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4.魔の手
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オレはこくり、と唾を飲みこんだ。
「……少しくらい、……いい、よね」
“最後だから”を大義名分にし、己へと甘い裁定を下す。
褒められたものではない。わかってる。
寝込みに不必要に触れるなぞもっての外。いいも悪いも、相手は返事ができないのだから。オレと兄は、なんら“特別”な関係ではないのだから……。
わかってる。わかっている。なのに――。
こころもち前かがみになったオレは。おもむろに腕を持ち上げて人差し指を――兄の背に軽く押しつけた。場所は左側の肩甲骨あたり。
そこからそろそろと、少し右上がりに指先を移動させて。次はそのまま背中を伝って左下に向かわせる。続いて斜めのそれを支えるようにして、真ん中から右下に向かって短い線を引いた。
ザザザ……。ロイヤルブルーのセーターと指先がこすれるごくわずかな音がたつ。
再び左側の肩甲骨付近に人差し指を置く。今度は右上がりの線を二本、平行になるように。そしてそれらを貫く右下に向かっての斜め線。
「……なんて、ね」
自嘲に唇を歪めながらゆっくりと指を編地から離した。部屋には意識の外だった小さな寝息と、規則正しい時計の針の音だけが響く。
……無意味な愚行を犯しても、すっきりするはずもない。
胸が重苦しくなり眼前の兄の姿はぼやけ始め、オレは俯き目をしばたたく。こんなことをする自分にも、こんなことしかできない自分にも。失望するばかりだった。
ただ苦い思い出が一つ、積み重なっただけ。
――ああ、いけない。馬鹿馬鹿しい茶番をやっていないで、兄さんを起こしてあげなきゃ。
「……兄さん、……兄さんっ」
肩を控えめに揺さぶるが、兄は目覚めてくれない。
弱ったな。オレより身長の高い兄相手では抱えてベッド、どころか近くのソファにさえ運ぶのは難しかった。
本当に、風邪をひいたりしてしまったらどうしよう……。あ、
「せめて、膝掛けを持ってこよう……」
そう思い立ち、オレは足音を忍ばせ自室へと戻ったのだった。
「……少しくらい、……いい、よね」
“最後だから”を大義名分にし、己へと甘い裁定を下す。
褒められたものではない。わかってる。
寝込みに不必要に触れるなぞもっての外。いいも悪いも、相手は返事ができないのだから。オレと兄は、なんら“特別”な関係ではないのだから……。
わかってる。わかっている。なのに――。
こころもち前かがみになったオレは。おもむろに腕を持ち上げて人差し指を――兄の背に軽く押しつけた。場所は左側の肩甲骨あたり。
そこからそろそろと、少し右上がりに指先を移動させて。次はそのまま背中を伝って左下に向かわせる。続いて斜めのそれを支えるようにして、真ん中から右下に向かって短い線を引いた。
ザザザ……。ロイヤルブルーのセーターと指先がこすれるごくわずかな音がたつ。
再び左側の肩甲骨付近に人差し指を置く。今度は右上がりの線を二本、平行になるように。そしてそれらを貫く右下に向かっての斜め線。
「……なんて、ね」
自嘲に唇を歪めながらゆっくりと指を編地から離した。部屋には意識の外だった小さな寝息と、規則正しい時計の針の音だけが響く。
……無意味な愚行を犯しても、すっきりするはずもない。
胸が重苦しくなり眼前の兄の姿はぼやけ始め、オレは俯き目をしばたたく。こんなことをする自分にも、こんなことしかできない自分にも。失望するばかりだった。
ただ苦い思い出が一つ、積み重なっただけ。
――ああ、いけない。馬鹿馬鹿しい茶番をやっていないで、兄さんを起こしてあげなきゃ。
「……兄さん、……兄さんっ」
肩を控えめに揺さぶるが、兄は目覚めてくれない。
弱ったな。オレより身長の高い兄相手では抱えてベッド、どころか近くのソファにさえ運ぶのは難しかった。
本当に、風邪をひいたりしてしまったらどうしよう……。あ、
「せめて、膝掛けを持ってこよう……」
そう思い立ち、オレは足音を忍ばせ自室へと戻ったのだった。
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