊員の案内指示の元、納屋を脱出してゆく。偵察捜索隊と呼応展開小隊はここまでの行程の最中に、火の放たれていない比較的損傷の軽微な家屋を確認しており、そこを避難場所と定めて、村人達を誘導避難させる事となった。

「皆、気を付けるのよ」

 そんな中に、村人の女ゼリクスの姿もある。彼女は小さな子供達を伴い、そしてその腕に抱え、注意を促しながらその手を引いている。

「ねぇ、ゼリクス……本当に大丈夫なのかな……?」

 そんな彼女に、隣にいる別の村の娘が声を掛ける。ゼリクスと同様に小さな子供達の手を引くその娘は、隠しきれない不安の浮かんだ表情を見せていた。

「さぁね、分からないわ。あの人達は、本当に得体が知れない。何が狙いなのかも……」

 問われたゼリクスは、周辺に展開した隊員の姿をチラと見て、そして呟くように発する。

「――でも、何にせよここで膝を抱えながら、死を待つつもりはないわ」

 しかし直後にゼリクスは毅然とした顔を作り、発する。それはこの状況下で、彼女自身の心を強く保つために発された言葉であった。

「行くわよ。子供達の手を離さないで」

 そしてゼリクスは娘に促し、子供達の手を引き、避難の歩みを再開した。



 自らの脚で歩ける村人達の避難が進む一方、同時に隊員等の手により、負傷している村人達を地下より搬出する作業が並行して行われていた。地下空間に数名匿われていた怪我を負った村人達は、隊員に肩を貸され、あるいは担架に乗せられて搬出され、納屋に乗り付けた高機動車と小型トラックに乗せられてゆく。

「ラストです」

 隊員の言葉と共に、最後の一人である負傷者が担架で運ばれて来る。それはこの村の村長、セノイであった。

「まさか……本当に傭兵達を退けたというのか……!」

 担架の上で横たわるセノイは、そこから見えた納屋の裏手の光景。そこに横たわる無数の傭兵達の死体を垣間見、驚愕の声を上げる。

「えぇ。信じられませんが、そのようです」

 セノイのその言葉に、彼に付き添い担架の脇に立っていたケルケが、言葉を加える。

「驚きだ……あなた方は本当に何者なのだ……?」

 そして周辺の隊員に向けて問う声を上げるセノイ。しかしその身の怪我のせいか、その口調はどこかか細い物だ。

「村長さん。疑問はもっともですが、あまりしゃべらないほうがいい。傷に触ります」

 しかしそこへ、傍にいた威末が促し発する。
 村長達とファーストコンタクトを取った威末は、なし崩し的に村長達に付き添う流れとなっていた。

「後ほど詳しく説明させていただきます。そして私達からもお聞きしたい事がたくさんある――ですが、今は自分の体を労わって下さい」

 セノイに向けて諭すように言う威末。

「あぁ……そうだな」

 威末のその言葉を聞き、セノイは小さく息を吐き、驚きに満ちていた顔に少しの安堵を浮かべて返した。

「――出してくれ」

 そして威末はセノイ達が高機動車に収容される様子を見届け、高機動車のドライバーに向けて合図の声を上げる。それを合図に高機動車は、そして小型トラックはエンジン音を唸らせ発進。驚く村人達を乗せて、先だって避難先を目指しその場を後にした。

「これで完了です」
「了解。4ヘッドよりエンブリー、負傷者の搬送は完了」

 威末は近くに居た河義に、負傷者収容搬送が完了した旨を告げ、それを受けた河義は、この場の先任者である装甲戦闘車の穏原に、その旨を取り次ぐ。

《了解4ヘッド。各ユニット、徒歩の民間人の避難行動が完了次第、私達もこの場より離脱する》

 河義の報告を受け、装甲戦闘車の穏原からは次の行動の指示が、全ての隊に向けて発せられる。

《殿は当車とジャンカー3。他ユニットは順に離脱せよ》

 続け穏原から来る指示。

「聞いたな、竹泉、投。ズラかるからこっちに合流しろ」

 納屋の一角には警戒の姿勢を取る制刻と鳳藤の姿がある。
 そして制刻は聞こえた離脱の指示から、それに備えて合流するよう、正面の家屋に未だ陣取っている竹泉や多気投に投げ掛ける。

《やぁれやれ、やっと終わりかよ》

 そんな要請に、竹泉からは変わらずのダルそうな返答が返って来た。
 その一方で、納屋の上階足場で警戒に当たっていた門試が、梯子を降りて威末の元に合流する姿がある。

「しんどい戦いでしたね」

 門試は威末の元に近寄り、深いため息混じりにそんな言葉を投げかける。

「あぁ……」

 対して威末も、同様の様子で返事を返す。
 そして未だ燃え盛る納屋の内部を、さらに内外に散らばる傭兵達の死体を見渡し、渋い顔を作る。苛烈で凄惨な戦いに、二人の心身は大きく疲弊していた。
 それから程なくして、村人達の避難は全て完了。
 それに伴い、隊も戦闘が行われたその一帯より、撤収した。
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