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第40話 正しいこと①

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「こ……これはなかなか……それっぽい場所なのだ……」
「そ、そう……だね……」

 町の外れに建っていた、一軒の小さな廃屋。
 エト、リーシャ、スゥの三人は、その前に立っていた。

 どうしてこんなところに居るのかというと、『シロに案内された』、ということになるのだろう。
 泥棒をどうやって探すか――というような話をしていたら、シロが急にどこかへ移動し始め、それを三人で追いかけてきたからだ。


「この子、本当に分かって連れてきてるんでしょうね……?」
「キュキュ~イ。」

 リーシャはシロに懐疑的な視線を向けている。
 シロは特に気にする様子もなく、空中で一回転した後こちらに飛びつき、マントの下に隠れてしまった。

 リーシャと目が合い、苦笑いで返す。

「うーん、どうかなぁ……。適当に飛んでる感じじゃ無かったし、何かはあると思うんだけど……」
「いやいや、何かじゃ困るのよ、何かじゃ。」
「あはは……だよねぇ。」

 うーん、と唸るエトとリーシャの顔を二往復ほど交互に見て、スゥは首を傾げた。

「二人とも、何を悩んでるのだ? そんなの、とっとと答え合わせしちゃえばいいのだ。」
「え……っ?」

 リーシャと共にぽかんとしていると、スゥはつかつかと廃屋の方に歩み寄り、そのまま流れるようにドアに手をかけた。

「なっ……ちょっ、ま」
「そこにいるのは分かってるのだ! 全員、神妙にお縄に着くのだーっ!!」

 リーシャの制止は間に合わず、スゥは勢いよく、ボロボロのドアを開け放った。


+++


 リーシャは、驚きと、納得と、ちょうどその中間のような気持ちだった。
 スゥが取っ払ったドアの向こうには、数人の子供が、身を寄せ合うようにして床に座っていた。

 ぼさぼさの髪に、汚れた衣類。
 顔つきや年齢層の偏りから、兄弟とも思えない。
 その子たちが『孤児』だというのは、すぐに分かった。


 ギルド制が整備され、魔物による被害は、年々減少していると言われている。
 しかし、件数でみれば、その数は決して少なくはない。

 その被害で、親を失う子供も――未だ、少なくはないのだ。

 リーシャはそのことを、誰よりもよく知っていた。


「だ、誰だッ!!」

 その中の一人、一番年長であると思わしき男の子が、他の四人ほどの子供を庇うように立ち上がった。

「り、リオ兄……」
「お兄ちゃん……」

 リオと呼ばれたその子以外は、まだ十にも満たない小さな子ばかりに見える。
 スゥの行動に驚いて、震えてしまっているようだ。

「えっ……こ、子供なのだ……?」

 当の本人も予想外だったようで、目に見えて戸惑っていた。
 エトも驚いて、口を両手で覆っている。

「あ……っ、その箱……!!」
「!」

 そう言ってスゥが指さした先には、見覚えのある箱が置いてあった。
 村で貰った、食べ物が入っていた箱だ。

 この子供たちが馬車から荷物を盗んだというのは、間違いないだろう。

「これではっきりしたのだ、馬車から盗ったものを返すのだ!」
「う……ぐ。」

 リオは明らかに動揺し、目を泳がせた。
 しかし、背後の不安そうな子供たちが視界に入ると、思い直したようにこちらを睨みつけ、一歩踏み出してきた。

「しょ、証拠はあるのかよ。」
「ふふん、見苦しいのだ! 証拠なら、えーっと……」

 スゥは顎に人差し指を当て、数秒考える仕草をとった。

 ……そしてその後、こちらに歩いてきた。

「……エト、証拠ってなんかあったっけなのだ……?」
「え? えーと……特には無い、かも……」
「ええー! 困るのだ、論破されてしまうのだー!」
「あんたねぇ……ノープランすぎでしょ、まったく……」

 大きくため息をついて、スゥの代わりに歩み出る。
 先ほどの男の子、リオが、こちらを強く睨みつけていた。

 リーシャは先ほどの箱を指さして、静かな口調で言った。

「その箱の中身だけど、山菜のはずよ。海辺のこのあたりでは採れないはずの、ね。それをどうやって手に入れたか、説明してもらえる?」
「……っ。」

 スゥとエトの、感心するような声が、後ろから聞こえる。
 ただ、正直、気分は憂鬱だ。

 子供を問い詰めるなんて楽しいことでもないし、第一この様子を見れば、積み荷を盗んだ理由は大方想像できてしまう。
 だからと言って許していいことじゃないけど、全否定したくない気持ちもある。

 これが普通に大人の盗賊なら、もうちょっとやりやすかったんだけどな。
 リーシャはもう一度、大きなため息をついた。


「それは……」

 彼は口を開いては閉じてを繰り返しているが、言葉は何も出てこない。
 代わりに、しきりに背後の子供たちを気にしているようだった。

 ……まだ反論の余地はあるはずなのに、それをしてこない。

 きっと、盗みを働いたのは、このリオという男の子一人なのだ。
 そして、他の子供たちには、貰ったとか、拾ったとか言って、『盗んだ』ことを秘密にしていたのだろう。

 盗みは悪いことだと分かった上で、罪悪感を背負うのは自分だけでいいと、そう考えているんだ。

 ああもう、頭が痛くなってきた。
 こういう時、どうするのが正解なのかな……。


「お兄ちゃんをいじめるなぁ!」
「あ……っ。」

 そんな時、後ろにいた子供が、震えながら、リーシャの前に飛び出してきた。

「そうだ! リオ兄が悪いことするはずない!」
「嘘つき! リオ兄は優しいんだぞ!!」
「えっ、ちょっ……いたたっ! こ、こらぁ!」

 それを皮切りに、残りの子供たちも一斉にとびかかり、足にしがみついたり、髪を引っ張ったり、精一杯の抵抗を始めた。
 大した力ではないので、振りほどこうと思えば簡単なのだが、下手にすると怪我をさせてしまうので、動くに動けない。

「やめろ!!」

 そのリオの声に、一時騒然となったその場は、しんと静まり返った。

 数秒を置いた後、彼は絞り出すような声で続けた。

「……悪かった。俺が盗んだんだ。こいつらは関係ない。突き出すんなら……俺だけにしてくれよ。」

 その声は震えていたが、決して、弱々しくはなかった。
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