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連載
とある小さな物語5
しおりを挟むエルアークの中心部に位置する、メルフィム伯爵邸。
文字通りメルフィム伯爵がエルアークにいる間に住むための屋敷である。
「それなり」の規模の家ではあるが、内戦が終わった今となってはエルアークが再び世界の中継地点となるのは間違いないと、無理矢理ついてきた息子と共に戻ってきていた。
そして今も、メルフィム伯爵は「急な仕事を片付ける」という名目で屋敷の自室に篭っている最中であった。
キャナル王国の防衛大臣である彼は、内戦時には「職務を果たす」という大義名分の下に自領に篭って出しているんだか出していないんだか分からない「職務」の指示をしていたとかいないとか……そんな大抵の内戦時のキャナル王国の貴族の対応例のテンプレートのような男である。
そして内戦が終わるとさも「信じておりました。私も表立ってお味方できればよかったのですが」から始まる言い訳が始まるところもテンプレートであるが、とりあえず「有能ではないが無能ではない。まあ、どっちかというと無能」といった男だ。
立ち回りは異常に上手く自分の功績は過大に触れ回り、自分の責任は他人に押し付けるのに長けていた。
そうしてライバルを駆逐しつつ「防衛大臣」などという役職についたのだが……その責務は決して多大な権力を伴ってはいない。
各所の防衛を担当する地方騎士団や国境警備騎士団を統括し支援するという、どちらかというと他国でいえば「総騎士団長」などと呼ばれる職務であり、色々と難癖をつけて総騎士団長を廃止して「貴族利権」の一つとなった役職である。
とはいえ、セリスが王となり各所の見直しを進めている今となっては彼の役職は色々と危うくなりつつある。
たとえ大臣でなくなっても任された領地は残るが、自分の「権利」が奪われるのはどうにも我慢がならない。
他人がそうなるのは非常に楽しいのだが、自分の話となれば許容できないのだ。
だが……セリスは控えめに見ても「潔癖な王」であるとメルフィム伯爵は考えている。
真面目で世間知らずで、それでいて芯が強い。
ただそれだけなら甘言を呈して操れるかもと思うのだが、側にはなんでまだいるのか分からないが「伝説のメイドナイト」と噂される人物がいる。
いつかフラッといなくなる彼女だけなら待てばいいが、もう少ししたら副都カシナートから第二王女であるエルトリンデが帰ってきてしまう。
彼女が帰ってきたら、そのまま「総騎士団長」が復活するという噂があるが
……そうなる前に何とかすることも出来ない。
何しろ、「裏」で今まで色々やってきた組織は丸ごとエルアークから消えてしまったのか連絡がつかない。
街に残っているのはメルフィム伯爵の息子とつるんでいるようなチンピラばかりで、どうにかなど出来ようはずも無い。
一番いいのは自分の息子がセリスと婚姻して王配となることだが、王都に来るなりチンピラを連れまわして遊び倒している馬鹿息子にそれが出来るとも思えない。
街娘をかどわかすような調子でやれば、喜んで他の貴族が袋叩きにしにくるだろう。
ならばとザダーク王国に媚を売って「気に入られる人材」となろうと……ついでに美人と噂の魔族に会ってみようと思えば、そこに居たのはオウガも裸足で逃げ出しそうな恐ろしい男だ。
思わず逃げ出してしまったが、一度出ると言ってしまった以上出ないわけにもいかない。
意外にあの手の男は酒とか女を贈れば効くだろうか。
いやいや、まだそれを判断するのは早い……などと言いながらメルフィム伯爵はワインをグラスに注ぐ。
こうなれば、エルトリンデに媚を売ってどうにかこうにか今の地位に近い立場を確保するしかあるまいか……などと考えていると、屋敷の中が俄かに騒がしくなる。
使用人達の止めるような声と、それを殴る音が聞こえてくる。
ああ、また馬鹿息子か……と溜息をつくと同時に、その馬鹿息子……セミアンが部屋に飛び込んでくる。
「父上! すぐに騎士を動かしてくれ!」
「……馬鹿を言うな。むしろお前が騎士団に捕まっていないことを感謝して欲しいものだ」
「何を言うんだ! あんな凶悪な……恐ろしい奴を放っておく気か! しかも俺が父上の息子だと知っても全く気にもしないような奴だぞ! あれはとんでもない犯罪者に違いない!」
全く説明にもなっていない暴論を吐くセミアンに再度の溜息をつくと、メルフィム伯爵はワインを口元に運ぶ。
「無茶を言うな。ただでさえ今は微妙な時期なんだ。誰に邪魔されたか知らんが、お前の遊びもそろそろやめておけ。いい機会だろう」
「ぐっ……!」
全く動く気の無いメルフィム伯爵に苛立ち、セミアンは部屋の中をウロウロし始める。
「くそっ、くそっ……! そもそも、たかが庶民の分際で俺に逆らうから……しかも、あんな……くそっ!」
イライラしながら部屋の中を歩き回るセミアンをいつ追い出そうかとメルフィム伯爵が考えていると、セミアンは突然部屋の窓にガタンという音を立てて張り付く。
「おい、セミアン……」
「あいつ! なんでこんな所に……父上、アイツだ! アイツが!」
「お前が私の息子だとか言ったからだろう? はあ、全く……」
息子に一応護衛としてつけていたセルナンデスをどうにかするくらいだから、それなりにやる……まあ、恐らくは冒険者か何かなのだろうが、そうなると迷惑料でも取ってやろうと来たのか、などとメルフィム伯爵は考えて椅子から立ち上がる。
「どれ……何処だ?」
「あそこだ! あの門の前……!」
今にも窓を壊しそうなセミアンをどかすと、メルフィム伯爵は目を細め……正門の前にいるその男の姿を見て、ぎょっと目を見開く。
即座にセミアンへと振り返り、その肩を掴んで窓の前へと引き寄せる。
「ち、父上!?」
「おい……あの赤髪の男で間違いないのか?」
「やっぱり凶悪な男なんだな!? だから」
「いいから答えろ! 間違いなくあの男か!」
「え? あ、ああ」
鬼気迫る様子のメルフィム伯爵に、戸惑いながらもセミアンは肯定する。
それを聞いて、メルフィム伯爵は崩れ落ちそうになる。
顔から血が引いていくのを感じ、ガタガタと震え始める。
「な、なんてことだ……」
「え? 父上、なんなんだ? あの野蛮な男が一体なんだというん」
「この馬鹿がっ!」
セミアンが言いかけた台詞が終わるのを待たず、メルフィム伯爵はセミアンを殴り倒す。
「あれはザダーク王国の重鎮だ! くそっ、そんな相手にお前……よりにもよって私の息子だと名乗っていつもの馬鹿を!?」
「ざ、ザダーク王国!? 薄汚い魔族の国じゃないか! そんなもの」
「黙れ! お前また亜人論にかぶれたんじゃないだろうな! それはこの国では命取りだと何度言ったら……ええい、くそっ! こうしている場合じゃない……誰か! 門の前のお客人をお迎えしろ! 失礼でもしたらただじゃすまさんぞ!」
倒れたセミアンを放置したメルフィム伯爵が応接室に通されていたラクターに、勇者リューヤが何度か使ったという最上級の謝罪方法「ドゲザ」を披露して「なんだそりゃ、蛙の真似か?」などと言われるのは……この後すぐのことである。
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ちなみにかつて勇者リューヤがルーティに土下座をした時は、「あら、頭を踏みやすいわね」とか言われた上に実際踏まれたとかなんとか。
次回、手に入った情報の考察。
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