騎士アレフと透明な剣

トウセ

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第八章

騎士アレフとウサギの友達 (5)

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闘技場の対岸に行くため、騎士用の地下通路を経由した。

道中、ショーが素振りしていたり、ワッカやワット、ベネットと名前は知らないが、三人によく似た男女と会話している姿を見かけたりした。

そんな彼らを傍目に、目的地である来賓席への登り階段を見つけた。

だが、そこには二名の強面な男が、腕を組んでパイプ椅子に座っていた。

腰には鞘に入れた剣と携えており、左手にはアーティファクトをはめ込んだグローブを装着していた。

アレフたちは観客席への登り階段の陰に隠れ、男たちの様子をうかがっていた。

「騎士だね。ちゃんとアーティファクトを装備してるや」

「さすがに話をしても通してくれないよね」

マクレインは過去に騎士団を率いていたから入れたのであろう。

来賓室には他にもお偉方たちがいるに違いない。

そんな中にアレフたちが入れるわけがなかった。

「……戻るか。手紙でマクレイン先生のこと見つけたって書こう」

「そうね。残念だけど」

アレフとエトナが悲しそうに呟くと、エトナの背中を誰かが叩いた。

エトナは思わず悲鳴を上げ、その声にアレフは後ろを振り返った。

「すみません。なんだか困っているようだったので、脅かすつもりはなかったんです」

アレフが見上げるような高さに顔があり、その顔は甘栗色の毛並みをしたウサギの顔をしていた。

「あ、あなたは先ほど道案内してくれた……」

「ええ、テスタロッサの守衛騎士です。名はラビー・フット。愛称を込めて、ラビーちゃんで構いません。アレフ・クロウリー様」

目を細めて髭を震わせながら、ラビーは笑顔を作って挨拶をした。

「えっと、アレフ・クロウリーです。こっちは、エトナで……。って名前を知ってるんですね」

「ええ。先ほどの戦いを見させて頂きましたから、すぐに素性を調べましたよ。実に良い戦いでした、クロウリー様。是非とも、卒業後は私たちの騎士団。テスタロッサ騎士団にお入りください。歓迎いたしますよ」

「あはは、ありがとうございます。それと、僕は呼び捨てで構いません」

アレフは頭を掻きながら応えた。

ラビーが今度はエトナの方を向くと、一礼をした。

「エトナ・クロウリー様。あなたのお噂はかねがね。して、どのようなお困りごとが」

エトナはアレフの後ろに隠れるように移動すると、「来賓席に用があるんです。

私たちの育ての親がいるので、会いに行きたいんです」と話した。

「なるほど、来賓席ですか。そうですね、さすがにお二人は通れませんし」

ラビーは考える素振りを見せると、何か思いついたのか「そうだ」と呟いた。

「来賓席に行くための抜け道があるのです。どうぞ、付いて来て下さい」

ラビーはそう言うと、観客席の登り階段から出て、男たちの方へ向かっていった。

アレフたちは訳が分からぬまま、ラビーに付いて行った。

アレフたちはラビーの後ろにピッタリ付いて行き、男たちの前を通り過ぎた。

その際、男たちは目を離さぬようにこちらを凝視しており、アレフたちが一つ先の観客席の登り階段まで行くと目を離した。

ラビーは観客席の登り階段まで進むと、階段の途中で立ち止まった。ラビーは後ろを振り返り、アレフたちの方を見る。

「さて、お二方。目を閉じてください。ちょっとした魔法を使うので、見て欲しくないのです」

「魔法?」

「比喩です。魔法なんてものは、遠い昔に無くなりましたから。さあ、目を閉じて」

アレフたちは言われるがまま目を閉じた。

ラビーはアレフたちが目を閉じていることを確認すると、来賓席側の壁を叩き始めた。

アレフたちが「もう目を開けていいですよ」と言われるまで十秒も掛からなかったが、アレフたちの目の前には、人一人が通れるほどの石造りの通路が出来ていた。

アレフたちが驚いていると、ラビーが「元々は避難用通路なんですけどね」と話した。

アレフたちはラビーに連れられ、避難用通路を歩いて行くと、すぐに階段が現れた。

その階段を登ろうとするが、頭上には石造りの天井が広がっており、道なんてものはなかった。

ラビーが天井を見上げ、石の天井を二回ノックする。

ギギギ、と石の引きずる音と、歯車の噛み合う音が聞こえ、天井が横に移動する。

アレフたちの頭に砂埃が降りそそぎ、それを払い終わった頃には、青空が叩いた場所から覗かせていた。

「さあ、ここを登って下さい。そうすれば来賓席です。ですが、すぐ戻って来てください。特にアレフ君は見つかって、出場停止にはなってほしくありませんから」

ラビーが階段から降り、アレフたちに道を譲る。

アレフとエトナは、ラビーに対してありがとう、と言うと、階段を勢いよく登っていった。

アレフとエトナが階段を登った先は、来賓席の一番上にあたる部分で、幸いにも、誰の目にも止まらない場所であった。

「えっと、マクレイン先生は……。あっちの方。目の前の階段を降りてすぐだよ」

エトナは指を差しながら、闘技場の中心に向かって、目の前の階段を降りていった。

アレフもそれに続いて、階段を降りていった。

マクレインに会うことに、二人は懐かしさを感じていた。

嬉しさや、至高の幸福よりも異なった感覚。

心を揺りかごのように揺する感覚。

何処からか聞こえる鐘の音色と、雨上がりの土のにおいが記憶の中で呼び起こされ、想像するだけであの孤児院に戻ってきたような安心がアレフたちの心を包んだ。

「マクレイン先生!」

アレフとエトナが同時に名前を口にした。

名指しされた本人はさぞ驚いただろう。

声の方へ振り返り、目を真ん丸にしていた。

「アレフ! エトナ! 元気そうで何よりだわ!」

マクレインのハリのある頬に笑みを浮かべた。

隣にいるローレンスも驚きはしたが、マクレインやアレフたちの様子を見て、表情は微笑みへと変わった。

マクレインは少し膝を曲げ、アレフたちと同じ目線までしゃがむと、寄ってきたアレフとエトナを優しく抱き寄せた。

「んー、二人ともいい顔をしているわ。手紙は貰っていたけど、やはり直接会わないと分からないことがあるものね」

マクレインは抱擁を止め、二人の目を見た。

マクレインは笑顔でアレフとエトナの肩を叩き、アレフたちも笑顔でマクレインの顔を見た。

「二人とも立派になって……。アレフはガタイが良くなったわね。さっきの試合も見ていたわ。あなたらしい戦い方だと思ったもの」

「ありがとう先生。先生も元気そうで何よりだよ」

「エトナも。ローレンス騎士団総長から聞いたわ。友達の為にロストフォレストに行ったんですってね。あなたの勇気で人を救えるなんて、私はとても誇らしいわ」

「ありがとう先生。私は自分のするべきことをしただけだよ」

アレフたちが感動の再開を傍目で見ていたローレンスは「もう少し、休みの日を増やすべきかのう……」と口ひげを触りながら呟いた。

「会えてうれしいけど、ここは来賓席よ。どうやって入ってきたは聞かないでおくけど、あんまり長居はしては駄目よ」

マクレインは心配そうな顔をし、二人を見つめた。

「分かってる。だから、これだけは言わせて」

アレフはマクレインの目を真っ直ぐ見つめていた。

「絶対、次の試合も活躍するから」

そう言って、アレフとエトナはその場を去った。

勢いよく階段を登っていく後ろ姿を見て、マクレインはどこか安心したように息を吐いた。

「半年ぶりの再開はどうでしたかな?」

ローレンスもマクレインと同じく、アレフとエトナの背中を見つめていた。

「正直、驚きと安心で頭の中が一杯です。この後、私自ら探しに行くつもりでしたが。先を越されてしまいました」

「ふぉふぉふぉ。彼らの行動力には、私も驚かされている。ロストフォレストの件といい、禁書庫の侵入といい。まったく、エルトナムの学院長をしてて良かった」

ローレンスの言葉にマクレインは耳を疑った。

「禁書庫へ侵入ですって?」

しまった、と言わんばかりに、ローレンスは口元を手で隠した。

「禁書庫で一体何を見たんです?」

マクレインは先ほどの朗らかな表情とは打って変わって、真剣な表情でローレンスを見つめた。

「なに、透明の剣についての文献じゃ。ケテル先生が書いたあれじゃな。近々、図書室の本棚に戻すつもりであったから、あえて彼らには、禁書庫に侵入したことを咎めていないが。そういえば、ケテル先生も来ていたはずじゃが……」

ローレンスは辺りを見渡した。

「透明な剣ですか……。他には何も見てないですか? 例えば〝銀の門〟や自然公園の件や……。もし仮に、〝銀の門〟のことを知ったら、きっとアレフは探し求めるでしょうね」

思いつめた様にマクレインは顎に手を乗せ、考え始めた。それを見たローレンスは、ふむと口髭を触った。

「そうなるやもしれんが、そうならないやもしれん。あの子は私と同じく、セシリアの花を受け取った。そんな人間が道を誤るとは思わん。〝銀の門〟。死した人間でさえ呼び戻す、幽世の門。しかし、誰も見たことはない。昔の人間の狂言かもしれない。そんなものを追い求めるほど、アレフは馬鹿ではあるまい」

「……」

マクレインは思い出していた。

アレフとエトナを孤児院で育てることになって、一年経ったころ、アレフが突然、自分の両親を探しに行くと言い出したのだ。

孤児院のみんなが、一度は両親に対して、疑問に思う課題にアレフも直面し、そして誰の静止も聞かず、家出をした。

仲の良いエトナを置いて、特に荷物を持たず、二週間の家出だった。

警察にも連絡をし、孤児院のみんなで探して、そして見つかった場所は事件のあった自然公園だった。

見つかったアレフは頬骨が浮き彫りとなり、泥のような体をしていて、生きているのが不思議なくらいとまで言われるほどの見た目をしていた。

だが、マクレインはアレフが見つかった安堵よりも、アレフの目を見て恐怖を抱いた。

アレフの目はまるで獲物を狩る獣のような目をしていた。

絶対に探し出すという目、体がボロボロになってもなお、諦めないという目をアレフはしていた。

何かに憑依されたように、六歳の子どもと思えないほど、執着心がアレフの体から滲み出ていた。

そんな出来事を知っているからこそ、マクレインはアレフの底知れぬ執着心を心配していた。

普段大人しいアレフがもし、両親を蘇らせると決めたのなら、死んでも探すだろうと、マクレインは人知れず畏怖していたのだった。
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