63 / 105
エディブルフラワーの言伝
凛太郎の謀略 -3-
しおりを挟む「あっちの席がいいな」
席へと案内してくれたウェイターに向かって、凛太郎は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま顎をしゃくり、別の席を指定した。
「畏まりました」とウェイターは恭しくお辞儀を返し、凛太郎が指定した席へと案内する。
凛太郎の失礼な態度にも顔色を変えないウェイターに、咲はプロ意識を見て、感心する。
続いて案内されたのは、ビュッフェコーナーにはほど遠い奥まった席だった。さっきの席のほうが窓辺で景色も良かったのだけど。
咲はチラリと凛太郎を窺い、こっそりとため息を吐いた。
格子状の壁に接したその席は、ビュッフェ席の端に当たるのだろう。壁を隔てた向こう側は通常のレストラン席となっているらしく、ウェイターが料理をテーブルへと運んでいる姿が目についた。
そのウェイターが料理を運んだ先、格子を隔てた隣席の男と目が合う。男は、先ほど凛太郎を送ってきたとおぼしきスーツの男だった。
綺麗に整えられたショートヘアが爽やかで、年の頃は三〇歳前後だろうか。
テーブルには彼と同年代くらいの女性と、年配の男性二人が同席していた。もしかしたら、お見合いの席なのかもしれない。そう思わせるぎこちない空気があった。
咲は軽く会釈をし、凛太郎へと視線を移した。
──だから、わざわざここの席を指定したの?
凛太郎のことだ。きっと何か目的があって、席を変えたに違いない。というか、今日ここに来たのだって、スーツの男が目的だったのかもしれない。
自分はそのカモフラージュに呼ばれたのだろう。
眉を顰めた咲に、凛太郎は「なに?」と意地の悪い笑みを返した。
咲は、いえ、と小さく首を振り、座ったばかりの席から立ち上がった。
「お料理、取ってきますね」
こうなったら、凛太郎の悪巧みに巻き込まれる前に、素早く退散するのが吉だ。
回れ右をし、ビュッフェコーナーに向かおうとしたその腕が、何かに引っ張られる。
「へ?」
驚いて振り返ると、凛太郎が腕を掴んでいた。
「なっ、なんなんですか?」
慌てて腕を振り解く。それからキッと凛太郎を睨みつけた。
「危ないじゃないですかっ。急に腕なんか引っ張ったら」
咲の抗議に、凛太郎は可笑しそうに顔を歪め、シッとその薄い唇に人差し指を当てた。
「咲、少し静かにしろよ。周りに迷惑だろ」
凛太郎の言葉にハッと我に返る。周囲の視線が集まっているのがわかった。
居た堪れず、しょんぼりと身を縮ませた咲に、「わかった?」と凛太郎が小馬鹿にしたよう顔を覗き込む。
──元はと言えばあなたのせいでしょ。
湧き上がる怒りをギュッと拳を握り締め、抑え込む。
「さあ、料理、取りに行こうぜ」
ニヤリと笑い、凛太郎は席から立ち上がった。そのまま、咲を振り返りもせず、さっさとビュッフェコーナーへ歩いていく。
咲はそのあとを追いながら、凛太郎の背中にベーッと舌を出したのだった。
吹き抜けに設けられたビュッフェコーナーは、窓から差し込む自然光に照らされた開放的な空間だった。
テーブルの上に並ぶ料理は、フレンチやイタリアンなどの洋食をメインとしたもので、色鮮やかで華やかなそれらは見た目だけでも心が躍る。
奥のほうに据えられたオープンキッチンでは数人のシェフが忙しなく調理を行っていた。パスタやステーキは注文を受けて作るらしい。
──どうしよう……
咲はキョロキョロと辺りを見渡し、うーん、と眉間に皺を寄せた。
どれもこれも美味しそうなものばかりで、目移りしてしまう。
「なーに、難しい顔してんだ?」
一向に料理を取ろうとしない咲に、凛太郎が呆れたように声をかけた。
「……いえ、みんな美味しそうだなって思って」
「だったら、全部取ればいいだろ。ビュッフェなんだから」
「そういうわけには……」
難色を示した咲に、「なんで?」と凛太郎が不思議そうに首を傾げた。
「だって、食べられる量には限りがありますから。残すのはマナー違反ですし──本当に食べたいものを慎重に選ばないと」
それに、しょうがないな、と凛太郎が息を吐く。
「余ったら俺が食べるから、好きなの取れよ」
「へ?」
凛太郎の口から出たとは思えない、思いやりのある言葉に、咲はほけっとして彼を見つめた。
「なに?」と凛太郎が怪訝そうな顔をする。
「あ、いいえ。ありがたいですけど、人様に残り物を食べさせるなんて、失礼ですから」
咲はフルフルと手を振った。
「なーに、言ってんだ。ビュッフェなんて、そうやって食べたほうが色んなもの食えていいだろ」と取り皿を手にする。それから「これは?」とか「あれは?」とか咲に尋ねながら、料理を盛り付けていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言
蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。
目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。
そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。
これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。
壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。
illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
八奈結び商店街を歩いてみれば
世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい――
平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編!
=========
大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。
両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。
二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。
5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。
更新日 2/12 『受け継ぐ者』
更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話)
02/01『秘密を持って生まれた子 2』
01/23『秘密を持って生まれた子 1』
01/18『美之の黒歴史 5』(全5話)
12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』
12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12 『いつもあなたの幸せを。』
9/14 『伝統行事』
8/24 『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
『日常のひとこま』は公開終了しました。
7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18 『ある時代の出来事』
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和7年1/25
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる