公認ゾンビになりました

川端睦月

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公認ゾンビになりました──そして、ゾ対にも -1-

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「こうにんゾンビ、ですか?」

 汚れを落とした僕は、用意された服に着替え、母と共に特殊対策係の係長室を訪れた。

 六帖程の室内には、窓を背にワークデスクが置かれ、その前にはコンパクトな応接セットが並べられている。おそらく来訪者をもてなすための応接室も兼ねているのだろう。

「そう」と只野が口の端を吊り上げ、胡散臭い笑みを浮かべる。

 只野はワークデスクに、僕と母は二人掛けの長ソファに並んで座っている。目の前の一人掛け用のソファには薮木が腰掛けていた

「それって、なんですか?」

 僕は眉を顰める。只野とは短い付き合いだが、彼の言葉をまともに取り合うと酷い目に合う、という認識は既に出来上がっていた。

「だからね、こうにんゾンビ。こうにんっていうのは『公に認められる』のほうの公認ね」

 只野は胡散臭い笑みを軽薄な笑みに変え、補足した。

「公に認められる……」

 いまいち話が飲み込めず口の中で呟く。只野は更に言い募る。

「まぁ、この場合の公認は、国の公認ってことになるんだけどね」
「国の……」

 随分、大袈裟な話になってきたな、と僕は眉間の皺を深める。

 そもそも『国』公認のゾンビなんて、一体、なんなのだろう。あまりにも現実離れした言葉に、いまいちピンと来ない。

「公認になるとね、さまざまな特典が受けられるんだ」

 只野が机の上で組んだ手の親指をクルクル回しながら嬉々として言う。

「特典、ですか?」

 喜ばしい言葉のはずなのに、只野の表情からは嫌な予感しかしない。

「例えば……」

 勿体ぶるように、只野はそこで言葉を切った。

「例えば?」

 僕はゴクリと喉を鳴らす。

「例えば、エンバーミング、とか」

 あー、と僕は頭を抱えた。

 詰んだ。完全に詰んだ。

 もうとっくに特典を受け取っているのでは、断れるものも断れない。

「察しが良くて助かるよ」

 僕の様子を見て、只野が笑みを深める。

「……つまり、その、公認ゾンビっていうのは決定事項なんですね?」
「どうして嫌そうなの?」

 只野が不思議そうに首を傾げた。

「さっき、佑くんから申し出てくれたじゃない。『人と特殊存在の共存のため尽力する』って」
「佑は、そんなこと言ってません」

 母がジロリと只野を睨む。母も彼にはどこか胡散臭さを感じているようだ。

「まぁ、佑くんは言ってないけど」

 悪びれた様子もなく只野は続ける。

「でも、同意したじゃない」
「……同意もしてません」

 僕は否定する。

「そうだっけ? じゃあ、あれだ。バイトしたいって」
「それは言いましたけど、ここで、とは言ってません」
「ここ以外、どこでバイトなんて出来るの?」

 只野が楽しげに問うた。

「君、社会的には死んでいるんだよ。戸籍が失くて、身分も保障できなくて、どうやって生きてくの?」
「それはっ……」

 僕は助けを求めて、母を見る。母も困り顔でこちらを見た。

「身分も保障する。生活手段も提供する。更にエンバーミングまで施してあげたのに、一体何が不満だって言うのさ?」

 ──あなたです。

 僕は口まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「佑さん」

 黙って只野とのやりとりを眺めていた薮木が、只野を牽制しつつ口を開く。

「公認ゾンビというのは単なる肩書きであって、そこに何ら義務が生じるものではありません」
「……え? そうなんですか?」

  僕は薮木を見返した。

 ──さっきは、さもゾ対に加入するのが当たり前のような言い方をしていたけれど。

 僕の考えを察したのか、薮木がバツが悪そうに顔を顰める。

「先程は気持ちが先走り、ゾ対に加入するのが決定事項のようなことを言ってしまいましたが……」

 ──ということは、さっきの表情は一応喜んでいたということか。……非常に分かりづらい。

 無表情に戻った薮木が続ける。

「特殊存在保護法は名前のとおり特殊存在の保護を目的とした法律です。ゾ対が保護対象に協力を行うことはあっても、見返りを求めることはありません」
「あーあ、どうしてバラしちゃうかな」

 頭を掻きながら只野が残念そうにぼやく。只野の様子を見るに、どうやら薮木の言ってることは正しいらしい。

「えっと、なぜ僕の保護が必要なんでしょう? それにその内容って……」

 僕の問いに薮木は短く息を吐き、重々しく口を開く。

「先程、佑さんも仰っていましたが、一般的にゾンビは『人肉を求めて彷徨う死体』という恐ろしくて危険なイメージしかありません」

 確かにそれはそうだ。僕自身、映画やドラマのゾンビのイメージが強過ぎて人を襲わないと言われても未だに信じられない。自分自身が本当に人を襲わないという確固たる自信が持てない。

「そして、自分のすぐ傍に恐怖の対象となる者がいる、という生活はかなりのストレスとなります。下手をすると、そのストレスが爆発し、逆に襲われることになるかもしれません」
「逆に襲われるって……」

 そんなことあるわけないじゃないですか、と言おうとして、真剣な薮木の眼差しに、僕はゴクリと喉を鳴らす。
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