公認ゾンビになりました

川端睦月

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警視庁生活安全課特殊対策係ゾンビ対策班 -2-

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「……お二人は警察官なんですよね?」

 僕越しに睨み合ってる二人に一応確認してみる。

「そうです」
「そうだね」

 それぞれが肯定の言葉を発し、それを聞いてまた牽制し合う。

 いい大人だし、仕事中なのだから、本当に止めて欲しい。

「あの……」

 それでも僕は二人に問うしかない。

「ゾンビってことは、僕……もしかして退治されるんですか?」
「! 退治って……」

 それまで僕の横で静かに話を聞いていた母が、険しい声を発する。

 それに薮木と只野は毒が抜けたような顔で互いを見、それから「いいえ」と口を揃えて答えた。

「いいえ?」

 僕は意外に思う。

「薮木くん、説明して」

 只野が面倒くさそうに薮木を促した。それに薮木は何か言いかけて、短くため息を吐き、口を開く。

「──清水さん……」
「佑くんね」

 薮木が苗字を口にした途端、只野が訂正する。薮木はジロリと只野を一瞥してから続けた。

「……佑さんは、ゾンビがどういう存在かご存知ですか?」
「ええっと、映画だと、人肉を求めて彷徨う死体のことをゾンビって言いますよね。元々はブードゥー教の呪術がモチーフだって聞きました。確か、司祭様の呪術によって死体を生き返らせるんですよね」

 僕もそんな人を襲う存在になってしまったというのなら、退治されても仕方がない。というか、是非襲う前に退治して欲しい。

「確かに、一般的に浸透しているゾンビのイメージはそうだと思います」

 薮木は小さく頷いた。

「しかし、実際にはゾンビは人間を襲って人肉を食べませんし、呪術でゾンビを作ることもできません。ゾンビは……」

 そこで言葉を切って、薮木は何かを確認するように只野を見た。只野は我関せずとばかりに、その視線を流す。

「ゾンビは?」
「……ゾンビは、警察の定義では、未練を持って亡くなった方の魂が上手く体から抜け出せなかったもの、とされています」
「え?」

 僕はパチクリと目を見開く。

「上手く体から抜け出せないって、どういう……」

 警察の定義の割には曖昧な表現が気になった。

「警察では、実体を持たず魂のみになったものを幽霊、実体を持った魂をゾンビと区分しています」

 薮木は僕の問いには答えず、はぐらかしたような説明を返す。

「そうなんですか……」

 僕は不承不承頷く。

 というか、幽霊まで警察の管轄なのか。

「なので私の所属する特殊対策係も、幽霊を扱う幽霊対策班・通称幽対とゾンビを扱うゾンビ対策班・通称ゾ対に分かれているんです」
「結構、そのままの名称なんですね」
「ええ。あまり奇をてらったものは求められていませんから」
「──ていうか、嫌でしょう?」

 只野が薄ら笑いを浮かべながら、話に割り込んできた。

「部署名を名乗るとき、厨二病みたいなネーミングだったら」
「……まあ、それは確かに」

 もし自分が『デス・エンジェル佑』や『†闇に堕ちた佑†』みたいな余計な修飾がついた名前だったら、口に出すのを躊躇ってしまう。

 コホン、と薮木がわざとらしく咳払いをし、只野を睨んだ。余計な口出しをするな、ということらしい。

「そして、この幽対とゾ対の配置人員の割合は9対1になります」
「9対1……」
「また、幽対に配属される者は霊感が必須となります」

 つまり、幽対の方が配属の条件が厳しいけれど、人手が必要ということか。
 
「それってやっぱりゾンビより幽霊になる方が多いからですか?」
「それはそうです」

 薮木は大きく頷いた。

「本来、亡くなった方の魂は体から離れ、死者の国へと向かいます。ですから、少なくとも体から魂が抜け出すところまでは、皆さんお出来になるはずなんです」
「そうなんですか」

 それなら僕は出来るはずのことが出来ていないわけだ。

 軽く凹む。

 結局、僕は生きていても死んでいても当たり前のことが出来ない人間らしい。

「体から抜け出せたら幽霊ですから、大部分の方が未練を持って亡くなった場合、幽霊になります。ですから、必然的に幽霊の割合が多くなるのです」

 僕の気持ちを無視して、薮木は相も変わらず、淡々と話を続ける。

 そういうところだぞ。そういうところが寄り添ってないっていうんだぞ。

 僕は只野の言葉を借りて、心の中で毒づいた。

「ゾンビになる方は非常に稀です。特殊対策係の案件のうち、ゾ対の扱いとなるものはおよそ0.1%となっています」
「0.1%?……随分少ないんですね」
「そうです──前回の事例は15年前になりますから、私も実際の案件を担当するのは初めてです」

 薮木はそう言って目を伏せた。

 え? あれだけ御託を述べていて、初心者?

 僕は不信の目を薮木に向ける。

「ああ、安心してね。薮木には経験がないけど、私は経験してるからさ」

 僕の気持ちを汲み取った只野が揚々と言う。それに薮木が険しい顔を向けた。

「なんですか、薮木くん?」
「いえ、別に」

 只野の問いに、薮木はふいっと顔を背ける。先程までにも増して二人の空気が悪くなった気がした。

「……話を戻しますと、以上のことから、魂が体に留まったままという事例は、滅多に起こりません」
「0.1%の確率ってことですよね」
「いえ。特殊対策係の案件が死者数全体の0.004%の確率で発生し、それに対しての0.1%ですので、0.0004%の確率です」

 それって隕石が落下して死ぬ確率と一緒なのでは。つまり、ほとんどあり得ないってことだ。
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