華村花音の事件簿

川端睦月

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百合の葯

ウェディングブーケ -2-

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「『キャスケード』はね、『小さな滝』っていう意味があるの。だから形は上のほうが丸くて下にいくにつれ細くなる逆三角形型をしていて、滝のような流れるラインが特徴なんだ。ブーケとしてはわりと王道の形で、色んなドレスとの相性がいいの。特にお勧めなのはトレーンの長いドレスだね」
「トレーン?」
「ドレスの裾のことだよ」

 へぇ、と咲は感心する。

「ドレスとブーケの形に相性があるなんて、面白いですね」

 そうだよね、と花音はクスリと笑った。

「で、ラウンドブーケは手に持ったときに球形に見える半円状の形。こっちもウェディングではよく見かける形だね。丸っこいフォルムが可愛らしくて、僕はラウンドの方が好きだね。きっと咲ちゃんにも似合うと思うよ」
「私に、ですか?」

 突然、引き合いに出されて咲は目をパチクリとさせる。

「あー、えーと……」

 花音は口ごもり、「ごめん。寝不足で変なこと口走った」と前髪を掻き上げた。

 別に変なことではないと思うけど。

「いいえ……ウェディングの際はぜひ参考にさせていただきます」

 咲の答えに、花音は複雑な表情を浮かべる。

「あ、もちろん、ブーケは花音さんにお願いしますよ」

 続く言葉に、さらに花音は顔をしかめ、小さくため息を吐いた。

「花音さん?」

 なにか可笑しなことでも言ったかしら、と不安になる。
 
「……うん、任せて」

 浮かない顔のままそう答えて、花音はハンドルを切った。

 なんなのだろう、一体?

 最近の花音さんは、たまにこういうことがある。何かの折に触れ、微妙な顔をして咲を見るのだ。それが何を意味するのかは分からない。が、そのせいで変な空気が流れて、困ってしまう。

 今だってそうだ。

「あ、あの」

 気まずい沈黙に耐えかねて、咲は口を開いた。

「もしかしてブーケって、厄除けの意味で持っているんですか?」

 以前、花音が『中世のヨーロッパでは厄除けのためにお花を身につけることがあった』と教えてくれた。それで、ブーケもそうなのかと思ったのだ。

「ああ、そうだね。よく覚えていたね」

 横目でチラリと咲を見て、花音が言う。

「──それも一説には言われているね。でも、どちらかというとプロポーズの風習からきているというのが一般的な認識かな」
「プロポーズの風習、ですか?」
「そう──中世のヨーロッパの風習でね。男性はプロポーズの時に花束を贈るという風習があったの。で、OKの場合は女性がその証として花束のお花を抜き取って男性のボタンホールに差したんだって」
「へぇ、ロマンチックな風習ですね」

 感心する咲に、そうだよね、と花音は同意する。

「だから最近のウェディングでは、ブーケと一緒にブートニアも依頼されることが多いね」
「ブートニア?」

 咲は首を傾げた。

「ブートニアはね、新郎の左胸につける花飾りを言うんだ」

 花音がすかさず説明をする。

「さっきの承諾の話が由来になってるの。そう考えると、ブーケの由来も断然そっちのほうが有力になるでしょ?」

 たしかに、ブートニアまで出てきたら、厄除け説では全て説明がつかなくなる。

 咲は頷く。

「そうするとブートニアとコサージュは別物ってことですか?」

 その代わり他のことが気になってくる。

 以前、花音さんからコサージュをもらったが、それも胸につける花飾りだった。それとはなにが違うのだろう、と。

「そうだねぇ……」と花音は首を捻る。

「基本は同じものなんだと思うよ。違いは、ブートニアはブーケと同じ花を使用して、新郎がウェディングで付けるってところかな……ちょっと曖昧な答えになっちゃったね」

 肩を窄め、花音は笑う。

「いいえ。勉強になります」

 咲は首を振った。

「最近はウェディングの演出も色々あってね。さっき話したプロポーズの風習を再現した『ブーケセレモニー』なんかも人気なんだ」
「それは素敵ですね」

 たしかに素敵なんだけど、と花音は眉根を寄せる。

「……ウェディングの世界もどんどん新しくなっていくから、なかなか追いつけなくって。日々勉強だよ」と肩を竦めた。

 咲の質問にすらすら答えてくれる花音だが、それでも足りないと思っているらしい。

 ──本当に、花音さんのお花に対する姿勢は、ストイックすぎて感服してしまう。

 嬉しそうにウェディングに関する話をする花音はすっかり機嫌が戻ったようで、咲はホッと胸を撫で下ろした。
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