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第九章
透明な剣の力 (2)
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まだ午後の三時だというのに、外はすっかり日が落ちたような暗がりになっていた。
リーフは腕時計を何度も確認しては空を見上げて、困惑した表情を見せていた。
陽の光が差し込まない原因は、エルトナム学院の上空に漂う分厚い雲だった。
ロストフォレストや大穴のある場所の上空は晴れており、何故かエルトナム学院にだけ雲が掛かっていた。
突然風が吹けば、何かに捕まっていないと立てないほどの強風で、アレフは連絡路の屋根を支える柱に飛びついた。
校庭からは叫び声が聞こえてきており、強風のせいか、校庭で剣術の練習をしていた生徒たちは何かに怯え、急いでエルトナムの入り口前にある階段を昇っていた。
不思議な天気に見舞われ、アレフは過去にこんな出来事があったことを思い出していた。
それは、学院対抗戦の時。つまり、黒龍が現れたときと似ていた。
「リーフ先生!」
アレフは支柱に掴まりながら、リーフの名前を叫んだ。
リーフもアレフの言いたいことを察したのか、「あの時と同じだ!」と叫んだ。
リーフの発言と共に、校庭側から獣の咆哮が聞こえ、それが、黒龍ではないかと容易に想像が出来た。
「アレフ! 君はそのまま赤の寮へ突っ走って、寮の窓を閉めるんだ! 学内にいる生徒は集め次第、寮に帰させます! グレイアロウズ先生! それでいいですね? ケテル先生と協力して生徒たちの保護をお願いします! 黒龍は私が何とかします!」
そう叫ぶや否や、リーフは血相を変えながら校庭へ飛び出した。
アレフはその背中を見届けて、不穏な空気を漂わせる二人を置いて、アレフは赤の寮へ走っていった。
勢い良く放たれた寮の扉は、大きな重音を響かせながらアレフを通した。
大きな音にエトナたちは驚き、扉の方へ振り向いた。
そこには、息を荒くして膝に手を突いているアレフの姿があった。
アレフは呼吸を整えながら、何とか身振り手振りで事の重大さを伝えようとするが、エトナたちは怪訝そうな顔でアレフを見ていた。
「さっきから、何の踊り?」
「違う……。踊りじゃなくて……」
少し呼吸が整うと、アレフは上体を上げ、苦しそうな顔でエトナたちを見た。
「黒龍が、また来たんだ。窓を閉めて……」
エトナ、リィン、マーガレットはアレフの言葉をすぐに理解した。
黒龍がテスタロッサ闘技場に飛来した時、あの場にいた三人は、黒龍がどういうものなのか身に染みて分かっていた。
闘技場の中心にいたアレフたちは簡単に吹き飛ばされ、あの場にいたローレンスたちが慌てて剣を取り応戦していた。
にも関わらず、黒い鱗に傷一つ付けられず、自分たちが生きていることが奇跡とまで言わしめた存在。
エトナたちはテスタロッサでの出来事を思い出しては、すぐに頭を切り替えて、アレフに言われたように寮の窓を片っ端から閉めに行った。
開いていた窓からは、身を切り裂くほどの強風が廊下や部屋中を駆け巡っており、窓を閉めるだけで何度か飛ばされてしまうほど強烈な風だった。
アレフたちは寮の窓閉めを終わらせ、また談話室へと集合していた。
てんやわんやで窓閉めをしたためか、四人がソファーに腰を下ろした時にはため息が出ていた。
赤の寮にいるのはアレフを含め四人だけであり、窓を閉めている間に、誰も赤の寮に帰ってこないことから、四人の中で不安が募り始めた。
「みんな大丈夫かな? 誰も赤の寮に帰ってこないけど」
口を開いたのはエトナだった。
「大丈夫だよ。黒龍のせいで寮に戻れないから、講堂とかで待機しているのかもしれないし」
「でも、やっぱり……」
と言うと、エトナは口を結んだ。
不安を抱くエトナの心情を体現するように、寮の窓は風にあおられ、不気味にカタカタと音をたてた。
「やっぱり、何なんだヨ?」
話を途切れさせたエトナに、リィンは追求した。
思いつめたようにエトナは口を開いた。
「黒龍は私を追ってきたんだと思う」
「は?」
アレフは耳を疑った。
エトナは黒龍は自分を追ってきた、と言ったのだ。
その言葉にリィンたちも驚いた様子で、エトナの顔を見ていた。
周りの顔色を見ずに、俯きながらエトナは言葉を続けた。
「だってあの時、黒龍は私の方を見てた」
エトナの言葉に、三人が顔を見合わせた。
「見ただけ?」
「うん」
エトナの正直な言葉に三人は笑った。
「それだけで、エトナを追ってきたなんてことにはならないでしょ」
マーガレットは前屈みでエトナの話を聞いていたのか、笑いながら背もたれに寄りかかった。
リィンはケタケタと笑い、それにつられてアレフも鼻をすすり笑った。
「な、なんで笑うのよ」
「さすがにそれは、思い違いだと思うけど」
「思い違いじゃないって。私を追って来てるって」
「あー、うん。俺たちが暗い顔してたから、元気づけるためにそう言ってくれたんだろ?ありがとうね」
アレフは頬を緩めながら、感謝の言葉を述べた。
三人は笑っているが、エトナだけは不機嫌にしていた。
「だって、ケテル先生に言われたんだもん」
「ケテル先生に? なんて?」
エトナは怪談話をするように、暗い表情で話し始めた。
「あなたはあの黒龍に目をつけられました。次は仲間を連れて来るでしょう。でも大丈夫。あなたの特別な力は、彼らを倒すためにあります、って」
エトナはケテルの言葉を真に受けているのだろう。
エトナの目の色は真剣そのものだった。
ところが、アレフたちはその言葉でさえ、エトナの冗談に思えた。
「ケテル先生がそんなこと言うのか」
「あの人もそこそこ変わってるからナ」
リィンはソファーにもたれ掛りながら、天井の照明を見つめた。
そんな姿を見たエトナは「まだ、続きがあるの」と言葉を続けた。
「マルクトはそのためにあなたに力を授けたのです。災いからあなたを守るために。もし、その時が来たらロストフォレストに向かいなさい。そうすれば、追ってきた黒龍たちを退治できるでしょう。って」
アレフはエトナが聞いたケテルの内容に疑問を持った。
「まるで、予言みたいな内容だな」
「はは、まさかナ」
リィンは未だ笑っていたが、談話室の窓から外の様子を窺っていたマーガレットが「ちょっと、見て」と呟いた。
「黒龍が二体いる」
マーガレットの言葉に、三人はソファーから立ち上がり、急いで窓の外を見た。
校庭の近くで二匹の黒龍が旋回して、ぐるぐると辺りを巡回していた。
黒龍は攻撃をする素振りを見せず、空を飛びながらエルトナムの方を凝視していた。
その様子を見て、エトナは塞ぎ込むように座った。
「本当に追いかけて来たんだ。ケテル先生の言った通りだ」
塞ぎ込むエトナを傍目に、リィンは「念のため、剣を持ってくる」と言って部屋に戻っていき、マーガレットは塞ぎ込むエトナに寄り添っていた。
アレフは窓の外の異様な景色をただただ見ていた。
黒龍が現れて、かれこれ三時間が経った。
相も変わらず赤の寮の玄関を叩く人は現れず、黒龍もまた回遊を続けていた。
思い悩みすぎたせいか、エトナは部屋に戻って寝ると言い出し、残されたアレフたちは談話室でトランプ遊びを始め、退屈をしのいでいた。
「はい、アガリ。俺の勝ちネ」
リィンは手に持っていた柄の合ったカードを机に叩きつけた。
アレフとマーガレットは、リィンの五連勝に納得出来ず困り顔をした。
「……イカサマだな」
「学力テストワーストなのにね」
「学力は関係ないだロ」
リィンは自慢げな顔をして笑った。
しかし、その笑顔は明らかにアレフたちの弱さを嘲笑するような笑顔であり、その意図を読み取ったアレフは「やめだ、やめだ」とさじを投げた。
「いいですなー。青春ですなー」
突然、どこからともなく聞こえる言葉に、アレフたちは辺りを見渡す。
すると、赤の寮の玄関から、幽霊のキンブレーが扉を通り抜けて談話室へ入ってきた。
キンブレーを見つけたアレフたちは、久しぶり再会できた感動で思わず「キンブレー!」と大声を上げてしまう。
「もしかして、みんな私のことが恋しかったのかな。うんうん。どんと飛びついて大丈夫。抱き着けられる肉体はないが! オホホホー」
ゆらりゆらりとアレフたちに近寄るキンブレーはどこか疲れた様子だった。
しかし、アレフたちの傍まで寄ると、姿勢を正し、改まった様子でアレフたちを見た。
「えー、ごほん。リーフ先生からの言伝があって、現在、ローレンス騎士団総長の不在により、エルトナムの臨時騎士団総長として、リーフ先生の指揮の元、生徒たちはそれぞれの寮、あるいは講堂にて防衛態勢をとっているとのこと。赤の寮に関しては、ケテル先生が外を守っており、黒の寮はグレイアロウズ先生が守っている。講堂はリグルスニー先生とベレー先生、それにスリグリン先生が守りを固めているとのこと。肝心のリーフ先生は、黒龍と対峙し、皇帝のアーティファクトを使って、時間稼ぎをしているため、決して校庭には近寄らないように」
「んと、とりあえずは、黒龍は攻撃してこないってことでいいのね?」
「うむ。現在、ハイアームズ先生が他の騎士団の救援要請に行っている所だ。しばらくすれば名腕の騎士たちが、あの黒龍を打ち取ってくれる」
説明をし終えたキンブレーは役目を終えたのか、だらんと空中で寝そべり始める。
「もうー、あっち行ったり、こっち行ったりして生徒を探して疲れたー」
「お疲れ様、キンブレー」
アレフたちは空中に漂うキンブレーに微笑んだ。
そんな姿を見て、思いつくようにアレフはキンブレーに質問した。
「俺らは講堂に行かなくていいの?」
アレフの質問に、キンブレーは空中で横になりながら答えた。
「行かなくて大丈夫。というか行かない方がいい、というのが正しいかな」
「なぜ?」
「なんでも、皇帝のアーティファクトにも限界があるらしい。人間が目に映るだけで、アーティファクトの効果を解除される可能性があるんだって。だから、私も地面を通り抜けてここに来たんだよね。はぁ、土の中って暗くて本当に嫌だったわ」
キンブレーは苦い顔をして、手をぶらぶらさせた。
そんな姿をアレフたちは笑っていると、窓の外から地鳴りに近い咆哮が響いて来る。
アレフたちは急いで窓の外を見ると、空を回遊していた黒龍たちが、ロストフォレストの方に向かって飛んでいく姿を捉えた。
「お、黒龍たちが逃げてくゾ」
「はぁ、これで一安心か。俺もうお腹減ったよ。さっさと、講堂に行こうぜ」
「私はエトナを起こしてくるね」
マーガレットは女性寮の階段を急かす様に登っていき、アレフとリィンは背伸びをして、体の関節を鳴らした。
「まぁまぁ、私が先に講堂の方に行って確認を取ってくるから、それまでは、ここで待機よ。いいわね?」
「素早くお願いします」
アレフの言葉に、「もう、人使い……、幽霊使いが荒いんだから」と言って、赤の寮の玄関を通り抜けていく。
エトナとマーガレットが降りてくるまで、アレフたちはくだらない談笑に浸っていると、マーガレットが冷や汗を掻き、ドタドタと音をたてながら、階段を降りてくる。
「大変よ!」
額に汗をかいたマーガレットを見て、アレフたちは何事かと身構える。
「どうかしたの?」
「エトナが、いないの!」
マーガレットが降りて来た階段から、少し冷たい風が、アレフたちの顔を触った。
リーフは腕時計を何度も確認しては空を見上げて、困惑した表情を見せていた。
陽の光が差し込まない原因は、エルトナム学院の上空に漂う分厚い雲だった。
ロストフォレストや大穴のある場所の上空は晴れており、何故かエルトナム学院にだけ雲が掛かっていた。
突然風が吹けば、何かに捕まっていないと立てないほどの強風で、アレフは連絡路の屋根を支える柱に飛びついた。
校庭からは叫び声が聞こえてきており、強風のせいか、校庭で剣術の練習をしていた生徒たちは何かに怯え、急いでエルトナムの入り口前にある階段を昇っていた。
不思議な天気に見舞われ、アレフは過去にこんな出来事があったことを思い出していた。
それは、学院対抗戦の時。つまり、黒龍が現れたときと似ていた。
「リーフ先生!」
アレフは支柱に掴まりながら、リーフの名前を叫んだ。
リーフもアレフの言いたいことを察したのか、「あの時と同じだ!」と叫んだ。
リーフの発言と共に、校庭側から獣の咆哮が聞こえ、それが、黒龍ではないかと容易に想像が出来た。
「アレフ! 君はそのまま赤の寮へ突っ走って、寮の窓を閉めるんだ! 学内にいる生徒は集め次第、寮に帰させます! グレイアロウズ先生! それでいいですね? ケテル先生と協力して生徒たちの保護をお願いします! 黒龍は私が何とかします!」
そう叫ぶや否や、リーフは血相を変えながら校庭へ飛び出した。
アレフはその背中を見届けて、不穏な空気を漂わせる二人を置いて、アレフは赤の寮へ走っていった。
勢い良く放たれた寮の扉は、大きな重音を響かせながらアレフを通した。
大きな音にエトナたちは驚き、扉の方へ振り向いた。
そこには、息を荒くして膝に手を突いているアレフの姿があった。
アレフは呼吸を整えながら、何とか身振り手振りで事の重大さを伝えようとするが、エトナたちは怪訝そうな顔でアレフを見ていた。
「さっきから、何の踊り?」
「違う……。踊りじゃなくて……」
少し呼吸が整うと、アレフは上体を上げ、苦しそうな顔でエトナたちを見た。
「黒龍が、また来たんだ。窓を閉めて……」
エトナ、リィン、マーガレットはアレフの言葉をすぐに理解した。
黒龍がテスタロッサ闘技場に飛来した時、あの場にいた三人は、黒龍がどういうものなのか身に染みて分かっていた。
闘技場の中心にいたアレフたちは簡単に吹き飛ばされ、あの場にいたローレンスたちが慌てて剣を取り応戦していた。
にも関わらず、黒い鱗に傷一つ付けられず、自分たちが生きていることが奇跡とまで言わしめた存在。
エトナたちはテスタロッサでの出来事を思い出しては、すぐに頭を切り替えて、アレフに言われたように寮の窓を片っ端から閉めに行った。
開いていた窓からは、身を切り裂くほどの強風が廊下や部屋中を駆け巡っており、窓を閉めるだけで何度か飛ばされてしまうほど強烈な風だった。
アレフたちは寮の窓閉めを終わらせ、また談話室へと集合していた。
てんやわんやで窓閉めをしたためか、四人がソファーに腰を下ろした時にはため息が出ていた。
赤の寮にいるのはアレフを含め四人だけであり、窓を閉めている間に、誰も赤の寮に帰ってこないことから、四人の中で不安が募り始めた。
「みんな大丈夫かな? 誰も赤の寮に帰ってこないけど」
口を開いたのはエトナだった。
「大丈夫だよ。黒龍のせいで寮に戻れないから、講堂とかで待機しているのかもしれないし」
「でも、やっぱり……」
と言うと、エトナは口を結んだ。
不安を抱くエトナの心情を体現するように、寮の窓は風にあおられ、不気味にカタカタと音をたてた。
「やっぱり、何なんだヨ?」
話を途切れさせたエトナに、リィンは追求した。
思いつめたようにエトナは口を開いた。
「黒龍は私を追ってきたんだと思う」
「は?」
アレフは耳を疑った。
エトナは黒龍は自分を追ってきた、と言ったのだ。
その言葉にリィンたちも驚いた様子で、エトナの顔を見ていた。
周りの顔色を見ずに、俯きながらエトナは言葉を続けた。
「だってあの時、黒龍は私の方を見てた」
エトナの言葉に、三人が顔を見合わせた。
「見ただけ?」
「うん」
エトナの正直な言葉に三人は笑った。
「それだけで、エトナを追ってきたなんてことにはならないでしょ」
マーガレットは前屈みでエトナの話を聞いていたのか、笑いながら背もたれに寄りかかった。
リィンはケタケタと笑い、それにつられてアレフも鼻をすすり笑った。
「な、なんで笑うのよ」
「さすがにそれは、思い違いだと思うけど」
「思い違いじゃないって。私を追って来てるって」
「あー、うん。俺たちが暗い顔してたから、元気づけるためにそう言ってくれたんだろ?ありがとうね」
アレフは頬を緩めながら、感謝の言葉を述べた。
三人は笑っているが、エトナだけは不機嫌にしていた。
「だって、ケテル先生に言われたんだもん」
「ケテル先生に? なんて?」
エトナは怪談話をするように、暗い表情で話し始めた。
「あなたはあの黒龍に目をつけられました。次は仲間を連れて来るでしょう。でも大丈夫。あなたの特別な力は、彼らを倒すためにあります、って」
エトナはケテルの言葉を真に受けているのだろう。
エトナの目の色は真剣そのものだった。
ところが、アレフたちはその言葉でさえ、エトナの冗談に思えた。
「ケテル先生がそんなこと言うのか」
「あの人もそこそこ変わってるからナ」
リィンはソファーにもたれ掛りながら、天井の照明を見つめた。
そんな姿を見たエトナは「まだ、続きがあるの」と言葉を続けた。
「マルクトはそのためにあなたに力を授けたのです。災いからあなたを守るために。もし、その時が来たらロストフォレストに向かいなさい。そうすれば、追ってきた黒龍たちを退治できるでしょう。って」
アレフはエトナが聞いたケテルの内容に疑問を持った。
「まるで、予言みたいな内容だな」
「はは、まさかナ」
リィンは未だ笑っていたが、談話室の窓から外の様子を窺っていたマーガレットが「ちょっと、見て」と呟いた。
「黒龍が二体いる」
マーガレットの言葉に、三人はソファーから立ち上がり、急いで窓の外を見た。
校庭の近くで二匹の黒龍が旋回して、ぐるぐると辺りを巡回していた。
黒龍は攻撃をする素振りを見せず、空を飛びながらエルトナムの方を凝視していた。
その様子を見て、エトナは塞ぎ込むように座った。
「本当に追いかけて来たんだ。ケテル先生の言った通りだ」
塞ぎ込むエトナを傍目に、リィンは「念のため、剣を持ってくる」と言って部屋に戻っていき、マーガレットは塞ぎ込むエトナに寄り添っていた。
アレフは窓の外の異様な景色をただただ見ていた。
黒龍が現れて、かれこれ三時間が経った。
相も変わらず赤の寮の玄関を叩く人は現れず、黒龍もまた回遊を続けていた。
思い悩みすぎたせいか、エトナは部屋に戻って寝ると言い出し、残されたアレフたちは談話室でトランプ遊びを始め、退屈をしのいでいた。
「はい、アガリ。俺の勝ちネ」
リィンは手に持っていた柄の合ったカードを机に叩きつけた。
アレフとマーガレットは、リィンの五連勝に納得出来ず困り顔をした。
「……イカサマだな」
「学力テストワーストなのにね」
「学力は関係ないだロ」
リィンは自慢げな顔をして笑った。
しかし、その笑顔は明らかにアレフたちの弱さを嘲笑するような笑顔であり、その意図を読み取ったアレフは「やめだ、やめだ」とさじを投げた。
「いいですなー。青春ですなー」
突然、どこからともなく聞こえる言葉に、アレフたちは辺りを見渡す。
すると、赤の寮の玄関から、幽霊のキンブレーが扉を通り抜けて談話室へ入ってきた。
キンブレーを見つけたアレフたちは、久しぶり再会できた感動で思わず「キンブレー!」と大声を上げてしまう。
「もしかして、みんな私のことが恋しかったのかな。うんうん。どんと飛びついて大丈夫。抱き着けられる肉体はないが! オホホホー」
ゆらりゆらりとアレフたちに近寄るキンブレーはどこか疲れた様子だった。
しかし、アレフたちの傍まで寄ると、姿勢を正し、改まった様子でアレフたちを見た。
「えー、ごほん。リーフ先生からの言伝があって、現在、ローレンス騎士団総長の不在により、エルトナムの臨時騎士団総長として、リーフ先生の指揮の元、生徒たちはそれぞれの寮、あるいは講堂にて防衛態勢をとっているとのこと。赤の寮に関しては、ケテル先生が外を守っており、黒の寮はグレイアロウズ先生が守っている。講堂はリグルスニー先生とベレー先生、それにスリグリン先生が守りを固めているとのこと。肝心のリーフ先生は、黒龍と対峙し、皇帝のアーティファクトを使って、時間稼ぎをしているため、決して校庭には近寄らないように」
「んと、とりあえずは、黒龍は攻撃してこないってことでいいのね?」
「うむ。現在、ハイアームズ先生が他の騎士団の救援要請に行っている所だ。しばらくすれば名腕の騎士たちが、あの黒龍を打ち取ってくれる」
説明をし終えたキンブレーは役目を終えたのか、だらんと空中で寝そべり始める。
「もうー、あっち行ったり、こっち行ったりして生徒を探して疲れたー」
「お疲れ様、キンブレー」
アレフたちは空中に漂うキンブレーに微笑んだ。
そんな姿を見て、思いつくようにアレフはキンブレーに質問した。
「俺らは講堂に行かなくていいの?」
アレフの質問に、キンブレーは空中で横になりながら答えた。
「行かなくて大丈夫。というか行かない方がいい、というのが正しいかな」
「なぜ?」
「なんでも、皇帝のアーティファクトにも限界があるらしい。人間が目に映るだけで、アーティファクトの効果を解除される可能性があるんだって。だから、私も地面を通り抜けてここに来たんだよね。はぁ、土の中って暗くて本当に嫌だったわ」
キンブレーは苦い顔をして、手をぶらぶらさせた。
そんな姿をアレフたちは笑っていると、窓の外から地鳴りに近い咆哮が響いて来る。
アレフたちは急いで窓の外を見ると、空を回遊していた黒龍たちが、ロストフォレストの方に向かって飛んでいく姿を捉えた。
「お、黒龍たちが逃げてくゾ」
「はぁ、これで一安心か。俺もうお腹減ったよ。さっさと、講堂に行こうぜ」
「私はエトナを起こしてくるね」
マーガレットは女性寮の階段を急かす様に登っていき、アレフとリィンは背伸びをして、体の関節を鳴らした。
「まぁまぁ、私が先に講堂の方に行って確認を取ってくるから、それまでは、ここで待機よ。いいわね?」
「素早くお願いします」
アレフの言葉に、「もう、人使い……、幽霊使いが荒いんだから」と言って、赤の寮の玄関を通り抜けていく。
エトナとマーガレットが降りてくるまで、アレフたちはくだらない談笑に浸っていると、マーガレットが冷や汗を掻き、ドタドタと音をたてながら、階段を降りてくる。
「大変よ!」
額に汗をかいたマーガレットを見て、アレフたちは何事かと身構える。
「どうかしたの?」
「エトナが、いないの!」
マーガレットが降りて来た階段から、少し冷たい風が、アレフたちの顔を触った。
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