最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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決意の覚悟編

58話「愛する者を賭けての死闘」

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 ビリハ村の近くにあるゲートの付近である山間の開けた場所にて熾烈なる戦いが始まっていた。ハンターのハルト、守護者のキルズのバトルが幕を上げていたのである。
 山道をお互いに駆けながらハルトは弓を構えて矢を放ち、キルズはその矢をナイフで叩き落として投擲用のナイフでハルトを攻撃しているがお互いに回避が出来るので攻撃が当たらない。
 そのまま開けた場所に出た2人は距離を一定間隔で開けて向かい合うと睨み合ったままジリジリと距離を詰めていく。だが、守護者として神々の力を持つキルズはその右手に聖遺物「マキシマムダガー」を召喚、そのマキシマムダガーを逆手に持ったキルズは一気にハルトに切り込む。

「死になさい!」
「くっ! まだだ!」
「中々にしぶとい。でも、そんな程度の実力でアルスの伴侶なんて笑わせる」
「貴方には分からない! アルスとの時間が僕にどれだけの力を与えているのかを!」
「それはお子様の話だ。ですが、そんな小さな脅威も摘み取るのが守護者としての役目。アルスを俺の元に堕とす為にも、君にはここで死んでもらいます」
「死なない! 僕はアルスとその時まで一緒に生きる!」

 距離を縮めているキルズを睨み付けたままハルトは詠唱を刻む。そのスペルを聞いたキルズも同時に詠唱を始める。
 2人の周囲に暴風と雷が生まれていく。2人の詠唱している魔法がぶつかり合って開けた場所に竜巻と雷の嵐を生み出しているのだ。
 距離を取ったと同時に魔法が完成、ぶつかり合う竜巻と雷は激しい衝撃波と振動を生み出して2人を包み込む。だがハルトの右足の太ももにナイフが突き刺さる。
 痛みで顔を歪めるハルトに更にナイフが身体中を切り裂いているのが分かる。そうキルズは竜巻の風を利用して姿を隠し、タイミングを見計らって攻撃を仕掛けているのだ。
 ハルトはその接近に対処するだけの余裕はない。一方的な攻撃を受けながらハルトの身体中から鮮血が滴り落ちて地面に小さな血溜りを作り始めていた。

「どうしました? この程度の攻撃も対処出来ないのか?」
「ぐっ、落ち着け……まだ方法は、ある!」
「!!……やりますねぇ、雷を逆手に取るとは」
「貴方が竜巻を逆手に取るなら僕は雷を逆手に取るまでだ!」

 ハルトは雷が落ちる場所に移動して自分にナイフを当てる寸前に姿を見せるキルズを掴んで雷に直撃させようとするが、すぐに回避されてしまう。しかし、動きを読み始めていたハルトは次の動きを呼んで弓を構えてステップを踏む。
 一進一退の攻防戦を繰り広げる2人の戦闘が始まって軽く1時間が経過しようとしていたが、ハルトには既に疲労が見え始めていた。キルズには余裕があり息を乱す事もない。
 だが、ハルトがここまで体力を消費しているのは理由がある。キルズが序盤に身体に付けた傷には毒が込められておりそれが徐々にハルトの身体を包み込み始めていたのだ。
 毒の影響で身体の限界を感じ始めているハルトは長期戦を終わらせる為に自分の持てる最大の攻撃方法を使う事にする。それは左耳の聴力を引き換えに取得した禁呪……その詠唱を微かな声で完成させると放つタイミングを伺っていた。

「何をブツブツ言っているかは知らないが、君はここで死ぬんだ!」
「仮にここで命尽き果てるとしても1人で死ぬ気はない。貴方も道連れにしてやる!」
「俺に負けの2文字はない!」
「終わりだぁぁぁ!」

 最後の接近と同時にキルズの聖遺物マキシマムダガーをハルトの心臓目掛けて突き刺そうとした瞬間、ハルトの両手がキルズの両手を掴み離れられない様に固定すると禁呪を発動させる。禁呪が2人を包み込みキルズの目を抉り、肢体を引き裂き、ハルトと共に上空へと舞い上げた。
 受け身も取れない程にダメージを受けているハルトは落下の勢いそのままに地面に落下し、身体を強打すると意識を失う前に大量の血を口から履いて意識を失った。キルズも同じ様に地面に落下、右足と左腕は胴体から離れ、右腕と左足はギリギリ胴体に繋がっているが既に眼球は顔から捥ぎ取られており視力は失われていた。
 死闘は終わりを迎え、ハルトの気に気付いた竜人達はハルトとキルズを見付けハルトのみ回収。ビリハの村でハルトを回復させる事にした。
 ハルトとキルズの死闘はローガドのエテルナ達にも知らされる事となる。一番にアルスへキルズ死亡の知らせとハルトの重傷を伝えられた。

「それじゃハルトはキルズを殺した、のか……?」
「間違いありません。少なくとも痛み分けって感じではないようです。キルズ氏の死は竜人達により確認されたとの事です」
「……」
「ハルト様を恨みますか?」
「いや……俺の迷いがハルトにキルズを殺させたのは間違いない。でも、どうしてキルズがハルトの元に行ったのかは分からないのか?」
「それは竜人達にも不明だとの事です。念の為にゲートを用意していますが……行かれますか?」
「……行ってもハルトに会う資格は俺には……」
「少しでも想いを持っているのであれば会いに行くべきです。アルス様とハルト様は導かれて出逢うべくして出逢った者達。離れる事があっても永遠の別れはないのですから」
「……ゲート、使わせてくれ」
「リルーズ卿」
「こちらです」

 エテルナ達の言葉でアルスはハルトの元に行く事を決意する。どんな理由があれ一時的に愛していたキルズを、最愛のハルトが殺した事実は重い。けれどもハルトが理由もなくキルズを殺した、そうは考えれないからこそ傍に行くのをアルスは躊躇ってしまう。
 ハルト以外の男に口付けされて身体は喜んだのを思い出すと、会う資格は無い様に思えてしまうからだ。だが、今のハルトに会いたいのもまた事実である。
 ゲートを潜って降り立ったビリハの村付近では死闘の跡であろう痕跡が真新しい。それを横目にハルトが回収されたビリハの村へと急ぐアルスは足早に村の入口に駆けていく。

「すまない」
「君は……守護者の仲間か」
「キルズの仲間じゃない。ここに運び込んでもらったハンターの妻だ」
「そうか。なら奥にある高台の建物に行け。そこにハンターの子供眠る」
「サンキュ」
「……運命が動く」
「えっ」
「君とハンターの子供、運命を背負いし人間、歴史の運命を変える存在」
「それって……」
「さらば」
「あ、おい! 何なんだよ……運命って一体……」

 ビリハの村入口に立っていた竜人兵士にハルトの事を聞き教えてもらった場所に向かおうとした時、紡がれた言葉にアルスは動き出す足を止めて聞き返すが兵士は何処かへ行ってしまう。仕方なく教わった建物に向かって歩き出すと竜人達は皆が皆存在感が希薄過ぎて存在しているのかと危機感を覚えてしまった。
 奥の建物に辿り着くと中に入って行くと背の高い竜人女性が出迎えてくれた。ハルトの名を出すと女性は奥にある個室へと案内してくれる。

「ここで癒しの魔法の魔法陣に寝かされている。でも、禁呪と呼ばれる魔法を至近距離で使ったせいで右目の視力を失っている。それに身体中に居座る毒のせいで皮膚が変色しているけれど、それでも大丈夫?」
「そんな状態なのか……? 意識は……?」
「あるけれど口を開かない。でも貴方なら話すかも。入れば会える」
「……分かった」

 女性の言葉に衝撃と会う覚悟を決めて個室のドアを開けると、魔法陣の放つ光で薄明るくい部屋の中央にハルトの眠るベッドが置かれていた。入口からでも分かる程に皮膚が薄紫に変色しており、腫れているのだろうか、包帯が巻かれた場所が赤々しい色のシミが出来ているのも伺える。
 アルスの気配と存在に気付いたハルトが顔を入り口側に向けて掠れた声でアルスの名を口にする。それが聞こえた瞬間、ハルトの元に駆け寄ったアルスはハルトのベッドに身体を乗せて至近距離でハルトを見つめた。

「ハルトっ」
「あ、るす……」
「分かるか? 俺が見えているか?」
「……ごめ、ん……右側が見えないんだ……こんな、状態で、ごめん……」
「生きててくれさえすればいいっ……お前さえ俺の傍にいてくれさえすれば……!」

 ハルトの右手が弱い力で持ち上がりアルスの右手に触れる、変色している皮膚が愛おしく感じるアルスはそっと唇を右手に押し付ける。それが嬉しいのかハルトは小さく微笑む。
 満身創痍だけれども生きてさえくれれば本当にそれだけで充分だとアルスは痛感する。それだけアルスはハルトを愛している、キルズを殺されたとしても許せるぐらいに。
 ハルトの唇を感じる右手を動かしてアルスの唇を撫でて囁く様な小声で呟く。ハルトの口から聞かされるキルズのハルトを狙った理由を聞いてアルスはキルズへの想いを完全に断ち切る事が出来るのだった。

「それじゃ、キルズは神々がこの世界を牛耳る事を受け入れていた……、そして俺を手元に堕とす為にパートナーであるハルトを殺す為に現れたって事、か」
「そ、う……そんな人に、アルスを、渡したくない……だから、悲しませる、とは分かってたけれど、殺した……許せとは言わない……恨んでいい、それだけ大事な、人だったと、思うから……」
「いいや、ハルトを傷付ける奴を想っていた俺が愚かだったんだ。同じ守護者だって事を除いてもキルズを信用し過ぎていたのは事実だし、それでハルトがこんな大怪我を負ったのなら……俺の責任だ」
「ある、す……せめ、ないで……」
「ハルト、俺……お前の妻でいいのかな……俺みたいな浮気する男の夫なんて……辛くないか……?」
「それでも……僕は、君を、愛しているよ……」
「ハルト……」

 涙を浮かべて微笑みを浮かべるハルトの言葉に救われたのは間違いない。だからこそハルトへの愛を強く刻むアルスは一緒に生きたいと願う。
 だが、ハルトの願いを知る時アルスはハルトとの未来を生きれない事実に向き合う事となるのであった――――。
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