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第116話 黒の力の覚醒
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「ぐ……うおおおあああッ!!」
アドノスの右腕の爪が、魔物の体を引き裂く。
しかし腕の速度は止まらず、アドノスの体はそのまま右腕に引きずられる形で、地面へと衝突した。
「がはっ……。糞……がッ」
どうにか起き上がろうと左腕を立てるが、使ったあとの右腕は鉛のように重く、上手く起き上がることができない。
「キヒヒ! だいぶ様になって来たじゃねぇの。」
そうしてもがいていると、どこかの木の上からでも覗いていたのか、ギィが顔のすぐ近くに飛び降りてきた。
すかさず右腕で払いのけようとするが、代わりに焼けるような痛みが這いまわった。思わずうめき声を上げそうになるのを、寸でのところで噛み殺す。
「しっかし、まだマトモだな。やっぱし魔物の腕越しだと、ちと掛かるのかねェ。」
「…… 何の、話だ……?」
「ん? あぁ~、お前は気にしなくてもいいことさ。クハハッ!」
「――ッ!」
ギィのふざけた口調に、怒りが噴き出す。
今度は、腕が動いた。それは轟音とともに、ギィの立っていた地面を砕いた。
しかしギィはその攻撃をひらりと躱すと、別の木の枝に飛び乗っていた。
「ハハッ! 元気そうで安心したぜぇ。せいぜい死なないようにな。」
「待……て……!」
その言葉を無視して、ギィはさっさと木を飛び移り、どこかへ行ってしまった。
辛うじて体を引き起こしたが、それを追うことなどできるはずもない。アドノスは歯噛みして、自らの右腕を睨んだ。
この腕は、最初の時に比べれば、かなり思い通りに動くようになった。
人間の腕とは比べ物にならないほどの力があり、表皮は硬く、爪は鋭い。今のように、武器を持たずとも魔物を倒すこともできる。
しかし、これを振るうたびに、焼けただれるような痛みが流れ込んでくるのだ。
そして同時に、何か――どす黒いものに飲み込まれそうな、気持ちの悪い感覚があった。
この馬鹿げた腕を、このまま使っていいのか?
しかし、右腕を失ったら、今まで通りAランクとして戦えるのか?
右腕を失うのと、この獣の腕がついているのでは、どちらが惨めに見えるのか?
何度も何度も繰り返した答えの出ない問いが、頭を埋め尽くす。
「……」
足元に落ちた折れた大剣を、左手で拾い上げる。
そしてそれを、獣の腕の根元にあてがった。
「あのクソ野郎どもの……思い通りには……ッ!」
両腕に力を込めた、その時だった。
「アドノス……!?」
「な、なんなんです、それ……!」
「!」
聞き覚えのある声。
後ろを振り返ると、こちらへ駆けてくるメディナとローザの姿があった。
「お前ら……どうして、ここに……」
「どうしてって、どこにいるかロキに問い詰めたら……って、そんなことより、その腕……!」
「これ……繋がって、いるんですか……? どうして、こんな……」
二人とも、獣の腕を凝視して、顔面蒼白になっている。
無理もない。人の体から魔物の腕が生えているのだ。さぞ奇妙に映ることだろう。
しかし二人は意外にもすぐに気を取り戻し、更に近くに寄ってきた。
「や、やっぱりここは異常です……! 逃げましょう、アドノス……!」
「そうだよ! それで治療院とかで治してもらってさ!」
「は……?」
胸の奥で、怒りの炎が燃え広がるのを感じた。
逃げる? 何から?
治してもらう? 何を?
ふざけているのか。
思考が低レベル過ぎる。
そんなことで解決する話なら、自分でとっくに何とかしている。
どうにもならないから、今も痛みに耐えているのだ。
どうにもできないから、今は動き出す機会を探っているのだ。
そんなこともわからないのなら、黙っていろ!!
「はぁ……はぁ……っ」
しかし、アドノスはその怒りを、辛うじて内にとどめていた。
頭が悪いなりに、この二人が自分を気遣っていることは、分かっていたからだ。
しかし残念ながら、その忍耐も長くはもたなかった。
「でも……こんなの、治療院で見てもらえるのかしら……?」
「ええと……そうだ! ロルフの奴が、難しい治療にはアテがあるから、相談しろって言ってた気が……」
――ロルフ。
ふいに、色々なものをとどめていた『何か』が切れた。
あいつだ。あいつのせいで、全てが上手くいかなくなった。
おかしくなったのは、あいつがいなくなってからだ。
じゃあ、あいつが必要だった? 馬鹿な。違う。
あいつには才能がなかった。戦うことすらできなかった。俺は戦える。俺は才能がある。今は? 右腕を失った今でも? いや、失ってはいない。右腕の代わりにあるこれは、何だ?
間違えた。何を? 逃げろ。何処へ? 助けて。どうして俺が。胸が焼ける。頭が割れる。
憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い――
「……え。」
メディナとローザは、目を見開いて後ずさりした。
アドノスの体中から、まるで炎のように、黒い霧が噴き出したからだ。
そのままその黒い体はゆっくりと立ち上がり、右腕を前方へと突き出した。
するとそれは奇妙な軋み音を立てながら圧縮されていき、爪はより鋭利に、鱗はより広く堅牢に、一回り小さく洗練された形に『形成』されていく。
一方で右腕の付け根からは、心臓を覆うように獣の部分が侵食していた。
その一片は首から上までにも達し、右目の白い部分は黒く、瞳は深紅に変色していく。
「アド……ノス……?」
二人が震えて見守る中、それが終わるのに、時間はかからなかった。
薄まった霧の中に立つそれは、まるでおとぎ話の――『悪魔』のようだった。
アドノスの右腕の爪が、魔物の体を引き裂く。
しかし腕の速度は止まらず、アドノスの体はそのまま右腕に引きずられる形で、地面へと衝突した。
「がはっ……。糞……がッ」
どうにか起き上がろうと左腕を立てるが、使ったあとの右腕は鉛のように重く、上手く起き上がることができない。
「キヒヒ! だいぶ様になって来たじゃねぇの。」
そうしてもがいていると、どこかの木の上からでも覗いていたのか、ギィが顔のすぐ近くに飛び降りてきた。
すかさず右腕で払いのけようとするが、代わりに焼けるような痛みが這いまわった。思わずうめき声を上げそうになるのを、寸でのところで噛み殺す。
「しっかし、まだマトモだな。やっぱし魔物の腕越しだと、ちと掛かるのかねェ。」
「…… 何の、話だ……?」
「ん? あぁ~、お前は気にしなくてもいいことさ。クハハッ!」
「――ッ!」
ギィのふざけた口調に、怒りが噴き出す。
今度は、腕が動いた。それは轟音とともに、ギィの立っていた地面を砕いた。
しかしギィはその攻撃をひらりと躱すと、別の木の枝に飛び乗っていた。
「ハハッ! 元気そうで安心したぜぇ。せいぜい死なないようにな。」
「待……て……!」
その言葉を無視して、ギィはさっさと木を飛び移り、どこかへ行ってしまった。
辛うじて体を引き起こしたが、それを追うことなどできるはずもない。アドノスは歯噛みして、自らの右腕を睨んだ。
この腕は、最初の時に比べれば、かなり思い通りに動くようになった。
人間の腕とは比べ物にならないほどの力があり、表皮は硬く、爪は鋭い。今のように、武器を持たずとも魔物を倒すこともできる。
しかし、これを振るうたびに、焼けただれるような痛みが流れ込んでくるのだ。
そして同時に、何か――どす黒いものに飲み込まれそうな、気持ちの悪い感覚があった。
この馬鹿げた腕を、このまま使っていいのか?
しかし、右腕を失ったら、今まで通りAランクとして戦えるのか?
右腕を失うのと、この獣の腕がついているのでは、どちらが惨めに見えるのか?
何度も何度も繰り返した答えの出ない問いが、頭を埋め尽くす。
「……」
足元に落ちた折れた大剣を、左手で拾い上げる。
そしてそれを、獣の腕の根元にあてがった。
「あのクソ野郎どもの……思い通りには……ッ!」
両腕に力を込めた、その時だった。
「アドノス……!?」
「な、なんなんです、それ……!」
「!」
聞き覚えのある声。
後ろを振り返ると、こちらへ駆けてくるメディナとローザの姿があった。
「お前ら……どうして、ここに……」
「どうしてって、どこにいるかロキに問い詰めたら……って、そんなことより、その腕……!」
「これ……繋がって、いるんですか……? どうして、こんな……」
二人とも、獣の腕を凝視して、顔面蒼白になっている。
無理もない。人の体から魔物の腕が生えているのだ。さぞ奇妙に映ることだろう。
しかし二人は意外にもすぐに気を取り戻し、更に近くに寄ってきた。
「や、やっぱりここは異常です……! 逃げましょう、アドノス……!」
「そうだよ! それで治療院とかで治してもらってさ!」
「は……?」
胸の奥で、怒りの炎が燃え広がるのを感じた。
逃げる? 何から?
治してもらう? 何を?
ふざけているのか。
思考が低レベル過ぎる。
そんなことで解決する話なら、自分でとっくに何とかしている。
どうにもならないから、今も痛みに耐えているのだ。
どうにもできないから、今は動き出す機会を探っているのだ。
そんなこともわからないのなら、黙っていろ!!
「はぁ……はぁ……っ」
しかし、アドノスはその怒りを、辛うじて内にとどめていた。
頭が悪いなりに、この二人が自分を気遣っていることは、分かっていたからだ。
しかし残念ながら、その忍耐も長くはもたなかった。
「でも……こんなの、治療院で見てもらえるのかしら……?」
「ええと……そうだ! ロルフの奴が、難しい治療にはアテがあるから、相談しろって言ってた気が……」
――ロルフ。
ふいに、色々なものをとどめていた『何か』が切れた。
あいつだ。あいつのせいで、全てが上手くいかなくなった。
おかしくなったのは、あいつがいなくなってからだ。
じゃあ、あいつが必要だった? 馬鹿な。違う。
あいつには才能がなかった。戦うことすらできなかった。俺は戦える。俺は才能がある。今は? 右腕を失った今でも? いや、失ってはいない。右腕の代わりにあるこれは、何だ?
間違えた。何を? 逃げろ。何処へ? 助けて。どうして俺が。胸が焼ける。頭が割れる。
憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い――
「……え。」
メディナとローザは、目を見開いて後ずさりした。
アドノスの体中から、まるで炎のように、黒い霧が噴き出したからだ。
そのままその黒い体はゆっくりと立ち上がり、右腕を前方へと突き出した。
するとそれは奇妙な軋み音を立てながら圧縮されていき、爪はより鋭利に、鱗はより広く堅牢に、一回り小さく洗練された形に『形成』されていく。
一方で右腕の付け根からは、心臓を覆うように獣の部分が侵食していた。
その一片は首から上までにも達し、右目の白い部分は黒く、瞳は深紅に変色していく。
「アド……ノス……?」
二人が震えて見守る中、それが終わるのに、時間はかからなかった。
薄まった霧の中に立つそれは、まるでおとぎ話の――『悪魔』のようだった。
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