華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

凛太郎の謀略 -4-

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「結構な量ですね」

 テーブルの上に置かれた料理皿を見て、咲はため息を零した。

 凛太郎に勧められるがまま、料理を取り進めた結果、テーブルにはかなりの数の料理皿が並ぶことになった。

 全部食べられるかしら、と不安になる。

「楽勝だろ」

 凛太郎は余裕の表情で笑う。

 たしかに、身体の大きい凛太郎には朝飯前なのかもしれないが。食の細い咲は見ただけでゲンナリしてしまう。

「多かったら、遠慮なく言えよ」

 その気持ちを察したのか、凛太郎がぶっきらぼうに告げた。

 ──意外と良い人なのかもしれない。

「ありがとうございます」

 取り敢えず礼を言っておく。それから料理皿へと手を伸ばした。

 ふと、その手に視線を感じ、顔を上げる。途端に、隣席のスーツの男と目が合い、咲は軽く会釈をした。

 そのやり取りに気づいた凛太郎が、スーツの男のほうを見遣り、ニヤリと笑う。

 ──なんでわざわざ、そんな挑発的な態度を取るかな?

 咲は凛太郎の子供っぽい態度に呆れながら、料理を自分の皿へと取り分けた。

 鯛のカルパッチョに野菜のマリネ、鶏の白レバーのペースト。それから自家製バゲットと。

 バゲットにペーストを塗り、一口齧る。サクッと程よい歯応えと共に、少しクセのある苦味が広がり、ついでそれをかき消すようにセロリの風味がついてくる。塩加減もちょうどいい。

「……美味しいっ」

 咲は思わず声を出してしまった。それに凛太郎が咲を見、クスリと笑った。

 下心のない、思わず溢れたような笑みだった。

 そんな笑い方もできるんだ、と感心する。何かしらの含みがあるような笑顔しか見たことがないから、意外だった。

「なんだよ?」

 ボーっと咲が見つめていたので、怪訝そうに凛太郎が尋ねた。

「あ、いえ」

 咲は慌てて目を逸らし、料理へと手を伸ばす。

 ──またやってしまった。

 この前も花音さんとの件で失敗したばかりなのに。

 咲は小さくため息を吐いた。

「忙しい奴だな。笑ったかと思えば、ため息ついて。情緒不安定か?」

 揶揄うように言って、凛太郎は咲の皿の上のペーストを自分の皿へと移した。

「え? 凛太郎さん、それ、私の……」
「別にいいだろ。料理はたくさんあるんだから。他のを食べろよ──これなんかどうだ?」

 呆気に取られ、抗議しようとした咲に、凛太郎は一口大のキッシュを勧める。

 言い方は素っ気ないが、もしかしたら少食の自分に気を遣ってくれているのかもしれない。

「あ、ありがとうございます」

 咲は礼を述べ、

「でも、やっぱり、人様に食べかけを食べさせるなんて、失礼ですから。凛太郎さんこそ、他のを食べてください」

 凛太郎が取っていったペーストを奪還しようとした。

 その手を凛太郎が軽く払い退け、「気にすんな」と相変わらずぶっきらぼうに言い放った。

「お前と俺とじゃ、食べられる量が違うんだから。黙って甘えとけ」

 そう言って、ペーストをパクリと口の中に放り込んだ。モグモグと口を動かし、うん、美味い、と満足そうに頷く。

 ──やっぱり気を遣ってくれたんだ。

 咲はお言葉に甘え、凛太郎の勧めたキッシュへと手を伸ばした。

 キッシュはピクルスやトマト、生ハムが彩りよく盛り付けられていて、とても美しい見た目だった。一口大とは言っても、さすがに一口では食べきれないので、半分だけ齧る。生地のふわふわの部分がトロリと溶け出し、野菜との相性もいい。

「これも美味しいですね」

 つい先ほどのやり取りも忘れ、凛太郎に話しかけた。

「お前、食べてるときは上機嫌だな」

 凛太郎が呆れたように呟く。

「苦手な食べ物なんてないだろ?」とサーモンをタルタルで和えた料理を摘む。

 そうですね、と咲は首を捻った。

「これといって特には。基本、好き嫌いはないですね。……あ、でも、昆虫はダメです」

「はあ? 昆虫?」

 凛太郎が驚きの声を上げた。

 同時に、隣の席のスーツの男がゴホゴホと咳き込んだ。

 咲はチラリと隣を一瞥してから、凛太郎へと視線を戻した。

「……昆虫は、食べ物じゃないだろ?」
「それが、そうでもないんですよ」

「そうでもない?」

 凛太郎が眉根を寄せた。

「──母の実家が結構田舎の方でして。そこでは昆虫食文化がまだ残っているんです。小さい頃、帰省した時にイナゴの佃煮とか蜂の子とか食卓に出されて」

 咲はその時のことを思い出して、身体を震わせた。凛太郎も明らかに引いた顔をしている。

「いらないって言っても、面白がって勧められたんです」
「……まさか食べたんじゃ」
「とんでもないっ」

 咲はフルフルと手を振った。

「でも、無理やり食べさせられそうになったことがあって。それ以来、母の実家には帰ってません」

 そりゃ、そうだ、と凛太郎は咲の食べかけの料理を取り、パクリと口に入れた。

「悠太のハリネズミでもあるまいし」と笑う。

 そういえばそうだ。悠太くんのミーちゃんは虫を餌にしているんだった。

 ──最近、喫茶カノンにも顔を出せてないから、悠太くんにも会ってないなぁ。

 悠太くん、元気かしら、と悠太の人懐っこい笑顔が懐かしくなる。
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