妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

8

　復讐を果たした後、私の家業は見事に再興を遂げ、社交界での私の立場も大きく変わった。以前は婚約破棄された哀れな女と陰口を叩かれることもあったが、今や誰もが私のもとへと集まり、取り入ろうとする。
　そんな中で、私は一人の商人と出会った。隣国の有力商人、アーノルド・ヴァレンティン。洗練された振る舞いに聡明な知性、そして何より、彼は決して私を裏切ることのない誠実な男だった。私たちは徐々に惹かれ合い、やがて婚約へと至った。
　それからの日々は幸福に満ちていた。私の人生は確実に前へと進んでいた。復讐に囚われていたあの頃とは違う、新しい道を歩んでいるという実感があった。
　ある晩、私たちは特別な夜を過ごすため、高級宿へと向かっていた。馬車の揺れも心地よく、私の胸は甘やかな期待で高鳴っていた。しかし、突如としてその平穏が破られた。
「クラリッサ！」
　闇の中から低く荒々しい声が響いた。その声を聞いた瞬間、私は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。馬車が急停車し、私は反射的に窓の外を見た。
　そこに立っていたのはエリオットだった。かつてジェシカの服を保管していた倉庫の警備員であり、私と関係を持った男。
　しかし、今の彼の姿は以前の冷静で慎重なエリオットではなかった。憔悴しきった顔、充血した目、そして片手には鈍く光るナイフ。彼の目には理性の光はなく、狂気と憎悪が渦巻いていた。
「俺は仕事を失った……すべてを失ったのに……お前は、のうのうと別の男と婚約しただと！？」
　彼の声は怒りと絶望に満ちていた。次の瞬間、彼はナイフを振り上げ、私たちの馬車へと襲いかかってきた。
「許さない！」
　刃が月光を反射し、不気味に輝いた。私は息を呑み、身を硬くした。しかし、その瞬間、アーノルドの従者が素早く動き、エリオットの腕を掴んだ。
「離せ！　離しやがれ！」
　エリオットは狂ったように暴れたが、訓練された従者たちの手により、すぐに地面へと押さえつけられた。ナイフが硬い石畳に落ち、カラン、と乾いた音を立てた。
　しかし、安堵する間もなく、エリオットは顔を歪め、唐突に笑い出した。
「愛は永遠だぁっ！」
　その叫びと同時に、私の視界が強烈な光に包まれた。
　轟音とともに衝撃が走る。爆発音が夜の街に響き渡り、熱風が一瞬にしてあたりを飲み込んだ。私は反射的に馬車の中に身を伏せたが、激しい衝撃で体が弾き飛ばされそうになった。燃え広がる炎の中、エリオットの叫びがこだました。
「クラリッサァァァァァ！！！」
　そして、次の瞬間、世界が静寂に包まれた。