公認ゾンビになりました

川端睦月

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警視庁生活安全課特殊対策係ゾンビ対策班 -3-

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「えっと、そうすると、ゾンビになる原因は分かっているんですか?」
「ゾンビになる原因ですか……」

 薮木はチラリと只野を見た。只野が胡散臭い笑みを浮かべて頷く。

「原因については事例が少なく詳しくは分かっていませんが……」

 薮木は躊躇いがちに僕を見る。

「一説には、……鈍臭いと」
「え?」

 後半は小さな声で言ったので、聞き間違えたのかなと思い、聞き返す。

「鈍臭い、です」

 それに薮木が今度はハッキリと応じた。

「鈍、臭い……?」

 ──それは原因ではなく、単なる悪口なのでは。

 唖然とする僕を、只野がふふっと笑い、肩に口を押し付ける。しかし、堪えきれなかったのか、軽く咽せた。

 ──最低だ、あいつ……

 僕は只野をジト目で見つめた。薮木が只野を嫌う理由が何となく分かった気がした。薮木も一瞬、只野へ冷たい視線を向け、諦めたようにため息を吐く。

 それから気を取り直し、僕に向き直った。

「それで、佑さん、あなたの今後についてなのですが──」

 そう言って、僕越しに母を見る。

「お母様も交えてご相談させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 その問いに、もちろんです、と母が頷く。

「むしらこちらのほうからご相談しようと思っていました。お気遣い頂いてありがとうございます」

 深々とお辞儀をする。

「いえ、こちらこそお願いします」と薮木も姿勢を正し、頭を下げた。

「では、今後ついてですが……」

 薮木は傍らにあった鞄を手繰り寄せ、何やら取り出して、こちらに拡げる。

「手始めに、こちらの資料をご覧ください」

 それはA5版くらいの大きさの20ページにも満たない薄い冊子だった。『ゾンビになったその時の為に』というタイトルがついていた。

「こちらゾンビ関係者にお渡ししているパンフレットです。機密文書ですので、他の方には絶対にお見せにならないように」

 至極真剣な顔で釘をさしてくるが、道端にこの冊子が落ちていても誰も真面目に取り合わないだろう。

 その冊子を捲り、

「佑さんの体は、今は自由が効かないだけで、見た目は生前とさほど変わりませんが……」

 開いたページをこちらに差し出す。

 そこには片目が溶けて飛び出し、骨が半分剥き出しで、ボロボロの服を纏った男性のイラストが載っていた。いわゆるゾンビといったら、こんな感じ、という風貌だ。

「生命活動自体は停止しているので、このままでは確実に腐敗が進行していきます」

 僕はゴクリと喉を鳴らす。

「つまりこうなると……」

 はい、と薮木は神妙な顔で頷く。僕と母は顔を見合わせた。

 せっかく意識を取り戻しても、いかにもゾンビといった見た目では生活に支障がある。

 ──というか、例え見た目に問題がなくても、ゾンビが普通に生活するなんて出来るのだろうか?

 そんなのは無理だと思う。そもそも体が普通に動かない時点で生活が成り立たないのだから。

 僕は肩を落とす。結局は今までと変わらず、部屋に引きこもっているしかなさそうだ。

「何もしなければそうなります」
「何もしなければ?」

 薮木の言葉に、僕は問い返す。

「それなら、そうならない方法があるってことですか?」

 そうです、と薮木は更に冊子を捲る。

「お二人は『エンバーミング』という技法をご存じですか?」
「エンバーミング?」

 開いたページには何やら手術のようなものを受けているイラストが載っていた。

「エンバーミングとは、遺体の長期保存を可能にする技法のことです」
「長期保存……」
「最近、日本でも徐々に知られてきてはいますが、土葬の多い海外ではかなり昔から行われている処置です。特にアメリカではご遺体の90%以上に施されていると言われています」
「90%以上……」
「つまり、それを行うことで、佑の腐敗を止められるということなんですね?」

 母が確認する。

「ええ。永久には無理ですが、ある程度は現在の見た目を維持することができます」

 薮木が言う。

「それなら、ぜひお願いします」

 母は勢い込んで言った。

「佑は生まれてこの方、まともに病院を出たことがありません。──この奇跡がいつまで続くかは分かりませんが、その間だけでも佑には病院から離れた普通の生活を送らせてあげたいんです」
「母さん……」

 僕は母を仰ぎ見る。母がキュッ唇を噛んでいるのが見えた。

 母は母なりに、僕の生き方に思うところがあったのだ。

「そのためには、見た目が普通の人と違っては敵いません」

 それはそうですね、と薮木は応じた。それから、「佑さんもそういうことでよろしいですか?」と僕に問うた。

「あ、はい。僕からもお願いします」

 当然、異論はなかった。

 小さい頃から入退院の繰り返しで、思い出は病院にしかない。家にはあまり帰れなかったし、学校に通ったのも数える程度。看護師の母が入院中も傍にいてくれたのは幸いで、さもなくば家族との思い出なんてさほどなかっただろう。誕生日やクリスマスといった様々なイベントの背景は、全て病院の中だった。

 だから、これを機会に色んなところを訪れ、もっとたくさんの景色を見てみたいと思った。きちんとした学園生活だって送ってみたい。

「分かりました」

 薮木が頷く。

「それではエンバーミングを行うという方向で、話を進めて行きます」
「いやいや、待ちなさいよ、薮木くん」

 話がまとまりかけたところで、今まで静観していた只野が口を挟んできた。薮木が「なんでしょう」と只野を見返す。

「まだ確認することがあるよね?」
「確認、ですか?」

 薮木が珍しくも眉根を寄せる。

 それに只野は、そうそう、と愉快そうに笑って返し、僕を見た。それから、

「佑くんの言うさぁ、普通の生活ってどういったものなの?」

 意地の悪い口調で問うた。
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