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巣作りと色の名前

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 どれだけ寝ていたんだろう。目が覚めた時、何故か啓介の服を集めている自分に気がつき首を傾げた。
「何で、啓介の服?」
 何度も瞬きを繰り返して、ベッドに戻って己の身の周りで起きている惨状ともとれる事態を見つめる。
 ベッドの上には縁に合わせるように啓介の服が置かれている。
 ——何で俺は啓介の服を着て、また握りしめているんだ?
 自分でベッドの上に持ち込んだ記憶もなくて、軽くパニックになっていた。
「は? は? 何だこれ? 何が起こっている?」
「起きたのか羽琉。くくく、綺麗に巣を作ったな」
「気配を消すなっ!」
 いつからそこに居たのか、椅子に腰掛けたまま腹を抱えて笑っている啓介に言われる。
「巣……?」
「オメガは番のアルファの持ち物や服を集めてそれで自分の周りを囲い、巣と呼ばれる棲家を作る。お前が俺を自分のアルファだと認めている証拠だ」
 ——何だそのクソ恥ずかしい行為は!
 顔を上げられなくなってそのまま服の中に潜ると、一緒に啓介も潜り込んできた。
「羽琉、このまま聞け。組長と拓馬と話してきた。記憶の有無に拘らず、この世界に不知火会の連中がそのまま転生して来ている。だが、組長が言うには転生者に前世のユダもいるから気をつけろだそうだ。後キアム本人からの提案で、これからは重要な話はキアムの前でするなと言われている。信用していないフリをするんだ。最近市場に行くと監視されているような視線を感じるらしい。カイルもここに来る途中でつけられたから撒いたと言っていた。身バレの起因としてはユダ絡みだろう。外では顔も毎日別人に変え、その上で行動しようと思う」
「ユダ……。成程な。分かった」
 前世の最後の日、考えなかったわけじゃない。そうじゃなきゃあまりにも襲撃されたタイミングも弾丸が撃ち込まれた角度も良過ぎたからだ。
 その後この世界で聞かされた組の崩壊。仕組まれていた可能性を考えたが、もう故人となってしまった前世と、今まさに新しく歩んでいる今世とでは比重が違ってくる。
 どんなに悔やんでも過去は過去。今を生きるしかないと、あの日の事は考えないようにしていた。
 それと、疑問に感じていたキアムの件も納得出来て、どこか安心も出来た。
「お前はまた薬を飲んで寝ろ」
 ぐしゃぐしゃに髪の毛をかき混ぜられて、口付けられる。離れていこうとした啓介の服を掴んだ。
「寝るまでで良い……一緒にいてくれ。お前の側は安心出来る」
 啓介からの返事はなかったが、薬を飲んで意識が飛ぶまでの間、安堵感に包まれていたのを考えると側に居てくれたんだろうと思った。



 ***



 レヴイの発情期が明けたのはそれから六日後の事だった。
 リビングに大男三人が顔を突き合わせ、何やら話をしている。階段の上から見下ろしていたレヴイは半目になって見つめていた。
 ——これは何の会合だ。
 頬肉が引き攣る。
 揃いも揃って柄シャツにサングラス、チノパンにストレートパンツ、ジーンズ、ゴールドのネックレスに指輪で身を固めていた。
 この世界では全く見かけない格好だ。売っていた事に驚きを隠せない。しかも観光客というよりチンピラと言った方が的を得る。カチコミにでも行くのか? と考えているとキアムが言った。
「そこはオレンジで行きましょうよ」
 カイルが首を振る。
「おれはレッドがいいっす」
「お前レッドってキャラじゃねえだろ。パープルとかどうだ?」
 いつもなら無視しそうなのに、珍しく啓介も参加していた。どうやら色の話をしているらしい。
「グリーン」
「レッドっす!」
 赤に思い入れでもあるのか、単に好きな色なのか。
『お前は赤が似合うぞ、拓馬』
 日本にいた頃の記憶の一部が脳裏を掠める。拓馬が組に入った日、己が拓馬に言ったセリフだ。
 ——ああ、俺のせいか。
 フッと笑みが溢れる。
「何でそんなにレッドに拘るんですか?」
「そんなの兄貴が俺に似合うって言ってくれたからに決まってるっす!」
 頑なに赤を推すカイルに、そっぽ向いた啓介が言った。
「ピーマン」
 ——お前それ単なる嫌がらせだろ……。
「色ですら無くなったっす!!」
「ピーマンがしっくりきましたね。というか、ピーマンて何ですか?」
 啓介の意見にキアムが同意する。
「ええっ、決定なんすか!? ピーマンは緑色の野菜っすよ」
「じゃあ、駄犬一号」
「兄貴限定のわんこなら大歓迎っす!」
 カイルの瞳が輝いた。
 ——何で嬉しそうなんだよ、お前。つか、色の話じゃなかったんかよ。
「略して一号な」
「お前らのその格好はどうした……? 啓……ブラックまで何やってんだよ。お前絶対楽しんでるだろ」
 嘆息してから声を掛けると全員の視線が集まった。
「兄貴ぃいい! やりましたよ、おれ。犬一号の座を勝ち取りました!」
「何でそこ喜んだ!?」
 とりあえず懐いてくる様は可愛いので頭を撫でる。
 横から抱きついてきたカイルが「あれ?」と呟く。
「どうかしたのか?」
「兄貴なんか甘くて美味そうな匂いがするっす」
「さっき風呂入ったばかりだからだろ」
「いや、そうじゃなくて……」
 カイルがまた首を傾げている。何だか胸の奥の方で鼓動を感じた気がして胸に手を当てる。
 ——レヴイ?
 この世界に来て初めてレヴイが反応を見せた。それもすぐになくなり分からなくなってしまう。
 カイルを放置していると、啓介に引き寄せられて膝の上に乗せられる。
「お前まで何してんだよ」
「たまには悪ノリも悪くないだろ?」
 啓介の上から降りるのも面倒で、されるがままに口を開く。
「パリピってのを一号に教えて貰って目指してみました!」
 ——駄目だ。初っ端から間違えている。カイルにパリピが分かるわけがない。
 前世で、何故かデートの後にすぐ彼女に振られるって落ち込んでいた拓馬に格好を尋ねたら、チンピラの服装そのまんまだった事があった。
 仕方ないから三回分くらいの靴を含んだ服セットを買い与えたのは己だから良く分かる。
 それからは長続きするようになったと言っていたから、己の考えに間違いはなかった。
「それパリピじゃねえぞ。チンピラって言うんだよ」
 沈黙が落ちた。啓介が声を殺しながら笑っているのが振動で伝わってくる。
「一号を信じたオレがバカでした。もうピーマンに格下げしますね。ピーマンは見た事ないけど」
 肩を落としたキアムが遠い目をした。
 ——キアムは何気にノリ良いよな。ピーマンに文句を言うな。アレは美味い。
「ええ、一号がいいっす!」
「お前煩い。つかさ、俺コソコソするの柄じゃねんだよな」
 レヴイの言葉に皆んな「うーん」と唸る。
 レヴイに売りをやらせていた子爵もこれで釣ったが、今回はちょっと厄介そうな組織が絡んでいる可能性が大きい。
 こんな大掛かりな事をしでかしているのだ。組織どころか一国そのものが絡んでいるだろう。危険が付き纏うが重々承知の上だった。
 組員の内、記憶のある者の中で四人は味方でいるのが確定している。それも行動を起こすのは、例のオークションの日らしい。
 その日以外は手が出せないとなると〝眠りの貴人〟に関する事だろう。
 ルドが態々カイルを此処に寄越してまで伝えた各種の情報は、一年やそこらの内容じゃなかった。
 気になって独自に調べていたみたいだが、どれも己に関係しているような節がある。
 分かっていても容易に手を出せる相手でも無ければ案件でも無く、またカイルはずっと記憶がないままだったのもあり動けなかったみたいだ。
 キアムから、眠りの貴人が己と同じ能力を有していると聞かされた時点で、もしかしたら……とは思ってはいたが本当に嫌な目が出そうだ。
 それだけに二の足を踏んでいそうな今がもどかしくて嫌だった。
「あ、そろそろオヤツの時間なんで、三人ともブラックさんの部屋で待っててください」
 キアムが立ち上がって嬉々としてキッチンへと消える。気を回してくれたキアムに従って、二階に上がった。
「で、どうするんすか?」
 カイルに応えるように啓介が口を開く。
「オークション内のスタッフとして潜り込んでるという矢島さんと渡辺さんを探そうと思う」
「後二人はどうしてるんすかね?」
「当日乱入するという盗賊班に紛れ込んでる……。おい、カイル。お前はルドさんに聞いたんじゃ無いのか?」
 訝しげに言いながら、啓介がカイルに視線を向ける。
 啓介が日本名だった拓馬ではなく、カイルと呼ぶのは此処に来て初めてだ。


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