華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
86 / 105
百合の葯

百合の葯 -4-

しおりを挟む

「夜分遅くに申し訳ありません」

 車のエンジン音に混じって、男の声が微かに聞こえた。

 さらに男は言葉を続けるが、よく聞き取れない。咲はもどかしさに車外へと降り立つ。

 それに気づいた花音が、チラリと咲を振り返り、すぐに男に視線を戻した。

 その視線を受けて、

「……先ほどチャペルでお会いしましたよね。俺は法月ほうづきあおって言います」

 男は名を名乗る。

「法月……」

 花音の顔色がわずかに曇った。

「──それで、どういったご用件でしょうか、法月さん?」

 警戒に身構えたまま花音が尋ねる。

 実はですね、と法月が応じた。

「先ほどのチャペルの一件なのですが、なぜか依頼主よりお怒りの言葉をいただきまして」

 両手を挙げ、肩を竦める。

「『式をメチャクチャにしろ』とのご要望だったので、サプライズ演出で、式の段取りをメチャクチャにしてみたんですけど……どうやら、イマイチだったようです」

 ニヤリと口の端を歪めた。

 花音は無言で法月を見つめ、やがて「……あなたは馬鹿ですか?」とポツリと呟いた。

「よく言われます」

 法月が嬉しそうに答える。

 花音は小さくため息を吐いて、首を横に振った。

「──それで、依頼主というのは、二階堂悟のことですか?」

 その問いに、法月は再びニヤリと口を歪める。

「ちょっとそこは機密事項でして」

 そう言うだけで否定も肯定もしない。

「そうですか。では、やはり二階堂の仲間だということでいいのですね」

 花音はそう結論付けた。

「仲間、と言われるのはちょっと嫌かもです」

 花音の言葉に、法月は不満そうに眉根を寄せた。

「あんな下衆な人と一緒にされるのは……」

 そう言った法月の声は嫌悪に満ちていた。

「ただ、その方から新たに依頼を受けまして」
「依頼?」

 はい、と法月は頷く。

「──新たな依頼は、華村ビルここを燃やせ、とのことでした」

 言い終わると同時に、法月はスーツの内ポケットへと右手を伸ばす。

「なっ……」

 花音が驚きの声と共に、法月の元へと駆け寄る。そして、今まさに懐から引き出さんとする手を力任せに掴んだ。

「あ、残念です」

 法月は揶揄うように笑い、ズボンの左ポケットからライターを取り出す。

「あなたには恨みはないんですけど、すみません」

 謝辞を述べながら、足元に置かれた紙の束へとそれを放り投げた。

 瞬間、紙の束を赤い炎が包む。それは勢いを増し、あっという間に延焼範囲を広げていく。

「だめっ」

 咲は慌てて紙の束へと駆け寄った。上着を脱ぎ、燃え盛る炎を叩きつける。

「咲ちゃんっ」

 それに花音も加わる。

 しかし、炎の勢いは衰えず、華村ビルの入り口へと火の手が迫る。

「花音さん、咲さん、どいてください」

 悠太が消火器を構え、シャッターの陰から咲たちに声をかけた。

 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 悠太は咲たちを押しのけるように前に出ると、手にしていた消火器を構え、紙の束へと吹きかけた。

 勢いよく白い粉が噴射され、炎の勢いを弱めていく。そこに遅れて現れた凛太郎が加わり、ものの数分で炎は消し止められた。

 騒ぎに乗じて法月は姿を消したようだった。

「──よかった……」

 完全に炎が消えたのを確認した咲は、身体の力が一気に抜け落ち、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「咲ちゃんっ、大丈夫?」

 そんな咲を花音が支える。

「は、はいっ、大丈夫です」

 咲は足がガクガクになりながらも大きく頷く。

「でも、ビルが……」

 ビルの入り口へ目を向けると、ドアの横の白い外壁がわずかに黒ずんでいた。

「あんなの、大したことないよ──それより、咲ちゃんの服こそ……」

 そう言われて手にしていた上着を見る。焦げて黒くなっているところがところどころに見受けられた。

「ああ、大丈夫です。服なんていくらでも買えますから──それより、華村ビルが無事でよかった」

 咲はホッと息を漏らした。

「咲ちゃん……」

 花音が呟き、ギュッと唇を結ぶ。

 それから咲の両肩を抑え、花音の身体から引き剥がした。そのまま、真っ直ぐに咲を見つめる。

 その瞳にはいつもの穏やかさはなく、暗く沈んでいる。

「……花音さん?」

 咲は不安になり、花音の瞳を見つめ返す。

 花音は何かを断ち切るようにゆっくりと首を振ると、

「──咲ちゃん、華村ビルを出て行ってくれないかな」

 静かに告げた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです

  *  ゆるゆ
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...