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5巻
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「さて、サンクリード。お前には試練を受けてもらおうかな。それを突破できたら力を貸してやらんでもない。どうする?」
「受けよう。そのために俺は此処にいるらしいからな」
「ほう、そうか。なら遠慮はいらんな」
さて、どうしたものか……とウィルムは悩む様子を見せる。
間違いなくサンクリードは勇者であり、しかも勇者として完成しつつある。並の試練を課したところで簡単に突破されるのは目に見えているため、試練となり得るのは一つしかない。
「あー……面倒だが仕方がない」
指をパチンと鳴らすと、ウィルムの身体がふわりと宙に浮いた。
室内に風が集まり始め、木々がざわめきだす。
「僕がいいと言うまで僕と戦え。時間いっぱい耐えようと反撃しようとお前の自由だ。ただし、ヴェルムドールとニノはそこから動くことを許さん」
ヴェルムドールとニノを、緑色の壁が包み込む。その壁が相当強力な風の魔法障壁であることは一目瞭然だった。
「始めるぞ……まあ、死なない程度に手加減はしてやる」
その言葉と同時に、サンクリードの前後左右に竜巻が現れた。
四本の竜巻は徐々に迫り……サンクリードがその隙間から突破しようと一歩踏み出した瞬間、足元から五本目の竜巻が現れてサンクリードを呑み込む。
その直後、四方から迫っていた竜巻が合流し、一つの巨大な竜巻と化した。
サンクリードを呑み込んだ巨大竜巻を見つめて、ウィルムは溜息をつく。
「随分アッサリと引っ掛かったな……ん?」
ウィルムは、ふとした引っ掛かりを覚えて竜巻を消した。
サンクリードがいたはずの場所に、その姿はない。
耐えるか打ち破るかのどちらかだと思っていたウィルムは、目の前の事実に少しの戸惑いを覚え……ニヤリと笑って自分の頭上を見る。
そこには、ウィルムに向かって落下しつつあるサンクリードの姿。
「なるほど、転移したか。魔族ならではの回避方法だな」
ウィルムが手を振って巻き起こした風に、サンクリードは吹き飛ばされる。しかし、空中で体勢を整えて着地した。
「よし、やめだ。もういい。あの竜巻をかわせるなら、もう何やったって結果は同じだ。殺さずに済む手段が思いつかん」
「……いいのか? まだほとんど何もやってないが」
サンクリードの言葉に、ウィルムは大きな溜息で返す。
「そこはラッキーと言う場面だろ。僕は別に戦闘狂でもないし、基本的に試練なんてどうでもいいんだ。お前に試練を与えたのは、それが力を貸す必要条件だからだ」
空中に浮いたまま面倒くさそうにウィルムが再び指を鳴らすと、ヴェルムドール達を包んでいた風の魔法障壁が解除された。
ヴェルムドールは壁が消えたことを確認して、宙に浮かぶウィルムを見上げる。
「力を貸すと言ったな」
「ああ、言ったとも」
「具体的に何をしてくれる?」
「直接は何もしない。僕は、文字通り力を貸してやるだけだ」
ウィルムがそう答えると、サンクリードの前に一本の剣が現れる。
それは、緑色の宝石の嵌った剣だった。形はシンプルだが、伝わってくるのは異常なまでの魔力だ。
躊躇いもなく剣を手にするサンクリードに、ウィルムはニヤリと笑う。
「まったく躊躇しないか……まあ、いい。そいつはウインドソード。昔勇者リューヤに渡したのと同じものだ」
「勇者リューヤが持っていたのは聖剣だろう……?」
勇者伝説では、そう語られている。勇者リューヤは神々の力を束ねて聖剣を完成させた、と。何本もの剣を持っていたという話は一切ない。
「お前は聖剣を持ってないだろう?」
「ああ」
「なら仕方ない。つまりはそういうことだ」
意味が分からない、といった表情のサンクリード。
しかし、ウィルムはこれ以上何も語る気はなさそうだ。
サンクリードは腑に落ちないまま、今度は抜身のままのウインドソードをどうしたものかと考え始めた。
「ウィルム。聞きたいことがある」
「何だ?」
成り行きを見守っていたヴェルムドールが、ウィルムに問いかける。
「アクリア……水の神の居場所についてなんだが」
「教えてやらん。自力で探せ。それも試練だよ」
そう言われてしまっては、どうしようもない。
ヴェルムドールはそれ以上の追及を諦めて、次の質問に移る。
「なら……魔神と呼ばれる神について、何か……」
知っているか、と言おうとした瞬間、ギシリと歪む空気に気づいてヴェルムドールは言葉を止めた。
いつの間にか、ウィルムがヴェルムドールの目の前にまで近づいていた。
「今、魔神って言ったか」
「あ、ああ……」
「まさか、会ったことがあるのか?」
ヴェルムドールが頷くと、ウィルムは重々しい声でそうか、と呟いた。
「そうか、それで全て納得がいった。そうだよな、ここまで舞台が整っているんだ。介入していないわけがない」
「おい……」
一体何を言っているのかと問おうとするヴェルムドールを、ウィルムが制する。
「悪いが、この話もこれで終わりだ。僕は考えたいことが出来た……もう帰れ。外までは送ってやる」
ヴェルムドール達の足元に、転移の魔法陣が現れた。
そのまま輝きに包まれるヴェルムドール達を、ウィルムは真剣な表情で見つめる。
「精々頑張れよ。お前の前には、茨の道しかない」
「……ああ」
転移の光に包まれながら、ヴェルムドールはそう返した。
茨の道しかない。
そんなことは分かっている。それでも、もう後戻りすることなどできない。
ヴェルムドールの選べる道はもとより二つだけ。
勇者に滅ぼされるか、戦って生き抜くか……ただ、それだけなのだから。
転移の光が収まったとき、そこに広がっていたのは木々の密集する森。
風の大神殿に転移する前にいたジオル大森林のその場所に、ヴェルムドール達は立っていた。
「……戻ってきたか!」
「チッ、まだ居た」
こちらに駆け寄ってくるネファスを見て、ニノが舌打ちをした。
結果的に揃いの緑色の服になってしまった二人を見て、ヴェルムドールは思わず噴き出し……振り返ったニノにジト目で睨まれる。
「……魔王様もお揃いにしよう。そんな黒い服なんかやめて、ニノと同じ色にしよう?」
「……俺か? いや、しかしなあ……」
「黒い服なんか着てると、イチカの堅物がうつるよ。だから、ニノと同じ色にすべき」
ヴェルムドールを揺さぶるニノ。
ネファスはそんなニノの様子を見てどうしたものか、とサンクリードを見るが……サンクリードは黙って肩を竦める。こうなったら、しばらく放っておくしかないのだ。
「早速帰ったら発注しよう。大丈夫、絶対に似合うから」
「あー……うん。そうだなあ……」
「うん、って言った。聞いた。よし、決まり。たくさん作ろう」
ヴェルムドールに再びぎゅっと抱き着くニノ。
それを見て、ネファスは困ったように空を見上げた。
自分では、どうやってもああはなれそうにない。それでもまだ、諦めきれなかった。無理だと分かっていても、目指さずにはいられない。
「……ままならないものだな」
深い溜息をついたネファスは、何かに気づいてピクリと右へ視線を向ける。
「どうした?」
「……何か来る。大勢だな……」
ネファスの返答にサンクリードも耳を澄ます……が、何も聞こえない。
「俺には聞こえんが……どんな音だ?」
「草を踏みしめる音……それから金属音だな。随分と足音が重い。それに規則的だな……恐らくだが、騎士団だと思う」
迷いなく答えるネファスに、サンクリードはその言葉が事実であると判断した。恐らくは、ネファスが風の神から授かった新しい力の一端なのだろう、と。
実際、今のネファスには、風を通して遠方の音もよく聞こえるようになっていた。
もっとも、そのためには多少の魔力を使うので本来は常時展開するような能力ではないのだが……強大すぎる力をいきなり得てしまったネファスに、その制御などできるはずもない。
「騎士団、か……こんな所にいるとなると、ジオル森王国軍か?」
「たぶん、だがな。何か心当たりはあるか?」
ネファスに問われ、サンクリードは考え込む。
可能性としては、自分達を探しに来た……というのが考えられる。
ジオル森王国にとって、ヴェルムドールは友好国家の君主であり、つまりは国賓だ。その国賓が、迷いの森として有名なジオル大森林に入ったきり行方不明になったとなれば、騎士団が捜索に出てきても不思議ではない。
しかしジオル森王国側には、事前にヴェルムドール達がジオル大森林に向かうと伝えているし、まだ何日も経ったわけではない。そんな中、わざわざ捜索の騎士団など出すだろうか。
「心当たりは、ある。一応国賓だからな。しかし、捜索を出されるほど時間は経っていないはずだが……」
「そうか。だが、誰かを探しているようだぞ?」
耳を澄ますネファスを尻目に、サンクリードは、ふと手元のウインドソードに目を落とす。
未だ抜身のままのそれを見て、いよいよどうしたものかと溜息をついた。こんな異様な剣を抜き身で手に持ったまま騎士団に発見されたら、どう言い訳すればよいのか。
あれこれ考えていると、一陣の風とともにサンクリードの目の前に鞘が落ちた。
「……忘れ物だそうだ」
どうやら、ネファスは風の神から言伝を頼まれたらしい。ネファスは苦笑しながらサンクリードに言った。
「そうか」
サンクリードは頷いて、足元の鞘を手に取った。どちらにせよ、剣の異常な魔力に気づく者はいるだろうが、抜身のままで持っているよりは大分マシだ。
サンクリードがそれを腰に吊るした直後、草を踏みしめる重々しい音が、ようやくサンクリードの耳にも聞こえてきた。
サンクリードは振り返り、ヴェルムドールに声をかける。
「……王よ、何か来るぞ。ネファスの見立てでは騎士団らしいが……なぜニノを抱えている」
「俺にも分からん。いつの間にかこうなっていた」
ヴェルムドールの首に抱き着いたままお姫様抱っこされているニノと、疲れた顔のヴェルムドールを交互に見るサンクリードに、ヴェルムドールは深い溜息で返した。
4
ガシャリ、ガシャリと規則正しい音を立てて近づいてくる。
それは全身を金属鎧で包んだ、ジオル森王国の重装騎士団だった。外見はザダーク王国の魔操鎧に似ているが、鎧の中は空洞ではなく、きちんとシルフィドが入っている。
重装騎士団の先頭にいた騎士は、ヴェルムドール達の姿を認めると合図を送り、騎士団を停止させる。
「……ザダーク王国国王、ヴェルムドール様とお見受けいたしましたが、相違ございませんか!」
「ああ、間違いない」
ヴェルムドールが答えると、先頭にいた騎士は兜を取った。中から、美しいシルフィドの女性の顔が現れる。
銀色のボブカットに金色の目。重々しい鎧とは不釣り合いにも思える可愛らしい顔立ち。よくよく見ると、他の騎士よりも小柄だった。
「我等、ジオル森王国重装騎士団。私は団長のエルリオルです! 皆様をお迎えにあがりました!」
どうやら、本当にヴェルムドール達を迎えに来たらしいが、同時にヴェルムドールには疑問も湧いた。
まず、ジオル森王国が重装騎士団を出してくるとはどういうことなのか。ジオル大森林は迷いの森とも言われる森である。そんな複雑で入り組んだ土地を歩くには、重装よりも軽装のほうが相応しい。
そして、迎えに来る早さである。いくら何でもタイミングが良すぎるし、早すぎる。ヴェルムドール達が迷宮の中にいる間に城を出発しなければ間に合わない。
そもそも、どうやってヴェルムドール達の居場所を掴んだのか。確かにジオル大森林に向かうことは伝えたが、広大な森のこの地点をどうやって割り出したというのか。
軽く考えただけでも、これだけの疑問点がある。
これらの疑問を解決できる答えは、ただ一つ――すなわち、敵。
ヴェルムドール達に尾行を気づかれないほどの者がジオル森王国にいるとは思えないが、可能性はゼロではない。
そう思い至った瞬間、ヴェルムドールは腰の剣に手をかけた。
サンクリードもニノも同様に構えており、ヴェルムドールが一言合図すれば、すぐに飛びかかるだろう。
だが、そう決めつけるのは早計だ。あくまでそれは可能性の一つでしかない。
「……そうか。どうして此処が?」
「はい。王宮の神官が風の神ウィルム様より神託を授かりました。それによれば、ウィルム様に仕える神殿騎士がヴェルムドール様に同行しているとか……」
それを聞いたネファスが驚き、身体を大きく揺らす。
そう、つまりヴェルムドールではなくネファスを迎えに来た、ということだ。
ヴェルムドール達は知る由もないが、ウィルムはネファスが自分の神殿騎士になると感じた瞬間、自分を崇める神官達に神殿騎士誕生の報を神託として与えていた。もちろん、そんな神託を受け取れるのは相当に加護の強い神官だけである。
王宮にいた神官長は、それを受け取り驚愕した。
風の神ウィルム直々に任命した風の神殿騎士は、神の代行者も同然である。聖アルトリス王国の命の大神殿にたくさんいる神殿守護騎士などという連中とは比べ物にならない、正真正銘の神の騎士だ。
神官長は王の間に転がるように駆け込み、慌ててサリガン王に報告した。
そしてサリガン王は、聞くやいなや玉座から立ち上がり、命令を下す。その神殿騎士殿をすぐに迎えに行け、何があっても確実にお守りできるように一番護衛に長けた連中を今すぐに出すんだ、と。
しかし、それと同時にサリガンは、ザダーク王国国王にして魔王ヴェルムドールがジオル大森林に向かうと言っていたはずだ、と思い出す。
魔王ヴェルムドールのジオル大森林探索と、風の神殿騎士誕生。
あまりにもタイミングが良すぎて、サリガンにはこの二つに関連性がないとは思えなかった。
魔王に同行していた誰かが、風の神殿騎士になったと考えるのが自然だろう。つまり、魔族が風の神殿騎士になった……ということになる。
サリガン個人としては、魔族への偏見が消えた今となっては、魔族が神殿騎士になってもどうということはない。
だが、ジオル森王国や周辺国にとっては、そうもいかない。
もし、ジオル森王国の民が風の神殿騎士になったとなれば、ジオル森王国にとって喜ばしいことだ。
風の神ウィルムの代行者ともいえる風の神殿騎士の出現は、風の神を信仰する国民にとって大きな力となる。勇者の出現により命の神の信仰が力を増したのと同じ理屈だ。また、軍事的にみれば風の神殿騎士は並々ならぬ戦力でもある。
しかし、他国の者が風の神殿騎士になった場合、これはある問題を発生させる。
その者が母国の王宮や騎士団に仕えた場合、風の神の代行者たる風の神殿騎士がその国の配下――ひいては、他の神の配下になったとみられる可能性がある。
これはジオル森王国にとって大打撃であると同時に、全て同格であるとされている神々の序列議論の引き金となりかねない。
そしてそれは、現在の不安定な国際情勢では最悪の事態を招く危険をはらんでいる。
だからこそ、風の神ウィルムと水の神アクリアを信仰するジオル森王国としては、風の神殿騎士を他国に渡すわけにはいかない。風の神殿騎士を、自国で保護しなければならないのである。
そんな思惑のもとにサリガンは重装騎士団を派遣したのだった。
どうやって辿り着いたかといえば、実はジオル森王国は風の大神殿の場所を把握していた。
かつて勇者リューヤに同行していたジオル森王国の英雄ルーティ・リガスによって、その場所が判明したのである。もちろん、ジオル森王国の国や神殿に仕えるもの以外にはそのことは公表されていない。
風の神殿騎士が誕生するとすればそこであろう……と考えたサリガンが騎士団を急行させたところ、案の定ヴェルムドールがいた、というわけである。
しかし、エルリオルとしてはそれら全てを馬鹿丁寧に説明するわけにもいかない。
「場所を知った方法についてはご説明する権限を持ち合わせておりませんが、こちらに敵意はございません。我等の受けた命令は、風の神殿騎士殿の保護です」
「そうか」
先程からチラチラとネファスを見ているエルリオルに、ヴェルムドールは頷いてみせた。
説明せずとも、ネファスが風の神殿騎士なのは一目瞭然である。緑を基調とした姿をしているのは、この場ではニノとネファスだけだ。そのうち、如何にも神殿騎士らしい服装をしているのは、明らかにネファスである。
ちなみにネファス本人は、冷や汗など流しながらそっぽを向いている。エルリオルの視線に当然気づいているだろう。
風の神殿騎士を見て興奮したのか、エルリオルのネファスを見る瞳はどことなく情熱的で、顔も微妙に赤くなっている。
「で、そちらが神殿騎士殿ですか?」
「ああ、そうだ。名前は……何だったかな?」
ヴェルムドールが腕の中のニノを見下ろすと、ニノは少し考えるように唸った。
「確か……ストーカー?」
「……個性的な名前ですね」
「いや、違うぞ?」
流石に知らんぷり出来なくなったネファスが、慌てて否定した。
もう覚悟を決めるしかないと、ネファスはエルリオルに向き直る。
「……お初にお目にかかります。私は聖アルトリス王国のアルヴァニア公爵家のネファス・アルヴァニアと申します。つい先刻、ウィルム様より風の神殿騎士に任命されました」
聖アルトリス王国、と聞いてエルリオルの眉がピクリと動いた。
今、聖アルトリス王国とジオル森王国の関係が良好ではないことは、ジオル森王国に仕える騎士であれば常識である。
そして、アルヴァニア公爵が両国の友好のためにジオル森王国に来ていることもエルリオルは知っていた。
だからこそ、最悪の事態ではない……とエルリオルは素早く判断する。最悪一歩手前の状況ではあるが、ジオル森王国に友好的な貴族の家の者であっただけマシであり、まだどうにでもなるだろう。
いずれにせよ、ネファスを――風の神殿騎士を、このまま聖アルトリス王国に帰すわけにはいかない。ジオル森王国に引き留め、そして引き抜かなくてはならない。
エルリオルは、そのための権限の一部をサリガン王より預かっていた。
「……風の神殿騎士ネファス様。私はジオル森王国重装騎士団のエルリオルです。恐れ入りますが、城にご同行をお願いいたします。……ところで……失礼ですが、ネファス様には婚約者や恋人などはいらっしゃいますか?」
「え? いえ、おりませんが……」
ネファスは戸惑いながらもそう答えた。ジオル森王国に身柄を拘束されることは覚悟していたが、何故そんな質問をされるのか。それよりも、色々と聞くことがありそうなものだ。
「そうですか。私もおりません」
その言葉に、何故かエルリオルの背後の重装騎士達がざわめき始める。
しかし、ネファスとしてはエルリオルの会話の意図が分からない。恋人がいないと言われても困るし、雑談にしては雰囲気が真面目すぎる。
戸惑うネファスに、エルリオルは次の言葉を発する。
「では、ネファス様。小さい女はお嫌いですか?」
「え……ん? ……なぁっ!?」
5
ジオル森王国は、戒律の国とも言われている。戒律は、庶民ではなく、一定以上の地位を持った者が守るべきものとして存在している。
他国から見れば理解できない戒律も多数あり、その中に一際異彩を放つものがある。
それは、交際の申し込みに関する戒律。
交際を申し込む者はまず、相手に恋人がいるかを確かめ、自らの状況についても同等の情報を与える必要がある。このやりとりをした後、交際交渉に入る。
交際交渉では、交際を申し込む者が相手に対し自らの欠点を伝えなければならない。相手がその欠点を受け入れがたい場合、互いに解決案か妥協案を提示することが出来る。
この話し合いがまとまったら、交際の詳細や婚姻に関する話に進めるのだ。
勿論、ネファスはそんな戒律など知らないため、エルリオルの問いにこう答えるしかない。
「い、いえ……嫌いかと言われると、そうではありませんが……」
「私の言う小さいとは身体的特徴を意味し、恋愛対象として見ることが出来るか、ということです。欠点と言うには大きすぎ、解決策のあるようなものでもないことは承知していますが……」
一体何の話だ、というのがネファスの正直な気持ちである。
ネファスは特に変わった好みがあるわけではない。基本的にはノーマルなのだ。
ニノに対する感情は恋愛感情というよりは、刷り込みに近いものがある。とはいえ、ニノの冷淡な対応のおかげで、少しばかり歪んだ嗜好の扉が開いたことも事実ではあるが。
それに、ニノの前で小さいのは恋愛的に欠点だなどとは、口が裂けても言えない。
だから、ネファスの答えはこうなる。
「……そのようなものは欠点とは言いません。大切なのは本人の心です。それでも解決策が必要だというのであれば、互いに見た目にとらわれず相手の心を見ること。それでよいのではないでしょうか」
戒律を知らないネファスの口から、エルリオルの欠点に対し解決策が提案されてしまった。
「……はい。ネファス様がそう仰るなら」
エルリオルの受諾によって欠点の問題は解決し、戒律に則って次の手順に進む。
「……ネファス様」
「な、何でしょう?」
自分の手をきゅっと握るエルリオルに、ネファスは嫌な予感がした。
しかし、すでに手遅れ。顔を赤らめたエルリオルを見て、ネファスはざあっと青ざめる。
そう、エルリオルはネファスに一目惚れしていた。
人間とシルフィドの恋愛は例がないわけではなく、両者の間に生まれたハーフもたくさん存在している。だが、同じ数だけ寿命の差による悲しみも生まれてしまっていた。
解決すべき欠点はまだあるのだ。だからこそ、ネファスにはまだ断るチャンスがあった。
「シルフィドの私と人間のネファス様では寿命が違います。私は貴方と一緒に老いることは出来ません。そんな私でも、大丈夫でしょうか……?」
「あ、あー……」
流石にネファスも気づいていた。もはや交際交渉というよりはプロポーズじみている。
背後で何やら笑いをこらえる気配も伝わってきていた。あのサンクリードとかいう男のツボに入ったらしい。
正面の重装騎士団からは、殺気じみたものを感じる。どうやらエルリオルは重装騎士団のアイドルでもあったようだ。
とにかく、まずはこの場を切り抜けなければならない。
そう考えたネファスの頭の中に、何かが聞こえてきた。それは一般的には神託と呼ばれる、一方的な神からの声である。
その神――ウィルムは、爆笑しながらネファスに大丈夫だと告げた。
この事態に、ネファスはげんなりとする。
「そ、そんなにお嫌でしたか」
「あ、いえ……違うのです」
悲しそうな顔をするエルリオルに、ネファスは魂の抜けたような顔で応じる。
「寿命の問題ですが……ウィルム様より神託がありまして」
「えっ」
ネファスは、ウィルムから受けた神託の内容を説明し始めた。
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