執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

文字の大きさ
上 下
4 / 18

高鳴る鼓動

しおりを挟む
 抱きしめられた腕の中。私の耳に、クラウスの唇が微かに触れていて……。その吐息に背中はゾクゾクと悲鳴をあげ、思わず身を捩る。ドクドクと波打つ鼓動は自身のモノか、衣越しから感じるクラウスのソレなのか……。

 クラウス……案外しっかりした身体付きなのね。胸板は思っていたより厚いし、抱きしめられた腕は力強くて男らしい……こんなに近くでクラウスを感じたのなんて初めてで、ドキドキするわ。

「本当に……馬鹿なひとだ……」

 顔にぼっと火が灯る。クラウスの囁きが甘い。私今、耳の先まで真っ赤だわ。そうに違いないわ。

 ああ、だめよ、だめだめ、平常心よ。
 夜這いをかけようとして失敗した上、逆ギレの告白、馬鹿と言われてるのに真っ赤になって照れるだなんて……これ以上の醜態痴態は見せられない!
 ヒッヒッフゥ。静まれ、荒ぶる乙女の魂よ!ヒッヒッフゥ。いでよ、平常

「ばっ……馬鹿だなんて酷いわ」

 そういって、クラウスの胸を押し返す。一刻も早くクラウスから離れて、HPを回復しなければ死ぬ。精神的に死ぬ。クラウスに殺されるわ。私を「馬鹿だ」と囁く、その声さえも甘く感じるだなんて……末期症状もいいところだわ!致命傷ね!

 それもこれもクラウスの所為よ。だってこんな風に、クラウスが私を抱きしめるなんて有り得ないもの!ヴィスコンティ家の能面執事よ!?私が今までどんなにアプローチかけても、無表情、無反応、無慈悲に塩対応してきたあの・・クラウスがぎゅってしてきてるのよ!?ぎゅって……ぎゅうって……

「……クラウスいつまでこうしてるの」

 懸命に押し返すのだけど、クラウスの拘束は一向に外れてくれない。私の脳みそも、オーバーヒートでショート寸前だわ。この状況、美味しくて勿体無いのだけれど、そろそろ解放してくれない?ねぇ?

「いつまで……とは?」
「え? だから、いつまで私をこう……その……だっ……抱きしめているつもり?」
 
 うっ、上擦っちゃったじゃない。しっかりしなさいよ平常神!
 
「お嬢様は、嫌なのですか?」
「いっいやではないけど、心臓に悪いわ」
「……」
「くっ……クラウス?」

 私、また変な事言っちゃった? クラウスの反応が怖い。

「……確かに、心臓に悪いですね。こんなに激しく早鐘が鳴っていたら、このまま死んでしまうかもしれない」

 うわー!やっぱりクラウスにもドキドキがバレてた!しっかり仕事なさいよ平常神!なんの為に呼び出したと思っているの!?恥ずかしい、恥ずかしい、活動限界だわ。強制終了ボタンはどこ!?

「お嬢様」
「なっなによ!?」
「わかりますか?」
「なにをよ!?」
「ドキドキしてるんです」

 知ってるわよ!あらためて言う事ないでしょ?

「俺の心臓ここ、さっきからドクドクと騒いで煩いでしょう?」  

 突っ撥ねた手にクラウスの手が重ねられて、その鼓動を意識させられる。

「全部。お嬢様の所為ですよ」
「ふぇ?」

 詰るようなその声に、思考が停止しかける。しっ知らないわ!こんなこんなクラウス知らない!アルカイックスマイルを貼り付けた能面執事は何処!?目の前にいる色気だだ漏れな美形はナニ!?

 ーカチャリと音がする。
  
 え? 鍵を掛けた? なんで? 

「ヴィスコンティ家の令嬢で、地位もあるのにそれを傘にきない気さくさ。その可憐さや美しさ、あどけなさと時折魅せる艶やかさで周りを誑かすくせに、自分に向けられる好意に愚鈍すぎるほど気づかない」

 私の手を取ると、そのままその甲へチュッと小さく口付けを落とすクラウス。

「素直で、眩しい程に真っ直ぐで、しっかりしているようで抜けていて、隙だらけで危なっかしい……」

 チュッチュッと甲、節、指先へとクラウスの薄い唇の感触が残されていく。……目の前でサラサラと零れる、アイスブルーの銀髪。息を飲み見つめる。

「お嬢様……ずっとずっと、見てきました。長く貴女を想っていた。そんな貴女に可愛く強請られて……俺が私のままで居られるとお思いですか?」

「え?」

なにかしら……クラウスの様子が変だわ。

「あぁ……邪魔だな……」

 そう呟くと、嵌めていた手袋を口で脱ぎ捨てる。その仕草が荒々しくて、普段の高貴さと気品を漂わせるクラウスとは別人のようで

「お嬢様……」
「あっ」
「俺は怒っているんですよ? 貴女のこの軽率な行動に……」

 白く長い指が、私の顎に触れ、翡翠の視線に絡め取られる。

「どれだけ……どんな想いで、貴女に触れないよう……貴女に気持ちがバレないよう……隠してきたか」

 その瞳の奥に、仄暗い熱を感じ息が詰まる。

「……本当に貴女は何もわかっていない」

 つつつと親指で私の下唇をなぞりながら、吐息のかかる距離でそう囁きかけてくる。

「好きですよ。お嬢様。ずっとずっとお慕いしていました」
「え?」

 熱を孕んだ瞳で、逃さないと縫い止め縛り付けられる。その言葉、視線に言葉が見つからない。今……なんて? クラウスが、すきって……いわなかった?

「お嬢様……貴女に触れる許可を」
「俺は貴女にキスしたい」




しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

処理中です...