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マイ ファニー
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志穂のことを邦之から聞いていた。
「K学園は、何らかの事情で、親元を離れなければならなくなった18歳までの女子が収容されている。昔は16歳までだったが、今は中学校を卒業しても満足な就職口もなく、就職させてもその後、辞めてしまうものが続出したので、今は学園から周辺の高校に通わせているらしい。志穂は、校門前に捨てられていた。バスタオルでくるまれていて、胸のあたりに、生年月日と志穂と書かれた紙が置かれていた。通常、K学園は学齢の子から預かることになっていた。が、志穂は特別に預かることになった。学園の前に置いていった親の意志を尊重してのことだったらしい。志穂は神からの授かりもののように学園の子供たちに歓迎された。子供たちの愛情を一心に浴びて、彼女は学園のアイドルとなり、とても幸せな毎日を送った。河井夫婦が引き取ることになった日は、学園の女子みんなに見送られた。たくさんの女子が泣いていたという……」志穂が母親の由紀子から聞いた話だ。
応接室に入ってきた河井の娘、志穂。
それまでに、何度か見かけたことがあった。その時の志穂は髪を肩まで伸ばし、赤い眼鏡をかけていた。
応接室の志穂はスポーツ選手のような短髪で、眼鏡をかけていなかった。千佳子も短髪で切れ長の細い目だった。
そっくりだった。
千佳子だ。千佳子の子に違いない。
ビラのおかげだ。ビラがなかったら、ビラで千佳子を思い出さなかったら、志穂を見ても千佳子を思い出さなかったに違いない。
これが、河井の意志だ。河井が志穂の父親。それを知らせたかったのだ。それに違いなかった。
K学園は嘘をついている。志穂が学園の前に捨てられていたはずがない。志穂は警察が引き取ったのだ。そのあと、何らかの事情でK学園に引き取られた。その時、学園は千佳子が母であることを知っていたはずだ。そうでなければ、警察が引き渡すわけがない。そして、河井にK学園は志穂を引き渡した。これは何を意味するか。河井が志穂の父親と分かったから。それしか考えられない。だからK学園は河井に志穂を預けることに同意した。K学園に行く。行けば、全て疑問は消える。そう思った。
意を決してK学園に電話をした。当然なことだが、電話を受けた若者は志穂のことを知らなかった。私は、当時を知る人物がいるかどうか聞いてもらえないかとお願いした。若者は、いま、調べますからお待ちください、と言って、電話を保留にした。それから数分ののち、声の低い、別の若者が電話に出た。
「当時の園長先生なら分かると思いますので、聞いてみます。今日、学園に来ていますので、少し時間をください」
暫くして返事が来た。男は言った。しわがれた老人の声だった。
「樫村といいます。本当に太田邦夫さんですか。こちらこそ、是非、お願いします。お聞きしたいことが山ほどあります」
「K学園は、何らかの事情で、親元を離れなければならなくなった18歳までの女子が収容されている。昔は16歳までだったが、今は中学校を卒業しても満足な就職口もなく、就職させてもその後、辞めてしまうものが続出したので、今は学園から周辺の高校に通わせているらしい。志穂は、校門前に捨てられていた。バスタオルでくるまれていて、胸のあたりに、生年月日と志穂と書かれた紙が置かれていた。通常、K学園は学齢の子から預かることになっていた。が、志穂は特別に預かることになった。学園の前に置いていった親の意志を尊重してのことだったらしい。志穂は神からの授かりもののように学園の子供たちに歓迎された。子供たちの愛情を一心に浴びて、彼女は学園のアイドルとなり、とても幸せな毎日を送った。河井夫婦が引き取ることになった日は、学園の女子みんなに見送られた。たくさんの女子が泣いていたという……」志穂が母親の由紀子から聞いた話だ。
応接室に入ってきた河井の娘、志穂。
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そっくりだった。
千佳子だ。千佳子の子に違いない。
ビラのおかげだ。ビラがなかったら、ビラで千佳子を思い出さなかったら、志穂を見ても千佳子を思い出さなかったに違いない。
これが、河井の意志だ。河井が志穂の父親。それを知らせたかったのだ。それに違いなかった。
K学園は嘘をついている。志穂が学園の前に捨てられていたはずがない。志穂は警察が引き取ったのだ。そのあと、何らかの事情でK学園に引き取られた。その時、学園は千佳子が母であることを知っていたはずだ。そうでなければ、警察が引き渡すわけがない。そして、河井にK学園は志穂を引き渡した。これは何を意味するか。河井が志穂の父親と分かったから。それしか考えられない。だからK学園は河井に志穂を預けることに同意した。K学園に行く。行けば、全て疑問は消える。そう思った。
意を決してK学園に電話をした。当然なことだが、電話を受けた若者は志穂のことを知らなかった。私は、当時を知る人物がいるかどうか聞いてもらえないかとお願いした。若者は、いま、調べますからお待ちください、と言って、電話を保留にした。それから数分ののち、声の低い、別の若者が電話に出た。
「当時の園長先生なら分かると思いますので、聞いてみます。今日、学園に来ていますので、少し時間をください」
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