華村花音の事件簿

川端睦月

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百合の葯

百合の葯 -4-

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「夜分遅くに申し訳ありません」

 車のエンジン音に混じって、男の声が微かに聞こえた。

 さらに男は言葉を続けるが、よく聞き取れない。咲はもどかしさに車外へと降り立つ。

 それに気づいた花音が、チラリと咲を振り返り、すぐに男に視線を戻した。

 その視線を受けて、

「……先ほどチャペルでお会いしましたよね。俺は法月ほうづきあおって言います」

 男は名を名乗る。

「法月……」

 花音の顔色がわずかに曇った。

「──それで、どういったご用件でしょうか、法月さん?」

 警戒に身構えたまま花音が尋ねる。

 実はですね、と法月が応じた。

「先ほどのチャペルの一件なのですが、なぜか依頼主よりお怒りの言葉をいただきまして」

 両手を挙げ、肩を竦める。

「『式をメチャクチャにしろ』とのご要望だったので、サプライズ演出で、式の段取りをメチャクチャにしてみたんですけど……どうやら、イマイチだったようです」

 ニヤリと口の端を歪めた。

 花音は無言で法月を見つめ、やがて「……あなたは馬鹿ですか?」とポツリと呟いた。

「よく言われます」

 法月が嬉しそうに答える。

 花音は小さくため息を吐いて、首を横に振った。

「──それで、依頼主というのは、二階堂悟のことですか?」

 その問いに、法月は再びニヤリと口を歪める。

「ちょっとそこは機密事項でして」

 そう言うだけで否定も肯定もしない。

「そうですか。では、やはり二階堂の仲間だということでいいのですね」

 花音はそう結論付けた。

「仲間、と言われるのはちょっと嫌かもです」

 花音の言葉に、法月は不満そうに眉根を寄せた。

「あんな下衆な人と一緒にされるのは……」

 そう言った法月の声は嫌悪に満ちていた。

「ただ、その方から新たに依頼を受けまして」
「依頼?」

 はい、と法月は頷く。

「──新たな依頼は、華村ビルここを燃やせ、とのことでした」

 言い終わると同時に、法月はスーツの内ポケットへと右手を伸ばす。

「なっ……」

 花音が驚きの声と共に、法月の元へと駆け寄る。そして、今まさに懐から引き出さんとする手を力任せに掴んだ。

「あ、残念です」

 法月は揶揄うように笑い、ズボンの左ポケットからライターを取り出す。

「あなたには恨みはないんですけど、すみません」

 謝辞を述べながら、足元に置かれた紙の束へとそれを放り投げた。

 瞬間、紙の束を赤い炎が包む。それは勢いを増し、あっという間に延焼範囲を広げていく。

「だめっ」

 咲は慌てて紙の束へと駆け寄った。上着を脱ぎ、燃え盛る炎を叩きつける。

「咲ちゃんっ」

 それに花音も加わる。

 しかし、炎の勢いは衰えず、華村ビルの入り口へと火の手が迫る。

「花音さん、咲さん、どいてください」

 悠太が消火器を構え、シャッターの陰から咲たちに声をかけた。

 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 悠太は咲たちを押しのけるように前に出ると、手にしていた消火器を構え、紙の束へと吹きかけた。

 勢いよく白い粉が噴射され、炎の勢いを弱めていく。そこに遅れて現れた凛太郎が加わり、ものの数分で炎は消し止められた。

 騒ぎに乗じて法月は姿を消したようだった。

「──よかった……」

 完全に炎が消えたのを確認した咲は、身体の力が一気に抜け落ち、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「咲ちゃんっ、大丈夫?」

 そんな咲を花音が支える。

「は、はいっ、大丈夫です」

 咲は足がガクガクになりながらも大きく頷く。

「でも、ビルが……」

 ビルの入り口へ目を向けると、ドアの横の白い外壁がわずかに黒ずんでいた。

「あんなの、大したことないよ──それより、咲ちゃんの服こそ……」

 そう言われて手にしていた上着を見る。焦げて黒くなっているところがところどころに見受けられた。

「ああ、大丈夫です。服なんていくらでも買えますから──それより、華村ビルが無事でよかった」

 咲はホッと息を漏らした。

「咲ちゃん……」

 花音が呟き、ギュッと唇を結ぶ。

 それから咲の両肩を抑え、花音の身体から引き剥がした。そのまま、真っ直ぐに咲を見つめる。

 その瞳にはいつもの穏やかさはなく、暗く沈んでいる。

「……花音さん?」

 咲は不安になり、花音の瞳を見つめ返す。

 花音は何かを断ち切るようにゆっくりと首を振ると、

「──咲ちゃん、華村ビルを出て行ってくれないかな」

 静かに告げた。
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