勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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イチカとイクスラース

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 その言葉に、誰かが息を呑む音がした。
 未だ外では戦いが続くというのに、この空間だけはまるで無音のようで。
 向かい合うヴェルムドールとフィリアの姿に、イチカは小さく手をきゅっと握る。
 
 命の神フィリア。
 数多の自分達が死ぬ原因となった神。
 積み重ねた「自分」達の技術をレイナの下で一つに纏め上げ、魔神の下で鍛え上げた。
 新たな「イチカ」としての宿命は、新たな「魔王」を導き命の神を殺す為にあると思っていた……が、それも最初のうちだけ。
 いつしかヴェルムドール自身に心酔し、その出会いを尊く思っていた。
 ……そのせいだろうか。いつしか「自分達」が「自分」に変わっていた。
 過去の「自分」達が手を離し、イチカが「イチカ」自身の道を歩き始めていたのだ。
 
 それがいつからであったのかは、イチカ自身自覚は無い。
 だがきっと、その原因にヴェルムドールという存在があったのは疑いようも無い。
 そして今、そのヴェルムドールがフィリアと手を取り合っている。
 その光景に思ったほど心のざわめきを感じない自分にこそ、イチカは驚いていた。
 許したつもりはない。許すつもりも無い。
 けれど「必ず殺す」という感情は消えて失せている。
 それは「冷めた」わけではなく……きっと、人生における優先順位が変わったが故。
 今のイチカが「復讐」ではなく、ヴェルムドールの為に人生を生きているが故だろう。

「……いいの? 貴方はそれで」

 だからこそ、近寄ってきていたイクスラースのそんな言葉にも、イチカは冷静に答えられる。

「ええ。それがヴェルムドール様の望みであれば。貴女こそ、いいのですか?」
「仕方ないでしょ……それに、想いも力も受け継いでいる。なら私は過去を見るんじゃなくて、未来に進まなきゃいけない」

 イクスラースとて、フィリアに関しては相当に根深いものがあったはずだが……やはり自分と同じなのだろうとイチカは思う。
 勿論、過去に固執することをヴェルムドールは咎めないだろう。
 清算しなければ進めない過去もあるし、それを解き放つにはそうするのが一番だからだ。
 ……だが、優先順位が下がった今は「そう」ではない。
 だからイチカと……イクスラースは「そうしない」事を選んだ。
 許すわけではない。今後も許しはしないだろう。
 それでも、前に進むことを選んだのだ。
「その先の未来」を選ぶ為に……ヴェルムドールの望む未来を共に歩む為に。

「……未来」
「ええ、未来よ」

 ヴェルムドールが「魔力の神」になるというのであれば、「魔王」は自動的にイクスラースとなるだろう。
 ここまでのヴェルムドールの話が全て上手くいくのであればヴェルムドールは地上に残るわけだから、王位に関してはそのままかもしれないが……もしそうでないのなら、自分はどうすればいいのだろうとイチカは思う。
 一番大事なのはヴェルムドールだが、だからといって無慈悲に切って捨ててしまえるほどザダーク王国という存在も軽くは無い。
 これまではヴェルムドールとザダーク王国の王がイコールであったからザダーク王国に尽くすことはヴェルムドールに尽くす事と同義であったが……これからはどうなのか。
 ぐるぐると巡る思考に答えは出ず……イチカは、軽く脇を小突かれる。

「貴方らしくないわね。どうにでもなるわよ、この先のことなんて」

 そう言って悪戯っぽく笑うイクスラースにイチカは溜息をつき……「そうですね」と呟く。
 これからのことなんて、この後に幾らでも考えればいい。

「……まあ、貴方はもう少し考えた方がいいと思いますが」
「後回しよ、そんなもの。今は歴史的瞬間ってやつよ?」

 そう語るイクスラースの視線の先では……フィリアが、ヴェルムドールの手を取り握手を交わしている。
 当然それを見逃すイチカではない……が。
 フィリアとヴェルムドールの間……具体的にはヴェルムドールに寄り添ったままの魔神は一体どういうつもりなのだろうかと少しばかり苛立つものを感じていた。

「どういうつもりなのかしらね……あれは」

 横斜め下に視線を移せば、イクスラースも苛立ったように腕を組み指でぱしぱしと音を立てているのが見える。
 そんな視線にも当然気付いているのだろう、魔神がちらりと二人に視線を向けてニヤニヤしているのが実にうっとうしい。

「さあ……あの方も今後どうするつもりなのやら」
「ヴェルムドールが魔力の神とやらになれば、あれの悪戯する余地も減るんでしょう? そうなったら好き勝手できないから別の所行くんじゃないの?」

 フィリアの言葉になるが、ヴェルムドールが「魔力の神」になるというのは魔神に敵対する道である。
 というのも、これは魔神の言葉の補足になるが……魔神とヴェルムドールの間での「魔力」の主導権の争いになるからである。
 今まで「魔力の神」の存在しなかったレムフィリアでは魔神の降臨によって全ての魔力が魔神の影響下に自動的に入る状況にあった。
 だが、「魔力の神」にヴェルムドールがなれば「ヴェルムドールの影響下」にある魔力のコントロールを魔神が奪うという一手間が必要になってくるのだ。
 尚且つ、魔神が降臨するだけで何かが起こる……といったような事も今後発生しないだろう。
 それは間違いなく魔神の楽しみを奪うことになるはずだが……見ている限りだと、魔神は気にした様子も無い。
 いや、それどころか……苛立つイチカとイクスラースを見て、本当に楽しそうかついやらしい笑みを浮かべている。

「……ねえ、イチカ。貴方、アレを叩き殺す方法は知らないの?」
「残念ながら」

 そんな恐ろしい会話をする二人を勇者二人が遠巻きに見ていたりするのだが……それはまた別の話だ。
 今必要な事実はヴェルムドールとフィリアの和解がなされたという、それ一つだけなのだから。
************************************************
納得出来ないと思われた方も納得された方もいると思われます。
今回だけ、ちょっと語ってみようと思います。
あ、読まなくて大丈夫です。こいつ何考えてやがる、という方はどうぞ少しだけお付き合いを。

以前、フィリアを倒す理由が薄く……と感想で仰った方がいらっしゃいました。
はい、本作品は善悪という色分けが非常に薄いです。
どんなヘイトの溜まる敵にも信じる正義があり、それ故にぶつかり合います。
その中には当然許されざる行いもあり、それは断罪されて当然です。
しかし相手の立場に立った時、その価値観が揺らぐ事があります。
そうなった時、それでも分かり合うのはきっと無理です。
でも、未来の為に妥協する事は出来ます。

それはきっと幸せには遠い道ですし、誰かの悲しみは晴らされないままです。
でもそれなら、最後まで滅ぼし合うのが正しいのでしょうか?
勿論、そうするしか無い時もあります。
分かり合おうとしない相手や、そもそも常識の定義からして違う相手だっています。
そんな相手に「話し合おう」なんて、好き放題に殴ってくれと言っているのと同じだと思います。

キャナル王国編は、敵対者をその正義ごと塗り潰し滅ぼしました。
本当はナリカとも手を取り合う道があったかもしれませんが、そうはなりませんでした。

今回のフィリアとの結末も幾つか用意していましたが、結局こうなりました。

長々と下らない事を書きましたが、あくまでこれはヴェルムドールの選んだ選択です、とだけ。
無数に選択はあり、どれが本当に正しいかなんて……それこそきっと「魔神のみぞ知る」ことなのでしょうから。
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