勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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5巻

5-3

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 予想以上の適性によって風の神の力を授かったネファスは、ただの人間ではなくなってしまった。
 今は「一応人間」というカテゴリに入っているが、これは現在のネファスの身体が新しい力に適合しようと変化している最中だからだという。
 変化後のネファスをあえて分類するならば、「神人」と表現すべきものであるらしい。
 随分なものにされてしまったネファスではあるが、本人の理解を超えすぎて達観した表情になっていた。
 しかしエルリオルからすれば、それは全てを受け入れてくれる優しい顔に見えている。
 寿命の問題が解決して、エルリオルは素直に喜んだ。だが、シルフィドと神人の二人の交際が、風の神殿騎士の話と同じくらい大問題になるであろうことにまでは、考えが及んでいない。
 その重要性に気づいているのは、ヴェルムドールとサンクリードだけであった。

「神人、か……サンクリード、どう思う?」
「勇者リューヤのことか。だが、あれは人間なのだろう?」
「そう聞いているがな。だが、ステータスを偽装していた可能性はあるだろう」

あらわしの水晶』に対しては、実力者であればある程度の偽装が出来る。勇者程の力を持っていれば、種族を偽装できただろう。
 神人とやらの具体的な力は分からないが、魔人にも相当する基本能力を備えていたとしても不思議ではない。

「確かにな……だが、それよりも俺はこれのほうが気になるがな」

 腰に差したウインドソードを軽く叩いて、サンクリードは呟いた。
 そう、新たに増えた謎がウインドソードだ。
 勇者伝説には、勇者リューヤは神々の力を束ねて聖剣を完成させたとある。
 しかし、ウィルムによれば勇者リューヤに渡したのはウインドソードだという。
 ならば、勇者の完成させた聖剣とは一体何だったのか。

「……それに関しては、後で色々と試してみるしかないだろうな。こんなことでウィルムがわざわざ嘘をついたとも思えん」
「そうだな」

 サンクリードはネファスとエルリオルのやりとりを眺めながらそう答え、そしてヴェルムドールの方に向き直る。
 ヴェルムドールの腕の中には、相変わらずニノが収まったままだ。
 ヴェルムドールもサンクリードの視線に気づいて、小さく呟く。

「……ニノ。そろそろ下ろすぞ」
「……むう」

 少し不満そうなニノを下ろして、ヴェルムドールは安堵の溜息をつく。実は、腕が限界に近かったのだ。サンクリードにそれを見抜かれたのは少し悔しいが、事実いいタイミングではあった。

「……ヴェルムドール様」
「ん?」

 腕を伸ばしていたヴェルムドールに、声がかけられる。
 声の主は真面目な顔に戻ったエルリオルだった。
 その後ろには、何やら色々と押し切られたらしいネファスの姿もある。

「大変お待たせいたしました。こちらの問題も解決しましたので、これより王都まで護衛いたします」
「ああ、頼む」

 エルリオルの個人的な問題だったようにも思えるが、それだけではないことはヴェルムドールにも分かっている。
 ジオル森王国にとって、風の神殿騎士という存在は非常に大きい。他国やどこかの勢力から横槍が入る前に、ネファスをジオル森王国に取り込んでおきたかったのだろう。
 ヴェルムドールとしては、他国の問題に口を出すつもりなどない。
 確かに神人の風の神殿騎士とやらは大きな戦力になるだろうが、ザダーク王国として獲得競争に名乗りをあげる程とは思えなかった。

「この森の中では乗り物は使えませんので歩きとなりますが、ごようしゃください」

 森から街道まで出れば馬車を用意してある、というエルリオルの説明を聞いて、ヴェルムドールは転移魔法の提案をやめる。
 ヴェルムドールの転移魔法なら移動時間を短縮できるが、そうした場合、エルリオル達には待機中の馬車に伝令を飛ばすという手間が出来てしまう。他国に来て、相手に余計な仕事を増やすのは得策ではない。
 無論ヴェルムドール達だけ転移で帰るという手もあるが、それでは相手の親切を断ることになってしまう。

「ああ、構わない」

 だから、ヴェルムドールはそう答えた。
 ニノを確保した以上、急ぐこともない。それに、風の神に会うという目的も果たせた。
 ならば、少し考える時間も必要だ。
 ヴェルムドールは、そうやって自分を納得させるのだった。



 6


 神の代行者たる風の神殿騎士の出現は、ジオル森王国内を騒がせた。
 それと同時に発表された風の神殿騎士と重騎士団長の交際もまた、素晴らしいニュースとしてジオル森王国内では好意的に受け取られた。
 人々は風の神殿騎士の姿を一目見ようと王城へ詰めかけた。しかし、王城側は諸々の調整や会議を理由に、正式なお披露目のパレードまで待つようにと説明し、人々は仕方なく「そのとき」を待つことにした。
 暗いニュースばかりの昨今、魔族との友好条約締結に続く風の神殿騎士の出現と二人のは、明るく騒ぐ絶好のチャンスでもあったのだ。
「婚姻」でも「婚約」でもないのはネファスのささやかな抵抗の結果であるのだが、実のところジオル森王国とアルヴァニア公爵家間の協議の時間を稼ぐためであるとも思われた。


「……なるほど。そのような事態になっていたとは」
「ああ。結果的にはお前の素早い判断に助けられたな」
「恐縮です」

 ジオル森王国に存在するザダーク王国代表館の一室で、ヴェルムドールはれられた紅茶に口をつける。
 ヴェルムドールの近くに立っているのは、黒スーツ姿の外交官ナナルス。老齢に見える彼だが、ザダーク王国ではむしろ若い部類に入る魔族である。
 ヴェルムドールの隣では、ニノがヴェルムドールに寄りかかってぼけっとしていた。
 やりたい放題のニノであるが、ヴェルムドールもナナルスも、それを積極的にとがめるタイプではない。
 何しろ、ニノは神に関する情報の収集という任務を達成したばかりである。
 まだジオル森王国には水の神アクリアがいると思われるが、ひとまずは好き放題していたところで、怒られることなどない。
 ヴェルムドールがいつもよりも甘いので、ニノとしては幸せの絶頂である。

「一応報告書で読んではいるが、こちらの状況はどうなんだ?」
「はい。相変わらず……といったところです。ただ、キャナル王国が思った以上に混沌とした状況となっており……その辺りが読めませんな」

 その言葉に、ヴェルムドールが小さく反応する。
 確か此処に来る前の報告では、キャナル王国で政変が起こったと聞いていた。具体的には、第三王女が国王である父の悪事を暴き、政府を倒した……という話であったはずだ。

「政変については聞いている。だが、混沌とは?」

 政変後の混乱はよくある話だ。実際に暗黒大陸でも魔王グラムフィアの死後には君臨する者がいなくなったことで、相当な混乱が広がったらしい。
 しかし、キャナル王国の場合は、すでに第三王女という新しい指導者がいる。多少の混乱はあれど、混沌などと呼ぶ状況になるとも思えなかった。

「はい、言葉通りです。キャナル王国内で、未だ政変……いや、政争は続いております」
「……どういうことだ?」
「第一王女が健在の王を連れ、全ては陰謀であると告げて第三王女の討つと宣言したとか。これに関しては情報がさくそうしておりまして。キャナル王国内の諜報員から報告はきていないのですか?」

 ナナルスの言葉に、ヴェルムドールは苦い顔をする。実のところ、現在キャナル王国には諜報員が潜入できていないのだ。

「……諜報員は送り込めていない。前に送り込んだ諜報員は、どういうわけか全員発見されそうになって逃げ帰ってきたらしい。何度か試しているが、結果は同じだ」
「そう、ですか」

 ナナルスは頷き、考え込むように目を伏せる。結局、今はナナルスを通じた外交ルートの情報しかない。それに改めて気づいたのだろう。

「……責任重大ですな」
「何を今さら。唯一の外交官である上に初の試みなんだぞ、お前は。今後の手本になってもらわないと困る」

 苦笑するヴェルムドールに、ナナルスは努力いたします、と返した。
 そこに、扉が叩かれる音が響く。
 どうぞとナナルスが促すと、扉を開けて一人の魔族が入ってきた。

「ヴェルムドール様と面会のお約束をしているルーティ様がいらっしゃいました。すでにお部屋にお通ししてありますが」
「ああ、分かった。すぐに行く」

 ヴェルムドールが立ち上がると、当然のようにニノがその腕に絡みつく。

「あー……まあ、いいか。一緒に行くか?」
「うん」

 そのままヴェルムドールはニノを連れ、来客用の部屋へと移動した。


 部屋の中にはすでにルーティとサンクリードの姿があり、ルーティはヴェルムドールと……その腕に絡みついているニノを見て目を丸くした後、軽く会釈する。

「……お久しぶりですね」
「ああ。積もる話もあるが……本題からいこうか」

 ルーティが頷くと、サンクリードはテーブルの上に一本の剣を載せた。
 その緑色の剣を見て、ルーティは一瞬驚いたような表情を見せる。

「ウインドソード……」
「やはり知っていたか」

 ルーティが知っているということは、勇者リューヤもウインドソードを手に入れていたということだ。

「そうですか。ウィルム様の試練を突破しましたか」
「ああ、サンクリードとニノがな」
貴方あなたは?」

 ルーティの問いに、ヴェルムドールは肩をすくめてみせる。

「受けさせても無駄ということらしい」
「そう、ですか……」

 その意味を考えるように黙り込んだルーティに、ヴェルムドールは質問を投げかける。

「それで、だ。今日お前を呼んだのは、この剣のことだ」

 ヴェルムドールは、テーブルの上のウインドソードに手を伸ばす。
 しかし、ヴェルムドールの手が近づくと、ウインドソードから風が発生した。手が近づく程に強くなっていく風は恐らく、指が触れる寸前にはヴェルムドールを弾き飛ばす程の暴風となるだろう。
 ヴェルムドールは手を引っ込め……それと同時に、風も止む。

「調べようとしてもご覧の通りでな。サンクリード以外は触ることすら出来ん」
「そうでしょうね」
「だから聞きたい。これは何だ? サンクリードが言うには、剣のランクとしては精々が中の上。名剣とは言い難いものらしい」

 ヴェルムドールの言葉に、ルーティはウインドソードをじっと眺める。懐かしむような眼差しでそれを見つめると、ルーティはヴェルムドールに視線を戻した。

「……残念ですが、私もこの剣についてはほとんど知りません」
「知らない?」
「ええ」

 ほとんど知らないというのはどういうことなのか、とヴェルムドールは思う。

「ウィルム様が語らなかったのならば、私の口から語ることも出来ません。それに、私の協力する条件は……」
「命の神の真意が明かされたとき、だったな。分かっている」

 溜息をつくヴェルムドールに、ルーティは頷いた。
 それは仕方のないことだ。ヴェルムドールとてルーティに全てを明かしているわけではない。
 サンクリードのこと。そして……イチカのこと。

「……」
「どうしました?」

 ルーティの顔を見つめながら、ヴェルムドールは考える。考えた末に……こう、口にした。

「リア……という名前に聞き覚えはあるか?」

 その言葉に、ルーティはわずかに反応する。それだけで、充分だった。

「その名前が、どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」

 今ここで明かすことは出来ない。それはイチカの思い出であり、イチカの傷だ。
 それをこの場で利用することは、ヴェルムドールには出来なかった。

「やはりアクリアに会うしかない、か」

 ルーティーは運ばれてきた紅茶を口にしながら、ヴェルムドールの言葉に耳を傾ける。

「そういえば知っているか。例の風の神殿騎士殿のこと」
「ええ、知っています。カイン君と並ぶくらいに優秀で……同じくらい問題児でしたから」
「うちのナナルスもシルフィドのお嬢さん方から熱烈なアピールをされているらしいが……シルフィドは皆ああなのか?」

 そう言われて、ルーティはカップを置いて考え込む。

「ナナルスさんには独特の魅力がありますからね。寿命も長いとなれば、人気が出るのは当然でしょう」
「そういうものか?」
「ええ、そういうものです」

 頷きながらルーティは、手元のハンドバッグから紙の束を取り出した。どうやら封筒の束のようだ。
 ルーティはそれを、サンクリードに向けて差し出す。

「はい、どうぞ。貴方あなた宛ですよ?」
「……俺にか?」
「ええ。重装騎士団と戻ってきたときに、貴方あなたが一緒にいたことが噂になったようですね。女性の方々から渡すように頼まれてしまいました」

 そうか、と頷いてサンクリードは封筒を上から順に開け始める。
 噂通り、全て読んで律儀に返事を出すのだろうが……それに対してまた返事がきてエンドレスになるのが、ルーティの目に浮かんだ。

「……俺にはないのか?」
「ありませんね」
「あっても燃やすけどね」

 少しだけ寂しそうに言うヴェルムドールにルーティは肩をすくめ、ニノがヴェルムドールにぎゅっと抱き着く。

「そうか……」

 あっても困るが、なければないでちょっと悲しい。
 そんなヴェルムドールを、ニノが見上げる。

「魔王様には、ニノがいっぱい書いてあげる」
「ん? ああ、気持ちは受け取っておくよ」

 そう言って紅茶を口に運ぶヴェルムドールの耳に、金属が響くような音が聞こえてくる。

「ん?」

 音のした方に視線を向けると、テーブルの上に一枚のコインが載っていた。
 サンクリード宛の封筒に入っていたらしい。何やら女性らしきものが描かれている銀色のコインを摘まみ上げて、サンクリードが不可解そうな顔をする。

「……何だ、これは?」

 硬貨ではない。聖銀のコインのようだが、表にはせいに描かれた女性の姿絵。裏には、何やら文字が書かれている。

「ああ、それは最近の流行はやりなんですよ。守護のコインだったかしら」
流行はやり……?」
「ええ、想い人に贈るんです。私の想いが貴方あなたを守ってくれますように、と……そういう気持ちを込めるんだとか」
「……そうか」

 サンクリードが次の封筒を開けると、そこからも一枚のコインが転がり出てくる。
 次の封筒からも。そのまた次の封筒からも。
 コインを積み上げて黙り込むサンクリードを見ながら、ニノがぼそっと呟く。

「ニノもあれ、作るね?」
「……程々にな?」

 ちなみにサンクリードの知らないことではあるが、今現在ナナルスが執務室で分類している手紙には、サンクリード宛のものがたくさん交ざっている。そして、ナナルスの執務室の隅には宝箱が置いてあり、中にはぎっしりと守護のコインが詰まっているのだ。

「コインは一人一枚という決まりはないそうなので、ちょっとした記念日や季節ごとに贈る方もいるそうですよ」
「いいこと聞いた」
「おい……あんまり余計なことをニノに教えるなよ」

 ルーティいわく、下手にコインを持ち歩くと想いを受け取ったとみなされかねないので、注意が必要だそうである。

「……怖いな、ジオル森王国は」
「……全くだ」
「そんなところで脅威を感じられても困るんですけどね」

 そう言いながら、ルーティは楽しそうに微笑むのだった。



 7


 聖アルトリス王国の首都エディウスに本店を構える大商会、ティアノート商会。
 そこの一人娘であるシャロンの元には、日々様々な客が訪れる。
 例えば、ティアノート商会に弟子入りしたいと志願する者。あるいは、単純に働き口を求める者や、ティアノート商会との取引を望む者。
 他には、シャロンへの交際アプローチなども多い。父親から持ち込まれたお見合い話を含めれば、かなりの数になる。他の商会の息子に、貴族の次男坊、貴族当主から話がきたこともある。
 中には強引に話を進めようとする者もいたが、シャロンは何とか退けてきた。


 そして、今日。
 シャロンの部屋には、ちょっと珍しい客が来ていた。
 椅子にちょこんと座った、人形のように可愛らしい少女。紫色のドレスのような服を着て、淡い紫色のウェーブのかかった髪を伸ばしている。紫色の瞳は、アメジストを思わせるほど輝いていた。
 可愛らしい……しかし、何処となくキツイ印象を併せ持つ不思議な少女の名は、イース。
 装いから何処かの貴族のようにも思えるが、そうではないらしい。アレドナの森で出会って以来の知り合いで、近頃よく会うのだが、彼女の素性はサッパリ分からなかった。
 一度気になってアインに聞いてみたこともあるのだが、呆れ顔でお前は私を何だと思っているんだ、などと言われてしまった。
 そんなイースはつい先程、シャロンを訪ねてティアノート商会へとやってきたのだった。

「このクッキー、美味しいわね」
「へうっ!?」

 緊張のあまり、どう話したものかと悩んでいたシャロンに、そんな言葉が投げかけられる。
 テーブルを挟んで向かい側に座っているイースは、手元でクッキーを一枚もてあそびながら、シャロンに笑いかけた。
 それがイースがくれた会話のきっかけだと気づいたシャロンは、慌てて頷く。

「そ、そうなんです。うちの自慢の商品の一つでっ」
「砂糖も贅沢ぜいたくに使っているわね。でも何かしら、製法自体が違うって気もする。考えた人は、きっと天才だわ」

 言われて、シャロンはギクリとした。
 実のところ、このクッキーの製法は、とある人物からティアノート商会が買い取ったものだ。他にも革新的と言われるティアノート商会の看板商品には、そういうものが多数ある。

「そんな顔しなくても、別に私は興味ないわ。私が興味あるのはそういう革新的なものじゃなくて、むしろこっとう品だもの」
こっとう品、ですか……? でも、その方面はうちの商会はあまり強くないですけど」

 ティアノート商会では様々な商品を扱っているが、こっとう品には強くない。通常の商品と比べてこっとう品のたぐいは必要とされる目利きの技能が異なり、そうした方面に強い人間がティアノート商会にはいなかった。また、確実に役立つ物をお届けするというティアノート商会の方針とこっとう品が合わない……といった事情がある。
 イースがこっとう品を求めて来たのであれば、そういうものに強い商会を紹介することでしか役に立てない、とシャロンは思った。
 早速脳内でこっとう品に強い商会をリストアップし始めたところで、イースから待ったがかかる。

「ああ、違うわ。ごめんなさい、説明が足りなかったわね」
「へ?」

 クスクスと笑うイースに、シャロンは怪訝な顔をする。

「私が欲しいこっとう品はね、もう持ってる人が分かってるのよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。貴方あなたの所に来たのはね、その入手経緯を聞きたいから、かしら」

 イースの言葉に、シャロンは頭の中が疑問符で埋め尽くされていくのを感じた。一体イースが何を欲しがっているのかが、サッパリ見えてこない。

「えっと……何が欲しい、んですか?」
「剣よ」
「剣?」

 イースはそうよ、と言って頷く。

「私が欲しいものは剣。貴方あなたの恋人のカインが持っている剣よ」
「こ、恋人ぉっ!?」
「……そこに食いつくのね」

 ワタワタし始めるシャロンを見て、イースは余計なこと言ったなあ……という顔をする。会話の雰囲気をなごませるはずが、妙なところを突いてしまったらしい。

「や、やっぱりそう見えるのかなっ。そうだよね、カインと一緒にいる時間が一番長いのは私なんだもの。でもカインてば、いっつも違う女の子と歩いてるし、夜は夜でアインに会いに行ってるし。あ、でもこの前はカフェ・マルケルで……」
「あー、うん。それは今度聞いてあげるから。ちょっと現実に戻ってきてくれるかしら?」
「現実……そう、現実的にはやっぱり私がカインの一番じゃないかって気がするの。だってね……」
「……また今度来るわ」

 イースは苦笑いすると席を立ち、もう何も見えず聞こえてもいない様子のシャロンの横を通り抜け、階段を下りた。
 すると、丁度通りがかった壮年の男がイースを見つけて声をかける。

「おや、シャロンのお友達だったかな。もう帰るのかい?」
「ええ、お父様。ちょっと用事を思い出しまして。シャロンには、また今度来るとお伝えください」

 それを聞いて、シャロンの父――グレファスは納得がいったように頷く。シャロンの悪い癖が出たと気づいたのだ。

「ああ、すまないね。シャロンは聡明な子ではあるんだが……何だ、そのう……ちょっと、想像力が豊かなところがあってな?」
「革新的な商品を次々生み出すことで評判のティアノート商会ですもの。そのくらいで丁度よいのでは?」
「む。まあ、そうだな」
「ええ、そうですわ」

 そう言って微笑を浮かべると、イースは一礼してその場を後にしようとする。

「ああ、お嬢さん! お嬢さんに似合いそうな紫玉のアクセサリーが今度入荷するのでね。是非ぜひ来ていただけると嬉しいですな」
「ええ、機会があれば是非ぜひ

 そんな答えを返して、イースはティアノート商会を出た。

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