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第120話 お屋敷での怪異③

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 時間は少し戻って、宝物庫の中。
 エトはシロを腕に抱えながら、部屋の奥へと踏み込んでいた。

「これって……あの遺跡にあった、像……だよね。」
「キュゥ。」

 シロと同時に、首を上に傾ける。
 見上げたそれに、過去の記憶が重なっていく。

 初めての遺跡探索で、なぜだか突然魔法で飛ばされた、あの明かりのない遺跡。
 その先へ続く扉の傍に立っていた、巨大な二体の石像。

 『魔導ゴーレム』――たしかロルフさんは、そんな風に呼んでいた。
 そういえば、遺跡からいくつか発掘されていたって、言ってたっけ。

「う……うごかない、よね。」

 恐る恐る近づいて、ぺたりと手を当てる。
 ひんやりと冷たい感触が心地よい。どう見ても、普通の石だ。

 こんなものが凄い速さで動いて、弾き飛ばされて気を失ったなんて、自分でも夢だったんじゃないかと思う。

 いや、リーシャちゃんが居なかったら、今でも夢だったと思ってたかも。
 いやいや、そもそもリーシャちゃんが居なかったら、帰ってこられなかったかも……。

「……ふふっ」
「キュイ?」
「あ、ううん。あの時はまだ、ロルフさんとリーシャちゃんしか、いなかったんだなぁって。」

 思わず言い訳をするように、見上げるシロに視線を下げる。

「そんなに昔でもないはずなのに……スゥちゃんもマイアちゃんも、もうずっと一緒にいる気がするんだよね。……あ、マイアちゃんは幼馴染だから、ある意味昔からいるんだけど……。なんていうか、みんないるのがもう当たり前で、いないほうが違和感、みたいな?」
「キュイキュイ。」

 それはシロに向けてというよりは、ほとんど独り言のようなものだったが、シロがあたかも「その通り」と言うように首を振るので、エトは再び笑みを漏らした。

 石像に弾き飛ばされた、あの瞬間。
 私には、絶対に勝てないと思った。

 でも、今なら。
 トワイライトの、四人なら――

「かかってこい! ……なーんて……。」

 エトはそういって、石像に向かって拳を突き出したが、それは途中で勢いを失い、ゆっくりと解けて落ちた。

 戦う?
 また、シロちゃんを剣に詰め込んで?

 首をかしげるシロの顔に、カレンの顔が重なる。

「……ねぇ、シロちゃん。」
「キュ?」
「シロちゃんは……私と……」

 その先に続く言葉が見つからず、エトは口をつぐんだ。

 ――がこん。

「?」

 ふいに、頭上からの音。
 ゆっくりと頭を上げると、石像と目があった。

 こちらは位置を動いていないわけで、先ほどと見た目が違うということは、つまり――

「あ、あのっ……さっきのは、勢いっていうか、冗談っていうか……」

 目をぐるぐるさせながら、片手をそろりと上げるエト。

 しかし石像はお構いなしというように、軋む音と共に、次は右足を持ち上げた。

「……」

 エトはシロを抱きかかえたまま、くるりと方向転換し、一回深呼吸をした。
 軋む音が加速していくのを背で聞きながら、エトは真っ青な顔をして、扉に向かって走り出した。


+++


 エトを先頭に、カレンを含めた五人は、全速力で角を曲がる。
 それに続いた石像は速度を殺しきれず、突き当りの部屋に体半分突っ込んだ。

 壁が部分的に崩れ、轟音が響く。
 しかし巨像は動きを止めず、すぐに体を抜くと、こちらに向かって再度走行を開始した。

 それを見たスゥが、半泣きになって叫ぶ。

「な、なな、なんなのだアイツは~~ッ?!」
「知るわけないでしょ……いや、ちょっと知ってるんだけど……でも知らないわよ!!」
「うええ、ど、どっちなのだ??」
「と、とにかく……早く、部屋に……っ!!」

 エトを先頭に、カレンを含めた五人は、直前までお茶をしていた部屋にたどり着いた。
 半ば体当たりするように扉を開き、中に転がり込む。

「み、みなさま、どうしてこの部屋に……? 逃げるなら、外に――!」

 肩で息をしながら――走ることには慣れていないのであろう――カレンが顔を上げると、四人は壁に立てかけてあった、それぞれの武器を手にしていた。

「外? そんなとこに連れてったら、えらいこっちゃなのだ!」
「はぁ……はぁ……ここで何とか、食い止めるわよ……!」

 目を丸くするカレンを背に、矢を装填しながら、マイアがエトの隣についた。

「エト、シロは大丈夫なのですか?」
「うん、いくよ、シロちゃ――」

 そう言いかけて、エトは一瞬躊躇した。

 このまま、また、シロを道具のように使っていいのか。
 それは、シロの幸せなのか。

 先ほどまで考えていた、答えの出ない問いが、頭を満たす。

「キュウ?!」
「!」

 ばちん、という音。
 それは、シロが刀身にぶつかった音だった。

 シロはそのあとも何度か刀身に体当たりしたが、いつものように刀身に吸い込まれることは無く、最終的にエトの顔の周りをくるくる回って、不機嫌そうに鳴いた。

「もしかして……私が拒絶してたら、剣には入れないの……?」
「ギュウ~~!!」

 聞いたこともない不満そうな鳴き声に、エトは思わず噴き出した。

「あはは、ごめん、ごめん。そうだよね……」

 そうだ。
 最初から、そうだった。
 それは、きっと、一番大切なこと。

 エトは剣を真っすぐに掲げると、横なぎに一度振るった。

「シロちゃんも……一緒に、戦いたいんだよね!!」
「キュ~~イ!!」

 シロが飛び込んだその大剣は、いつもよりさらに青く、弾けるように輝いた。
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