執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

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想い違い

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「そこまで想われていらっしゃるなら、夜這いなどかけずとも、想いを告げれば宜しいのです。お二人に血の繋がりはありませんし、家人も旦那様もお喜びになるでしょう」

 混乱する私の脳髄に、容赦なく追い討ちをかけてくるクラウスの言葉。

「いや、ちょっと待って。クラウス。何故ここでお義兄様の名前が? 夜這いって、誰が誰に?」

 いやーまさかねー。まさかだけど、クラウス……何か思い違いしてる?

「セリーナ様が、レイズ様に夜這いをかけようとされているんですよね? 家人としても、それは承知致しかねます。そういう事はきちんと段階を踏んで「クラーうす!!」はい?」

「貴方、勘違いしてるわ! 何故、そうなるの!? 何故、私がお義兄様に夜這いをかけなくてはいけないの!?」
「え? いつもレイズ様を目で追っていらっしゃるではありませんか」
「それは、お義兄様が怖いからよ!」

 そう、攻略対象であるお義兄様の属性は、ドSで鬼畜な腹黒仕様!言葉攻めで精神的にひんひん言わせ、えげつない技巧であんあん啼かせる恐ろしいお人!

 ヒロインの天敵である義妹を快く思ってなくて、お義兄様ルートでは私、拘束幽閉呂辱の末に精神を壊し廃人エンドだった。

 因みに、ヒロインのメリーバッドエンドも監禁溺愛束縛エンドです。違いはそこに愛があるかないかよね。……いや、愛があってもよくない!ダメ、監禁!鬼畜、反対!……とにかくお義兄様はドSで歪んだ性癖の持ち主なの、関わっちゃだめなの!

 いつなん時お義兄様の気分を害してしまわないか……ビクビク様子を伺うのは当然でしょう!? 

「私、いつも言ってるわよね! 貴方が好きだって!」
「それは、家人としてですよね。メイドのハンナや料理長、庭師のトムにもよく仰られてるじゃないですか」

 ──のぁあああ!まったく伝わってなかったぁあ!むくれて口にしたら、思わぬ反撃!
 ハンナは同性だし、料理長はおじさんだし、トムに至ってはお爺さんよ!妙齢の異性で好きだと告げたのは貴方だけなのに!!
何故伝わらない!いや、伝わるわけがなかった!好きの大安売りしすぎて、原価割れしちゃってるぅ!?

 あー恨むべきかな、八方美人な我が態度。

「いい加減、私を隠れ蓑にされるのはお辞め下さい。旦那様の留守中、レイズ様のご帰宅を狙って行動に起こされた……それが何よりの証拠ではありませんか」
「へ? お義兄様帰宅なさってるの!?」

 嘘!お義兄様いらっしゃるの!?こんなに騒いで、見つかったらヤバイわ!うわああ!殆ど帰らないから、油断してた!

「そもそも、その鍵、レイズ様のお部屋の物ではありませんか。勝手に複製を作成されるなど……」
「は?」
「ですから、レイズ様の部屋鍵を勝手に複製されてはいけませんと言っているのですが」
「え? それ、お義兄様の部屋の鍵(の複製)なの?」
「はい。この飾り模様はレイズ様のお部屋の物ですが」
「え? 貴方の部屋の物じゃないの?」
「はい。違います。私の部屋鍵はこちらです」

 そう言って見せられたクラウスの部屋鍵。うん。違う。鍵の模様云々。形状がまったく違うわ。

 ……トムぅううううう!あんた、『よっしゃ、そういうことならワシに任せておけ。ワシがキューピットとやらになってやろう。はっはっは』って豪快に笑ってたわよね!?よりにも寄ってお義兄様の部屋鍵と間違えるなんてなんて事してくれたの!?

「ちがっ! 違うのクラウス! 私が夜這いしたかったのは、クラウスで、私の初恋はクラウスなの! 好きで好きで仕方なくて、伝えても伝わらないし、このままじゃ断罪されて家も離れなくちゃいけないから、それなら最期にクラウスに抱いて欲しいって……その襲ってしまえばなんとかなるかなってそれで」

 信じて!私、お義兄様と致したいなんて一度も思った事ない!緊張して震えながらも、夜這いしてまで抱かれたいと思ったのは貴方だけよ。

「好きなの。貴方が私の事、なんとも思ってないのは知ってる。子どもだと相手にされてないのも。でも、今日だけ。今夜だけでいいから、貴方の腕に抱かれたい」

 そう言ってしがみついて気づいた。 

 ……私、ナニを口走ってるの?

 夜這いが失敗した時点で、なんとか誤魔化して有耶無耶にすればよかったんじゃない?こんな事してここまで告げちゃったら……
明日からクラウスと普通に接する事できないじゃない。





******

ピー!全セリーナ集合!これより脳内会議を始める!
『議長のセリーナです。この緊急事態を打開する為に意見のある方はいますか?』
『はい』
『どうぞ。セリーナさん』
『殴りましょう』
『却下。別のセリーナさんご意見は?』
『では謎の踊りで混乱させるというのは』
『すでに貴女が混乱してるようね。やすんでていいわ。そちらのセリーナさんは?』
『そうですね。ここは、いっそ力技で有耶無耶に持っていくべきかと』
『むしろそうする以外手立てはないわね』
『強引に誤魔化せばなんとかなるものです』
『そうね』『そうよ』『私もセリーナさんの意見に賛成です』
『私も』『右に同じく』
『では、満場一致で勢いと流れに任せて力技行使という事で……』
パチパチパチパチ


******






「……なーんちゃってぇ。おほほほほほ。その、あれよクラウス。アレなのよ。うんうん。冗談なのよ。ぜーんぶ冗談」
「……」
「えい。えい。なんで無言なの? 怒った?」
「…………」


 ……流れる沈黙。
 クラウスの反応がない。
 どうやらただの能面執事のようだ。
 
「というわけで、おやすみ!」

 退散!退散!勇気ある撤退!寝て起きればきっとあれやこれやは夢だったって事で片付いてるし。うん!むしろ夢よ!これは夢!よぉおっし、寝るぞー。私は寝る!そして知らん!

 ーってやだ。扉がびくともしないわ。クラウス。その引っ掛けた片足と扉にかけた手を外して下さらない?

 え?

 何?何かしら?
 クラウスの様子がおかしい……。
 下を向き、ぷるぷると小刻みに震えているわ?あら?貴方何か悪い物でも拾い食いした?

「お嬢様」 
「はい!」
「お嬢様は、本気で私の事を?」
「……えっええ。まぁ、そうね。そう言っていたかもしれないわね。言葉のあやみたいなものよ。うん。気にしないでクラウス。むしろ忘れて」
「今夜、私に夜這いをかけようとされてた?」
「……あー。それはあれよ。うん。思い余ったが故の若気の至りという奴で……その反省してるわ。そのもうしません。ごめんなさい。だからなかった事にしていただけると……」

 嬉しいなぁ。欲を言えば記憶から消去希望。

「それは、できかねますね」

 デスヨネー。はい。明日お父様にこっぴどく叱られるの確定。申し訳ありません。天国のお母様。不出来な娘セリーナは、執事に夜這いをかけるというはしたない行いの末、お父様に勘当され屋敷を追い出されます。予定より早い追放に乾いた笑いしかでないわ。ほほほほほほ。

「……お嬢様は、そんなに私に抱かれたかったのですか?」

 くっ、やけにクラウスがねちっこい。だからなんだというの!?好きな男に抱かれたい、処女を散らすなら貴方がいいというのがそんなに悪い事!?

 そう思い顔をあげると、そこにはいつもの能面顔でなく、色気と切なさを孕んだクラウスの瞳が……

 えっと。クラウス?

「俺に抱かれたくて、こんな夜更けにわざわざ危険をおかしてまでこんな愚かな行動を?」

 吐息のかかる距離でそう呟かれ、ごくりと喉がなる。熱っぽく揺れる翡翠の瞳に、私の身体の奥がきゅんと疼く。

「馬鹿ですね。お嬢様。こんな危ない真似をして。こんな事が他の者の目に……レイズ様の目に触れでもしたら、貴女がどんな目に遭うかまるでわかっていらっしゃらない」

 そう呟き、体を引き寄せられた。
 密着する身体。腰に回された腕に力が篭もりぎゅっと抱きしめられる。


「あぁ、貴女はなんて馬鹿なんだ」




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