華村花音の事件簿

川端睦月

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百合の葯

ウェディングブーケ -1-

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「まるでお花畑ですね」

 咲は車の荷室を見て、感嘆の声を上げる。

 沢山の花を効率よく乗せられるようにフラワースタンドごと積んだ荷室はまるで小さな花屋そのものだ。

 まぁね、と花音は頷く。それから咲の持つ仕事道具の入った籠を受け取り、空いているスペースへと詰めた。

「今回は披露宴会場の装花だけで、規模も小さいものなんだけど。やっぱり、これくらいの量にはなるよね」
「──装花、ですか?」

 咲は花音を見上げる。

「装花っていうのはね──」

 テールゲートを閉めながら花音が言う。

「結婚式の会場を飾るお花のことだよ。文乃さんのウェディングではテーブルフラワーに、ケーキとキャンドルの装飾、それからウエルカムボードをお願いされているの」
「そんなに沢山……」

 咲は眉根を寄せた。花音はこともなげに言うが、素人の咲からすればとても大変なことに思える。

「まぁ、でも、今回は挙式会場の装花はないから、少しなほうなんだ」

 そう言って咲に連れ立って助手席側に回り、車のドアを開けた。

 咲が車に乗り込み、シートベルトを締めるのを見届け、花音は運転席側へと回る。

 そんな花音を何とはなしに目で追っていた咲は、彼の顔色がいつもより悪いことに気がついた。

「花音さん、もしかしてお疲れですか?」

 運転席に乗り込んできた花音に問う。

「あ、わかる?」

 花音はバツが悪そうに眉尻を下げた。

「実は昨日、作業に熱中して……ちょっと夜更かししちゃった」

 シートベルトを締めながら言う。

「せっかくのウェディングだし、やっぱり納得のいくものを作りたくってね。つい、頑張っちゃった」

 その言葉に、咲が初めてフラワーアレンジメント教室を訪れた日のことを思い出す。

 花音は『ウェディングって、一生に一度じゃない? だから、できるだけ要望には答えたかったんだ』と曰っていた。

 だからウェディングには特別思い入れがあるのだと思う。元カノのウェディングなら尚更だとも思う。ちょっとくらい無茶をしてしまうのは仕方がないことなのだろう。

 ──でも、なにかしら? この胸のモヤモヤは?

 咲は自分の中から湧き上がる気持ちに戸惑った。

「あー、たしかに、クマができてるね」

 花音の言葉に我に返る。バックミラーを覗き込む花音の目元には、黒いスジがぼんやりと浮かんでいた。

「大丈夫ですか?」

 咲が眉を顰めたのに、「大丈夫だよ」と花音は笑みを返す。それからゆっくり車を発進させた。

「それに頑張った甲斐があって、納得のいくものができたよ」

 左折ついでに咲を見て、花音が嬉しそうに言う。

「そうなんですか?」

 たしかに、荷室に積んだお花はどれも素敵なものばかりだった。ふわふわとした淡い色合いのお花がとても可愛いらしく、文乃のイメージにピッタリだと思った。

「うん──特にね、ブーケは力作だよ」
「ブーケ、ですか?」

 咲は首を傾げた。

 ──先ほど積んだ荷物の中にブーケはなかったはずだけど。

「ブーケはね、朝一で納品してきたの」

 咲の疑問を見透かしたように、花音が答える。

「式のリハーサルがあるからね。ブーケだけは早めに届けておいたの」

 そう言ってあくびを噛み殺した。

「……本当にお疲れですね。大丈夫ですか?」

 寝不足なうえ、朝早くからホテルまで往復してきたのだ。疲れが出て当然だ。

「うん、まぁ、平気かな」

 花音はニコリと笑う。

「お花で飾りつけた会場を想像すると気持ちが昂ってくるから、ちょうどいいくらいだよ」

 晴れ晴れとした顔の花音がとても眩しく見えた。

「そんなに素敵なブーケなら、ぜひ近くで見たかったです」

 あまりにも満足そうな花音に、ブーケの出来が気になった。

「それなら、あとでブライズルームを覗いてみようよ」
「え?」

 花音はあっけらかんと思わぬことを提案する。咲は驚いて、花音を見つめた。

 結婚式前のブライズルームなんて、そうそう簡単に訪問していいはずがない。

「お邪魔になりませんか?」

 咲はやんわりと辞意を示した。

「大丈夫だよ。ちょうど文乃さんに呼び出しくらっていたから」
「呼び出し?」

 花音の言葉に、胸のモヤモヤが一気に体中に広がった。

 もしかして、とあらぬことを考えてしまう。

 花音さんは文乃さんと別れてから新しい彼女を作っていない。きっとまだ未練があるのだと思う。

 ──そして。

 文乃さんもまた、花音さんに未練があるのかもしれない。

 そうでなければウェディングの最中、わざわざ時間を作ってまで会おうとするかな?

「あれ? 咲ちゃんこそ大丈夫?」

 つい暗い顔になっていたのかもしれない。心配そうに花音が尋ねた。

「ああ、大丈夫です……どんなブーケなんだろうって考えてたら、ちょっとぼーっとしてしまいました」

「そう?」と花音は怪訝そうな顔をする。それから気を取り直し「今回のブーケはね──」と続けた。

「ウェディングドレスには白い薔薇をメインにしたキャスケードブーケ、カラードレスには芍薬をメインにピンク系の花を使用したラウンドブーケにしたんだ」
「キャスケードにラウンド?」

 キョトンとした咲に、

「キャスケードとラウンドっていうのは、ブーケの形なんだ」と花音が説明する。

「形、ですか?」
「そう、形」

 花音は頷いた。
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