最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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嵐の前の静けさ編

80話「竜騎士アルシェード編」

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 竜騎士部隊の中で1人仲間達と過ごすアルシェード、茶色の髪も魔界に進軍した頃よりも伸び、背中の中間にまで伸びている。その双眸はアルバーンの子供達の姿を映していた。
 アルシェードの中で生きる事を考えるのであればガルーダ王家によって奪われた最愛の恋人のカルシェンの事を思い出さない訳にはいかない。でも、最近のアルシェードの記憶にはカルシェンの記憶も段々と薄れ始めているのもあって、アルシェードの生き方に変化が見られてくる様になっていた。
 子供達を見つめている所にアルスの父親でアルシェードの上司にもなるランドルからの
手紙を持った仲間が近付く。手紙を渡されたアルシェードは仲間に礼を告げて手紙を開封し書かれている内容に目を通す。

「……もう、そんなになるのか……」

 アルシェードの事を案じたランドルによってガルガル本部で議論をしたらしく、竜騎士の身分の1つ「空騎士」を与える事が決まったと書かれている手紙をアルシェードは静かに閉じて手に持ったまま借り受けている部屋に戻っていく。別に身分が欲しいと思った事はない、自分は一度王族を、人間達を滅ぼそうと魔界の魔神を目覚めさせようとした人間である事をアルシェードは自覚している。
 だからこそ、この決定に従うつもりはない事を部屋に戻ったアルシェードは手紙を書いて辞退する事を書き綴る。それとは別にランドルはアルシェードにある縁談を持ち掛けてきていた。
 自分の娘である双子姉妹の妹であるルカのお見合い相手にならないか? つまり娘の相手をしてみないか? とアルシェードに話を持って来ていたのだ。これについてもアルシェードには素敵過ぎて相応しくないと辞退する文章を書き綴る。
 アルシェードは自分という人間に幸せは訪れてはならないと戒めるように。そんな主を見ていた神狩り武器「プレッシャル」は主に問うた、何故前を向かないのか? と。

「僕は生きているだけで充分前を向けている。これ以上の幸せはない、それだけで充分なんだ。何も望む事はないよ」
〔だが、それで納得する者達はいないのではないのか? 人間は集団で生きていく。だからこそ仲間を守り育てる。竜騎士とて違いはない筈だが?〕
「そうだね。でも、僕は本当に生かされているだけなんだ。あの時、魔界でアルス君に本当なら殺されててもおかしくなかった。それが生かされてこうして大陸を、世界を取り戻す戦いに選ばれた1人として存在している……名誉な事だと思っているからこそ、僕は何も必要にはしてないんだ」

 アルシェードはそう告げて部屋の中で1人手紙に想いを綴る。書き上げた手紙に封をして仲間に託しに行っている間、プレッシャルは光を身体に纏わせみるみるうちに姿を変えていった。
 部屋の中に現れたのは白銀の短く切り揃えられた髪を持ち、瞳は激情を宿している様な深紅の瞳を持った美青年。これはプレッシャルの擬人化した姿である。
 アルシェードは戻ってくるなり部屋に青年がいる事に驚き誰だろうかと警戒していると、プレッシャルはそんなアルシェードに近寄り右手を伸ばせばその白い頬に触れる。触れ方や温もりがまるで愛する者に触れるような感じにアルシェードは困惑を浮かべる。

「君は……誰なんだ」
「私だ、主」
「主って……プレッシャル!?」
「そうだ。この様な姿をするのは初めてだから些かおかしいかも知れないが」
「な、なんで人間の姿に? そもそも、どうしてその姿になったんだい?」
「主に近付きたいと思った。自分の事を不要だと言う主の世界を知りたいと思ったのだ」
「僕の世界を知りたい……?」

 プレッシャルはアルシェードの頬から右肩に手を滑らせてその細い肩を適切と言える力で抱き寄せると、自分の胸の中に抱き寄せた。突然の事にアルシェードも驚きで拒絶をする事を忘れてプレッシャルの温もりに包まれてしまう。
 感情を忘れてしまいそうな温もり、触れてくる手の優しさ、全てがアルシェードを包み込む。相手は神狩り武器だ、そう言い聞かせて流されまいとするアルシェードにプレッシャルはそっと両腕を背中と腰に回して閉じ込める。
 部屋の中で美青年に抱き締められてどうしたらいいのか分からないアルシェードにプレッシャルはこう告げる。その声の低さにドキリとするアルシェードの頬はほんのり赤い。

「主、主は永遠に興味はあるか?」
「永遠……どうだろう、僕は一度死んでいるから永遠に興味があるとは分からない」
「主が望むのであれば、主の本当の死が訪れるその瞬間まで共にあろう」
「プレッシャル……」
「私は永遠に生きる。それは神狩り武器として生きる運命だから仕方ない。でも主はいつかはその命を終わらせて新しい命へと生まれ変わる。私の持てる全てでその時まで傍にいたいと思うのは許されぬ事だろうか?」
「でも、君は今までの主にもそう言ってきたんだろう? 僕だけの感情でも行動でもない筈だ。真剣に受け入れる事は出来ない……」
「私がこうして人型になってまで触れたい、傍にいたい、包みたいと思ったのは主が初めてだが?」

 プレッシャルの言葉に驚きで瞳を大きくするアルシェード。それを受け止めて真っ直ぐに深紅の瞳で見つめるプレッシャルはその瞳に自分だけを映して欲しい、そう見つめ返しながら感じていた。
 アルシェードはその日から人型になって傍にいる事の増えたプレッシャルとの共同生活を送りながら、色々とプレッシャルの事を知っていく事になる。過去の聖戦ではプレッシャルの力はそこまで必要とされないで終わった事や、主達は強欲な者達が多く、永遠の命を求める者も少なくなかったとも聞かされた。
 だが、アルシェードはプレッシャルの話を聞く都度にこう告げている。「人間の愚かな一面を見てもこうして力を与えてくれる君を僕は受け入れる」と。
 そんなある日、プレッシャルの温もりを感じて眠っていたアルシェードは薄っすらと瞳を開けて目の前にいるプレッシャルを見つめる。深紅の瞳が真剣にアルシェードを見つめているのが印象的だと思ってフワリと微笑むと、瞳は動揺する様に細められる。

「プレッシャル……」
「主……私は壊れてしまったのだろうか……」
「どうしたの……?」
「主の事を考えるだけで良かった筈なのに……こうして触れたいと思う私がいる……触れて私だけを見つめて欲しいと願う私がいるのだ……こんな私を私は知らない」

 プレッシャルの初めての感情にアルシェードはいよいよと身構える時が来た様に感じた。いつかはプレッシャルの中に人間と同じ感情が芽生える事があるかもしれない、そう危惧していた事が起こり始めている。
 誰かを愛おしく思う感情に目覚めつつあるプレッシャルの瞳を見つめてアルシェードはしっかりと説明し始める。それは大事にしなくてはならない感情だと言う事を。
 だが、同時にアルシェードは自分の中に芽生えつつある愛情を封じようとしていた。自分は愛されてはならない、愛してはならないと抑え込む。
 でも、プレッシャルの強い瞳に、心に、その行為は無駄なんだと知らされる。触れてくるプレッシャルの温もりが宿る手に心が震えてしまう、もっと、と願ってしまう。

「主……主……」
「ぷれ、っしゃる……」

 どちらともなく重ねる唇、触れ合う温もり、止まらない感情と愛情。アルシェードは自分の中に生まれていくプレッシャルへの愛情を受け入れてもいいのだろうかと自問自答していた。
 だが、結局触れ合う温もりだけで満足出来ないのが人間。それはプレッシャルも理解しているのだろう、身体を重ねる2人の心には見えないだけではあるが他の者達よりも強い絆が生まれているのに気付かない。

「アルシェード……私の愛する主。死なせない。私が貴方を守る」
「プレッシャル、どうか僕を離さないで。君だけは僕の全てを受け入れて」

 手を重ね合って絡ませ合って寄り添って見つめ合う2人の絆が強まれば強まる程にアルシェードの身体に強い力が宿っていく。誰が思うだろうか、神狩り武器が主に恋をして、想いを寄せて、主である人間と結ばれるだなんていう結末を迎えるとは。
 アルシェードの寝顔を見つめるプレッシャルには迷いはなかった。神狩り武器としての人生を歩む中でアルシェードとのこの短い関係はきっと二度と誰かを愛する事にはならないだけの想い出になるだろう。
 その想い出をプレッシャルは大事に護り抜きたいと切に願った。神狩り武器としての一生を終える日が来たらきっとこの想い出に包まれて新しい命への転生に向かう自分に、生まれ変わってもまた巡り合える事を誓い合って待ち続けてくれるだろうアルシェードに出逢う為に。

「アルシェード……この言葉は合っているかは分からない。分からないが伝えたい……貴方を、心から愛している……」

 プレッシャルはそう言葉にしてそっと眠るアルシェードの唇を塞いだ。叶う事のない未来かも知れない、でも、それでも2人は未来を共に生きる中でかけがえのない存在同士になって未来を進んでいくのだろう。
 神々が愚かだとしても、生まれて巡り合った2人に新しい神々は祝福を与える。2人の絆こそが世界を包む、そんな未来を神々は見たのかも知れない――――。
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