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私はエリオットが話し相手を求めていることに気付いた。
彼の愚痴は尽きることがなかった。ジェシカの傲慢さ、周囲の使用人たちの陰口、警備会社の上層部の無関心——彼は溜め込んだ不満を誰かに聞いてほしかったのだ。
だから私は、彼の話を優しく聞くことに決めた。
「そんなことがあったのね……」
私は時折相槌を打ち、彼の気持ちを受け止める。無理に意見することはせず、ただ彼の言葉を否定せずに受け入れる。それだけでエリオットの警戒心は薄れていった。
何週間もそうして彼の話を聞き続けるうちに、私たちの関係は確実に深まっていった。
彼は酒場で私を見つけると、当たり前のように隣に座るようになり、些細な話でも私に聞かせてくれるようになった。そして私は、その変化を見逃さなかった。
——彼は私に心を許し始めている。
そしてある晩のこと——。
私たちはいつもの酒場を出た後、夜の街をゆっくりと歩いていた。湿った石畳の道にガス灯が揺らめき、どこか幻想的な雰囲気が漂っていた。
そんなとき——不意に、エリオットが私の腕を引いた。
「……お前には、感謝してる」
彼の声はかすかに震えていた。
私は静かに見つめ返す。エリオットは私を真剣な瞳で見つめ、次の言葉を紡いだ。
「……好きだ」
彼の腕が強く私を抱きしめた。
驚いたふりをしながらも、私は心の中で冷静に微笑んだ。計画通りだ。
私はゆっくりと妖艶な表情を浮かべ、エリオットの告白を甘く聞き入れた。そして、何も言わずに彼の顔をそっと引き寄せる。
——そして、唇を重ねた。
エリオットの腕がさらに強くなり、彼の体温が私の肌に伝わる。
二人の影が街灯の下で重なり——そのまま、夜の街に溶け込むように消えていった。
次の日の朝——。
宿の薄暗いベッドの上で、私はゆっくりと目を覚ました。
昨夜の余韻がまだ肌に残っている。私は身じろぎしながら隣を見た。エリオットが静かに眠っている。寝顔はどこか穏やかで、警備員としての硬い表情とはまるで違っていた。
私はそっと彼の頬に手を伸ばし、指先で優しく撫でる。
「……エリオット、起きて」
低く甘い声で囁くと、彼はわずかに眉を寄せ、ゆっくりと目を開いた。
「……ん……?」
寝ぼけ眼のまま私を見つめるエリオットに、私は微笑みかけた。
「ねえ、倉庫を見せてほしいの」
一瞬で彼の目が覚める。
「……駄目だ」
エリオットは体を起こし、険しい顔でそう言った。
「倉庫は厳重に管理されてる。俺が勝手に案内するなんて、そんなことできるわけが——」
私は彼の言葉を遮るように、そっと唇を重ねた。
「……お願い、エリオット」
彼の首に腕を回し、甘く囁くようにもう一度頼み込む。昨夜の情熱の続きを思い出させるように、体を彼に寄せた。
エリオットの呼吸が乱れた。
「見せてくれたら……お礼をするわ」
彼はしばらくの間、私の瞳を覗き込むようにじっと見つめた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かった。だが、何かあればすぐに引き返すぞ」
「ええ、もちろん」
私が満足げに微笑むと、エリオットは少し困ったように眉を寄せながらも、私の頬に手を添えた。
そして、倉庫へ行く日は数日後の夜に決まった——。
彼の愚痴は尽きることがなかった。ジェシカの傲慢さ、周囲の使用人たちの陰口、警備会社の上層部の無関心——彼は溜め込んだ不満を誰かに聞いてほしかったのだ。
だから私は、彼の話を優しく聞くことに決めた。
「そんなことがあったのね……」
私は時折相槌を打ち、彼の気持ちを受け止める。無理に意見することはせず、ただ彼の言葉を否定せずに受け入れる。それだけでエリオットの警戒心は薄れていった。
何週間もそうして彼の話を聞き続けるうちに、私たちの関係は確実に深まっていった。
彼は酒場で私を見つけると、当たり前のように隣に座るようになり、些細な話でも私に聞かせてくれるようになった。そして私は、その変化を見逃さなかった。
——彼は私に心を許し始めている。
そしてある晩のこと——。
私たちはいつもの酒場を出た後、夜の街をゆっくりと歩いていた。湿った石畳の道にガス灯が揺らめき、どこか幻想的な雰囲気が漂っていた。
そんなとき——不意に、エリオットが私の腕を引いた。
「……お前には、感謝してる」
彼の声はかすかに震えていた。
私は静かに見つめ返す。エリオットは私を真剣な瞳で見つめ、次の言葉を紡いだ。
「……好きだ」
彼の腕が強く私を抱きしめた。
驚いたふりをしながらも、私は心の中で冷静に微笑んだ。計画通りだ。
私はゆっくりと妖艶な表情を浮かべ、エリオットの告白を甘く聞き入れた。そして、何も言わずに彼の顔をそっと引き寄せる。
——そして、唇を重ねた。
エリオットの腕がさらに強くなり、彼の体温が私の肌に伝わる。
二人の影が街灯の下で重なり——そのまま、夜の街に溶け込むように消えていった。
次の日の朝——。
宿の薄暗いベッドの上で、私はゆっくりと目を覚ました。
昨夜の余韻がまだ肌に残っている。私は身じろぎしながら隣を見た。エリオットが静かに眠っている。寝顔はどこか穏やかで、警備員としての硬い表情とはまるで違っていた。
私はそっと彼の頬に手を伸ばし、指先で優しく撫でる。
「……エリオット、起きて」
低く甘い声で囁くと、彼はわずかに眉を寄せ、ゆっくりと目を開いた。
「……ん……?」
寝ぼけ眼のまま私を見つめるエリオットに、私は微笑みかけた。
「ねえ、倉庫を見せてほしいの」
一瞬で彼の目が覚める。
「……駄目だ」
エリオットは体を起こし、険しい顔でそう言った。
「倉庫は厳重に管理されてる。俺が勝手に案内するなんて、そんなことできるわけが——」
私は彼の言葉を遮るように、そっと唇を重ねた。
「……お願い、エリオット」
彼の首に腕を回し、甘く囁くようにもう一度頼み込む。昨夜の情熱の続きを思い出させるように、体を彼に寄せた。
エリオットの呼吸が乱れた。
「見せてくれたら……お礼をするわ」
彼はしばらくの間、私の瞳を覗き込むようにじっと見つめた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かった。だが、何かあればすぐに引き返すぞ」
「ええ、もちろん」
私が満足げに微笑むと、エリオットは少し困ったように眉を寄せながらも、私の頬に手を添えた。
そして、倉庫へ行く日は数日後の夜に決まった——。
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