【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄

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4.魔の手

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 オレはこくり、と唾を飲みこんだ。

「……少しくらい、……いい、よね」

 “最後だから”を大義名分にし、己へと甘い裁定を下す。
 褒められたものではない。わかってる。
 寝込みに不必要に触れるなぞもっての外。いいも悪いも、相手は返事ができないのだから。オレと兄は、なんら“特別”な関係ではないのだから……。
 わかってる。わかっている。なのに――。

 こころもち前かがみになったオレは。おもむろに腕を持ち上げて人差し指を――兄の背に軽く押しつけた。場所は左側の肩甲骨あたり。
 そこからそろそろと、少し右上がりに指先を移動させて。次はそのまま背中を伝って左下に向かわせる。続いて斜めのそれを支えるようにして、真ん中から右下に向かって短い線を引いた。
 ザザザ……。ロイヤルブルーのセーターと指先がこすれるごくわずかな音がたつ。
 再び左側の肩甲骨付近に人差し指を置く。今度は右上がりの線を二本、平行になるように。そしてそれらを貫く右下に向かっての斜め線。

「……なんて、ね」

 自嘲に唇を歪めながらゆっくりと指を編地から離した。部屋には意識の外だった小さな寝息と、規則正しい時計の針の音だけが響く。
 ……無意味な愚行を犯しても、すっきりするはずもない。
 胸が重苦しくなり眼前の兄の姿はぼやけ始め、オレは俯き目をしばたたく。こんなことをする自分にも、こんなことしかできない自分にも。失望するばかりだった。
 ただ苦い思い出が一つ、積み重なっただけ。

 ――ああ、いけない。馬鹿馬鹿しい茶番をやっていないで、兄さんを起こしてあげなきゃ。

「……兄さん、……兄さんっ」

 肩を控えめに揺さぶるが、兄は目覚めてくれない。
 弱ったな。オレより身長の高い兄相手では抱えてベッド、どころか近くのソファにさえ運ぶのは難しかった。
 本当に、風邪をひいたりしてしまったらどうしよう……。あ、

「せめて、膝掛けを持ってこよう……」

 そう思い立ち、オレは足音を忍ばせ自室へと戻ったのだった。
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