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18:信じて手を離したのに

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 信じる事が怖いとか、信じて裏切られる痛みは大きいとか、色々とマイナスな発言も溢れているこの世の中、私はひたすらに信じている。
 大好きで大事な彼氏である楓の事を私は誰よりも信じているし、信じてもらっていると思っている。
 だから、信じて手を離したのに……これはどういう事なんだろうかと自分でも考えてしまう。
 楓はいつだって前向きで、真剣で、それでいて真面目だと思う。
 私もそう思うし、楓は本当に人間としても出来た彼氏だとも思っているのだが、今回の状態はどう説明したらいいんだろうか。
 数日前にある本屋に来ていた私と楓。
 
「んー……」
「惹かれるのはあった?」
「ピンと来ない。楓は?」
「俺は……これ」
「恋人の関係をより深くするテクニック……はい?」
「もっと弥生と深い関係になるには勉強も大事だろうと思って。これなら普段の弥生をカバー出来そうだなって」
「……そんなに私カバーしなきゃいけない程なの?」
「……ちょっと?」
「マジか……」
「でも、そんな弥生も俺は好きだよ」
「楓~、見捨てないで~」
「大丈夫、大丈夫。お婆ちゃんになるまで傍にいるから」

 そんなこんなで楓が買った本には恋人との関係を深める方法が色々と載っているらしい。
 帰って珈琲タイムの時に読んでいた楓は真剣そのもの、それだけ私との関係を深めようと真面目に考えてくれている事に心が打たれた私は、普段は手抜きしている食事に時間を掛けて愛情たっぷりの食事を作る事にした。
 紅茶を持ってきてくれた楓に食事のリクエストを聞いてから立ち上がり、キッチンへ行こうとしたら……楓が手を繋いだまま離してくれないので、疑問に思い楓へ視線を向けて問い掛ける。

「楓?」
「なぁに?」
「この手を離してはくれないんですかね?」
「嫌だ」
「なんで?」
「俺の傍にいて?」
「……本に載っていたの?」
「近いけれど応用して使っている」
「そ、そっか。でも食事の用意があるから離して欲しいな~……?」
「俺が作るから弥生は休んでて」
「いやいや、今日の食事当番は私だよ?」
「可愛い弥生の手に怪我でもされたら悲しいし、辛いし、俺がどうにかなる」
「っ」
「俺の弥生は俺の愛情だけ貰ってればいいの」
「楓……」

 そう言われたら何も言い返せなくて、繋がれていた手を信じて離したのに……目の前に出来上がった料理は真っ黒で、そして、香りも壊滅的で、食べれそうにもない。
 こんな失敗を楓がする時は決まって心が現実に追い付いていない時だって、付き合った経験で知っている。
 私が躊躇いがちに楓へ視線を向けると、楓も申し訳なさそうにしながら料理が異臭を放っているのも相まって涙目である。
 失敗は誰にでもある事、それが今回たまたまだった事で大きく見えているだけだろう。
 うんうん、大丈夫だ。
 
「楓も失敗するんだね」
「ご、ごめん」
「いいよ。でも、料理中はしっかりして? 楓が怪我でもしたりしたら私泣くよ?」
「や、弥生……ありがとう」
「それに、料理中だけじゃない。私の事を何かしている時に考えてくれるのは嬉しいけれど注意散漫になるなら考えないで。本当に危ないから」
「で、でも……」
「私の事を考えるのは……ベッドの中だけにして?」
「は、はい!!」

 上目遣いでそう楓に告げれば、鼻の下を伸ばして嬉しそうに笑う楓が見れて私も一安心。
 信じて手を離したのに、こんな未来があるのであれば信じるのも悪くはないよね?
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