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連載
アルム、頑張る7
しおりを挟むコンコン、と部屋の扉をノックする音に気付きヴェルムドールは書類から顔を上げる。
誰が来たかは、大体想像はついている。
しかし「来たか」と思うと同時に、少しばかりの感動をも覚える。
なにしろ、ヴェルムドールの執務室の扉はノックされる事が非常に少ない。
ニノは好きなときに好きなように入ってくるし、イチカはそもそも何処から出現しているのか分からない。
サンクリードとラクターは窓から入ってくるし、ファイネルは挨拶と同時にドアを開ける。
メイド三人娘にしたところで、クリムはファイネルと似たようなものだしレモンはそっとドアを開けて様子を伺っているし、ノックするのはマリンくらいのものだ。
アルテジオとゴーディは比較的まともだし、イクスラースもその辺りは普通だ。
だがマリンはキャナル王国関連の仕事でまだ忙しいし、アルテジオはほとんど北方から出てこない。
ゴーディが部屋に来ることは少ないし、イクスラースも気が向いたらふらっと来るという程度だ。
……つまり、必然的に「ドアをまともにノックしない連中」の訪問の機会が増えているわけだ。
「入れ」
その事実に少しの頭痛を覚えつつもヴェルムドールはそう告げ、扉へと視線を向ける。
すると少しの間の後に扉が開き、「失礼します」という声と共にアルムが一礼して入ってくる。
今まで見た中では一番良い執務室への入り方にヴェルムドールは軽く目頭をおさえ……しかし、なんとか立ち直る。
「さて……よく来たなアルム、そしてモカ」
「私もいますよー!」
速度を上げて飛んでくるサシャを片手で受け止めると、サシャはそのままふわりと飛んでヴェルムドールの胸元辺りで静止する。
それをヴェルムドールは掴んで机の上に置き、軽く撫ぜる。
「真面目な話だ。居るなとは言わんが、大人しくしていてくれるか」
「はーい」
口を両手で押さえて「黙り込む」ポーズをしてみせるサシャを苦笑しながら見下ろすと、ヴェルムドールは再びアルムとモカへと向き直る。
モカはなにやら胸元を押さえて恋する乙女のような表情でサシャを見つめているが、とりあえず視界から外してアルムへと視線を向ける。
「さて、アルム。モカには「ルモンかアルム」とは言ったが、実際にはお前だろうと思っていた」
「ほう、理由をお伺いしても?」
「簡単だ。ルモンは色々と面倒な事情を抱えているからな。こういう役目はやりたがらないだろうと思っていた」
それでも適任なのは間違いないから候補には入れていたが、高い確率でアルムだろうと思っていたのだ。
何しろ、ファイネルという餌があってアルムが釣れないはずはないし……逆に言えばルモンという餌があった場合、ルルガルが釣れてしまうのである。
そしてルルガルは、あまり人前に出してはいけないタイプの魔族だ。
何しろ沸点は低いし性格がどうしようもないくらいに歪んでいる。
ニノと同じ高レベルの「緑の魔眼」を持っているせいで、何かあった際に比喩ではなく地図が書き換えられる事態に発展してしまう。
初手から殺しにいく容赦のなさをも考えれば、あのままルモンに押さえ込んでいてほしい難物である。
「まあ、ふうむ……今日来ると確信しておられたのは何故ですかな?」
「簡単だ。魔族が物事を後回しにする事を是と出来る連中なら、俺はこうして毎日書類に埋もれていない」
机の上の書類の束を軽く叩いてみせるヴェルムドールに、アルムはなるほどと笑う。
確かに思い立ったら即行動が魔族の基本的な考え方だ。
今回のアルムも色々と考えた末の行動ではあるものの、結果としてやっていることは同じだ。
「まあ、そういう点ではその積もった書類を片っ端から処理し続ける魔王様も典型的な魔族ですのう」
「そうだな。まあ、イクスラースには色々と言われるが……結局のところ、こういう生き方が一番合っているのだろう」
和やかに笑いあう二人をキョロキョロと見ていたサシャが意味が分からないながらも合わせる様に笑い、モカの幸せそうな笑顔が重なる。
そうして少しの和やかな時間が流れた後、ヴェルムドールは真面目な顔を作り直す。
「さて、本題に入るとしようか。そこの椅子に座れ。モカもだ。少しずつ近づいてくるんじゃない、サシャとの心の距離は少しずつ詰めろと言っただろう」
「うー……はぁい」
渋々とアルムと共に応接セットの椅子に座るモカを、サシャはヴェルムドールの方を向きながらビシリと指差す。
「王様、あの人触り方に遠慮がないから嫌いです」
「お前もそう言うんじゃない。モカは今は少々暴走気味だが、うちの連中の中では理性的で母性的な方だ。落ち着きさえすれば、お前も仲良くなれるはずだ」
「そうでしょうか……」
「ああ。俺を信じろ」
ヴェルムドールがサシャを見下ろしながらそう諭すと、サシャは机からふわりと浮き上がってヴェルムドールの顔の近くへと飛んでいく。
そうしてサシャはヴェルムドールの顔をじっと見上げると、ぽそっと呟く。
「……王様が、そう言うなら」
「そうか。サシャは偉いな」
ヴェルムドールがサシャの入った水晶珠にポンと手を置くと、サシャは嬉しそうな顔をした後にふわりと飛んで部屋の隅に置かれた石造りの大きな水桶にぽちゃりと沈み込む。
「そうですよー。私は偉いんですから。しかもすっごい偉いから、ここで大人しくしてますね」
「ああ、そうしてくれると俺も助かる」
そう言ってヴェルムドールはサシャに優しげな笑みを浮かべ……そのまま、真顔に戻ってアルム達へと振り向く。
「では、今度こそ本題を始めるとするか」
「甘やかしてますのう……」
アルムのツッコミを咳払いで黙らせると、ヴェルムドールは一枚の書類を掴み上げた。
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